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11-02 スコップ一つで始める要塞潜入

 地下道の始点だが、これはローズベル要塞より南西の森に作った。

 そこから一気に要塞中心部目指してもぐり込む。

 土の海から陸を目指して進んでゆくと、半ばカン頼りの目分量だったが要塞の土台を見つけ出すことに成功した。


 地盤を安定させるための杭や、水がたまらないように砂利が仕込んであるので見分けやすい。

 その層を抜けるとどうも床とおぼしき石畳にぶち当たった。

 ……続いて耳を押し当てて上の様子を確認する。


 じっくりと時間をかけて足音や声を探ったがどうも人気がない。

 しかし万一ということもある、さらにゆっくりとモグラはモグラらしく物音を探った。

 結論はおおよそ問題無し、少なくとも上に兵士はいない。


 そこで石畳をスコップで切り抜いて要塞内部にはい上がった。

 ルイゼのスコップは石や土、金属に対して極めて鋭利で頑丈だ。切り抜いた石畳を戻してしまえば、ちょっとした床のひび割れ程度にしか見えなくなった。


「思ったよりあっさりといったな。さて……」


 俺は我が物顔で要塞地下をうろついた。

 酒場のマスターがサウス侯爵兵の装備一式を手配してくれたおかげだ。

 名誉のために言えば、グフェンの下準備の成果ということでもある。


「思ったよりこれは、意外と……平和だな」


 エルキアからすれば辺境の、敵地に面していない砦だ。

 人員不足なのか夜間の警備が薄い。実は先ほど兵とすれ違ったが何のことはなかった。


 報告によると地上部には隠し宝物庫らしきものは確認出来ていないそうだ。

 ソースはここの兵士。グフェンの仕込んだ間者だ。

 さてそうなると地下、この地下のどこかにあるはずなのだが……。


「よお! こんなところにいたのか、どうだ1杯やらないか!」


 ところが地下施設をあちこちさまよっていると、いきなり親しげな声が俺の背中を呼び止めた。

 もちろんこんなところに知り合いがいるわけない。この間抜け兵士は俺のことを誰かと勘違いしているのだ。

 困った、こういった場合どうするべきだろう。これは威力偵察ではないのだ、騒ぎを起こせば明日の宝物庫破りがご破算だ。


「誰だ? 暗くて良く見えない」


 ともかくごまかし通すしかない。

 うまくやれば情報だって得られるかもしれない。

 顔を見られないよううつむきながら、俺は後ろの相手に振り返った。


「俺だよ俺、同じ部隊のロッソだよ」

「ああ何だ、アンタかロッソ」


 何とかなりそうだ、相手は勘違いを続けてくれた。

 とはいえ俺は元々社交的ではない、思わぬボロが出ないといいのだが……。

 ちなみにそのロッソは30代ほどの精悍な男で、日焼けした黒い肌と金髪のギャップが印象的だった。


「よっし、それじゃ今から飲みに行こうぜ。……ア・ジール、俺たちの英雄さんよ」



 ・



 名前を呼ばれたときはさすがの俺も凍り付いた。

 ロッソに案内されて人気のない武器倉庫にやって来ると、彼から皮水筒を投げ渡された。


「悪かったな。だがお前が悪いよ。俺たちの手柄を奪わないでくれ、ア・ジール」

「そういうことか。アンタ、グフェンの配下だな」


 水筒のふたを取り外して受け答える。


「そうだ。今日までお前のために下調べしてきたんだぜ俺たち。せめてこっちの報告が終わるまで待って欲しかったぜ」

「ヒューマンなのに俺たちに味方するのかアンタ」


 ただこの1点がいささか気になった。

 ヒューマンがダークエルフの味方をするにはよっぽどの理由がないとおかしい、普通はありえない。


「ああ、わけあって俺はダークエルフのグフェンに雇われてる。それ飲めよ、ただの水だ。酒なんて飲ませたら臭いで目立つからな」


 疑いこそあったが素直に水を飲み干した。

 ぬるかったが美味い、地下道作りで疲れた身体にしみる。


「ふぅ……なるほど水だ」

「良い飲みっぷりだ、信用してくれたんだなア・ジール。いやアウサルでいいか」


 ロッソは気を良くした。

 精悍な顔がニヒルに笑い、それから打って変わって鋭敏な姿を見せる。


「……じゃ仕事の話といこうか。例の隠し宝物庫だが、それらしきところは探り当ててある」

「本当か? だがなぜアンタはそれを報告しなかったのだ」


「ぬか喜びさせるわけにはいかないんさ。まだ確実にあるとわかってるわけじゃない。……それと、どうも妙な話を聞いてな……それがよくわからねぇんで保留にしていた」

「それでも良い、ぜひ教えてくれロッソ」


 ロッソの口振りからするとどうにも不穏だ。

 それが良くない噂の類だと顔色から判断出来る。噂話を楽しもうって態度じゃなかったのだ。


「アウサル、ここは要塞だ。有事のためのからくりが仕込まれている。……そのうちの1つが今回の疑わしきポイントってわけだ。実はこの要塞には1つの地下道があってな、ソイツはエルキア王国側の絶壁に続いている。いざこの要塞をダークエルフに奪われたら、その隠し通路から奪還部隊を派遣したり、逆に退路に使ったりするつもりだったんだろう」

「なるほど……」


 ローズベル要塞はエルキアとの国境に位置している。

 端的に言えば、サウス北西とエルキアは長く深い谷で隔てられているのだ。

 そしてこの谷は大橋で繋がれている。そのローズベル大橋を守るのが要塞最大の役目だ。

 だからいざその橋を落とされた時のために、秘密の隠し通路が用意されていたところで不思議でも何でもなかった。


「うかつだな。ヤツはそんなところに財宝を隠したのか? こんなバカなことをしなければ、今後も切り札として使えたものを……。この宝物庫破りを中止して、サウス市攻略後のカードとして残しておきたくなるくらいだ」

