11-06 義賊ア・ジールの凱旋、スコップが招いた急報 1/2
あの戦いのせいで運搬作業をさらに急ぐはめになった。
少なくともケルビム・アーマーだけは絶対に運び出さなければならなかったこともあって、戦闘後ただちに搬送作業を手伝わなければならなくなったのだ。
財宝と鎧を運び終えた頃にはもう、俺とゼファーは腰を上げるのも難儀になっていた。
今はただただ馬車の荷台に揺られ、真夜中の月に照らされながら目標の投棄ポイントを目指している……。
「おいおい大丈夫かアウサール? ゼファーまでそんなにヘバるとは……ぬ、ぐぬぬぬっ、美味しい場面を取り逃がした気分だっ! 動くドロドロ巨人と死闘かぁっ、羨ましいなぁぁー!」
「ラジール殿……あんなきぼち悪い相手は拙者もうコリゴリでござるよ……。代われるなら次はぜひにぜひに、代わって下され……」
とにかく相手が悪かった。
ただの武勇に飛んだ将校ならスコップで武器を破壊して終わり。だがああいうのはもう俺も勘弁だ……。
グフェンがくれたマテリアルがなければ、目的を果たせぬまま退却することになっただろう……。
「エルキアのまずい動きを封じれたのだ、2人は良くやってくれた。だが私も正直に言えば……。ああ、そんなドロドロを相手にするのは心底イヤだ……。人が溶けた粘液が相手だなんて聞くだけでもう……うぅ……気持ち悪い」
「わははっエッダは綺麗好きだからなぁー! んんっ、ならば、我が今からくまなく汚れが残っていないかチェックしてやろうっ、ほーれっまずはぁ~~、ここからだぁ~っ♪」
ラジールのけしからん手がエッダの褐色の肌をいきなりまさぐり出す。
ローブの内側に手を入れるなど豪傑ラジールにとっては造作もない。遠慮というものも無い。あるとしたらムダに巧みな技だけだ。
「や、止めて下さいラジールさんっっ! ひっひうっ、人前でそういうのはっ、ちょ、ちょっとっ、今度こそ本気で怒りますよっ私っ!!」
「わははっ、そんな恥ずかしがり屋さんだから我に狙われるのだっ、ドーンと構えていじくられるに任せれば……うむっ、やはり止める気にはなれんなぁーっ! 聞いてくれアウサールッ、まさにシルクのような肌だぞッ!」
人に振るな、俺はけしてエッチなアウサルではない。
彼女らを背を向けて荷台内から後方を確認する。恐れていた追撃は無い。砂塵ばかりがぼんやりと月夜の荒野に漂っている。
「……結果だけ見れば十分だな。5着のケルビム・アーマーを奪い、その秘密の生産拠点を運良く潰せた。隠し宝物庫も空にして追撃者無し。みんな良くやってくれた」
ごまかしもかねて状況をまとめた。
撤退中なのだ、ラジールの悪ノリに付き合っている余裕はない。
「私たちのエルキア本国が、おかしな方角に進んでいると悟らされることにもなりましたが……まあ、これはこれでダレス様の覚悟も決まったようですし、悪い結果ではありませんね」
「ジョッシュぅ~、さすがにそういうヘタレ扱いはねぇだろー。仮にも俺ぁ元・お前の上官だってのによぉ~?」
「聞いてくれアウサールッ、エッダの胸が最近大きくなって来てる気がするのだがどうだろうかっ?! 無視するなっ、こっち見ろこっちだ!」
「止めて止めてっ、イヤァァァーッッ!!」
「ラジール殿は戦場でも平時でも、等しく鬼でござるな……」
しかし場違いに賑やかだ……。あっちで乳くり合い、こっちでも男同士で乳くり合い、まだ油断するには早いというのに皆元気なことだ。
そんな彼らを背中においたまま、俺は後方の様子をうかがい続けた。
追撃者が現れただけでこの先の計画が変わってしまう。警戒するにこしたことはなかった。
・
荷馬車5つ分の財宝を目標ポイントまで運んだ。
潜入に夜間を選んだこと。さらに隠し場所があんなところだったとあって追っ手は結局付かなかった。
