8-02 深刻なスコップ問題と後日談 2/2
小さなブラシを作った。
それはもう本当に小さな特別製のものだ。
それで邪竜もとい小竜ユランの背中をゴシゴシと擦る。
「きゅっきゅぃぃ……きゅるっ、きゅぅぅぅん……♪」
「変な声を出すなユラン」
すると身をよじって喜んでくれた。
わざわざ作ったかいがあったというものだ。
「か、かわいい……あああ、アウサル様それ代わってっ、ボクもやりたいです! いえここは召使いのボクがっ、アウサル様の親分にあたる方なのですからっボクがお世話する義務がありますッッ!」
最近やっと理解した。
よく鈍いと言われるのだが……理解した。
エッダもルイゼもユランの愛らしさにメロメロだということに。
「ダメだ、コイツは俺の主にあたる者。……一応だがな。つまりこれは、俺がユランに愛想を売るための大切な儀式なのだ」
「ぴきゅ、きゅぃぃ~~……♪」
ただでさえすぐにヘソを曲げる邪神様だ。ならば平時のうちに媚びを売っておこう、という俺にしては社交的な作戦なのだ。
……ブラシで子竜を擦るというこの作業が、単純に面白いというのもまあ譲れない理由の1つだが。
「ショックです……こんなに尽くしてるのにユラン様のお世話をさせてくれないだなんて……アウサル様ッ!」
「……珍しくしつこいな。わかったわかった、なら好きにしろ」
これでは話が進まないのでしょうがない。
計画を台無しにしてルイゼに任せた。……ブラシを作ったのは俺だからなユラン。
「そ、それでは失礼しますユラン様……ど、どうでしょうか……?」
「きゅっきゅるるっ♪ きゅぅぅん、ぷきゅぅぅ、ぷきゅぅぅ~ん……♪」
バカなどんな技を使ったのだ……身もだえするほどの大好評だと……。
これではルイゼに株を持って行かれるだけではないか……。
ああつくづく女の好みというのはわからん。ユランの世話の何がそこまで楽しいのだ……。
(ふ、ふへぇぇぇ……たまらにゃ……♪ はっ、今のは聞かなかったことにしろっいいなアウサルッ! ……む、して、道具とな。フフフッ、ずいぶんと困っているようだな)
神々とは思えないほど頭のネジの飛んだ声が聞こえた。
……だが聞かなかったことにしてやるのが人付き合いというものだ。アウサルである俺も最近それを学んだ。
「ああ、ずっとずっと困っている。砦を取り戻してこれで半月だが、今日まで1日として欠かさず悩み続けている。……地上を取り戻したは良いが、ダークエルフには元から精錬や鍛冶技術が無くてな」
ルイゼが羨ましそうな目で俺を見た。
ユランと会話出来るだなんてそんなのずるい……って顔だ。
だが言っておこう、実際に話してしまうと魅力は半減以下だ、頑固で気位が高く常に偉そうなのがユランなのだ。
さらに加えれば、虚栄を張り切れずボロを出しまくるところがまた邪神らしくない。
異界の言葉を借りるならば、最近ユランはキャラ崩壊が過ぎる。
「ヒューマンである俺、からすれば不思議な話だが、やろうとしてもまるで上手くいかないそうだ。つまり修理させても修理させても出来上がったスコップがすぐに壊れる。壊れたものを溶かして作り直そうにも炉がない」
