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11-05 天より来たりし悪意の大釜

挿絵(By みてみん)


「アウサル殿ッ後ろッッ!」


 ゼファーの鋭い警告が静寂を引き裂いた。

 無我夢中で鎧と鎧の隙間へと飛び退けば、背後にとてもではないが在り得ないものが立ち上がっていた。


「助かった、だが……何だコイツは……」

「その釜でござる!」


 彼女の言葉を受けて全体像に気づく。

 それは黒い固まりが大柄な人型を取ったもので、なんとそれが大釜より生えて歩きだしていたのだ。


「ご先祖はこんな話までしてくれなかったでござるよっ、まさか、釜が意思を持っているだなんて……!」

「この黒いヤツは釜の中に溶けていたものか……触れるとかなりまずそうだな……」


 煮立つ液体人間がこちらに迫り来る。

 動きこそ鈍いがもし触れば火傷、いやそれで済めばずっとマシな部類だろう。

 ならどう対処する? 結論を出しかねていると敵との間にゼファーが機敏に割って入ってくれた。


「拙者らに、近寄るなでござるッッ!」


 鋭利なその片刃剣が伸び寄る液体の腕を断ち斬った。

 本体と切り離されたことで腕はただの黒い粘液に戻り、ベチャリと石床へと崩れ落ちる。


 だが相手は液体の化け物だ、ただちに新たな腕が生えそろう。切り離された腕だったものもナメクジのように地をはい、本体への合流目指してうごめいた。

 ……そんなわけなのだ、ゼファーがいくら斬っても斬っても俺たちの退路が減ってゆくばかりだった。


「自己防衛機能も持っているのか、これはまた便利な釜だな。やはりこうやって要塞の老兵を補食していったわけだ」

「アウサル殿、ここは退却の計でござる! 思った以上にこの敵は……たちが悪いっ、何よりッきぼち悪いでござるよっっ!!」


 物理攻撃が利かないのもあってゼファーの戦意があっと言う間に萎んでいった。

 しかし俺は俺でもう少し落ち着いて考えてみる。前を任せて楽をしていた分だけ余裕があったのだ。


「ゼファー、恐らくソイツは肉以外を溶かすことが出来ない。そこに転がってる衣服がその仮説の証拠だ」


 ちょうど足下にあった老兵の服を拾い、黒き液体巨人に投げつけた。

 結果は予想通りだ。衣服がヤツの胴体にまとわり付き、だがけして溶けることなくちょっとした足止めに作用する。


「おおっ、つまり肌を守ればある程度安全に戦えるでござるな!」


 そこで手当たり次第投げつけて時間を稼いだ。

 ゼファーは厚手の服を左で握り、それを盾代わりにすることにしたようだ。


「次に、これは誰にでもわかる簡単な結論だ。……あの釜が本体だ、撤退して騒ぎを広げるより、あの釜をここで、性急に破壊するべきだ」


 続いて俺はゼファーの前に立った。ルイゼの白銀のスコップを身構えて。

 俺たちがここで退けば宝物庫の運搬部隊が危険だ。


「そういえばゼファーが魔法を使っているところを見たことがないな、もしかして苦手なのか?」

「何とこんな状況で世間話でござるか。……まあ出来ぬわけでもないでありますが、別段得意というわけでもござらん。拙者は有角種の中でも変わり種ゆえ……」


 ユランから有角種は知恵と魔力に富むと聞いた気がするが、そこには個人差というものがあるようだ。


「ならアンタは回り込んであの釜を壊せ。俺はコイツを足止めしよう」

「やれやれ無茶ばかりする御仁でござるな……。しからばッ、ここはあえて了解したでござるっ!」


 氷のマテリアルをスロットに装着した。

 スコップの切っ先が青白く変色し、ヒンヤリとした冷気が立ち込める。

 その絶対零度のスコップで迫り来る敵の腕を斬りつけた。

 斬れた腕が丸ごと凍り付き、ゴトリと硬い床に落ちる。


「おおっお見事! ならばそやつはアウサル殿にお任せいたす!」

「……頼んだ」


 しかしヤツは自ら熱を放つ。

 凍り付いた傷口を溶解させてまた元の粘液体に戻っていった。

 その隙にゼファーが釜のある反対側へと突破をはかった。

