10-01 ルイゼとダレスとア・ジール地下帝国
前章のあらすじ
白の地下隧道が開通した。
しかしトンネルの先には争乱が待ちかまえていた。
ライトエルフの国ニル・フレイニアに、エルキアの大軍勢が迫っていたのだ。
アウサルはラジールと老王ヴィズ、王女パルフェヴィアと協力してそのエルキア軍の猛攻に対処した。
奇襲用の地下道を提供し、ア・ジール地下帝国からの援軍を待たずに奇策を実行した。
全て兵糧庫への火計からの、手薄になった本陣奇襲で王手をしかける。火計は成功。
敵本陣にてエルキア軍総大将にして王族ダレスと、その副官ジョッシュを制圧して敵軍を崩壊させた。
翌日、ア・ジールからダークエルフの援軍とユランが到着する。
老王ヴィズはかつての救世主ユランにひれ伏し、ア・ジールへの参入を宣言した。
一方アウサルは恩賞として、処刑されるはずの敗将ダレスとジョッシュを直属の配下に抜擢して、彼らを引き連れア・ジールへと帰還するのだった。
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魔・改造 その名はマテリアル・スコップ
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10-01 ルイゼとダレスとア・ジール地下帝国
「ははは……つくづく信じらんねぇことばっか起こるぜ……」
「ええそうですねダレス様。まだ全てをうのみにするつもりはありませんが……正直に申しますと、ここに来て一気に心動かされてしまいましたよ」
白の地下隧道を抜けると、そこはやはり楽園と呼ばれる世界だった。
ダレスとジョッシュもまたア・ジールの麦畑と花々、輝かしい常夏の陽射しに目を奪われ、これが2人ともすっかり足を止めてしまっていた。
「つーかありゃなんだ……まさかあれが太陽の代わりなのか……?」
「というよりアウサルさん、説明をしていただけませんでしょうか。何なのですここは……」
口をはさむのもどうかと思い、俺も歩みを止めてトンネル内からア・ジールをまぶしく眺めていた。
するとまるで風が自慢をするようにそよぎ、花と水の香りを届けてくれる。
ここはあの日、逃げ場を失った俺たちの前に現れた、奇跡の土地だ。
「説明も何もここがア・ジールだ。サウスの遙か地底にひっそりと存在する、世にも不思議な反逆の地下帝国だ。……それよりそんなところに立ってないでさっさと抜けてしまおう、アンタたちに町を見せたい」
「おいおいちょっと待てって。ぁぁ……これ以上ぶったまげたら気が変になっちまうよ、そうだろぉジョッシュぅー?」
ところがその美男子ジョッシュというのが意地悪な人だ、主のダレスを置き去りに俺の背中を追い始める。
すると熊みたいな王族が慌ててこちらに駆けてくるのだった。
「ここまで来たら仕方ありません、いっそもう変になってしまいましょう。私たちはどうせもう半分は死んだ身なのですら。おお……これは凄い、見て下さいよダレス様」
「おいジョッシュゥ~そんな大げさな――う、うぉぉ……。なんじゃこりゃぁぁ……ま、マジで地底に国があるぜおいぃぃーっ?!」
ここア・ジールは俺たちニブルヘルの誇り、こうも驚いてくれると全く良い気分だ。
そうだろうそうだろう、美しいだろう、奇跡的だろう、わくわくしてくるだろう!
「なるほどやっと腑に落ちましたよ……。サウスのレジスタンス鎮圧軍が、敵を今1歩のところまで追いつめたところで、忽然とレジスタンスそのものが消えてしまったというあの報告……こういうことだったんですね……」
「その話か。そうだな、ここを掘り当てたのはその時だった、まさにあれは奇跡だ。今でもときどきこれが夢なのではないかと思う時がある」
ニル・フレイニアからここまで3日の長旅だった。
その間に俺たちはずいぶん打ち解けた。
同時に2人にとってはとんでもないカルチャーショックになったようだ。
地底に国と国を繋ぐ長距離トンネルがあるだなんて、その時点でおとぎ話以下の妄想だ。
それから勝手ながら創造神サマエルと反逆者ユランの話もさせてもらった。
人間をえこひいきする気まぐれな悪神サマエル、その寵愛がいつまでもヒューマンにあると思わない方が良い。そんな脚色も加えておいた。
事実エルフも有角種も獣人も、その前の巨人だって失敗作のレッテルを受けたのだ。
「わははっ、こりゃ……こりゃ男としてたまんねぇ光景だ! この穴底丸ごとが、1つの秘密基地ってわけじゃねぇか! 俺ぁこんなに度肝抜かれたのは初めてだぜっ、アウサルの旦那の夜襲を除きゃぁなぁ!」
「それはダイナミックな秘密基地もあったものですね。しかし……アウサルさんのその力と、この地下帝国ア・ジールですか……なるほど。なるほど……」
元エルキア軍副官ジョッシュ、言ってしまえば彼という人材は大当たりだった。
その思慮深さは副官の器どころではなく、何を任せても巧みに対処してくれる信頼感がにじみ出ていた。
「それより2人とも疲れただろう、住居の手配が済むまでうちに来てくれ。実はヒューマンの子を預かっていてな、彼女も同族が近くに居れば安心するはずだ」
白の地下隧道はア・ジールの西南西に用意した。
ここから自宅のある南の高台までそう遠い距離ではない。
ア・ジールの住民からすれば見慣れぬ彼ら2人を引き連れて、奇異の目を受けながらも我が家に戻った。
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「さあ入ってくれ」
「あっ、アウサル様ッ! お帰りなさいっ、お怪我はありませんでしたかっ?!」
てっきり地上で鍛冶仕事をしているのかと思っていた。
ところが玄関を開くなりルイゼが人の胸に飛びつい来るではないか。
小柄だからこそ許される良いタックルだ。彼女にしては大胆だな。
「安心しろ、全くの無傷だ」
「そうですか残念……じゃなかった、良かったです!」
待て、今なんと言った……?
