8-04 始まりの炎、鋼の鍛冶師 1/2
すねる鍛冶師、その名はブロンゾ・ティン。
これまで今一つ実感に繋がらなかったが、本当に別世界の出身のようだ。
「な、なんじゃコイツァァァーッッ?!!」
「クルル……?」
というのもルイゼが玄関の施錠を解くなり、小さな邪竜ユランの飛び出す歓迎をも受けることになった。
すると生ける鍛冶ハンマー、ブロンゾが絶叫を上げて腰を抜かしたわけだ。……わざわざあのむさ苦しい姿を実体化させてな。
「アウサル様っ……あの……こ、このおじさんっ、青白く透けてるんですけど……っ!」
「それは当然の話だ。こちらの方はブロンゾ・ティン、例の生ける鍛冶ハンマーその人だよ」
1つ確かなことがある。こんな玄関先で立ち往生したってしょうがないってことだ。
おっさんの本体を背負ったまま俺が居間へと歩を進めると、文字通り謎の力が彼を引きずり回した。
「おいてめぇ! 人が腰抜かしてんのになにすんだバカ野郎っ! かぁぁぁーっ、やっぱてめぇアイツの子孫だっ、ちったぁおっさんをいたわれや!」
「すまん知らなかった。……どうも不便な身体だな」
自由に姿を解けないものなのだろうか。
そもそも消えてるときは何がどうなっているのか。
「何だか変なもの見ました……青白いおじさんが床を滑るように……。ぅぅっ、夢に見そう……」
「ていうかよぉっ、何なんだよこのちっせー竜はよぉ?!」
イスにやたら重い荷物ブロンゾ・ハンマーを置く。
その上のテーブル方には2人と1匹分の食器が並んでいた。待っていてくれたらしい、悪いことをしたな。
「ユランだ。反逆の地下帝国ア・ジールの旗印にして、かつて創造主に弓引いた反逆の邪神。……まあ見ての通り、わけあって威厳などまるで無いがな」
「クルゥゥー……!」
ユランは飛翔を止めて人の肩に乗ると、自尊心たっぷりに高い鳴き声を上げた。
少なくとも本人はそれがクールだと思っている。
「そんなことよりブロンゾ、これを見てくれ」
その彼の前に壊れたスコップを持ってきた。
大方の予想通り何だかんだ興味があるらしい。その中年痩身を再び実体化させてまじまじとスコップをのぞき込む。
「どう思う」
「ああっ、こりゃひでぇ仕事だ。ただ鉄と鉄を熱してくっつけただけじゃねぇか。こういうのは溶接とか鋳造ってゆーんだ、少なくとも鍛冶仕事じゃねぇ、このおいらがそうは呼ばせねぇよ」
そこは仕方ない。これを直したのは鍛冶師ではなく金物屋だ。
融点が低く比較的やわらかい銅の加工が得意で、鉄は全くの専門外だそうだ。
しかもそこにダークエルフの向き不向きが加わって、どうにもこうにも上手くいかないらしいのだ。
「ていうかよ……何をどうやったらここまでよぉ、ぶっ壊せたりするんだよ……? おかしいぜぇこりゃぁ……おぅここ見ろ。とんっっでもねぇ力でねじ切れてやがる……。こんなの人間業とは思えねぇ……どんな巨人に使わせたらこうなんだよ……ひぁぁ薄ら寒いぜ……」
そう言われると気恥ずかしいものがあるな。
いいや俺の元々の才能とユランの力の相乗効果だ、ここは誇りに思うことにしよう。
「それが鉄よりも硬い鉱床にぶつかってな、ものの数度で折れるかねじ曲がるのだ。これでは仕事にならん」
「は? 言ってる意味がわかんねぇよ! スコップなんかで、鉄より硬い物体を、どうにかしようだなんて考える時点で、完璧おかしいだろバカ!」
そうは言うがそれが出来てしまうのだから仕方ない。
そういうものなのだと割り切ってもらう。
「確かに。だが一見トンチンカンであろうとも今はそれが必要なのだ。これをどうにかしてくれブロンゾ・ティン」
「あのあの、ボクからもお願いします、今のア・ジールには……貴方の力が必要なんです!」
興味が絶えないのか壊れたスコップとにらめっこしたまま、おっさんが渋気たっぷりに当惑している。
黙っていれば男前なのかもしれないが口があまりに悪過ぎる。
「どうにかしろっつってもよぉおめぇら……ああひでぇ仕事だぁ……、こんなんじゃすぐ壊れるに決まってらぁ。……でもよぉ、何でこのおいらがスコップなんかを……おかしいだろがよぉ……」
「そう言うなブロンゾ、スコップは素晴らしいぞ。なにせこの地下世界ア・ジールを掘り当てたのもまた、このスコップという道具の手柄であるからだ。それにアンタの作るスコップが今の状況を打開する唯一の鍵と言っていい」
語りが多少早口になったが何のことはない。
ルイゼに苦笑いされてしまった気もするが、ここは大事なところなので自己主張しなくてはならないのだ。
