9-07 隔たれた二つの種族が出会う日
戦いは終わった。
指揮系統を失い、食べ物すら無くした敵軍は散り散りに勝手な撤退を始めた。
その逃げ遅れた部隊をライトエルフが追撃し、大きな損害を与えながら国境はるか先まで追いすがった。
危険はあったが、その大軍勢が食料と指揮系統を取り戻せばまた引き返してくる可能性も高かったのだ。だから恐怖を与える必要があった。
結果、追撃を逃れたエルキア残存軍はそこの辺境貴族の領地に引きこもり、すっかり守りの姿勢に入っていった。
その翌日、ニブルヘルの軍勢が王都地下風呂場に到着した。
ああ風呂だ……風呂場に1500が現れた……。
おのれラジール……これではフェンリエッダのデリケートな感性に触れるではないか……。またエッチなアウサルと言われてしまう……。
まあ……そんな締まらない余談はさておきだ、王都はライトエルフたちの歓声でわいた。
当然だ。ダークエルフとライトエルフ。寸断されていた2つの種族がそこに再び合流することになったのだ。
再会に古株同士は大いに喜び、若者は古い友情をその目で知ることになった。
決戦には間に合わなかったが、それはいつであってもダークエルフ全軍がライトエルフを救いにやって来る。
その絆と事実を証立てるものだったのだ。
来てくれたダークエルフたちを歓迎するために、ヴィズ国王らは急ぎ王都へと帰還した。
戦いが終わったのだ、俺たちも当然それにならった。
・
「そ、そのお姿は……も、もしや……貴方様は……!!」
援軍にはユランの姿もあった。
その小さな小さな赤き飛竜の前に、ライトエルフの王者がひざまずき、それどころから地に頭を擦り付けた。
「申し訳ございませんユラン様……我らは負けてしまいました……。貴方がせっかく……天への門を閉ざしてくれたというのに……我らは……神の毒の前に破れてしまったのです……。申し訳ございません……申し訳ございません……申し訳っ、ございません、ユラン様……ッ!」
それからあのフランクな老王が感極まり涙を流し、忠臣そのものの姿を見せたのだから驚く他にない。しかも1000年ぶりの再会だとか。
ユラン、アンタ本当に……神話の世界の神様その人だったのか……。今の気持ちを正直に言えば、初めて知ったと答えたくなるほど意外な光景だった。
「よい、時はかかったがこうしてまた会えた。これまでずっと見守ることしか出来ずすまなかったな……。だがよくぞ無事に今日まで生き抜いた。よくぞ今日までエルフたちを守り続けてくれた。ヴィズよ、雌伏の時はもう終わりだ、この我が輩と、最高の使徒・竜眼のアウサルが貴殿らを救ってやろう」
現世でユランが人の言葉を喋った。
その事実もまた俺には驚きだったが。それに一言余計だ、俺ごときを持ち上げ過ぎだろう……。
「ヴィズ王よ、今日より貴殿らはア・ジール地下帝国に加われよ、ア・ジールは我が輩ユランの軍勢だ。なに来たらわかる、見ればわかる、失われた楽園がそこにあるぞ。……さあ、今日より共に手を携え、再び反逆を始めようではないか。創造神サマエルの傲慢に。……そのヤツが生み出した悪の陣営を、この地上より叩き潰せ! 王よ、ライトエルフたちよ! この反逆の救世主ユランの名の下に――再び集え!!」
いやしかし、こりゃ……困った。
なにせその時ばかりは本当に神々しかったのだ。
それと結果的にではあるが、こうして上手いことにユランの望みを叶えることになって俺も誇らしい。
神話の世界はまだ終わっておらず、俺はこの誇り高き竜の手助けをすることが出来たのだと。
「お、おぉぉぉぉぉ……小さくなられてもユラン様はユラン様ですな……。わかりました、断る理由などございません。我らライトエルフ、ニル・フレイニアの民は、ユランの帝国ア・ジールに加わりましょう……! 過去の栄光を再び取り戻さんが為に!」
ともかく旗印としてはこの以上ない働きっぷりだ。
……もう少し、この子竜姿から成長させてやらないと何かもったいない気がしてくるくらいにだ。
