9-05 スコップ一本で覆す、死臭漂うデスマーチ
さらに1日が経過し今日で防衛戦3日目、これでニブルヘルからの援軍到達まで概算1日という状況になった。
初日の猛攻撃を跳ね返したことで多少は相手も考えるようになったものの、その日も相変わらずの数に任せた波状攻撃で強行突破を図ろうとして来た。
だがそこはライトエルフだ、あのラジールと同じ血族だけあって1兵1兵が優秀な戦士たちだった。
彼らはダークエルフより神の呪い耐性が高い。ただそれだけでここ地上では有利となる。
さらに戦いについて付け足すならば、昨晩のラジールの奇襲が功を奏していた。
断続的な夜襲でヒューマンどもの士気を奪い、さらには虎の子の破城槌までいくつも破壊してきてくれたのだ。
それにより3日目はこちらの圧倒的優勢で夕日が落ちることになっていた。
現在の概算兵力差は5000:29000。万単位で敵を打ち倒せたが、失われた2000があまりに惜しい……。それに城壁だってそろそろ限界だ……。
やはり今夜でこの死闘にケリを付けなくてはならない。
これ以上の損耗は許されないのだ、ニル・フレイニアの今後とア・ジールの協力関係のために。
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灯台もと暗し、敵本陣は兵糧庫のごく近辺にあった。
半ば後方の補給部隊を優先して守るように、草原のくぼ地にひっそり陣取っていたとくる。
総大将はよっぽど慎重なのか、それともただの臆病者なのか、あるいはこの戦において兵糧の大切さを理解しているのか、なかなか判断が付かないがとにかく捜索と地下道作りに手間取らされた。
決行は今夜だ。その本陣への奇襲路を用意したところで俺は単独行動を止めた。
「全ての兵糧庫と本陣へと続く奇襲路を用意した。そこでなのだが陛下、今夜精鋭とラジールを貸して欲しい。上手くいけば奇跡が起きる」
地下を経由してユーミル要塞に舞い戻り、作戦会議室のヴィズ陛下に兵を借りる。
後は、真夜中を待つだけだ。
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「では繰り返しになるが作戦を解説する。アンタたち魔法兵はこれら13本のトンネルをたどって地上に上がる。あとは力の限りの炎魔法で兵糧をありったけ焼き払い、出来る限り姿を見られる前に、ただちに撤退してくれ」
兵糧庫はなんと13カ所ある。そこでベースキャンプとなる地下空洞を作り、そこからトンネルを必要数用意した。
後は炎魔法が得意なライトエルフ選抜兵が、全ての兵糧を焼き払って来てくれるというわけだ。
「本当に成功するでしょうか……」
「ああもちろんだとも。俺は竜神ユランの使徒アウサル、この胸に刻まれた紋章に誓って、アンタたちを勝利に導くと約束しよう。……それに言うほど難しいことではない、派手に火を放って逃げてくれるだけで良いのだ」
あるライトエルフの青年が不安をあらわにした。
こんな暗い場所に40名もが群がり声をひそめているのだ、そこはそういうものだろう。しょうがない。
「は、はい……」
「で、アンタたちが戻ったら俺がその穴を埋めて回る。この地下道に感づかれたら面倒どころではないからな。次の作戦にも支障が出る」
そこで1度言葉を止めた。
こんな穴底だ、慣れない者には不安でしかない。どうにか盛り上がるセリフを探してみた。自分は本の中の英雄なのだと己に思い聞かせて。
「それにまあ考えてみろ、これから俺たちがすることはとんでもないことなのだぞ。合計13カ所全ての備蓄を焼き払えば、やつらの朝飯は消し炭に決まりだ。……つまり、正否次第では戦わずして敵を撤退させることが出来るってことだ。どうかよろしく頼む、派手に焼き払って来てくれ」
すると散々あの猛攻に苦しめられたのだ、俺の煽り文句に彼らの口元が残忍にほころんだ。
これから食物を根こそぎ焼くという悪行を働くのだ、野蛮な煽り文句こそこの状況に吊り合うに違いない。
「さて。では――作戦開始だ、行ってくれ」
潜めていた声色を通常のものに戻す。
するとライトエルフ魔法兵たちが一斉に13のトンネルに飛び込み、穴底に俺1人だけが取り残された。
合計39の足音が反響し遠ざかり、それからしばらくすると激しい爆発音が13回連鎖的に鳴り響いた。
1番距離が遠い部隊にトリガーを任せて、一斉に全て焼き払ってやるって算段だ。敵を混乱させたり大軍に見せかけるって狙いもある。
「火事だっ火事だぁぁーっっ!!」
「え、エルフの奇襲だ! やつらが兵糧に火を放ちやがったっ!!」
「ああああああ、そんな、炎が……炎が食い物を……」
「早く火を消せっ! 何なんだっ、ま、まさかあっちの兵糧も一斉に……そんなバカなことがッ!?」
