8-04 始まりの炎、鋼の鍛冶師 2/2
まずは炉を作る。
そこでブロンゾ・ハンマーことおっさんを背負って、素材の調達作業に回ることになった。
残ったグフェンらにはその他の必要物資や工員を手配して貰い、俺とフェンリエッダで敵国横断トンネルに入り込む。
こんな未開通の横穴にだって別の使い道があるのだ。
「ふぅ……。こうして2人でゆっくり話すのも久しぶりだなアウサル。元気だったか?」
「言われてみればそうかもな。……ブロンゾのおっさんもいるが」
「うるせぇ話かけんなっ。勝手にやれや、てめぇらっ」
2人肩をそろえてトンネルを進む。
カンテラの明かりに照らされて、俺たちは互いの顔を確認し合った。
……ブロンゾは素材の目利きに忙しいそうだ。
「ならそうさせてもらう。そういえばアウサル、ここの名前は決めたのか? いつまでも敵国横断トンネルなんて野暮ったい名称では、計画も締まらないぞ」
フェンリエッダの黒いローブと黒い肌。
麗しきその美貌と金髪を不十分な明かり1つずつで眺めると、なるほど侯爵が欲しがったのも納得だ。美しい。
「何も考えていない」
「なら今考えろ、どうせ歩いて壁を照らすくらいしか仕事なんてないんだ、今ここで決めろ」
整った顔の美女がキリッと言い放つ。
そう言われるとまじめに考えなくてはならない気もしてくるから不思議だ。
「強引なやつだなアンタ……。ならライトエルフの国につながる道だ。……白の地下隧道にしよう」
「む……ずいぶんシンプルだな」
「ダメか?」
「いや、悪くない。お前にしては無難だと思う。ライトエルフの国に繋がる、白の地下隧道か……完成が楽しみだな……」
安易な回答だったが好評だった。
夢を膨らませて少しだけ子供っぽくなった声色、そんなエッダの反応を聞けた。
「ふふふっ……これが完成したらあのクズ侯爵を出し抜ける。出し抜かれたとヤツが気づく、その日が恋しく待ち遠しい……。アウサル、お前はいつだって我らダークエルフの心を癒してくれる……信用しているよ」
「そう言うアンタは時々何というか……心配になるところがあるぞ。ああブロンゾ、そっちの調子はどうだ?」
鍛冶ハンマー越しに何となく感じるものがあった。
さっきからハンマーそのものがわずかな熱を持っていたのだ。
「ああ……おいらぁ驚いたよ……。地下の岩盤をそのまま掘り抜いて……他国との秘密の道を造るだなんてよ……。こんなバカみてぇなこと、本当にやらかすバカ野郎がいるだなんて……マジかよ、なんて頭わりぃ計画なんだよ!」
それで何を言うかと思ったらそんなことだ。今さらだ。
「全くだな。だがもし実現すれば大きな意味を持つ。孤立していた2つの種族が1つの道で繋がるんだ。これは憎きヒューマンどもに対抗するための、大きな1歩だ」
彼女のその大げさな物言いにブロンゾが口をつぐんだ。
ダークエルフら虐げられし者の事情など、おっさんからすれば昨日聞いたばかりの人事だ。
憎しみ混じりの熱い思いに俺たちはつい黙り込んでしまい、壁ばかりを眺める行軍をしばらく続けることになった。
「おいこりゃ何だ?!」
しばらく歩くとブロンゾのおっさんがまた叫んだ。
そこはこの前の場所だ。鉄より硬い鉱床群、その1つ目が現れた。
ここ自体は何とか迂回出来たので別段問題ない。
問題なのは遥かこの先に続く最深部、ほぼ全域が鉱床におおわれたおかしな地層だ。
「こりゃ……魔霊銀じゃねぇか。まさか、これ全部が……おいおいおいおい……ひ、ひはっ……」
聞きなれない単語がブロンゾより漏れた。
そうか、この鉱物は異界では魔霊銀と呼ぶのか。
「知ってるのか? そうだコイツが進路に立ちはだかってしまってほとほとに困り果てている。掘り進めようにもすぐにスコップが台無しになってしまうのだ、切りがない」
「バカ言えや! 魔霊銀をただの、しかも鋳造製の鉄スコップで掘るだぁ……? 出来るわけねぇだろ! ペシャンコにはじき返されるだけだねっ!」
そう言われると少し悔しい気がする。
いいや潰れたりなどしない。欠けたり、折れたり、ねじ曲がって切れたりするだけだ。
「いいや嘘じゃない」
「はっ、もし出来たら俺ぁしょんべん漏らす自信があるね! コイツはよぉ、採掘しようがねぇから、塊を丸ごと掘り返すのが当たり前の採掘法なんだよっ」
俺の返事を反論で返しながらもヤツはその目を興奮に輝かせた。
むさ苦しいその姿をクッキリと実体化させて、エッダよりもさらに熱い熱い視線で黒き鉱床を凝視していた。
「もしかしてこれは炉の材料に向いているのか?」
「あたぼうよ! 大切なのは耐熱性の高い石材、つまり炉の素材として見りゃぁ……まあ微妙だ!」
何だよいらないのかよ……。
そこでエッダを盗み見れば残念そうだった。
これで作られた武器を夢見ていたのだろうか。女の子らしいとはとても言えない。
「コイツの融点はそこまで高くねぇ。鉄に毛が生えた程度だ。だからこの魔霊銀と鉄を合金にしてやると良い。ほんのひとかけら入れるだけで仕上がりの差は歴然だ。全体の組成に、この魔霊銀がまざることで、より強固な結合がだなー……」
