9-06 スコップで将棋板ひっくり返す暴挙、鮮烈なる最終決戦 2/2
「おい……アウサール」
「来ましたよ」
ところがだ、盗み聞きが良いところだというのに、背後にラジールとパルフェヴィア姫が現れるではないか。
「アンタらか」
「何をしているアウサル、待ちくたびれてしまったぞ……」
すまん、そこは予定外が起きてしまったのだ。
理由があると、代わりに盗み聞きの対象を指さす。
「盗み聞きだ。どうやらよっぽど焦ったのか、本陣はこのとおりもぬけの空だしな」
「ならば首を取ってのろしを上げて撤退だ! 大将と飯を奪われた軍など敵ではない、そこから追撃戦といこうっ!」
「はいっ、やっちゃいましょう!」
だからちょっと待てと彼らを肩を押さえる。
それからしょうがないのでボソリと忠告した。ヤツはエルキア王族だと。
「わからない方ですね貴方は……。なら、ならいっそあの方みたいに反旗を翻しますか? 閣下のところにも檄文が届いたんでしょう? ……エルキア本国に反逆しようなど、無謀なことを考えたものです」
「…………今となっちゃそれも悪かねぇ。……だけどよ、その決起までこの首を繋ごうにも、それ、どう考えても繋がんねぇじゃねぇかよ……」
だったら後退して、農村から物資を徴発すればいいでしょう? と、副官ジョッシュの顔には書いてあった。
「おおっそれこそチャンスだ、首を奪って本陣も焼くぞっ」
「お、お手伝いいたしますっ」
ところがこっちにも困ったちゃんがいる。
そろそろ動かねばまずいので、ラジールの決断も正しい。しかし首を取れば仇討ち戦が起きかねん……ならば、ここは……。
「待て、あの2人は捕らえろ」
「えっ、捕まえるのっ?!」
「おおっ、人質というわけかっ!」
説明が面倒だ、そういうことにしてしまおう。
エルキアの王族とその副官を無力化し本陣よりさらう。これでいい。
「そうだ、行くぞラジール」
「おうともっ、パフェは下がっていろっ、我とアウサールで片を付けるっ! 魔法兵よっ、やれぇぃっ!!」
ああ、これでバレたな……ってくらいバカでかい声で、ラジールが叫ぶ。
すると本陣のあちこちに火が放たれ、天幕の周囲をラジール精鋭が包囲した。……大した手際だ。
「なっなんだぁっ?!」
「ダレス様お下がりを! ただちに撤退――っ?!」
副官ジョシュが驚愕する。
炎と敵兵の包囲を受けているのだ。たった2人ではとても逃げ出せない。
そこに突出するラジールを追って俺たちまでもが迫る。時間が惜しいので突っ込みながら宣言した。
「手短に言う! 降伏するか大将首を差し出せ! 回答は5秒以内だ、返答が無ければただちに強硬手段に出る!」
それに従ってラジールが急停止する。
相手の返事を待っての短いにらみ合いとなった。
「1、2、3……」
「くせ者だ、ダレス閣下をお守りしろっ!」
「フハハッ、決裂だなっならば覚悟ッ!」
ところが5秒も持たなかった。
ラジールが副官ジョッシュに真っ直ぐ飛び込む。腕の立ちそうな方を選んだのだろう。
ならば俺はダレス総大将だ、ルイゼの白銀のスコップを身構えて突っ込んだ。
「スコップぅぅーっ?! そんなもんで俺に勝てると思ってんのかよっ、総大将様を舐めるなよくせ者めっ!」
そのダレス大将の体格を生かした豪剣をスコップで払い打ち返した。
すると不思議だ。いや当然か。
魔霊銀すらたやすく貫くルイゼお手製なのだ、ヤツの指揮官仕様のロングソードが真っ二つに斬れた。
「……うっ、嘘だろっ、な、なんじゃそりゃぁぁぁーっっ?!!」
「ただのスコップだ」
それでも立派な軍人だ、ダレスは器用にも脇差しのガード仕様短剣に持ち替える。
だが俺という相手に金属武器がまるで意味をなさなかったこともあり、次の1手を迷っているようだった。
「ダレス様っ、無理はなされないで下さい!」
「ガハハッ、隙ありぃっ!」
「うぁっ?!」
副将ジョッシュの長剣が剛撃に吹き飛ぶ。
それが天幕を斬り裂き大地に刺さり、その頃にはラジールの馬乗りが美しき青年を制圧していた。
「ジョッシュ!」
副官の命を心配してダレスが焦る。
どうやら上下関係以上に彼個人を大切にしているようだ。
「もう1度言おう、降伏しろダレス」
「ぅ……ぅっぐ……なんだぁ、コイツ……蛇の目……? その手……」
ダレスにスコップを突き付けた。
今さら俺の容姿に気づく。だが彼の戦意はまだ途絶えていない。
「う、うぬっ……うぅぅぅぅ……! この俺が……こんな小僧に……嘘だろ、剣をぶった斬るスコップだなんて……そんなのありかよっ、いいやこんなのありえねぇよっ!」
「降伏しろ」
戦いの興奮かダレスはうなり声を上げた。
けれど彼も気づく。すっかり王手をしかけられてどうにもならないことに。
彼を守る兵はもうどこにもいなかった。少ない本陣残存兵もライトエルフ精鋭に倒されていたのだ。
ダレスがマンゴーシュを引っ込めると、続いてそれが地に捨てられていた。
「くっそ……ああわかったわかった、俺らの負けだ。……だからソイツの命だけは助けてくれ。家柄だけの俺よか、ずっとまともな軍人なんだよ」
「わかった、なら一緒に来てくれ」
しかしどうしたものだろうか。
まさか捕縛する予定など最初から無かったので、自由を奪おうにもその道具が……。
「バインド、サイレス、スリープ!」
「フガッァ?!!」
そこにパルフィヴィア姫が後ろから現れた。
ダレス大将が植物のツタに縛られ、口を魔法に封じられ、さらに時間差で眠り込んだ。
「貴女は……もしやライトエルフの……パルフェヴィア姫……」
「そうよ。ふふっ、これで形勢逆転ね」
副官ジョッシュには十分に効かない、かかったのは物理拘束のバインドだけだったようだ。
「そうでしたか、自分も降伏します。だからその方だけは……ダレス様はどうかお許し下さい。貴女方が憎むような、悪い種類のヒューマンではないのです……」
「ああそれはわかっている、彼の安全は俺が保証しよう」
「え、ええっ?! アウサルくんそんな勝手に……」
実際のところどうなのかは怪しい。
しかしここに長居したくない、事実彼らは善良な種類のヒューマンでもある。
「むっ、それは少しもめるのではないか……? まあ、まあアウサールがそうするというなら……よしわかった! 今はそうしておこう!」
「それよりすぐに撤退だ、穴を埋めて痕跡を消す。大将とその副将が消えたとなればもう、この軍はたち行かない。俺たちの勝利だ」
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こうして俺たち奇襲部隊はまんまと敵総大将ダレスを捕縛し、ユーミル要塞へとほぼ無傷そのもので帰還するのだった。
要塞のライトエルフは追撃戦に入るが、戦いでの俺の出番はここが潮時だろう。
俺たちの勝利だ、敵軍はこれより朝飯すら互いに奪い合う関係になり果てる。
兵力5万を維持するはずの兵糧が消えたのだ、エルキアの経済的ダメージだけでも計り知れないに違いない。




