10-04 魔・改造完了 その名もマテリアル・スコップ 2/2
後は同じ要領だった。
サファイア、アクアマリン、ブルーベリルと無色サファイアが合成されて、こちらも深い深い蒼色ひし形の定型に仕上がった。個数は2だ。
エメラルド、グリンベリルなどからは深緑の石が生成され、それぞれブルーマテリアル、グリンマテリアルと命名された。
最後に俺の選んだ宝石が彼の手のひらの上で踊り出す。
「ぅ……はぁぁっ……はぁっ……久々過ぎて疲れてしまうよ……。さあこれで最後だ、いくぞ……」
本来重なるはずのない石と石が折り重なり、一つに溶けてひし形の宝石に変わってゆく。
……これで最後の1つの出来上がりだ。
「お疲れさまですグフェン様。それにしてもこれは……何だろうこれ、わぁ……」
「ああ、つくづく盗める気のしない技だ……。グフェン、そんなに消耗するなら言ってくれたら良かったのに……仕事は良いから少し休んで下さい……」
そのマテリアルなのだが、緑と黄色と無色がまだらに混じりあっていた。
個数は1、俺だってこんなおかしな石は見たことがない。
「何だエッダ……俺をまた年寄り扱いか……? ではお言葉に甘えることにしよう……。アウサル殿、さあ使ってみるといい」
イスの背もたれに倒れ込み、彼の手がマテリアルに向けてかかげられた。
苦労して作ってもらったものだ、言われるがままにマテリアル6つを受け取る。
「使い方は簡単だ、ラウリルの輪にあるスロットに装着するだけだ。……さあ俺に見せてくれ、アウサル殿の手で、ルイゼくんの鍛え上げた作品に、マテリアルが装着されるところを」
「待てアウサル。何がどうなるかわからない、そのフレアマテリアルだけは止めろ」
「はわわっ、それもそうですっ、だって火事になっちゃいますもんね!」
そんなことわかっている。
予定を変えてブルーマテリアルをスロットにはめ込む。
「お……何だこれは……スコップが急に冷えてきたぞ」
「あっ本当です」
「うむ、しっかりと制御出来ているようだ。はめ込んだ途端、武器ごと持ち主が凍ることもあるからな」
エッダとルイゼがこちらに寄ってきてスコップの柄に触れた。グフェンの物騒な言葉によりすぐさま引っ込んだが。
「そういうのは先に言ってくれ……」
「何を言う。それは俺と、ルイゼくんと、アウサル殿の力の結晶だ、暴走など万一にでも起きるわけがない。……それはそうとさあアウサル殿、これを斬ってみろ」
2人が引っ込んだのが良いタイミングだったらしく、そこでグフェンが俺の頭上にオレンジの実を投げた。
スコップ使いなら任せろ、言われるがままにだいだい色の果実を斬りつける。
「なっ、何の音ですか今の?!」
まずは凍てつく冷たい音。
触れるなり氷漬けになったオレンジが書斎の壁に激突し、ガラリと崩れ落ちた。
「く、砕けた……」
「ほんのちょっと触れただけなのに……凍っちゃいました……っ」
隣室からアベルハムが驚きの声を上げて、こちらに駆け込んでくる始末だ。
「期待以上だ、かなりの魔力だったがルイゼくんのスコップには何の異常も無い、成功だよ。ああアベルハム、良いところに来た、そこのオレンジ……だったものを片付けておいてくれ。直接触れるのはまずいのでホウキでな」
つまりこういうことか。
ブルーマテリアルを装着したスコップは、叩き付けた相手を一瞬で丸ごと凍り付けにする。なんと、恐ろしい力だ……。
「凄いを通り越して物騒だな……アウサル、念のため言うが刃先をこちらに近づけるんじゃないぞ……?」
「はわっ、うっかり触ったらボクらもカチンコチンです……!」
「き、切っ先を自分らに向けないで下さいアウサル様!」
スコップの持ち主ですら扱いに震えるのだ、ルイゼを守るようにエッダが書斎机の向こう側に待避し、逃げ遅れたアベルハムも壁に背中を張り付けてしまった。
「グフェン、これは二重の意味でぶっ壊れ性能過ぎると思うのだが……」
「素晴らしいではないか、それだけの力があればアウサル殿はもう2度とスコルピオには捕まらない、俺としてはそのことに安堵を覚えるほどだ。……スコップの方に異常はないな?」