かといって外国から買い込もうにも今は侯爵怒りの包囲網の中だ。
(それはダークエルフの資質そのものの問題だ。ヤツ――創造主サマエルが彼らをそう設計したのだ。本来はライトエルフと持ちつ持たれつで本来の力を発揮できる種族なのだ)
「そうか。その資質の問題はさておき道具がなければトンネル工事が進まん。かといって侯爵は怒り狂っている。包囲を解くことはないだろう。家宝のスコップを取り戻すのも困難だ」
ならばユランの知恵を借りてみよう。気分屋に媚びを売るならブラシの1つでも用意するか。
――という最初の流れになるわけだ。
(それなら夢で見た。髪はボサボサ、ヒゲは情けなく伸びっぱなしにしたままヤツは自室に引きこもってしまっていたぞ)
そういえばユランは遠見の力を持っているのだった。
自由には使えないようだが見たものは既に起きた事実であるらしい。
「それは気持ち悪いものを見てしまったものだな、お察ししよう」
(クッ、クククッ……そうでもない、むしろ良い気味であった。貴殿の計算通り、ヤツはベルの紛失を隠し通そうとしているようだ。だから代わりのまがい物を抱いて、惨めったらしく生活していたよ)
それはまた哀れなことだ気の毒に。
あの時受けた痛みを思い返せば趣味の悪い興奮が胸をわかす。
下品な言葉を使えば……バカめ、ザマァみろ、もっと苦しめ、といったところだ。
(それと……どうやらまだあの宝石を手放してはいないようだった。デミウルゴスの涙が生み出す甘き夢、それにすがっては目覚めという現実に絶望する……。クックククッ……そんな恐ろしい日々を過ごしているようだったぞ……)
アンタ神様のくせに不公平だな。
絶望と眠りに抱き挟まれた生活か……さぞや苦しそうな話だ。
俺たちは期待以上のところまで侯爵を追いつめていたのだな。
「いっそ俺たち側に降るよう誘うか? ……ああわかってる、そんなことダークエルフが許さないに決まっている。キツめの冗談だ」
だが俺が侯爵ならそうする。
結界破りのベルを失ったとなればもうエルキアに付いても没落と破滅しか見えない。
ベルは世界のバランスを崩せるはずだったものなのだ。
(それで、話を戻すが道具が欲しいとな。……んっんぁ……はっはぅぅっ……♪)
キュルキュルと子竜が鳴き声を上げていた。
ルイゼの熱心なブラッシングが敏感な部分を擦り立てて、ユランの身をビクンビクンと震わした。
見た目は愛らしいが俺にだけどうにもこれが、色っぽい……いいや全部聞かなかったことにした。相手の気位を考えると悟られると面倒だ。
「アウサル様、ユラン様はなんて言ってるんですか?」
「……ああ、バカになりかけるほど気持ちいいそうだ。ただブラッシングのペースを少しだけ緩くしてやるといい。……それでユラン、何か知っているのか?」
俺からの助言にブラッシングが一端止まる。
ハァハァと吐息が俺にだけ聞こえてくるが、もちろんそれには目をつぶる。
俺はヒューマンであるので、喋る竜のあえぎ声など聞いても楽しくもなんともない。
(ルイゼは……恐ろしい女よ……。ああ……知っていても数世紀前の話になるが、良いか?)