なるほど。話が長いので要点がつかめなかったが、どうやら使える金属のようだ。
「つまりは要るってことだな」
俺は魔霊銀の比較的薄い鉱床を狙って、ヤツのご高説の前でグサリとスコップを突き刺した。
「にゃっ……にゃ、にゃんじゃそりゃぁぁぁぁぁーーーっっ?!!」
「ふふふっ……何度見ても不思議で夢みたいな光景だな。ブロンゾ殿、これがこのアウサルの力だ」
上と下を2回ずつ突き刺せば、丸ごと柱として抜き出せる部分を狙った。
2発目のスコップがブロンゾに現実を突き付け、ガラガラと異界人の常識をも崩してゆく。
いい歳した薄汚い鍛冶男が目を丸くして、悲鳴を上げて、信じられないと目をおおって、それからわなわなと指を震わせて、我らの収穫物を指さした。
「ま、まままま、まぷたつぁっ?! ま、まれっ、魔霊銀を、た、ただの鋳造製スコップで……コイツぶった斬っ……ふ、ふぎゃぁぁぁぁーっっ?!!」
本音を言おう、良い気分だ。
俺たちの奇跡の力を別世界の職人に見せつける。こんなに楽しいことはそうそうない。
「これだけあれば満足か? グフェンが運搬部隊を用意してくれている、あとは目印だけ付けておけば回収してくれるはず」
「その手はずだ。……しかしさすがに硬いのだな、もうスコップの刃が欠けているぞアウサル。工事が進まなくなったのも納得だ、この魔霊銀を難なく掘れるだけの道具が必要だな」
言葉につられてスコップを見れば、切っ先が欠け落ちてギザギザになってしまっていた。
しかし貴重な魔霊銀とやらを獲得出来たのだ、そうなると余計にこれを溶かす炉が欲しくなってくる。
「それで驚いているところすまないがブロンゾ、見ての通り俺は不思議なマジックが使えるのだ。スコップなどの掘る道具さえあれば、ほぼあらゆるものを掘り進むことが出来る。つまりだ、アンタが望む形の石材を、壁から丸ごと掘り抜くことだって出来るってことだ。……これは下見じゃない、スコップによる採掘作業だ」
ブロンゾは掘り抜かれた魔霊銀を見下ろして絶句していたが、そのおっさんの血走った真顔がこっちを向いた。
これがなかなか幽霊じみたものもあっておっかなかったが、その恐ろしい容貌に徐々に子供みたいなワクワクがこみ上げてゆくのが見えた。
「おめぇ……マジかよ!? ってぇこたぁつまりアレもっ、ソレもっ、コレもっ、調達困難なヤツ全部てめぇが掘ってきてくれるってことじゃねぇかっ! アウサルッッ、てめぇぇぇ……ふざけんなよこの野郎っ、そ、そうならそうと早く言いやがれこんちくしょうめぇがっ!」
「ふふっ、良かったなブロンゾ殿。その技術をぜひ我らの武具にも提供してくれ」
エッダが自慢するように俺を誇った。
この地に帰ってきてより、彼女の俺に対する態度はずっと以前よりやわらかくなっている。
「よし乗ったっ、てめぇらにおいらぁ乗ったぜっ! 炉かっ、スコップかっ、武器かっ! おうおうおう好きなだけおいらに注文しなっ! おめぇら田舎者が、目ぇ飛び出すくれぇとんでもねぇ逸品を、仕上げてやんよっ! アウサルっ、てめぇが俺を掘り当てたのは運命だったってわけよっ、ヒハハッ!」
俺たちは引き続きトンネルを物色しながら進み、生ける鍛冶ハンマー・ブロンゾの望む石材という石材、さらに粘土と鉄鉱石を回収して回った。
よくわからんが極めて熱に溶けにくく、断熱性に優れた石材が継ぎはぎ0で採集できたそうだ。
ちなみにブロンゾ、アンタを発掘したのは俺じゃない、俺の先祖だ。どうもこの男、大ざっぱに物を覚えるところがあるな……。
「よっし! そんじゃまずはこれで炉を組み立ててみようぜ! そんでその炉を使って、もっと大きな炉を作るための材料を作るのさ!」
「私も柄にもなく興奮してきたぞ。ブロンゾ殿、何か手伝えることがあったら言ってくれ、200人までなら人を出せる!」
200ってちょっと待てよエッダ。
アンタもかなり興奮してるみたいだな。秘密基地作る子供みたいにはしゃいじゃって……。
「何だ、おかしな目で見るな! 妙な薄笑いを浮かべるなアウサルっ!」
何だかな。アンタかわいいところあるんだな。
普段もそれだけ素直になれればいいのに。
「実はなエッダ、ユランの新しい接待法を発明した。だから今度うちに来るといい、小さな邪竜様もきっと喜ぶ」
「ほぅ、聞き捨てならんな。詳しく聞かせてもらおうか、お前が間違った奉仕法をしているとも限らん。これが片付いたら今すぐ行くぞ」
そこで目さえつぶれば敬虔とも取れたが、エッダの頬は桃色に染まり、瞳は期待に潤み、何より俺との距離を極端に詰めて話の仔細を聞く気で全開だった。
フェンリエッダみたいな堅物が、まさかここまで小動物に弱いとは思わなかった。
それはもう無意識にスキップを始める始末だったが、そこはあえて触れずにおくことにした。
「フフフッ……フフフフフフッ……」
「ヒッヒハッ、ヒハハハハッ、すんげぇぇ……」
暗闇の地下隧道に不気味な笑いが2つこだましていた。




