8-05 大地全ヲ穿ツ、白腕ノ器 2/3
「あのあのっ……ならっ、ならボクがやりますっ!!」
重苦しい沈黙と手持ちぶさたに支配されかけた。
けれどうら若い少女の声がそれを勇敢にも破っていた。
「もっとみんなやアウサル様の力になりたいんです! だったら……アウサル様のスコップのために、ボクなんかが役に立てるなら……やりたい! ボクにやらせて下さい! ボクに、アウサル様の新しい相棒を……作らせて下さい!!」
一生懸命に少女ルイゼが自己主張した。
俺に詰め寄り懸命な背伸びをして、真剣で決意に満ちた眼差しを向けてきたのだ……。
「おっ、オオオオオーッッ! ルーイーゼーちゅわぁぁーんっ、お、おいらぁぁ感動したよぉっ! おめぇの熱いその魂がっ、おいらの傷心ハートを……はぁぁよっしゃわかったっ! 今日からおめぇはッ、おいらの愛弟子だァッ!!」
「ヒューマンのルイゼさんなら確かに……。いえ、ですがそれは……」
すまん、フェンリエッダの見解に賛成だ。
すっかりその気のブロンゾには悪いと思う。しかし彼女に任せるわけにはいかない。
「ダメだ。ルイゼはあのサンダーバード氏の妹君、鍛冶などといった過酷な作業を任せるわけにはいかない。万一火傷でもされたら俺はなんと詫びればいい。……ヤツは、ルイゼの為に俺を牢獄から救ったのだ」
「バーカッ、そーいうのを過保護っつーんだよ! アウサルてめぇ、ぶっきらぼうな性格してるくせによぉ、そのおめぇが甘ったれたこと言うとは思わなかったぜ! ダァクエルフを救いたいなら、余所者よか腹心のルイゼに任せるのが1番じゃねぇかっ、違うかよおいっ!」
……正論だ、反論も考えたがまるで出てこない。
か弱い女に任せられないと言い返せば、エッダの心変わりを誘発させるだけだ。しかしだからと言って……。
「アウサル様の力になりたいです。ボクの作ったスコップが、この先もアウサル様の隣で活躍してくれたら……こんなに嬉しいことなんてないです……。だってもし……兄さんが……動き出したら、ボクは……」
後半の方はよく聞き取れない。
けれど決意の方は嫌でも感じ取ることが出来た。
「わかった。そこまで言ってくれるなら拒めない。ルイゼの好きにするといい。……師匠に厳しくされたら俺に言え」
「あ……ありがとうございますアウサル様! ボクッ、身の回りのお仕事もちゃんとがんばりますから!」
「へっ、めんどくせぇ野郎だ……! よっしゃっ、じゃあ今から新米鍛冶師の初仕事といこうぜッ!」
自覚はあるがアンタにだけは言われたくない。
だがそうだな、空気をおかしくした責任を取ろう、鍛冶仕事の準備を積極的に手伝うことに決める。
「なにからすればいい?」
……どっちにしろスコップがなければ仕事にならないのだ。
そのスコップという命綱をルイゼが担当してくれると言っている。シスコンのサンダーバード氏には悪いが、内心少し嬉しくなってきた。
「おうっ鉄鉱石と魔霊銀と木炭を炉にぶち込みなっ! ああ木炭の方は上下に頼むぜ! そんで炉を火にかけて、例の試作機能も試してみようじゃねぇか!」
1番簡単で力の要る作業だ。
作業員と協力して鉄鉱石および魔霊銀、木炭を炉へと押し込む。
それから燃料となる黒い石や木炭を下に流し入れて、それぞれのふたを閉じた。火はまだ入れていない。……コレには必要ないのだ。
「さて交替だな。念のため最初は私1人で試そう、いくぞ……」
「お、お願いします……!」
緊張気味のルイゼに励まされて、かわいいもの好きのエッダがやさしく微笑み返す。
彼女は炉外壁に埋め込まれたサファイアにその手をかかげて、その内部にて炎と、風の魔法を発動させた。
「すっげぇな……、場合によっちゃ燃料要らずの、フイゴ要らずってわけだ……。マホーたぁ、便利な力もあったもんだなぁっ」
「無限に使えるわけではない。だが……我らの恩人アウサルの為の道具を作るのならば、私だって全力を尽くしたい」
ふたの隙間から煙が上がる。
黒い煤が立ち上り、突貫工事の溶鉱炉を不安に包む。
「すごいぞ……2人とも炉の外殻を触ってみといい。これだけ中が燃えているのに……」
「え、わぁ……なんだか、不思議です……」