スコップを裏返して各所を確認する。……さすがはルイゼのスコップだ。
消耗品のマテリアルが破損しない限り、もう誰にも負ける気がしない。そんな気分になってしまう。
「うむ、問題なさそうだな。ラウリルの輪はその昔に、ライトエルフとダークエルフが合作して作り出したものだ。どうかその力で、我らア・ジールを勝利に導いてくれアウサル殿」
そうは言うが日常においては物騒以外の何物でもない。
ブルーマテリアルを取り外して見せると、皆の恐怖心に近いものがようやく収まってゆく。
スコップで殴り付けられたら凍って即死だ、集団行動ではまるで使えないオーバースペックだった。
「はぁぁ……怖かった……」
「この様子だと……他のマテリアルもはた迷惑な威力を持っていそうだな……。グフェンっ、こんなものを室内で使わせないで下さいっ!」
「はい、自分も以下同文です……」
しかしこうなると他のマテリアルも気になってくる。
その中でもフレアマテリアルはこのあたりの市街地じゃ絶対に試せない。
「アウサル殿、マテリアルは強力だがあまり酷使しないようにな。良い材料を取りそろえてくれたが、やはりそれは消耗品だ。使い過ぎるとマテリアルの自壊を招くことになる。……ここぞという時にもちいると良いだろう」
加えて言うなら宝石をコストにして奇跡を起こすようなものだ、つまり金がかかる。
消耗品だとしてもこの威力は破格とも言えた。
「あっところで最後のまだら色のマテリアル、あれ気になりませんか……?」
「ちょうど私も同じことを思っていたところだ。とんでもない危険物であっては困るからな、見届けておこう」
政務所を離れて外に出た。
人通りの少ない公園まで移動して、俺は例の、緑と、黄と、無色のマテリアルを握る。
ちなみに公園と言ったが、おそらく公園のつもりで作られた場所と訂正しよう。
住居と同じくここも元からあったのだ。
姿も素性も知らぬア・ジールの制作者、その者への感謝を込めてそのままの状態を残してある。
「アウサル殿、さあこれを」
緑と花々あふれるそこで、グフェンが唐突にオレンジを空高く投げ飛ばした。
いきなりだったが俺もとっさに謎マテリアルを装着して、落下に合わせてスコップを空になぐ。
「……む?」
「……はれぇ?」
空振りしたわけじゃない。ちゃんと命中した。
スコップに打たれたオレンジがボトリと向こう側の芝生に落ちる。
鍛えた鉄すらもあっさり断ち斬るというのに、オレンジはダメらしい。このあたりはスコップ100倍の力の仕様だ。
「……失敗作か?」
オレンジを拾って皆に見せた。
打撃によりへこんでいる。ただそれだけのオレンジだ。
「そんなはずはない。一瞬だけ、高い魔力が発散されるのを見た。効果が無いなんてことはないはず」
「でもでもグフェン様、見たところ全然……」
「ええ、まるでもって何の変化もありません。……失敗では?」
エッダの言葉を否定しかねて俺たちはそろって首をかしげた。
石を魔力優先のでたらめで選んだのだ、属性というピースが噛み合わず不発になったのだろうか。
「アウサル殿、使っていて何か感じたりはしなかったか?」
「何かと言われてもな。ん……?」
ところが足下に違和感を覚えた。
何だか急に……ほんの少しだけくすぐったくなってきた。
「あっアウサル様ッ、足足っ! 足下っ、足下のスコップっ!!」
そういえばスコップを下ろして地に突き刺してしまっていた。
何が起こるかわからないというのに、俺としたことが不用心だ。しかし一体何が起こって……。
「おお……」
下を見れば、土くれの地面にだ円状の緑が広がっていた。
スコップを中心にして草が膝あたりまで急激に伸び、そこで成長を止めていた。
「つまり草を生やすマテリアルということか……? ふ……ふふふっ、何だ、お前らしい平和な効果だったな」
「確かに武器として見れば見劣りするが、俺は面白いと思う。アウサル殿の人柄が出ている」
大地よりスコップを引き抜くと、完全に植物の生長が止まった。
どうにも具体的にどんな力なのか判断しにくい結果だ。
