9-02 トンネルの先は争乱の地、白き王国に迫る人の軍勢 2/2
「とにかくこちら側からニブルヘルに……その、風呂場に開いたとかいうトンネルを使って使者を出すといたしましょう。男手は出せませんので若い小間使いになりますが、そこはどうかお許しを」
親善やら交渉をしている場合では無い。
俺たちの目の前でせっかく繋げたフレイニア王国が潰されようとしているのだ。
「いっそ援軍を要請してくれ、トンネルを作った者としてぜひそうしてくれると嬉しい。我らニブルヘルの精鋭全軍がアンタたちの援軍に加わろう」
「ぇ……。た、助けてくれるのですかっ?!」
「おぉぉー♪」
ラジールをのぞいた誰もが驚いた。
俺の独断ではあるがグフェンなら同じ行動を選ぶだろう。邪神ユランもそれを望む、虐げられし種族を救えと竜は俺に願ったのだから。
「もちろんだともっ! パフェにババロアにジジィよっ、この際だからよーく覚えておくと良いっ! このアウサルはその為に地下道を掘ったのだ! この男こそ、我らを絶望の劣勢から救い出してくれる勇士! 奇跡を起こす竜眼白腕のスコップ男だッ! どうだカッコイイだろうッ!」
ものは言いようだ、この瞳と腕を泊付けに使ってしまうかラジールよ。
……しかし間に合って良かった。
掘り抜いた先が占領地となればせっかくの秘密の地下帝国が台無しになってしまう。
「わぁーぉ、カコイイー、カコイイーあうさるたん!」
「ただのスケベでは無かったのね。……父上、ここは」
「そうじゃな、ご厚意を受けよう。ではパルフェヴィア、鉄板の方を任せたぞ、ちと文をしたためる」
とか言いながら老いた王様が鉄板焼をそれぞれの皿に小分けする。
……今さらだが俺、聞き間違えたりしてないよな? この爺さん、王なんだよな? その王がなんで……王であっても子の親ってことか?
「ほれ食え」
「あ、ああ……。ではいただきます、ヴィズ陛下」
「おお美味い美味いっ! 王など止めて下町に店でも持ったらどうだジジィ!」
まさかとは思うがラジールは王族だったりするのだろうか。
さすがにこれだけの軽口は……あ、美味い。やわらかくて、味がしみてて、肉の脂身が甘くとろけて……やるなヴィズ国王。これは素材の味を出し切っている。
「まだまだ隠居するつもりはないのぅ。それと娘よ、話の方も任せた」
ここを交渉ごとによく使ってるらしい。
小棚から書簡とインクを取り出して、ヴィズ陛下が文筆作業に入った。
「はい父上。アウサル……くん、先ほどは失礼しました。責任は後で、シッカリ、取っていただくとして、まずは状況をもう少し、シッカリ、まとめましょう」
「……待て、責任ってなんのことだ?」
それにシッカリをやたらに強調し過ぎなのではないか……。
「そ、それは……。乙女の裸を見た責任よ……。うち……は、初めてだったもの……」
「……そうか」
こちらの方も思ったよりとんでもないことになっているようだ。
だがあえてそこは掘らないでおこう。発掘にも崩してはならない地盤というものがある。
異界の言葉を借りるならば、それをやぶ蛇と呼ぶ。
「それで、そちらの具体的な状況は?」
「はい、それはゼファー殿や前線部隊からの報告待ちです。そうですね、ですが現状わかっているのは……」
「どうもアレだっ、うちに回されてきた大軍あっただろ! ニブルヘル砦を陥落させた憎き軍勢だっ! ……アレがこっちにそのまま派遣されて来たくさいぞっ!」
つまりは桁違いの大軍勢だ。
サウスから撤退したかと思ったらこちらに遠征するとは……つくづくエルキア本国の動きがわからない。
どこからそんな予算が出た、世界征服でも始める気か……? まるで悪の帝国ではないか。
「なるほど、どうにかなるのか?」
