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10-02 彼の名はアウサル、死の荒野で唯一生きられる怪物

「貴方にはつくづく驚かされますよ。まさかご実家があの死の荒野で、これからそこに仕事しに行くって言うんですから」

「アウサル様、これ簡単ですけどお弁当です。無理しないで疲れたらほどほどで戻ってきて下さいね……?」

「大丈夫だ。それより2人を頼んだぞ、恐らく今夜は戻らん。あっちの仕事はまとめて片付けてしまいたいからな」


 翌朝、ルイゼに2人を任せて家を出た。

 まずは高台を下って市場に寄り、あっちでの食料を買い足す。

 農産物ばかりの小さな市場だが、フレイニアとの取引が活発化するにつれここもそれだけ大きくなることだろう。


 ・


「あらアウサルさん、今日はルイゼちゃんと一緒じゃないんだねぇ~。あ、そうそう聞いたわよ、大活躍だったそうじゃないー!」

「おばさんは情報が早いな。これとそれと、あと麦を1袋くれ」


 そこで山鹿の干し肉とア・ジール産の甘い乾果、麦を買い込んだ。

 死の荒野(あちら)に行けるのは俺1人、自分のことは自分でやらなければならない。


「いってらっしゃいアウサルさん、陰ながらあたしらも応援してるよ。ここじゃ稼ぎを奪われることもないし、嫌な思いもしないで済む、来てみればほんと天国だったよ。ありがとうねアウサルさん」

「それは俺1人の手柄じゃない、グフェンたちのがんばりがやっと実ったのさ」


 市場を離れて呪われた地を目指す。

 ア・ジールは広い。その領土は南の迷いの森からサウス近郊の地下にまで及ぶ。

 そこで北西へ北西へと麦畑と花あふれる開拓地を進んで行く。


「カーチャン! アウサルだっ、アウサルが来たよっ!」

「こらっ、ちゃんと様を付けなさいっ! ああそうだっ、うちの菜っ葉を食べてもらいましょうよっ」


 するとダークエルフの少年に見つかった。

 そのお母さんが畑から青々とした葉物野菜を引き抜いて、親子そろってかけ寄ってきた。


「アウサル様、泥付きですがどうぞお納め下さい。貴方のおかげで私たちは農園での酷い生活から抜け出せたんです。ここは素晴らしいところです、さあどうぞどうぞ遠慮なさらず!」