ああ、そうか、やはりあのいっときの介護生活で妙な趣味に目覚めさせてしまっていたのか。
すっかり薬塗り大好きっ子に育っているようだな……将来が不安だ。
「だって戦争が始まるって聞かされて……ニブルヘルのみんなが出払って、そのままそれっきりだったんですよ! ……そしたら昨日アウサル様たちが勝ったって連絡が入って、ボク……やっとホッとして、それで今日くらいに帰って来るって言うからずっと待ってたんですボク!」
胸の中で不安げに彼女は目を落とし、それからすねるように俺を見上げ、だから待っていたのだと子犬のように尻尾を振った。
……歓迎に夢中で後ろの連中に気づいていないらしい。
「それは心配をかけたな。だが……悪いが紹介したい男たちがいる、少し離れてくれ」
「ぇ……。えっ、えっあっ?! ああああっ、お、お客様ですかっ、ぼ、ボクッ、はわぁぁぁーっ!?」
しかしこの通り素は慎み深い子だ。
少女ルイゼは黒髪を揺らして尻餅を突き、人様にとんでもない姿を見せてしまったと恥じらいで顔面を染めた。
「お邪魔でしたかね、出直しましょうかダレス様」
「わははっ、本陣奇襲をしかけた男のプライベートが、まさかこんな――ん、んん?」
そんな配慮はいらない、身をどかして彼らとルイゼを引き合わせる。
するとどうしたことか、熊男ダレスが不思議そうにルイゼを見つめるではないか。
「は、はうぁっ……?!」
ルイゼの反応もどことなくおかしい。
ダレスの顔ばかり見上げて硬直している。
「どうしたダレス? これがうちのルイゼだ」
「ジョッシュです、わけあってこちらのダレス様ともども、アウサルさんの手下になっちゃいました。どうかよろしくお願いします」
ジョッシュの挨拶にも上の空だ。
さぞや女性受けするだろうと思ったのに、ルイゼはむしろこういう熊みたいな男が好きなのか?
「お嬢ちゃん、俺らどっかで会ったことねぇかね? 何か見覚えが……んん~、なんで顔そむけるんだぁ?」
「き、きのせいですよ……っ、ぼ、ボクは全然っ、ダレス様のことなんて知らないですし……っ」
ダレスはルイゼに見覚えがあるという。
一方のルイゼは……とにかく焦っている。まさかとは思うが、エルキア王族と繋がりのある家の出なのか……?
兄サンダーバードのことといい、彼女は己の素性を隠したがっている。
「……気のせいだろう、ここにいる娘はただのルイゼ。とある悪徳商人の宝物庫に監禁されていたところを、偶然俺たちが助けたのだ。エルキア王族のアンタと知り合いのはずがない」
「そ、そうですよっ、ボクは……ボクはただのアウサル様の召使いです! あっ、お茶をお出ししますねっ!」
どうも可哀想になってきたのでフォローしてやると、そのまま逃げるように台所へと消えていった。
「あ痛っ?! わっわわっうわあーっ?!」
よっぽど慌てていたのかどこかに身体をぶつけて、何かをひっくり返したらしい……。
彼女もまたダレスの顔に覚えがあるということで確定だ。名前をすぐに覚えて様付けもしていたな。怪しい……。
「ふふふ……とてもかわいいらしい娘さんですね」
「ま、とにかくやっと一息つけるってことか、ああこっちの茶が楽しみだわ」
ともかくそれで予期せぬ状況も落ち着いた。
彼ら2人をテーブルに案内して、イスへとゆっくり腰掛ける。
茶といっても柑橘類の皮を使った代替品なので期待されても困るのだが。しかしここは黙っておこう、喋ってしまってはつまらない。
それよりせっかくのタイミングだ、2人に話をしておこうと思った。
わざわざ家臣として引き込んだのだ、ここでもう少し本音を見せておきたい。
「2人とも聞いてくれ。俺はこの土地にもっともっと多くの移民を募りたい。ダークエルフだけではなく、ライトエルフにも住んでもらいたい。なぜならその昔、あらゆる種族が平和に暮らす都があったそうだ。それをここに再現する」
滅ぼされた楽園を取り戻せばユランが喜ぶ。
俺だって見てみたい、ユランの神話の続きを。だからここに作るのだ。
「それはまた……まるでエルキアとは逆ですね」
「だからこそ良いんじゃねぇか。どっちにしろ俺たちはアウサルの旦那に降ったんだ、一緒に夢見るのも悪かねぇよ」
ダレスの性格もなんとなくもうわかっていた。
彼は理想主義ではない。
