8-05 大地全ヲ穿ツ、白腕ノ器 1/3
翌日、俺たちは地上:ニブルヘル砦の外れに集まった。
具体的には練兵所の外れ、ここなら多少やかましく鉄を打ってもお互い様、むしろ持ちつ持たれつの関係が築けるだろうとのグフェンの判断だ。
材料の方は昨日のうちに運搬してある。
ユランより100倍化された鑑定能力を活用してみれば、ブロンゾの見立てたその石材には飛び抜けた炎耐性というものがあった。
その他の粘土や鉄鉱石も同様のAA級の良い目利きだ。
ルイゼにフェンリエッダ、ブロンゾ、砦駐屯兵から7名の手伝いが集まると組立工事が始まる。
まずは地盤を平坦に整えて、大地へと特製の杭を打ち込んでゆく。……これは鉄みたいに硬い地底の岩盤を、俺のスコップで削り取って作ったものだ。
続いてその上に炎耐性◎とでも呼べる砂利をまき、その上辺を質の良い粘土で塗り固めた。
さらにそこへと、縦長立方体に切り出した石材を乗せる。耐火石とブロンゾが呼んでいたものだ、溶けにくく熱そのものを封じ込める力があるそうだ。
内部は事前に俺がシャベルを使ってくり貫いてある。中が上下に分かれるように石の仕切りと、耐火石を使ったフタを取り付けておいた。
要するにこれは炉の中枢部だ。下が燃料室で、上が溶かすものを入れる部屋だ。
設置が終わると周囲に粘土を塗り付けて、さらに耐火石の石材で再度おおい、合計で3層の構造になるまでサイズと断熱性を盛りまくった。
溶かした金属をインゴッド状に整えるための石皿と、それに塗る油、出来るだけ綺麗な冷却水も用意した。
「いよっしっ! 何かとんでもねぇ合作になったけんど、これで、完成だっ!」
するとブロンゾのおっさんがやっと笑う。
さっきまでそれはもう苦く険しい顔で作業を見守ってくれていたのだ。
それが豪快な笑顔でやり切った姿を見せるものだから、俺たちも期待にそえたことにホッとさせられた。
「すごい……思ったよりずっと大きい……。こんなものがこうもあっさり出来上がっちゃうだなんて……ビックリですっ!」
「それがこのアウサルの力だ。いいや言い直そう、エルフと、アウサルと、ブロンゾ殿の努力と知恵の成果だ」
フェンリエッダにしては大げさな物言いだ。
けれどこれが不思議と否定する気にはなれない響きがあった。
溶鉱炉の完成を聞きつけて練兵所からも将兵が流れ込み、もうこれはちょっとした大騒ぎだ。
「違いねぇ! アウサルの白の地下隧道から、俺が素材を見立て、それをダァクエルフが汗水流して地上まで持って来たんさ! そんだけでもぅ~とんでもねぇに決まってらぁっ!」
「アンタの技術が無ければこうもいかなかったさ。……それにまだ喜ぶのは早い、実際に動かしてみないと仕上がりはわからん」
炉内部の温度が上がらなければ金属を溶かすことなど出来ない。
ならば試運転あるのみだ。火を入れれば粘土も固まる。
「それもそうだな! なら試作第1号はてめぇのスコップだ。ご希望通り飛び切りの逸品を作ってやろうじゃねぇか!」
「そうしてくれ。だが……」
ブロンゾがはしゃぐ。
年がいもなくはしゃぐ中年というのも悪くない。
「おうよ俺に任せろワッハッハッ、いよっしゃっいっちょハンマー握って……ありゃぁぁぁーっ?!」
だがだ。お互い肝心なところを忘れていた。
何せ昨日始めた突貫工事だ、うっかりの1つくらいある。
「そ……そうだった……。お、おいらが……おいらがその……ハンマー、なんじゃねぇかよぉぉっっ?! うっううっ……そんな嘘だぁぁーっっ!!」
当然なのだが、おっさんの右手は鍛冶ハンマーの取っ手をすり抜けてしまった。
インテリジェンス・ハンマーのブロンゾ・ティン。道具が道具を扱うなど出来るわけがない。……何ともたちの悪い呪いだ。
「哀れな……心中お察しいたします。……しかし困ったな。我らダークエルフに鍛冶の素養は無い。これでは宝の持ち腐れだ」
「ああ、かといってラジールやゼファーにも持ち場がある。実を言えば俺も内心興味があるのだが、俺がやってしまうと肝心のトンネル工事が止まる。……むぅ、これはどうしたものか」
そうなると数少ないヒューマンの協力者に目が行く。
炉と師範は最高のものが整った。ならばこれを誰に任せればいいのだ?
「お、おいら……おいらはもう二度と、鋼を鍛えることができねぇのか……。そ、そんなことってあるかよぉぉ……う、うぉぉぉぉぉー理不尽だぁぁっ、お手製の炉と、理想の素材がそこに転がってるってのにっ、ぢっぢくじょぉぉぉーっっ!!」
ブロンゾは現実に涙した。
むさ苦しく、暑苦しく、雄々しい叫びを砦の空にこだまさせて、それから土くれの地面を握りしめようともしたが、それすらも実体の無い彼には叶わぬ願いだった。




