11-04 大釜の正体、道を踏み外してゆく悪のエルキア
翌日、俺はラジールと運搬部隊を引き連れて隠し宝物庫に戻って来た。
何かと指揮の上手いフェンリエッダに、これまで盗品の売り買いを担ってくれた有角種ゼファーも一緒にだ。
さらにダレスとジョッシュも俺の家臣だからと、後から追加指名させてもらった。
「わははっ、辺境貴族ってのはいいなぁー! こーんなにため込みやがってちくしょぅー、豪勢な眺めじゃねぇかよっなぁジョッシュゥー!」
「王族のダレス様よりずっとリッチな生活してるようですね。あ、ダレス様は傍流も傍流でしたっけ、思い出すだけでも涙ぐましいご生活でした」
彼らは2人がかりで荷台に黄金の延べ棒を乗せてゆく。
相変わらず皮肉屋のジョッシュだが、どうも事実だったらしくダレスは怒りもしない。
「おっそこの角尖ったねーちゃんっ、ソイツは重いぞ、俺たちがやるからあっちの宝石でも運んでおけって。いやしかし綺麗な髪と角じゃねぇの、えーと、名前なんだっけ、角の姉ちゃん?」
「ヒューマンが慣れ慣れしく拙者に話しかけるなでござる! 拙者はゼファー、そなたらに名乗る名などないでござるよ!」
とか言いながら名乗ってるじゃないか。
……なんて余計なことを言っても仕事の邪魔をするだけだ。
ここは敵地の真下、速やかに目的を達さなければならない。
「財宝を外に運び出したら最後尾の荷台を待ってから戻って来い! さもなければトンネル内で狭く苦しい目に遭うぞ! よし行け!」
フェンリエッダの指揮が鮮やかに飛ぶ。
そこはもう少し広くトンネルを掘っても良かったが何せ敵地だ、荷台2車線分を用意する余裕は無かった。
「ジョッシュ、悪いがダレスを借してくれ。ゼファー、アンタも一緒に来てくれ。……例のものを見てほしい」
ゼファーにはそれとなく話は伝えてある。
彼女はうなづいて、それからダレスと一緒が嫌なのか熊男を軽く睨んだ。
「おやダレス様をですか? まあ力仕事くらいなら出来ると思いますが……どうぞどうぞ」
「そりゃないぜジョッシュぅー。で、何をすりゃ良いんだアウサルの旦那?」
ダレスとジョッシュにはあのことを黙っていた。
彼らは元エルキアの人間だ、口で伝えるより見せ付けた方が良い。
「フェンリエッダ、すまないがここを任せた」
「ああわかっている、報告にあった大釜と純白の鎧だな。こっちは任せておけ。それに助手殿の人使いの上手さはなかなかのものだからな、これは思ったより早く片付くかもしれん」
フェンリエッダにも一声かけた。
ところがそうするとおかしな単語が飛び出してきた、助手殿って誰のことだ?
「いえ私まだそこまで皆さんに信頼されてませんから。きっと私から指図なんてされたら嫌がりますよ。あそれとフェンリエッダさん、私は助手ではなく……ジョッシュです。助手で定着されても困りますので念のため」
「ふむ……エルキアでは助手のことをジョッシュと言うのだな、わかった、では悪いが外の方の指揮を頼んだぞジョッシュ」
「ですからあの、そうではなくてですね……私は助手ではなく、ジョッシュという名前なんです」
「……? まあわかった、とにかく任せたぞ助手殿」
……なるほど。
エッダは堅物だ、終始真顔で受け答えていた。
もうそれで良いですよ……。ジョッシュのそんな返事を背に俺たちはトンネルを経由して大釜の元に向かった。
ちなみに怪盗ア・ジール3文字分のラジールだが、外の森で荷馬車隊の警備をしてもらっている。
アイツはあの性格だ。歌いながら財宝を運搬されたらかなわんからだ。
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「この扉の中だ。ここに理解しがたいものが隠されている。さあ、2人ともよく見てくれ……これは一体、なんなのだ……」
再びこの場所に戻って来た。
エルキア王族のダレスと、知恵と教養に富む有角種ゼファーを引き連れて。
俺が呪われた扉を開くと、彼らもまた目前のその光景に絶句する他になかった。
散乱する鎧と衣服、煮立つ大釜、悪臭、奥に並べられた純白の全身鎧。
そんなおかしなものがサウスとエルキアの軍事拠点地下に隠されていたのだ。
これの意味するところはあまりに不穏で不気味だった。
「ダレス、アンタをここに連れてきたのにももちろん理由がある。……アンタに見てもらいたかったのだ。これが今のエルキアだ」
ダレスの様子をうかがった。
大釜を見つめたまま硬直して動かない。見るからにショックを受けているようだった。
「ゼファー、念のためもう1度解説しよう。ローズベル要塞には老兵が派遣されて来る。任地はサウス市街のはずだが、要塞から出立したところを見た者はいない。……さらに要塞では地下へと向かう老兵が目撃されている。だがそれっきり戻って来なかったそうだ。これらの情報をまとめるとどうなる?」
苦い顔をしてゼファーが釜の中をのぞき込む。
しかしすぐに中から目をそらしていた。そこにあるのは強烈な嫌悪だ。
