9-01 開通、白の地下隧道(挿絵あり
前章のあらすじ
ライトエルフの国を目指した地下道作りに、硬い鉱床という障害が立ちはだかる。
そこでアウサルはユランの知恵を借り、かつて先祖が掘り当てた自ら思考する鍛冶ハンマーを倉庫から獲得した。
そのハンマーに宿る中年男の名はブロンゾ・ティン、異界出身の優秀な鍛冶師。
ブロンゾの知恵を頼りて溶鉱炉を作り出す。
地下隧道から素材を取りそろえ、ダークエルフの技術も取り入れ、少女ルイゼがブロンゾに代わり鍛冶ハンマーを振った。
結果何度かの試行錯誤の果てに、白銀に輝くスコップが出来上がる。
そのルイゼのスコップは厄介な魔霊銀の鉱床をも難なく貫き、停滞していた状況を貫き開いてくれるのだった。
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ライトエルフの国フレイニア編
それは、分かたれた種族を一つに紡ぎ直す物語
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9-01 開通、白の地下隧道
白の地下隧道工事を始めてこれで10日目となる。
ちなみに家には1度も帰っていない。
なにせ片道だけで徒歩4日かかる距離の現場だ、荒野の向こう側が終点ともなれば当然そうなる。
なので途中途中に休憩所となる小部屋を自作し、疲れたらそこで寝て過ごす。そんな果てしない生活を続けた。
「常人とは思えない……こんな気が狂いそうな生活、場所、よくも平然と続けられるものだな……。アウサル、お前はまるでモグラだ……」
5日前にフェンリエッダが補給隊と一緒に来てくれた。
それでそんな感想を述べていたのだが、それは個人の感想というやつだ。アウサルである俺には何のことはなかった。
とにかく掘る。
掘りながらぼんやりとものを考える。
持ち込んだ本の続きを空想しながらときどきコンパスを確認して、黙々と掘り続ける。
このトンネルが開通したら1度アウサルの領地に帰ろう。
新しいスコップで財宝と異界の書物を掘り足して、日々の慰みを増やすのだ。俺はただの読書家だ、願われて英雄の真似事をしているに過ぎない。
作業を続けていると全身がジャリジャリとした砂利に巻かれ、ときおりそれが不快になる。だがそれでも手を止めることはない。
これも白き死の荒野での生活とそう変わらないからだ。だから、アウサルにはこんなトンネル工事など何のことはないのだった。
・
「悪いがこれを持ってライトエルフの国に行ってもらえるか? 旅慣れたアンタが適任だ」
「ほほぅ……不思議なオーブでござるな。拙者らはこの大工事を最初に始めた仲間、ささ、しからば目的を説明するでござる」
とある小さなオーブをアウサルの倉庫より持ち出した。
その昔、親父が掘り当てたレアものだ。
「これは――そういえば得に名前を付けていなかったな……。まあ要するに対となるオーブが近くにあると、発光が強まる不思議のオーブだ」
「なんと……そなたこんなものまで隠し持っていたでござるか。……なるほど、もうだいたい見えたでござる」
親父と一緒に生活していた頃は便利なのでよく身につけていた。2組みのそれは遠ざかると光が弱まり、近づくと強く発光する。
ざっくり言ってしまえば、どれだけお互いが離れているかがわかるのだ。あの広い土地で生きるにはなかなか便利な発掘品だった。
「任せた」
「了解したでござる。ならばついでにラジール殿を借りてゆくでありますよ、向こうの客将ならパイプ役にもってこいでござる」
「……ああ、はた迷惑な人柄を抜いて解釈すればな」
「ハハハ、たまに毒舌でござるなアウサル殿は。そんなことはないでござる、ラジールは良い御仁でありますよ」
そういったわけだ、片方を銀角のゼファーに貸した。
彼女は今頃ライトエルフの国、正式名称ニル・フレイニア王国に滞在して、目印兼交渉役となってくれている。
付け足すなら、きっと前言撤回したくなる事件や騒動が起きてるはずだ。
ラジールと独断行動は切っても切り離せない関係なのだから。
・
その碧色のオーブに今、光が灯っている。
全くの無反応から淡い輝きへと変わっていったのだ。
「近いな……」
これはかなり近いところまでゼファーに迫っていると言っていい。
それと一定以上の光には方角を示す機能がある。
オーブを目前で水平にしてのぞいてみれば、やや左手、やや上方向に伸びていた。
「あとほんの少しか……。フッ……まさか本当に、こんな荒唐無稽なものを作り上げてしまうとはな……。やはり、俺は歴代の中で1番の天才だ」
方角にそって黙々と掘る。
またオーブを確認すれば光がさらに強くなり、さらなる上方を指し示す。
「あと少し……あとほんの少しだ……」
途中から道をスロープ状の緩い登り坂に変えた。
さて、ゼファーが選んだア・ジールへの入り口にしてフレイニアに続く出口。それがどんな都合の良い穴場なのかいささかの興味がわく。
山の中か。谷の中か。不思議な秘境がそこにあるに違いないのだ。
あと一歩、たったそれだけの事実が、俺のペースを無意識に加速させた。
補給部隊が運んでくれた鹿の干し肉をガツガツともったいぶらずにむさぼる。
皮水筒の水を腹いっぱいに飲み込んで一気に空にしてしまった。
土壌に変化が起こった。
地底の岩盤の中、さらには荒野の底を進んでいたこれまでは、1度も地下水にぶち当たることもなかった。
ところが次第に土はやわらかく水気を帯び始め、それが豊かな土地を俺に連想させてくれることになる。
さあ、さあどこに繋がる。
どこに俺を導いてくれるのだゼファーよ。ついでにラジールもな。
ガッッ……!!