「果実にはまるで反応せず、土に触れると効果が現れた。フェンリエッダ、アンタこれをどう思う?」
「ん……? どうもこうも、だから草を生やすスコップになったんだろう?」
「ふむ、エッダはバインドの魔法に近い作用をイメージしたようだね。植物をそこに発生させて急成長させる効果だと」
今一つよくわからないのでもっと土をいじってみた。
スコップで足下をあちこち掘り返しては土質をやわらかくしてゆく。
ところがそれだけでは草が生えなかった。さっきみたいに、長い時間をかけて地へと突き刺しているとそこに草が生える。わけがわからない……。
「あの……思ったんですけど……じゃあそこに種をまいてみたらどうでしょうか……? あっ、ぼ、ボクなんかの意見ですみません……」
「ふむ、ならばちょうどここにカブの種がある。早速まいてみよう」
「待て、何で当たり前のようにそんなもの持ってるんだアンタ……アンタここの王みたいなものだろう……」
「グフェン、まさかとは思いますが……この後脱走するつもりだったんじゃありませんよね……?」
ツッコミどころを残して、グフェンの種が地面にまかれてゆく。
「あっ?!」
すると不思議なことが起こった。
大地に落ちるなり双葉が芽吹いたのだ……。
さらに加えるならそれ以上は急成長しなかった。
「これでわかったな。恐らくそのマテリアルの効果は……土の治癒だ。植物の生えぬ荒れ地に作用するのだ」
「なるほど。つまりアンタはこう言うわけだ。あのただっぴろいサウス南の荒野をこれで一面の緑に変えろと。果てしない話だ」
まだら色マテリアルを取り外して懐に戻した。
どちらにしろこれは今のところ出番がない。ここア・ジールの土地はほぼ全てが耕作に適している。最初から豊かな土地なのだ。
園芸好きならさぞやたまらない力だったろう。
いや、超長距離トンネルを生み出すような俺だ、むしろこの上なく俺向けのマテリアルなのかもしれない。
「それとアウサル殿、良い機会だから言っておこう。俺は反乱軍ニブルヘルのリーダーに過ぎない。俺は俺よりもここの主にふさわしい者が他にいると思っている。……ふっ、アウサル殿は、パルフェヴィア姫にいたく気に入られたようだな」
「……急に何の話だグフェン」
そこでグフェンがおかしな話を持ち出した。
彼の口からあのお姫様の名前が出てきたことに違和感を覚える。
「誰ですかその人? アウサル様、誰ですかパルフェヴィアって」
「ニル・フレイニアの第一王女ですね。……仲が良いんですか、そうですか」
急に、何の話だグフェン……。
それになぜいきなり不機嫌になるのだ、この2人は……。
「いやこっちの話だ、ふふふ……。さてこれで明日からの楽しみが増えたな、公園の中だが芽生えてしまったものは仕方ない、収穫まで俺が責任を持とう」
グフェンが背中を向けて政務所に帰ってゆく。
焚き付けておいてのん気な足取りで。
「アウサル様、もう少しお話していきたいです。ボク、そのお姫様のこと気になります。どういうことですか……?」
「私は知っているぞアウサル、お前はあろうことか姫君たちが入浴中の真っ最中に……地底から床をぶち抜き現れたそうだな」
これはたまらん。逃げるに限る。
俺はスコップを背負い直し、愛しの書物あふれる我が家目指して立ち去った。
乙女心……?
呪われた地で1人生きてきた俺にはまだまだ理解不能だ。
「へーー……そうなんですか、へーー……」
「だから言ったでしょ、アウサルはエッチなんです。ルイゼも気を付けて下さいね」
ああ、不名誉だ……。
ラジールは奇策を実現するワイルドカードであるが、等しく俺の疫病神に違いない……。
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後日譚――
それから翌日のことだ。
例のカブの双葉だが、1日でもう茎が高く伸びて青々と生い茂っていた。とグフェンが報告しに来た。
驚くべき成長力だ。もしかしたら本当に、このまだら色マテリアルには土を癒す力があるのかもしれない。
1つ難を言うならば、畑仕事に対する理解が俺にまるで無いという点だった。