「悪ぃが口を挟むぜ。老兵はここに連れて来られた、それは間違いねぇ。ほら見ろ、白髪だ。服に付いてたやつだがどれもツヤのねぇ髪が多い。つまり、この服を着ていたヤツはよ……もう、戦いの役には立たない、使い捨ての老人だ……」
確認に俺も腰を落として服を漁った。
ダレスの言葉通りだ。ならば使えなくなった兵士を集めて、エルキアは何をするつもりだったのだろう。
「……ッ」
答えは有角種のゼファーが教えてくれる。
けれどその艶やかな唇が言葉を発することはなかった。
代わりに怒りと嫌悪、苛立ちを含んだ表情を浮かべて部屋を回り、1つ1つ自分で全ての証拠を確認してゆく。
衣服を確認し、煮立つ釜をまた睨み、それから全身鎧に軽く触れて、恐れるように指をすぐ引っ込めた。
「頼む……答えを……答えを俺に教えてくれ。こいつぁ何だッ?!」
ダレスも軍人だ、傍流とはいえエルキアの王族だ。
彼がこれに怒りを覚えないはずがなかった。
「ならば結論から言うでござるよ……」
鎧を見上げて銀髪のゼファーがかすれた声をこぼす。
「そこの釜で煮立っているものは……人間でござる。そこから邪悪な魔道の力を感じるであります……。釜の中身と、この鎧の金属は同じ物。エルキアは……要らなくなった兵士を……溶かしてこの鎧に変えているのでござる……」
人を溶かして装備に変える。
さながら虚飾の鎧とでも言うべきか。白き鎧の神々しい美しさの陰には裏切りと傲慢があった。
「ふっざけんなッッ!! こ、これまで国を守ってきた連中を……何だと思っていやがるっ!! 俺は認めねぇ!! こんなものを作ろうとする、エルキアをもう認められねぇッッ!! これは兵士に対する祖国の裏切りだ!!」
ダレスが王族らしくもなく鎧に蹴りを入れた。
それ以上暴れられると要塞の兵に届きかねないので、彼の正面に回り込んで制止する。
「これは1000年前の戦いにも使われたものでござる。名はケルビム・アーマー。拙者らの陣営からは邪神の鎧と呼ばれていたものでござる。着用者の身体能力を飛躍的に向上させ、エルフらが得意とする魔法に強い耐性を持つことが出来るでござるよ。そうでござるな……コストと道徳を無視すれば……最強の鎧、さらにヒューマン以外が使うことが出来ないゆえ、奪われても最小限の被害で済むというカラクリでござる……」
そんなものがエルキア軍に普及したら大問題だ。
なおさらサウス独立が遠のくではないか。
「国の誇りをかなぐり捨てておいて何が最強だッ!! ああ俺は心底愛想が尽きたぜアウサルの旦那!! 俺はもう1度誓うぜ、お前に付いていかせてもらう!! コレ見たらあの冷静なジョッシュだってブチ切れんぜ!! おうっ、今すぐ仕事交代してくるわっ、ありがとよアウサル!!」
「……ああ、これの正体がわかった以上はジョッシュも見た方がいいだろう。そうしてくれ」
あの陽気なダレスがいまだ怒り狂っていた。
大事な相棒にもこれを伝えなきゃならないと、一応主人であるアウサルを置いて飛び去っていってしまった。
「あんなに怒るとは少し意外でござる……」
「ダレスはあれで常識人だ。それよりどうする、この鎧と大釜を俺たちはどう処理すれば良い」
ヒューマンも全てが悪人ではないのだ。
そんな当たり前のことだが、そこは口で言ってわかることではない。これ以上の余計な発言は控えた。
それより大事なのはこれからだ。
「……この釜は、天より運ばれたアーティファクトの1つ――と聞いたような気がするでござる。こんなものは気持ち悪いゆえ破壊してしまうに限るでござるよ」
「それもそうだ。こんな恐ろしい負の遺産はこの地上に必要ない、これこそ創造主サマエルが悪神である証とも言える。……あっちの鎧の方はどうすれば良い?」
しかし壊せば解決とも言えない。
この大釜がこれまでいくつのケルビム・アーマーを生み出してきたのか。
そして、現存する大釜をエルキアが他にいくつ持っているのか、それ次第ではさらなる脅威に苦境が待っている。
「正直拙者は絶対に触りたくないでござるが――ここは根こそぎ奪ってどこかに捨ててしまうでござるよ」
「悪くない、そうしよう。しかしジョッシュとダレスはヒューマンだ、彼らに使わせれば戦力になりそうなものだがな」
材料とエルキアの悪行に目をつぶり、道具は道具として有効活用する手もある。
「はははっそれは無理でござる。やつらはヒューマンのくせに変に誇り高いでござるからな、アウサル殿の命令であっても絶対に応じないでござるよ。……それに今思い出したでござる。ケルビム・アーマーを着用した者は理性を失い、ヒューマン以外のあらゆる種族を殺すことしか頭に入らなくなる、と聞いたことがあったでござった」
「最悪だ……作ったヤツも地上に運んだヤツも気が狂ってるとしか思えん……。ならそんな鎧は捨てるに限るな……。よし早速運び出そう。釜を壊すのはその後だ」
壊せばあの黒くて気持ち悪い液体が床を汚すことになる。
そんな状態で重い鎧を運搬するなんて俺はイヤだ。
俺は鎧に近付き、嫌悪感を堪えてその小手に我が手をかけた。