 黒き巨人がそれを追おうとしたので、俺はスコップを斬り上げて巨人の腰から背中を氷漬けにした。


「まさにアーティファクト、貴様のその無尽蔵の熱はいったいどこから来るというのだ。神の奇跡という言葉にすがりたくもなってくるぞ」


 ゼファーが狙われないよう俺も粘液巨人の前に回り込む。

 懲りずに腕や、歩行のための足が伸びてきたのでそれを氷の斬撃で絶ち続ける。

 ヤツの無限の熱量がマテリアルの魔法力と拮抗した。


「まだかゼファー!」

「まだでござるっ! か、硬過ぎでござるよこの釜!!」


 チラリと一瞬だけ目を送れば、大釜にいくつものヒビが入っていた。

 彼女の片刃剣が繰り返し金属音を立てるが、天から来た邪悪の釜はなかなかに砕けない。

 そこで死に物狂いでもうしばらくを堪えしのぐと、ガラリと陶器が崩れる音が響いた。


「ダメだまだ止まらない、もっと壊せゼファー!」

「しぶといでござるっ!!」


 見れば大釜の1面がついに砕かれ、その内部を露呈させている。

 さらなる1撃がパリンと釜を再び砕いた。

 するとようやく黒き大釜の巨人がついに動きを止めることになった。


「やっと壊れたでござるか……?」


 確かに巨人としての動きそのものが止まった。再び歩きだす様子はない。だが……。


「いや、これは……」

「アウサル殿、何か妙な音が……コイツから……」


 黒い粘液質の巨体がグツグツと激しく煮立ち始める。

 沸騰は止まるところを知らず悪臭を気化させて、足から頭まで全てが激しく泡立っていった。


「コイツ……自分を爆発させるつもりだ!! ゼファー急げっ、大釜にトドメを刺せ!!」

「それはまずいっ、了でござるっ!!」


 マテリアルスコップの力を限界まで引き出して、爆発寸前の黒巨人を斬り上げた。

 鋭い氷結音と共に敵の全身を氷柱に閉じこめることに成功する。

 だが、それでもヤツは自爆を諦めず蒸気を立てて自らを解凍させていった。


「こんな原理不明の力があってたまるか……。悪意しかもたらさぬ神の奇跡など、俺は認めんっ、完全に氷漬けになってしまえ邪悪の釜よッッ!!」


 再びマテリアルの力を増幅する。

 もう一発叩き込めば十分に時間が稼げる、これで俺たちの勝利だ。

 ところが急激にスコップから冷気が失せていった。


「……な……なんだと、急に、力が……」


 こんな時だというのに魔力が霧散し、完全にマテリアルが機能を止めてしまったのだ。

 それだけじゃない、氷のマテリアルがスロットよりこぼれ落ち、落ちるなり色彩を失って砂へと変わり果てていた。


 ……そうだった、グフェンが言っていた、マテリアルは使い捨てなのだと。

 そうなると次は風のマテリアルか。疾風で放熱させるくらいなら出来るだろう。あのとき氷のマテリアルは2つ出来上がったが、残念だが今は持参していない。


 氷柱を溶かし、自由を取り戻してゆく粘液巨人を前に、俺は深緑色の宝石を取り出しスロットへと装着した。いや、正確には装着しかけたところで止めたのだ。


「反逆シャ……メ……呪イ、アレ」


 ゼファーの猛攻によりついに釜が粉々に砕けた。

 俺たちの目の前で巨人が形を失い、まるでシャーベットのように半氷結した汚い塊に変わり果てていった。


「ハッ、ハァッハァッハァッ……ぅぅっ、無事でござるかアウサル殿……」

「ああ……貴重な切り札を1つ消耗してしまったが、何とかなったようだな……。エルキアめ……スコルピオめ……とんでもない負の遺産に手を付けてくれたな……」


 人を生け贄にして生み出される鎧、ケルビム・アーマー。ヒューマン以外の種族を滅ぼすために、天がもたらした最悪のアーティファクト。

 なんだこれは……つくづく気に入らない……。失敗作とされた種は生きることも許さないと言うのか。


 ふざけるな。そんな傲慢な創造主など、我らの反逆の神ユランに討たれてしまえば良かったのだ。


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