ああ、俺がトンネルをもう1本開通させてやれば、それだけでかくなるんだろうか。
目前に広がるヴィズ王不滅の忠誠を眺めていると、何となくその不思議な理屈に納得がいくような気がしてしまった。
まだ見ぬトンネルの向こうの虐げられし者たちは、ユランという伝説の帰還を願っている。
・
……それはそうとだ、俺はその式典――いや邂逅を見届けて王城・地下牢へと向かった。
ダレスとジョッシュに会うためだ。
見張り番がうるさかったがあしらって、彼らへと甘酸っぱい果物を差し入れた。
「おっ気が利くじゃないか、ありがたくいただくぜ」
「ダレス様、もう少し警戒されても良いんじゃないでしょうかね……」
素直に俺を歓迎するダレス元大将、警戒するその女顔の副官ジョッシュといった構図だ。
「今さらだろそりゃー」
「まあそうですが……それで用件は何ですか、英雄アウサル様」
その皮肉屋に皮肉を言われてしまった。
「ああ、それなんだがな。このままじゃアンタら処刑されるな」
「ええ、まあそうでしょうね」
そこで包み隠さず事実をぶつけて仕返しする。ところがリアクションがさっぱりとし過ぎていた。
自分のことに対しても冷淡、それがこの副官ジョッシュというわけだな。
「コイツだけは生かしてくれって言っただろがよぉ?!」
「まだ貴方はそんなことを言っているのですか。つくづく貴方という人は……しょうがないですね」
仲が良いことだ。
それにこのやり取りを見ていてもそうだが、やはり悪人らしくない。善良だ。
この差し入れで2回目の面会なのだが、どうもこいつらは……まともな人間なんじゃないかと思うのだ。
「……ところでおかしな質問をするが、アンタたち……邪神ユランって知ってるか?」
「ええ知っていますよ。創造主サマエルに反逆した悪逆非道の竜。1000年前に倒された愚か者……とされていますね」
愚か者か、酷い言い方だ。
確かに少し真面目過ぎるところがあるが……許せんな。悪は創造主の方だ。
「ワッハッハッ、見てきたように言うじゃないかアウサル。そんで、その神話のなんとやらが、俺たちをどうしてくれるんだ? まさか生け贄にするとか言わねぇよなぁ……?」
やはりエルキアとこちらとでは認識に大きな差があるようだった。
ユランや異種族に対して無意識の偏見を持っているのかもしれない。
「ユランはそんなもの望まない。むしろその邪神ユランにアンタたちのことを伝えておいた」
「……待って下さい、自分は信心深い方じゃないのです。サマエルも、そのユランも、実在するとは思えません」
ジョッシュは無神論寄りか、珍しい。一昔前の俺ならその言葉に共感していたことだろう。
だが残念だ、俺は神話の存在に出会ってしまったのだからもう賛同できない。
新しき者も古き者もユランという心やさしい邪神に従ってゆくだろう。
「いいや実在する。そのユランが言ったのだ、貴殿らを救いたい、と」
「ぁぁ~……どうもぼんやりした話だな……。まあいいっ、つまり俺たちはどうすりゃいい? どうすりゃこの首が繋がるってんだ?」
エルキアの王族ダレスが単刀直入に問い返す。
彼の身を案じるジョッシュもその問いに無言をもって賛同した。
「アンタたちは――俺の配下になれ」
ならば告げよう。この状況での最適解を。
「ワハハハハハハーッ、にーちゃん面白ぇこと言うなぁ!? 俺が、アンタの配下になれば助かるってのかよっ、そりゃすげぇや!」
「俺はユランただ1人の使徒だ。俺の配下になるということは、ユランの下につくことと同義だ。……エルフはヒューマンを憎んでいる、さらにアンタたちは戦犯だ……彼らを納得させるならこの詭弁を使う他にない。ダレス、ジョッシュ、どうか俺の味方になってくれ。アンタらの力が必要だ。俺はアンタたちを嫌いになんかなれない」
そこで王族ダレスのでかい笑いがひきつった。
言葉を飲み込み、それから読解し、副官と顔を合わせて半ば納得する。
「マジで言ってんのか……?」
「だとしたら質問がありますね。そのユランと、使徒である貴方は、一体この地上で何がしたいのです」