「アウサル! 今度さ、剣を教えてくれよ! え、剣は苦手なのか? ふーん……」


 よくあることと言えばよくあることなのだが、やはりどうも慣れない……。

 俺はずっとあの呪われた地に済む疫病神だったのだ。

 いや別に恨んでいるわけではない。しかしおかしな話だと思う。

 異界の本にある英雄物語そのものとして、人々が俺たちを見るようになっていることに。


 ……さらに開拓地を進むとそこから先は荒れ地だ。

 まだ人の手が伸びきっていないため大地は乾き、行けば行くほど草木の姿が消えてゆく。


 やがて長い道のりの果てに門へとたどり着いた。

 誰かが間違って呪われた地へのトンネルを使えば死を招く。そこでグフェンと相談した上で鍵をかけることにした。

 その門の施錠を解き、俺は呪われた地への登り坂を進んで行く。



 ・



「帰ってきたか……。いや、ついこの前ブロンゾ・ティンを回収したばかりだったな」


 白き死の荒野に帰ってきた。

 まずは自宅の岩窟に向かい食料を保管庫にしまい込む。

 ここでは虫害すら発生しないので温度管理さえ怠らなければどうとでもなる。


「さて……始めるか」


 それから露天掘りの発掘場に移った。

 ルイゼの白銀のスコップを大地へと突き刺し、後ろへ後ろへと払う。

 ニブルヘル軍の装備を調えるにはもっともっと金が要る。

 ニル・フレイニアの復興にも金が要る。


 スコルピオ侯爵による経済封鎖は白の地下隧道により崩壊した。

 ならば財宝という名の売り物を発掘しよう。たくさんの異界の本を掘り出して日々の慰みを増やしておこう。


「これは宝石箱か。当たりだな」


 黙々と作業を進める。

 あのユランのいた層を抜けたのか、最近は遺物の数が減少傾向に向かっていた。

 ならば手数と時間を増やせば良い話で、俺はルイゼのスコップを頼りに時間を忘れ仕事を続けていった。


 土の手応えは驚くほどにやわらかく、スコップは奇跡的に軽く、疲れ知らずという言葉が俺の身を採掘機械へと変える。

 ……気づけば夕方になっていた。


「ふぅ……もうこんな時間か。我ながらよくも飽きもせず続くものだな……」


 そこで一度夕食にした。

 雨が降ることなどそうないが、念のため本だけを抱えて自宅の岩窟に戻る。

 麦と干し肉、青菜を小鍋に押し込み、軒先の前で煮込んで食った。腹が満たされた頃には夜だ。


「……さて」


 風音ばかりの静かな世界だった。

 ここではそれが当たり前で、そんな感想を抱くことすらこれまではなかった。

 ルイゼは今頃何をしているだろう。

 ダレスとジョッシュと打ち解けるには、一晩くらい俺のいない夜があった方が良い。


 鍋の残りは朝ご飯にしよう。

 それを自宅に押し込めて、俺は再び深い露天掘りの穴底に戻った。

 そうしてまた、俺は本来の俺、ただのアウサルとしてザクリザクリと大地を掘る。


 全てはこの場所から始まった。

 ここでユランを掘り当てて、邪神の使徒になる道を選んだ。

 そうしなければきっと、いつまでもいつまでも壊れた機械のように俺はこの大地を穿ち続けたに違いない。


 何のためにアウサルはこの地を掘るのだろう。

 アウサルはなぜ呪われた地で生きられるのだろう。

 そんな疑問も抱かずに、町の女を抱いて次の世代を生み出すことになっただろう。


 同じ顔をした息子が俺の役目を引き継ぎ、そのまた息子が同じように役目を引き継ぎ……ただただこの地を掘り続ける。

 最初は何か、目的があったのだろうか……?