「劣勢よ。……向こうは本気、これまで保ってたヒューマンの隣国関係すら無視して進軍して来たわ。是が非でもこの国を潰す気みたい……」
「そういうことだっ、つまり最悪は三つどもえ、四つどもえの大戦争になりかねんっ、厄介だ! しかしそこは我のアウサールが来てくれると信じていたしなっ、むっ、しかしさっきニブルヘル全軍と言ったなっ?!」
あの軍勢を相手にするとなると簡単じゃない。
いくらこの国が独立を保ち続けた有力国だと言っても、エルキアの本気を受け止めきれるとは思えない。
「そうだ、今のア・ジールとニブルヘル砦に近付ける者など存在しない。最低限の男手だけ残して全軍をこちらに回してもらう。……それがこの白の地下隧道と名付けた、奇策の真価だ。ア・ジールは、トンネルさえ用意すれば世界中に援軍を送ることが出来る、奇跡の土地なのだ」
トンネルの出番がこんなにも早くなるとは思わなかった。
受け止め方によってはチャンスでもある。ここで奇跡を起こして見せれば、フレイニアは救いの神ユランに再び従うだろう。
ユランの失った、あるべき世界と軍勢を取り戻すチャンスなのだこれは。
「そちらの具体的な兵力はどれくらいなのかしら」
「うむっそこは我の方が詳しい。魔法剣士が1000、弓が550といったところだ。50残すとして1500がこちらに来る」
ラジールの代弁にパルフェヴィア姫は驚いた。
それこそ守りを捨て切った全力の援軍なのだから。
「そんなに回して本当に大丈夫なの……? 助けて貰えるのは嬉しいけれど……」
「問題ない、俺たちは迷いの森の中に閉じこもっている。正確にはその地下ア・ジールに国ごとな」
そこは常識が邪魔して理解出来ないに違いない。
よもや地底に国が生まれているとは、よっぽどの夢想家であっても想像出来るものではない。それが俺たちの誇りでもあった。
「ククククッ、いいぞいいぞ胸がわくわくしてくるなっ! この前の敗戦のやり直しというわけだ! ア~ウサールッ、貴様と一緒にいるとやはり最高に楽しいっ、大~好きだっ! こんな、こんな夢と興奮、希望あふれる戦があるだろうかっいや無いッッ!!」
「自重しろこのバトルマニア、アンタはいつだって勝つこと前提で生きてるからタチ悪いんだ……」
でなければ戦士などやってられないに違いないが、コイツの場合はあまりに極端で狂戦士過ぎる。
「こちらの前線兵員が約7000、合わせれば8500……これなら何とかなるかもしれないわ……」
「ああいけるっ、絶対にいけるぞ! ニブルヘルからエッダとグフェンも必ず来る! この数と兵質、アウサールの素敵穴掘りマジックが加われば……我らは絶対に勝利するッ! ちうことでどうにかしてくれアウサールッ!!」
少しずつパルフェヴィア姫の態度がやわらかくなっている。
一方のその幼い妹バロル姫はお行儀良く大人しく、鉄板焼を幸せそうに食していた。小さな姫君を見ていると、この国を守ってやらなければという思いがこみ上げてくる。
「ラジールがそこまで信頼するなら……わかったわ、ぜひアウサルくんのご意見を、シッカリ、うかがいたいところです」
「あ、ああ……。しかしラジールアンタな……、ここはアンタの母国なんだからもう少し自分の知恵を絞れ……」
「そこは適材適所だっ、我は最強の手駒として奇策を担う方が向いている!」
まあ考えようによっては余計なことされるよりはずっと良い……。
良くも悪くもラジールは豪傑で猛将だ。
「ならまだ情報が足りん。状況を把握しながら編成を急ぎ、ニブルヘルの援軍を待ちながらエルキアを迎え撃とう。俺はこの地のことも状況も、まるで何も知らんのだからな」
小さな姫君バロルをもう1度眺めてみると丸い目と目が合う。
そのお姫様の口元がニカッと元気に笑って、また小鳥のように食事を再開した。