13の穴それぞれから地上の狂乱が届いてくる。
1つ1つは遠く小さいものだったが、合計13ともなると立派な断末魔だ。
叫び、怒り、恐怖、突然の理不尽に対するいきどおり。それらは俺を邪神の使徒らしくニヤリと満足させ、作戦の大成功をも確信させた。
「戻りました!」
1番距離の短いトンネルから部隊が戻った。
「お見事だ、では予定の合流地点に向かってくれ」
「了解です!」
さてやっと俺の出番だ、入れ替わりでアウサルがトンネルを駆け上る。
ルイゼの白銀のスコップで地下から全てを隠蔽し、その作業を13回分繰り返した。
死ぬほど面倒で息が切れるが、エルキアに手の内を見せるわけにはいかんのだ。体力の限り急ぐ必要があった。
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「はぁっ、はぁっ……はぁぁっ……」
チラリと見た限りだが、地上はどこもかしこも火の海となっていた。
ライトエルフの魔法というものはいざ有効活用してみると、これが恐るべき兵器そのものだ。
想定以上にとんでもないことになっている。言葉通り、根こそぎ兵糧全てを消し炭にする勢いと来た。ヒューマンが恐れるのもわかる気がする……。
「さて……ふぅ……。休んでる暇はないな……」
やるべきことはやった、俺も仲間を追ってその場から撤退した。
いや訂正だ、進軍した。
兵糧庫の一斉奇襲ともなれば敵も命がけだ、本陣も手持ちの守備兵を消火に回すことになる。
だが総大将は動けない。
連絡系統の中枢なのだ、今頃手薄となった天幕で半狂乱になっているのが相場だ。
さあ次は敵本陣だ。
食料を失ったエルキア軍に、追い撃ちのチェックメイトと行こうではないか。
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「……なぜ、アンタが、ここに居る」
ところが予定外があった。
合流地点、敵本陣真下地下空洞にやって来ると、そこにラジールとその精鋭10、さらに先ほどの選抜火計部隊がいたのだが……余計な人物までそこに現れてしまっていたのだ。
「うちの幻惑術で本陣を攪乱してあげるわ。第1王女だからって前線に出ちゃいけないなんておかしいじゃない、さあいくわよアウサルくん」
「ワハハッ、そーいうことだアウサール! パフェちゃんがご厚意で力を貸してくれるそうだぞ、頼もしいことよっ野郎どもの士気もグングン急上昇よっ!!」
そうか……今度はこうやって状況をひっかき回してくれるかラジール……。
アンタ、姫に俺を売ったな……?
「アウサルくんに死なれたら困るもの! シッカリ、筋を通してくれるまでうちが守るわ!」
「それと話は聞いたぞっ、派手に焼き払って来たようではないか! 我も火遊びと行きたかったが魔法はどうもからっきしでなっ! 代わりにこれからを楽しむとしよう!」
時間が惜しい、ならば結論はこうだ。
この姫は人の話を素直に聞けるほど丸くない。拒んでも付いてくるに決まっている。
……なら守りながら目的を達するしかない。
「こんな奇跡みたいな戦術……今でも信じられません! 俺たちだけじゃユーミルを守るだけで精一杯だったのに……まさに神業です! たった1手で流れが変わってしまうなんて!」
ラジールの言葉にさっきの青年まで賛同した。
それに他の魔法兵まで賛同して、わいわいと穴底が盛り上がる。
「ふっふっふっ……我のアウサールッであるから当然よっ! ところでそろそろ頃合いだろうか……?」
「そうだな……」
ちょうど俺もそう思っていたところだ、しばし思考に没頭してに本陣奇襲のタイミングを考え計る。
ダメだとわかっていてもわずかな兵糧や物資を守らなければならない。つまりそろそろ本陣部隊があちら側に出払った頃か……。
「いやっ実際に見た方が早いなっ!」
「あっ、それもそうねっ」
ちゃっかり状況にとけ込むパルフェヴィア姫。いかん、これでは自分が偵察に行くとも言いかねん。
「俺が見てこよう」
「むっ、貴様がかっ!?」
「それは危ないわアウサルくん!」
うるさい、アンタたちこそ顔に自分が行きたいって書いてあるぞ。
それに悪いが俺が適任なのだ。
「アンタらの目は節穴か? よく見ろ、俺はヒューマンだ。ヒューマンである俺は、ただそれだけでお前たちの誰よりも偵察に向いているのだ」
いや、ところがおかしい。
……残念ながら素直な賛同が得られなかったのだ。
「俺はヒューマンだ……!」
「んん……、どうかしら……どう思うラジール?」
「ああ。アウサルは竜人といったところだな。……悪いな、ヒューマンには見えんっ、だがそこが良いっ!」
うるさい、俺はヒューマンだ、よって俺が偵察に行くぞ。