あの大釜を用いて悪行に励んでいたのだ。きっと侯爵直属兵たちも見張り番を任されているだけで、中に入れるのは一握りの事情を知る悪党だけだったのだろう。
「少しだけ待っていてくれ、すぐに埋めてしまう」
「任せたぞアウサール! とんだ、呪いのヘソクリというわけだなっ!」
追撃が無いこともあって予定を少し変更した。
金銀の延べ棒と砂金、宝石類などの一部を荷馬車に残すことにしたのだ。
ただし残りの運搬しにくい宝飾品その他まで運ぶとなると荷物が多過ぎる。
「いつ見ても見事な手並みだ。……ニブルヘル砦の穴底からいきなり貴様が現れた、あの当時を思い出す」
「ああ、そんなこともあったな。よしOKだ」
用意しておいた縦穴にケルビム・アーマー5着と、残りの雑多な財宝を埋めた。
アウサルの手並みで綺麗に土を盛り直せば、誰が見てもわからないただの荒れ地だ。
白き死の広野にここまで肉薄した土地になど、そもそも誰も来ないし来たがらないのだ。
「アウサルの旦那はもう何でもアリって気がしてくるぜ。まあそんじゃ帰ろうぜ! 義賊ってのは楽しいもんだなっ、がははっ寝返って正解だったぜ!」
「むっ……ヒューマンのくせにわかるではないか。どうだ楽しいだろう楽しかろうッ!」
ラジールはゼファーほどではないがヒューマン嫌いだ。
だがわかっていた、こいつらお互い難しく考えないタイプだし気が合うんだろうなと。
「まるでラジール殿がもう1人増えたかのようでござるな。ダレス殿、拙者はまだそなたを認めてはおらぬゆえ、誤解されるような行為は避けておくでござるよ」
「おや怖い。ダレス様の保護者としてこれは気をつけませんと」
「いやいや、そなたが一番うさんくさいでござるよ元副助手殿」
「わざと言ってますよねソレ……。私の名前はジョッシュです、もういじめないで下さいよゼファーさん……」
ともかくこれで荷物が大幅に軽くなった。
次の目標地点目指して荷馬車隊が出立する。この後はとある農場を訪ねる。
そこにア・ジール帝国直通ではないが迷いの森内部への地下道があるのだ。
「フッ……しかしずいぶんあちらにしまい込んでいたようだな。スコルピオのクズは今後、兵に支払う給金にすら困ることになるかもしれん。これまで虐げられて来た日々を思い返せば返すほど気がスッとする、フッ、フフフッ……」
「金の切れ目が縁の切れ目よ! 貧乏生活に苦しむが良い侯爵めっ、ワーハハハハーッ!」
ニブルヘルは必ずしも正義の軍団というわけでもない。
それはフェンリエッダにしても同じだ。
侯爵への深い恨みが彼女を高ぶらせて、その口元を残忍に微笑ませた。
「ええ、今回同行して理解しました。……恐ろしい力です。ラジールさんの武勇にはこの前してらやれましたが……、正直今はアウサルさんの方がよっぽど恐ろしいですよ」
「あぁー確かになぁー、敵に回すと私財を盗まれちまうんだからよ、そんだけで普通は人生お先真っ暗ってもんだ。どう考えたってヤバ過ぎだぜこんなのはよぉー」
「そんなこと拙者だって前々から知っていたでござるよ。ふんっ……ヒューマンどものくせにそこそこわかるようでござるな……。大泥棒ほど恐ろしい敵はないのでありますよ、フンッ……」
持ち上げられてむずかゆい……。
そうなると会話に加わるわけにもいかず、俺はまた馬車の後方を見つめ続けることになった。
追っ手は無い、だがもうこれで侯爵とその取り巻きに不幸が約束されたようなものだ。
悪徳商人どもは財力を失い、スコルピオもまたしばらく寝込むことになる。
あの地下牢で俺を殺しておけば良かったと思い浮かべては、もはや叶わぬ願いに歯ぎしりするのだ。悔しさに暴れ回り狂乱するだろう。
侯爵が怒り、貧乏に苦しみ、ジワジワと追いつめられてゆくのを想像すると……俺は、自分までフェンリエッダと同じ笑みを浮かべていることに気づいた。