 初代のアウサルは何のためにこの地に住み着き、こんなおかしなことを始めたのだろう……。



 ・



 夜が明けて朝が来た。

 そこで俺は気づくことになった。


「疲れた……それに、やり過ぎたな……」


 世界が1周している間に地形が様変わりしていた。

 山のようにガラクタが、財宝が、愛すべき本たちが白き荒野に積み上がり夜明けの陽射しを受けている。

 ああ、これだから発掘は止められない。あの中に飛びきりの掘り出し物があると良いのだが。


「まあいい、めぼしいものだけ見繕って……そろそろ帰るか……」


 点数にしてざっと250。その中から価値や使い道のありそうなものを100点見繕い荷台に乗せる。

 今回掘った地層はガラクタの比率が少し多い。後は本と、宝石類、装飾品などが目立った。

 インテリジェンス鍛冶ハンマーこと、ブロンゾの喜びそうな機械の塊も3つほど掘り当てた。


 機械には本来の用途があるのかもしれないが、どれもこれもまともに動いた試しがない。

 他に珍しいものになると小瓶に封じられた真っ青な液体もあった。本当かどうか知らないが異界の言葉で気化ポーションと書いてある。


 荷台を引いてア・ジールへの地下トンネルを下った。

 中継地点に用意した小部屋に、4度の往復を繰り返して100点全てを運び込む。

 それからア・ジールに戻り開拓地の子供に頼んで使いを送った。

 なにせ膨大な物量だ、俺1人で各所へと運ぶには無理があった。


 そこでふと思い出す。そういえばグフェンがダークエルフの宝石加工技術でスコップを改造してくれると言っていたな、と。



 ・



「来たぜアウサルの旦那、って昼寝してたのか、悪い起こしちまったな」

「いかにも寝不足といった風体ですね。それで運搬の仕事というのはどれでしょう?」


 呪われた地行きの門の前にダレスとジョッシュを呼びつけた。

 しかしその熊男と美青年の間に、黒髪の小さな少女が混じり込んでることに気づく。


「ルイゼ、仕事の方はどうした……?」

「中止にしちゃいました。だって魔法兵のほとんどが出払ってますから、炉の燃費が悪いんです」

「あの炉にも驚かされましたね。まさか魔法と燃料の力を組み合わせた炉で、鉄より強い金属を育てているだなんて……しかもその主が幽霊ハンマーと来るのですから」


 当然ながら2人はブロンゾとも会ったようだ。


「ブロンゾなっ、アイツはうるさい男だな。嫌いじゃねぇけどなんかこうよ……癖の強いおっさんだわ」

「ええそうでしょうとも。ダレス様も歳を取ったらああなるかもしれませんね」


「にゃ、にゃんだとぉ~っ?! おいジョッシュぅ~、最近お前さらに容赦ねぇなぁ……!」

「上官ではなく同僚として信頼してるってことですよ、ダレス様」

「あ、あのお2人とも……それよりお仕事の方をしないと……アウサル様がまた寝ちゃいそう……」


 大丈夫だ寝ていない、目をつぶったら少し意識が飛んでいただけだ。

 立ち上がって門を開き中へと彼らを誘い込む。


「着いたぞ。これがア・ジールの資金源の1つ、呪われた地の財宝だ。まずはこっちにより分けたヤツを商館に運ぶのを手伝ってくれ」

「いつもの宝石商さんのところにですね。じゃあこっちはボクと……えと、ジョッシュさんで運びます」


 するとルイゼが慣れた手つきで新しい荷台へと荷物を乗せ始めた。ダレスと2人っきりは嫌だそうだ。


「ああ……おかしいぜジョッシュぅ……何度目を擦っても……宝石と、黄金と、どえりゃぁ値の張りそうな骨董が転がってんぜ……」

「この壷なんか綺麗ですね。好事家が大枚をはたきそうです、おやこちらの銀細工は不思議ですね、曇り1つありませんよ」

「それはプラチナと呼ばれる金属だ。金と同じく永遠の輝きを持つ。……で、ダレスは俺と一緒にこっちの荷台を引いてくれ」


 自前の荷台の方は商館だけはなく複数宛だ。


「わかった。そんでコイツはどこに運ぶんだ?」

「まずはこの本を自宅で下ろす。それからこの小袋には選りすぐった宝石が入っている。これはグフェンの政務所に」

「おや、彼に献上するのですか?」


 それも売り払ってしまえば良いのに。というのが通常の感性だろう。


「いや。もしかしたらスコップの改造に使うのかもしれん。必要かどうかは彼が帰国したらわかる」

「おいおい……つまりソイツがさらに物騒になるってわけか? ひぇぇ~……おっそろしい話だなぁー」


 具体的にどうなるかはわかっていない。

 だがグフェンのことだ、きっと良い仕事をしてくれる。


「はは、こればっかりは寝返って良かったと思える話です。ではルイゼさん、どうぞ荷台に乗っちゃって下さい、貴女は案内だけで結構ですので」

「えっ……そ、そういうわけにはいきませんよ……!」

「いやいやルイゼちゃん、ここはジョッシュに花を持たせてやんな。ここのエルフに媚び売るにはちょうど良い演出だぜ」


 確かにそれは良い。

 紳士的にルイゼの手伝いをするヒューマンの美青年、この図はなかなかにあざとく効果的だ。


「で、でもぉ……そんなの悪いですよ、ボクが来た意味ないですし……」

「そこはほら、案内というお仕事がありますでしょ。では出発しましょう、さ、こちらに」


 ジョッシュが俺に目配せしてきた。

 つまるところルイゼを乗せろ、って督促らしい。


「ひぁっ、あっあああっアウサル様っ?!」


 その賢い家臣に従ってルイゼを抱き込み荷台に乗せた。

 ……柄にもなく少し楽しくなる。そうか、異界の言葉で言うところのこれは、悪ノリだ。


「案内を頼んだ。……ああそうだった、これをお前にやろう」


 そこで思い出した。

 昨晩掘り当てた中にルイゼ向けの宝があったのだった。

 懐から青く輝く指輪を取り出し、彼女の人差し指にはめ込む。


「わ、綺麗な指輪……不思議です、青くてキラキラでピカピカで……わぁぁ……」

「思ったより指が細いな……。チェーンを用意してペンダントにでもするか……」


 その指を取ってよく確認する。

 すべすべとしていてやわらかく、それでいてみずみずしい温もりがある。だが細い、ルイゼはまだ子供だからな。


「あ、あの……アウサル様っ、あの……あのあのっ……」

「ん、どうした?」


「さ……触り過ぎです……か、勘弁して下さい……っ」

「おお」


 さらには人前だ、カンテラの明かりの中とはいえ……無意識のスキンシップとは恐ろしい。


「アウサルさん、貴方どうしようもないくらいに天然ですね。……では行きましょうかルイゼさん」

「おうっそっちは任せたぜジョッシュぅー、わははっ、若いってのはいいねぇ~!」


 言い訳したいがぐっと我慢した。

 そうではない。あの指輪は美術的価値よりその性能が……などと言ってもやはり言い訳にしかならないな……。


「行ってきますアウサル様! あのっ、ありがとうございますっ、一生大切にします! ずっとこれ付けてます!」

「お似合いですよ、ルイゼさん」


 ア・ジールの方角へと遠ざかりながら、ルイゼが大はしゃぎでお礼を言ってくれた。

 そこで気づく。自分は彼女を喜ばせたくてあれを渡した。そういった意図もまたあったということに。


「確かにお似合いだねぇ~」

「ダレス、アンタそれ皮肉で言ってるだろ……」


「わははっ何のことやらわからねぇなー」


 俺たちも荷台を引いて地下道を出た。

 自宅に向かって本を下ろし、それからグフェンの政務所により分けた宝石を運び、商館に財宝を運ぶ。

 さらにそこから地上に上り、機械の金属塊をブロンゾに見せて、残りの財宝の元に戻った。


 何せあらゆる人員があちら側に出払ってしまっている。

 俺たちでやるしかない。

 広い広いア・ジールを2往復するだけで人工太陽は夕方らしい琥珀の輝きを放つのだった。


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