だが思いの外無邪気でロマンのわかる男だ。それは遠回しだったが嬉しい返答だった。
「……実現性はともかく悪くありません」
「お前は正直じゃねぇよなぁジョッシュぅー。安心してくれ、こりゃわりと乗り気の反応だぜアウサルの旦那」
そもそも彼らはヒューマンだ。
元々はア・ジールに組みする理由が無いのだ。エルキアという共通の敵が存在しているだけで、それが片付いたら袂を分かつことにもなりかねない。だがそれでは困る。
「合理的に考えただけです。ヒューマンは敵を作り過ぎました、そこにア・ジールという種族を越えた強国が生まれれば、世界は今より平和になるでしょうね」
「難しい話はいいんだよっ、アウサルのやろうとしてることは間違ってねぇ。俺はやるぜ」
そこでルイゼが冷たいお茶を持ってきた。
ダレスが早速飛びつくが、なんじゃこりゃと困惑の顔を浮かべる。
しかしそこは元王族、お上品にそれはそれで楽しむことに決め込んだようだ。
「地下からあらゆる種族と種族を繋ぎエルキアを倒す――それこそとんでもなく無謀な話です。……ですが希望はあります。アウサルさん、いずれある男が決起するでしょう」
香りは良いが味はいまいちな茶をすすりながら、ジョッシュが鋭い眼差しをこちらに向けた。
「その男が上手くやればエルキアは暴走を止めます。それにア・ジールが味方すれば、ヒューマンもエルフも辛酸を味あわずに済むでしょう」
「そこはどうなるかわからんがな。とにかくそろそろ命じてくれアウサル、俺たちはどうすりゃいい。主なら主らしく俺ら家臣に命じてくれ、命を救ってくれた礼だ、夢の1つくらい喜んで付き合おうじゃねぇか」
そういえばあの天幕でも2人は似たような話をしていた。
だがダレスが言う通りまだわからない話らしく、ジョッシュもあえて続きを語ろうとはしない。
しかし命令か。さて連れて来たは良いが何を命じたものだろう。
「そうだな。ならば……」
少し考えてみたがいきなり問題にぶち当たった。
なので最初の命令はこれが最適だろう。
「ルイゼの手伝いを命じよう」
「……にゃ、にゃんだとぅ?!」
「拍子抜けですね……ならば理由をうかがいましょうか」
2人ともやる気いっぱいのところ悪い。
しかし現状だと他にないのだ。
「まずはダークエルフからの信頼を勝ち取ってくれ。信頼関係の構築それすなわち、ユランの夢を叶える1歩でもある。何より現実的な部分に目を向けるとだ……」
そこまで言うとジョッシュも悟ってくれた。
やわらかなその髪を指でもてあそんで、整った口元に微笑みを浮かべる。
「まずは彼らに認められないことには夕飯の買い物すら任せかねる。……といったところですかね」
「あー、なるほどな……そりゃ確かに仕事にならん……」
その肝心のルイゼなのだがすぐに台所に引っ込んでしまっていた。
「そういうことだ。幸いルイゼは絶大な信頼――いや人気を持っている。彼女に尽くせばそれだけアンタたちもここで認められる。というわけだルイゼ、どうかこの2人の面倒を見てやってくれ」
「え、えぇぇぇーっ?! ちょ、ちょっとアウサル様そんなのボク困りますっ!」
台所から慌ててルイゼが飛び出して来る。
事情はよくわからないがこれが1番噛み合うのだ。
どちらにしろニブルヘルの大半が援軍に出払ってる状況だ、軍人の仕事などない。
「で、でも……でも、アウサル様ぁぁ……」
「お前の鍛冶仕事を見せてやれ」
「元総大将が家事手伝いのそのまた手伝いたぁな、はははっ」
状況を楽しむことにしたのかダレスが笑う。だが違うぞ。
「いや、家事ではない。鍛冶だ、アンタのロングソードを真っ2つにしたあのスコップは、そのルイゼの作だ」
「え……鍛冶?! まっ、マジかよぉっ?!!」
「え、えへへ……すみません……。でもボクはそんな大したことないんですけど……」
実はこれからすぐ呪われた地に戻るつもりだったのだが、少し心配になってきた。
なによりルイゼとダレスの関係が気になるので、作業は明日からにしよう。
あのサンダーバード氏の妹にして、エルキア王族ダレスと面識のある少女、それが俺たちの愛するルイゼだ。
そこまでして隠さなければならない理由というのが、どうも今1つわからない。
まあ彼女にも都合があるのだ、追求など無粋なことはせず好きにさせてやろう。