誘いに乗って確認してみれば人肌以下の生暖かさだった。
俺たちの生み出した溶鉱炉は断熱性において飛び抜けたスペックを持っていたということだ。
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「さぁ~て! そいじゃルイゼちゃんっ、次はコイツ鍛えてくんなっ!」
「はっ、はいっ! がんばりますっ、一生懸命っがんばりますっ!」
ほどなくして鉄と魔霊銀の合金が精錬抽出された。
よくわからんがこれで精錬された状態だそうで、石皿に流し込んでインゴットの形に整えた。出来上がったのは合計で3本だ。
続いてそのインゴッドをもう1度加熱して、金床へと運ぶ。
ルイゼがブロンゾ・ハンマーを握り、力いっぱいインゴッドを打ち付けた。
「おおっ意外と器用じゃねぇかっ、その調子だほれがんばれっ!」
「はいっ! 見てて下さいアウサル様、立派なスコップを作って見せます!」
初心者の手並みには見えない。
左手のペンチでインゴッドを掴み、右手のハンマーがハイペースでスコップの形に成形してゆく。
何とそれがあっという間の手並みだった。10歳の子供の技ではない。
「出来ましたっ!」
「すごいぞルイゼ、とても初めてとは思えない!」
「ああまあそこはオイラがエスコートしてやったからなっ、やれて当然だがルイゼちゃんの筋もなかなか良いじゃねぇっ!」
1本目のスコップが出来上がった。
仕上がりの方はというと……これがデコボコとしている。左右がまるで対称になっていない、歴然たる習作だ。
「良い仕上がりだ、あの金物屋が仕上げたやつと比べれば歴然の差だ。……見た目は悪いがな」
「じゃあ2本目作ります! 見てて下さいねっ、今度こそすごいの見せますからっ!」
ルイゼが前向きに2つ目の作業に入る。
その間、俺はデコボコで不器用な処女作を握って、試し掘りしたいのを堪えては肩に背負い直した。
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「あ、あれ……出来ましたけど……。すみません……失敗です……」
「これは……ですが左右のバランスは良くなっている。上達している。うん、私は好きだ」
すぐに2本目が出来上がった。
ところが力み過ぎたのか、いやそもそもこれはスコップと呼べるのか……どうしてこうなった。……やたらに刃先の長細いものが出来上がっていた。
「んん~~? 槍型ぁ~スコップって言ったところか? ガハハッ、なんか面白いじゃねぇかっ、何に使うのか全然ワカンネーけどよっ!」
「あぅぅ……ご、ごめんなさい……。で、でもほらっ、高いところの枝を伐ったりするのに便利かも!」
知っているぞ、それは異界の言葉で高枝伐りバサミというのだ。
庭の管理に便利だ。登らずして木の実を収穫出来るのだから。
……有効活用出来るのが俺だけという欠点から目を背ければ。いやこれに鋭利な刃を入れればいいのか?
「すごいすごいっすごいじゃないかルイゼちゃーんっ!」
「ほらもっと誉めてやって下さいよアウサルさん! さすが俺たちのルイゼちゃんだ!」
ところでいきなり外野の兵士たちが騒ぎだした。
やたらにルイゼを持ち上げるあたり――彼女のファンか、あるいはロリコンだ。
「誉めてやれアウサル。これは友人としての命令だ」
「友人は命令なんてしない。……ああ、よくやったルイゼ、これはこれで使えるぞ」
槍型スコップか……戦闘用か?
こうも長細いとトンネル内での取り回しが心配だが……。
いや逆に狭い空間でこそ有用なのだろうか。
「本当ですか……?」
「ああ。それにまだ最後のインゴッドが残っている。3度目の正直だ、次は正統派路線のものを頼む」
1本目のデコボコスコップでもきっと問題はない。
大事なのは強度だ、それ以外の要素には目をつぶってしまおう。
「はいっ、それじゃ最後のチャンス……! 行きますっ、今度も見てて下さいねアウサル様! よそ見しちゃ嫌ですよっ!」
「……ああ、わかってる」
2本目の槍型のヤツを手慰みにしながら、明るく元気にはしゃぐルイゼをその後も見守った。