「さらにスコップというものはだな、剣と違って地形を変えることに特化している。要するに人を傷つけるのではなく、人の為に世界の形を変える力を持った、素晴らしい道具なのだ」
「……でもアウサル様、戦いでも使ってますよね」
ルイゼ、余計なことを言うな。
そんなこと言ったらこのお客人がなおさら首傾げるだろうが。
「おめぇ、マジかよ?」
「ああ。まあ、事実だ。……衝動的に悪人を埋めたこともある。親父の仇だ」
「えっと、あの、ブロンゾさん! アウサル様は……頭のねじがちょっと飛んでるけど、すごい人なんです! 普通じゃ考えられないようなことするんです!」
もうどうにでもなれ。って話の流れだ……。
ルイゼが俺のことをそんなふうに思っていたとは知らなかった。言葉のあやと思いたい。
「かぁぁぁ~~っ! つまりはおめぇとんでもねぇバカ野郎ってわけだ! はぁぁぁ~~……ああもうしょうがねぇなぁ……ったくよぉ」
ところが何が良かったのかブロンゾが折れた。
それから鍛冶ハンマーの上に座り込んで、何やら真剣に考えを巡らせ始める。
「炉がねぇんじゃ炉から作るしかねぇだろぉー……? ったく世話のかかる連中だなおぃぃっ、普通1つくらいあるだろそーいうのよぉ?!」
「ダークエルフには鍛冶の素養が全くといって無いらしい。何をどうやっても上手くいかないそうだ」
するとそこでヤツの眉が偏屈につり上がった。
子竜ユランにあれほど驚いていた時点で大方予想はしていたがそうらしい。
「だーくえるふぅ~なんだぁそりゃぁ? 少なくともおいらの辞書にはねーなっ、説明しろや!」
「ここの住民だ」
俺なりに彼らの外見に親近感や憧れを覚えていた。
だからそれを知らぬ鍛冶師ブロンゾに自慢してやることにする。
「長い耳と、黒い肌、あるいは蒼い肌を持っている……虐げられし強き民だ」
「よくわかんねぇけどよぉ……そうかよ、ったくしょうがねぇ……。まあそーいうことならおいらが手ぇ貸してやんよ! なんせ鉄の肉体になった今となっちゃ、弱ぇぇぇ方に付いた方が何かと面白ぇからなぁ!」
「ありがとうございますブロンゾさん! やりましたねアウサル様っ、さすがはユラン様の御慧知です!」
インテリジェンス・ハンマーのブロンゾの説得に成功した。
やかましいが頼もしいやつだ。
何より熱くなると実体化するあたりが、見た目むさ苦しいがわかりやすくて良い。信用して問題のない種類の人間だろう。……いや正確には元・人間だったか。
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その後、腹ごしらえを済ませてから夜のうちに大まかな事情をブロンゾに伝えた。
ここは地底、地上は封鎖状態、そこで友好国に繋がるトンネルを掘っていること。
サウスおよびエルキア王国とは実質戦争中。こちらの劣勢だがついこないだ古い本拠を取り戻したこと。
絶望的な戦力差。だがそれでも国を取り戻そうと戦い続ける彼ら。それを救いたい。
それを聞かせれば聞かせるほど、鍛冶師ブロンゾが乗り気になっていった。
それから翌朝、そのブロンゾを政務所のグフェンとフェンリエッダらに紹介した。
「よく来られたブロンゾ殿、俺はグフェン、解放軍ニブルヘルを束ねる役割を担っている者だ。……まあ形式上ではあるがな」
「フェンリエッダです。グフェン様の補佐と軍部を担当しています、まさか異界の鍛冶師殿にお力を貸していただけるとは……感謝に堪えません、ありがとうございます。……ところでアウサル、ユラン様はご在宅か?」
反応はというと当然ながらの大歓迎だ。
グフェンもエッダも礼儀を尽くしてブロンゾに少しお堅い笑顔を向けた。
……いや、最後の部分が少しおかしかったが、いつものことと言えばいつものことだ。
「復活してまだ浅いので力を温存していたいそうだ。……ああ、要するに今日も惰眠をむさぼっているよ」
「そうかっ。ふふ……ならばご機嫌をうかがいに行かなくてはならないな……」
フェンリエッダの口元がだらしなくゆるむ。
愛玩の混じった崇拝の心が誰の目からも見て取れた。それほど、2度繰り返すがだらしない顔だ。
「おうよっ。おいらに任せなっダァクエルフさんよ! なーに、このトンチンカンから話は聞いてんぜっ、色々大変だったみてぇだが、俺が現れたからにはもう大丈夫だっ、全部っ、任せてくんなっ! 漢ブロンゾ・ティン、今日から俺がおめぇらの仲間だっ!」
まったく調子の良いヤツだ。
スコップは嫌だとゴネてたくせにすっかり気を変えていた。
生業が生業だ、この漢にも色々とあるのかもしれないな……。