「来たっ!」
なんだかんだ1月近くかけたトンネル工事、そのラストスコップは卵の殻のようになんとも薄く脆い感触だった。
さあ、さあこれで着いたぞ、ライトエルフの国ニル・フレイニアに、俺はついにたどり着いた!
・
「ねぇねぇお姉ちゃ、ねぇねぇねぇ、あの穴、なーにぃ~?」
ところが不思議だ……ふいにあどけない子供の声がした……。
「穴……? もう急になに言ってるのよ。こんなところに穴なんてあったら、お湯がぜ~~んぶ逃げちゃうわよ~」
それともう1つ、これは若い女の声だ。
そのはっきりとした滑舌からして、しっかりとした人物象が連想できた。
「でも、あるよー、穴、あるよー? ほらほら、あそこーあそこー、あそこ見てよお姉ちゃー」
「うふふっ……バロルったらかわいいわ。穴なんてこんなところにあるわけ――」
そう、穴はここに存在する。俺が今開通させたのだから。
だがちょっと待て、俺は、一体どこに繋げて――ん、んんっ??
それは置いといて、とにかく開通させた以上は新鮮な空気を吸いたい。この胸いっぱいに、肺が痛くなるほど目一杯に深呼吸したいのだ。
だからフレイニア王国にたどり着いた俺は、新しきその風を、清浄なる空気をたっぷりと吸い込んだ。
だが――だがその空気というものが不可思議だ……。
湿っていて生ぬるい。……いやそれだけなら良かった。
なぜか蒸気あふれる世界を抜けてみれば、そこに、美しい青髪の女と、幼い女が居たのだから……。
「なるほどそういうことか。お湯が全部逃げる、なるほど。ここは……風呂場、か……」
ぁぁ……やってくれたなゼファーよ……。
これではただの……のぞき以下の痴漢でしかないではないか……。なぜ、どうしてこんなことになった……。
「ヒッ、男ッ!? いやっ、だ、誰っ、いやぁぁぁーっっ!!」
「待て――」
ところがさらに悪いことが重なった。
――この目と腕だ。
「か、怪物っ! あっああっそんなっ、なんでっ……! それにうちっ今裸っ……いっ、イヤッ、イヤァァーッッ!!」
「おぉぉぉぉぉーっ、穴ぽこからぁ~、男が現れたぞぉ~~、ラジールたん」
青髪の彼女は恐れおののき、タイルの張られた床へと腰を抜かす。
それが見事な風呂場だったのだ。どこぞの大富豪のお屋敷といったところか。バカみたいに広い浴槽と優美な彫刻がそこにある。
……待て、今なんて言った、ラジールたん、だと?
「おぉぉーっ、アウサールではないかっ! わはははっやっと来たなっ待ってたぞ! まさかこんな美味しいタイミングで風呂場の底をぶち抜くとはなぁっ……貴様はやはり、豪傑だなっ!!」
「ああ……だが、真の豪傑はアンタだ……」
その日もラジールは我が身を一片すら隠さない。
武人に不釣り合いな、でっかい胸を揺らして豪快に笑いだす。
把握した……このラジールがまたやらかしてくれたのだと……。
「すまないお嬢さん方、大変失礼した。……ラジール、説明は任せた。俺は中に引っ込む、話が付いたらまた呼んでくれ。……それまで下を整えておこう、繋がってしまったものは仕方ないからな」
後で小言をネチネチと恨みったらしく繰り返してやる……。
まさかア・ジール希望のトンネル開通先が、風呂場だったとか、そんなの納得できるか! これっぽっちもファンタジックじゃないぞ、期待してた展開と違う、俺の1ヶ月を、返せ……。
「待って下さいっ! 乙女の肢体を舐めしゃぶるように眺めておきながら逃げる気ですかっ! それにそのっ、その姿……瞳……何なんですか貴方はっ、ハッキリして下さいっ!!」
ところが青髪のお嬢さんに呼び止められた。
ライトエルフ、白い肌を持ったダークエルフの対となる種族……なるほど美しい。
「俺か、俺はただのアウサルだ。ダークエルフの国の遙か地底にある、反逆の地下帝国ア・ジールより来た。……そうだな、なら言っておこう。今日よりアンタたちには、俺たちの存在が露呈する日まで秘密を共有してもらう」
白銀のスコップを肩に背負い、地下からの弱い風を受け、それにより蒸気の消えた風呂場で顔だけ背けて彼女に宣言する。
「……ヒューマンと、それをえこひいきした悪神に1杯食わせてやりたいと、アンタらがもし望むならな。端的に言えば、俺は全てをひっくり返しに来た」
ライトエルフの国ニル・フレイニア。
ここが俺たちの味方となれば頼もしい後ろ盾になる。
どうも雲行きがいきなり怪しいがな……。