なるほど。
しかしユランの願いはシンプルだ、すぐに代弁できた。
「全ての虐げられし種族を救う、それがユランの望みだ。全ての種族が争わず平和に暮らす……そんなかつてあった世界を取り戻したいそうだ」
エルキアはユランからすれば、自分が逆らったサマエルの思想を継ぐ悪そのものなのだろう。
「……わかった、わけわかんねーが死ぬよりマシってのが俺の結論だ。アウサル、お前の家臣になってやる」
「ちょ、ちょっとお待ち下さいダレス様っ?! か、家臣って順序飛んでませんっ?!」
あのジョッシュがうろたえた。
それが嬉しいのかダレス様がさらに調子に乗る。
「あ~~それと、だな。元エルキア王族として言わせてもらうと……ありゃもうダメだ。エルキアは1度滅びちまうか、とにかくメチャクチャに負けちまった方がいい……。俺が出せる情報は出せるだけ支払う、だから、良い生活を保障してくれっ。邪神の使徒様になるんだろぉ~、なら相応の代価ってやつが欲しいじゃないかっ」
熊みたいにでかいその王族様ダレス、彼はとても気のいい男だ。
やはり味方に誘って良かった。
「よしわかった、どちらにしろア・ジールにたどり着いたらアンタたちも気が変わる。あそこは守る価値のある、特別な世界だ。……そうだな、なら今すぐ一緒に来てくれ」
地下牢の鍵をスコップで断ち切った。
扉を開けてダレスとジョッシュをこちらに手招く。
牢屋番はまたあしらった。
「おいおいおいおいおいおいーっっ、いや待て待て待て待て待ておいちょっ、アウサルの旦那っ、俺たちをどこに連れてく気だよおいぃぃーっ?!」
「さ、さすが……さすが1晩にして本陣を落とし、兵糧全てを焼き払った男……せめて説明して下さいよ……」
説明……説明と言われても半ば直感で行動したことなので難しい。
だが必要なことだと思うのだ、彼らを引き連れ地下牢を上がり……謁見の間に乱入した。
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「こちらエルキア王族のダレス。それからこちらの綺麗な方がその家臣ジョッシュ、今日からコイツら、まとめて俺の家臣として登用させてもらった。つまりはユランの陪臣ってことだ」
政治的に見れば、この2人は戦いの落とし前をつけるための生け贄だ。
加えるならエルキア本国が早々に人質交渉を突っぱねた事情もある。
よってライトエルフの重臣たちが俺の暴挙に騒ぎだした。
「俺の戦功はこの2人だけでいい、この2人は俺が貰ってゆく。……そうだよなユラン?」
「クルッ、クルル~ッ♪」
(ああ好きにしろ)
せめて人の言葉でお願いしたかったが、喋るにしても余計な力を使うのかもしれない。
「いいってさ。じゃ俺はア・ジールに……その先の呪われた地に帰る。敵はしばらく動きたくても動けんだろう。食い物が無いのだからな」
フレイニアとの交易路がこうして出来上がった以上は、売り物の財宝を追加発掘しておきたい。
あの地から珍しい金属が掘れたら、溶かして新しいスコップにしてしまうのも良い。
俺はダレスとジョッシュを連れて、自慢のア・ジールへの帰路についた。
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こうして反逆の地下帝国にライトエルフの国ニル・フレイニアが加わった。
謝礼を含んだたくさんの不足物資がア・ジールに流れ込み、俺たちの地下帝国を大いにわかせてくれた。
こうなればもう国が育ってゆくのを見守るだけだ。いや、欲を言えばやはりトンネルがもう1本欲しくなるのだが。
「アウサル殿、お互い落ち着いたらそのスコップに手を加えることにしよう。ほどほどで俺も帰国する、その時にあらためてな」
それとスコップ追加強化計画がグフェンの帰国に合わせて始まるらしい。
ダークエルフの宝石加工技術だったか。
果たしてこれがどう改造されてしまうことやら……内心楽しみでしょうがない。




