9-06 スコップで将棋板ひっくり返す暴挙、鮮烈なる最終決戦 1/2
天幕付きの倉庫を狙って地下道を再開通させた。
地上は静まり返り、兵士の足音、寝息、息づかいさえ聞こえて来ない。
ここからではやや遠い兵糧庫より大騒ぎと、赤々とした炎の輝きだけがかすかに届いている。
「よし、この天幕は安全だ。俺は本陣天幕を見てくる」
「気をつけろよ……アウサール……」
「はい、そこはキッチリしなくてもいいわ……、むしろ大胆にいきましょっ」
大胆か……。それこそ姫、アンタにそのまま送り返したい言葉なのだがな。まったく、本陣強襲作戦に参加する姫君がどこの世界にいるというのだ。
……まあとにかくこれで彼ら奇襲部隊はこの天幕で待機してくれるわけだ。
何かあったら俺から呼べばいい。
倉庫を抜けた。今のところ無人だが、敵本陣は兵糧庫火事によるかがり火に照らされている。
それが13ヶ所ともなると気味が悪いほど明るい、そんな影の濃い世界をコソコソと警戒しながら進む。
……本当に誰も彼も出払っているのか、まるで人の気配が無い。
おかげでいともあっさりと目的地の大天幕に忍び込むことが出来ていた。
さて……。ちゃんと大将首がここにいてくれると良いのだが……。
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「兵糧庫をまとめて全部やられるとはな……。まずい……まずいまずいまずい、まずいぞジョッシュ! ふざけんなっ、守備兵どもは何をやってたんだっ! つーかどうやって前線と警備を潜り抜けて来たんだよ……バカなっ、まずい、まずいぞジョッシューッ!!」
忍び込むなり叫び声に身を隠すことになった。
気づかれたわけではないようだ、声の主を探して天幕内をのぞき込む。
「落ち着いて下さい、ダレス、総大将閣下」
「ジョッシュゥーッ、お前は逆に落ち着き過ぎだぜ! 何がどうなってんだこりゃぁっ?!」
姿を見つけた。
それと思わず笑いかけて口元を押さえることになった。
ああ、そうだろうとも。その苦悶の言葉が聞きたかったよ、ダレス総大将とやら。
「……前線に、銀色の有角種の女がいたと報告がありましたね。それはもう凄まじい剣舞で、10人束になっても勝てなかったと……てっきり敗残兵の言い訳かと思っていましたが」
ゼファーか、さすがだな。
あの片刃剣で敵を鮮やかに斬り抜く姿が目に浮かぶ。
「なるほどやはりやつらはエルキアの敵だったということか……。ぬ、ぬぅ……だが何も俺が軍を任されたタイミングで、身の振りを変えなくとも良いではないか……」
有角種は他種族に対して中立を守っている。それがライトエルフに荷担しエルキアに仇なした。
彼らのそんな勘違いが、事実としてエルキア本国に伝わってくれるとこちらとしては都合が良い。
ユランが復活を始めた今、もう中立という日和見は許されないのだ。
「どうしますかダレス様。兵糧の被害次第では軍の維持すら出来なくなりますが。ああいっそ、1度下がって近隣の農村から徴発でもいたしましょうかね」
それは聞き捨てならない。
ダレスの副官ジョッシュとやらの姿を確認する。
しかしそれが実直で冷たいその口振りからはなかなか想像の付かない、やさしい女顔をした青年だった。
遠くからでもわかるほどにサラサラと細くツヤのある髪をしている。
「我らエルキア正規軍に盗賊になれと言うのかッ! そんなのはお断りだッ、王に頼まれても絶対やらんッ!」
一方のダレス大将は無骨なガタイで身長も高く、ヒゲ面で、なのにやたら整った身なりをしているので熊が貴族のふりをしているような印象だった。
……意外と良識的でまた驚いたのだが。
「仕方ないじゃないですか、どちらにしろ軍を維持するために食料は絶対に必要なのです。戦は食べ物が無ければ勝てない、勝てないどころか兵たちに逃亡罪を与えるだけです」
その総大将を女顔のジョッシュが切り捨てる。
冷淡だが、あちらの陣営としては間違っていないのだ。
「断る! いくらエルキア本国が腐れてドロドロに溶けきったクソったれだろうともっ、それだけは断るッ! 俺たちまでクソになり切ってたまるかッ!」
「ですがそれでは退くしかない。しかし退けば処刑されるかもしれませんよ。……そういうことです、みんながみんな幸せになれる道なんて無いんですよ、いい加減大人になって下さいダレス様。……あ~、貴方は王族の傍流ですし、一生隠居生活程度で済むんでしたか。良いご身分ですね」
かなり辛辣な言葉だったがダレス総大将はけして怒らなかった。
むしろ申し訳なさそうな顔をして、それから水瓶に近づいてひしゃくの中を一気飲みする。
しかし、王族か……。
首を取ってしまうつもりでいたがこれは……少し考え直す必要がある。
下手に殺せば仇討ちだのなんだのと、向こうに余計な大義名分を与えてしまうからな。
「ぷはぁっ……。いいや殺されるさ……最近の王はおかしい、身内を引き締めるために俺を処刑するだろう……」
「おや意外です、それをわかっての発言でしたか。ええ、殺されるでしょうね」
副官は辛辣、大将は意外に善良。
これをこのままラジールにぶった斬らせるのもどうなのだろうか。
他に利用価値があるのではないか……?
「はぁぁぁ……。全部……あのバカがッ! バカが余計なことさえしなけりゃよぉ……俺ぁ……どうすりゃ良いジョッシュゥー……」
ん、何の話だ? あのバカ?
「さてどうしましょうかね。いっそ、共食いでもしながら総攻撃をかけ続けますか? 敵兵も城壁もじわじわと崩れています、死ぬ気で攻めれば落とせますよ」
「お前な! 後ろにサンクランドがいるのわかってて言ってんだろっ、あーコイツ性格悪ぃーっ!」
女顔のジョッシュが冷笑で返す。
ああ、確かにちょっと意地悪な人だ。
「正解ですダレス様。満身創痍で攻め落としても、その後どうなることやら……」
「攻めれば将兵がボロボロに傷つく! どれだけ生き残れるかもわからんっ、そもそも10日で落とせとかいうエルキア本国の命令からして理不尽だぞ! 戦争は土木工事じゃねぇよ!」
さすが総大将、普通に探ったらたどり着けないような情報をまた漏らしてくれた。
なるほど、だからあんな無謀な城攻めを選んでいたのか。そんなのメチャクチャだ……兵士の命を矢弾か何かと勘違いしている。
「ですが、逃げればダレス様は失脚します。おや、他に選択肢がありませんね。なら夜明けと同時に、報復の総攻撃といたしましょう」
「こんな戦いに勝ってどうすると言うのだ! 世界中が黙っておらんぞッ!」
悪の軍勢が己の悪行に悩み苦しむ。
これはまたおかしな話もあったものだ。さて、俺はこいつらをどうするべきなのだろうか……。