「まさかの100年単位になるのか……。それはどう考えても、ダメな確率の方が高そうな話だな……」
仮に1世紀と仮定しても金属なら錆び果て、人なら墓の底、書物にしたって虫食いの可能性がある数字だ。
(そう言わず聞くと良いぞ。実はな……何世代前かは失念したが、貴殿の……ふむ。5つか、6つか、7つほど前の先祖の姿をまどろみ夢に見ていた頃……妙な金槌を発掘するのを見た)
アウサルも大概だがユランもユランだな……。
あまりに昔のこと過ぎて不安になるほどカビ果てた情報だ。
「金槌か。……しかし悪いが俺たちに必要なのは炉だ。道具があっても炉がなければどうにもならん。……それとも岩盤をそれでぶっ叩けとでも言うのか?」
(そうではない。我が輩の使徒アウサルよ、実はその金槌はな……)
ユランはもったいぶって俺を見た。
ブラッシングで調子が良いのかパタパタと赤い翼を動かして、小さい小さい竜の瞳が俺を凝視する。
(呪われているのだ……)
なるほど呪われた金槌か。呪われた地にふさわしい発掘品というわけだ。
「なおさらダメだろ……」
そんなの要らん……。
・
「あっあのあのっアウサル様っ、ユラン様の何のお話をしているのですかっ、ボク気になります! あっそうだユラン様にお茶とお菓子をお出ししましょう!」
気の抜けるところでルイゼが割って入った。
その言葉にユランは機嫌をさらに良くして、全く神の品格も無くルイゼの指に尻尾をからみつける。さらに手の甲をペロリと舐めた。
恐る恐るルイゼが竜の背を撫でると、これが気持ち良さそうに目を細めるのだ。……猫みたいだ。実際は猫より小さいが。
「使徒の仕事をすっかり奪われてしまってるな……。ルイゼ、ではそれを頼む」
「はいっ、少し待ってて下さいねユラン様!」
「キュィキュィッ、キュィィーッ♪」
繰り返そう……神の品格がどこにもないぞ……。初めて会った日のあの邪竜の風格はどこに落としてきた……。
子竜がうなづくと、嬉しそうに黒髪を揺らして少女ルイゼが台所に消える。
「ユラン、一応聞くがその金槌が何だというのだ?」
「クルル……」
子竜の方は澄ました顔でブラシの柄を突きつけてきた。すっかり病みつきだなアンタ……。
しょうがないのでその意図に従いつつ、俺は常識人なので話の方も進めてやる。
(うむ、その呪われた金槌だが……ある異界の鍛冶師の魂が宿っておる)
「魂か。魂の宿った金槌……ほぅ、それは面白いな。怪物か? 神か? 何なのだソレは」
ついついブラッシングの手を止めてしまうほど、どうもワクワクする話が飛び出して来た。
ユランが身じろぎするので再開することになったが。
(たまにいるのだよ、そういった存在が。……貴殿の好きな物語の世界にインテリジェンスソードという言葉があるだろう。その金槌版だ、自らの意思で考え喋る)
何と。しかし考えようによっては都合が良い。
俺たちには鍛冶技術が必要、その呪われた金槌なら特別詳しいに違いない。
なにせ異界の存在なのだから期待もそれだけ広がる。
(アウサルの宝物庫に眠っているはずだ)
「先祖はそれを使わずに保管したのか……なんてもったいないことを……」
つくづく俺の先祖は変人ぞろいだ。
あそこには俺には理解しがたいガラクタが山ほど眠っている。
(さてな。……いや、話し相手に使っていたふしがあったな)
「呪われた金槌をか……?」
どうも本来の用途とかけ離れてはいないだろうか。
呪われた地では同じアウサル以外の話し相手がいないからといって、その使い方はどうかと……。
「わかった。先祖の常識については諦めるのが正解だ。要するにその鍛冶師の魂を持つ金槌に、俺たちは教えを乞おうというのだな」
(ああ。悪いやつには見えなかったゆえ、頼んでみるといいだろう)
そうは言うが頭の追い付かない話だった。
仮に今の話全てを信じるとして、今日までその金槌はうん百年も忘れ去られてきたことになる。
素朴な疑問だ。インテリジェンス系アイテムというのは、あまりに放置され過ぎてボケたりとかはしないのだろうか。
放置された恨みだってそこにはあるんじゃないか……?
「あれ、お出かけですかアウサル様?」
「ああ、ちょっと呪われた地まで行ってくる。遅くなるかもしれないからユランのことを頼んだ」
知った以上は見てくるしかない。
ボケていたり、和解出来ないところまで怒り狂っていたら見つけなかったことにしよう……。
「え、ご実家にですか……? でもこんな時間に何をしに――」
「ああ、生ける金槌が先祖の倉庫に眠ってるそうだ」
呪われた地とアウサルはもう何でもアリだな……。
「……え。……えぇぇぇーっ?!」
ああそうだろうとも。
先祖どもが何を考えてたのかまるで俺にはわからん……。