「じゃあ止めるかい? それにスコルピオの判断はこうだ、ニブルヘルごときにサウスを奪われるはずがない、ってな」


 それは侮られたものだ。

 それとだが本気で今回の計画を中止にするか悩んだ。

 侮られるくらいにまだ戦力差があるのも事実だ。


「いや、盗む。今はスコルピオの力を少しでも削がなくては勝ち目そのものがない、その後ろにいるエルキアの方にな。それにだ、侯爵は余剰資金という担保があるからこそ金を動かせるのだ、ここを潰せばヤツの動きをより封じることが出来るだろう」


 これで迷いの森の包囲がいくらか崩れる可能性もある。

 奴らがあの森を突破出来ないとはいえ、いつまでも鼻先でうろうろされては邪魔くさい。


「そうかい。だけどな、その隠し通路の入り口を、常時スコルピオ侯爵直属の兵が見張っていてな、まるで近づけん」

「場所は?」


「ああ、向こうの階段を2層降りて北西だ」

「そうじゃない、指をさしてくれ」


 おかしな俺の要求にロッソはいぶかしみを見せた。


「……あっちだよ」

「まだ地下があったんだな、なるほど」


 それから少し正確性を迷いながらも彼が北西下方を指さす。

 その方角にある隠し通路をこれからアウサルが掘り当てれば良いのだ。

 ならば1度要塞から地下道に戻って、そこから直通で繋ぐべきだろう。


「それと妙な話の方な。たまに本国から老兵ばかりの部隊が来るんだ」

「老兵……?」


「ああ。で、その老兵たちなんだが……着任するなり消えるんだよ。任地はサウス市内って話なのによ、砦から出てった姿を見たものがいない。……だがある兵士がおかしなことを言っててな、その老兵たちが地下に行くのを見たそうだ。けれどそれっきりどうも上がってこないんだってよ。じゃあ、ヤツらはどこに消えたんだ? って怪奇話さ」

「答えはその隠し通路にあるというわけか」


「かもしれん。アウサル、これはヤバい臭いがぷんぷんとするぜ。状況がもう少しわかるまで止めとけよ」

「いや……悪いがそうもいかん。そもそもこれ以上は探りようがないだろう。だから後は俺がぶち抜こう、悪人どもの宝物庫も、怪しい怪奇話も全て暴き立てて見せる」


 ロッソがリスクを払って警備の向こう側を確認するよりも、俺が穴を掘ってその先に入り込んでしまった方が早く確実だ。

 それにグフェンの配下だけあって有能そうだ、これ以上危険な賭けをさせるのはもったいない。


「言うじゃないかアウサル。……あのさ。これはどうでもいい話なんだけどよ、俺はさ、ダークエルフの乳母に育てられたんだよ」


 そのロッソが急に態度をやわらげて何とも言えない半笑いを浮かべた。

 語りにくいことなのか人に背中を向けて、急におかしな話をする恥じらいもあってか金髪頭をかく。


「だけど俺が8つの頃だったかな。スコルピオ侯爵家より下賜された、あるブローチが消えちまったんだな。……で、疑いをかけられたのが乳母だ……。彼女はもちろん犯行を否定したさ、だけど結局そう決めつけられて、憲兵に突き出された後は火あぶりにされちまった」


 サウスではダークエルフに人権がない。

 まともな取り調べも平等な裁判も受けられない。それがこの国だ。


「でさぁ……ここからがしょうもねぇ話なんだけどよ、アウサル。そのブローチ……どこに消えちまったんだと思うよ?」

「さてな、金目の物なら他の使用人が盗んだか」


 ロッソは振り返り、俺の回答を大げさなジェスチャーで否定した。

 呆れてやまない事件なのだと俺に語りながらも、その目が笑っていない。


「違う。あのブローチはさ……あの人の命を奪った、ちっぽけな財宝はさ……。俺の母親が持っていたんだ」

「それは……」


 何の意図で彼は俺にこの話をするのだろうか。

 許せない。それがダークエルフに味方する理由だと、その姿が物語っているようだ。


「まだ幼い俺にそれを見られるとアイツは言った。……あら、こんなところにあったのね。ウフフ、急に現れるなんて不思議なものね。……なーんてよ、これっぽっちも悪びれずにな……。俺は悟ったよ、ヒューマンはクソだ、いっそ滅びちまえ……なんてな」


 全てを吐き出し終えると元の彼に戻った。

 酷い話だ、サウスではそう珍しくもなんともないよくある酷い話。それがロッソのダークエルフに味方する理由だった。


「アウサル、俺はニブルヘル諜報員のロッソ。この仕事が終わったら別の任地につく。また会えるといいな。……どうかその力でさ、あの人の無念を晴らしてやってくれよ。奴隷同然の扱いを受ける、法にすら守ってもらえないダークエルフたちを……どうか救ってくれ。アンタはエルフの希望だ、このクソみたいな状況をどうにかしてくれよ」


 ニブルヘルは反乱軍だ。

 誰にだって反逆に荷担するだけの事情がある。

 彼は俺と同じヒューマンだが、確かに俺たちに味方する理由があった。


「任せてくれ。共に腐ったこの国に風穴をあけよう、ロッソ、ア・ジールに来たらうちに寄ってくれ。美味い水のお礼をしよう」

「そりゃ遠慮する。だってあそこの茶といったらアレだろ、ありゃ美味いもんじゃねぇわ」


 まあソレは確かにその通りだ。

 ともかく情報は得た。ロッソと別れて俺は地下トンネルへと舞い戻るのだった。


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