7-06 義賊ア・ジールの片割れとして足元を盗む
「仕方ありません下りましょう。失礼いたしましたサウス領主スコルピオ様……」
「フ、フフフッ、下りるのね! そうっわかってくれるならいいのよぉ~、ごめんあそばせ貴公子様。運が無かったのよアアタ」
引き下がって侯爵の入金を見届けた。
黄金の延べ棒38本が支払われ、晴れてヤツはデミウルゴスの涙という罠を受け取る。
戦いに散った仲間たちのために、今ここでスコルピオ侯爵を殺してしまいたい感情に囚われたがそれも我慢した。
堪えているのは俺だけではない。それにやはり、殺せばその後が面倒だ。
王の精鋭はサウスの混乱をただちに収集し、ヤツの後釜としてここを乗っ取るだろう。
エルキア本国を直接相手にするのはまずい。独立の難度が冗談にならぬほど跳ね上がる。
政治家肌のスコルピオが領主であった方が、この先の独立戦争を考えれば都合が良かったのだ。
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俺たちはすぐに地下オークションから全撤退した。
セイクリットベルは侯爵の命綱だ、無くなればすぐに気づく。
「こちらが仲介料を抜いた延べ棒34本と、金貨20枚でございます」
「確かに。では早速馬車にお願いします」
少ないがヒューマンにもこちらの協力者がいる。
例の転売屋という肩書きを背負ってもらった男だ、その彼が従業員に命じて報酬を馬車に押し込む。
量こそあるがすぐに積載が完了し、俺たちはまんまと代金を受け取りつつオークション会場を出立した。
「やりましたねアウサルさん! み、見て下さいよこの儲けっ、これっ全部黄金ですよっ!」
「はぁぁぁぁ……緊張したぁぁ……えへへ、僕もお役に立てました……」
あの宝石商にも御者を手伝ってもらっていた。
止せば良いのにルイゼまでそれに加わって、さっきまで舞台でガールをしてくれていたのだ。
デミウルゴスの涙は彼女に桃色の輝きを示した。……何ともかわいらしいことだ。
「ヤツはすぐに気づく、今のうちに距離を稼ごう」
「ええそうですね、捕まったら意味がない」
「ど、ドキドキしてきました……うぅぅ……」
ちなみに有角種のゼファーもこちらの実行部隊に加わりたがったが、あの通りの目立つ外見と侯爵との因縁を持っている。悪いが別行動してもらった。
それにあの武勇はこちら側よりあちら側に欲しい。
どちらにしろ俺たちがベルを盗んだことであの男は立場を追い込まれた。
デミウルゴスの涙がもたらす甘き夢に自滅してくれればよし。あるいはこうして正当な代価を受け取った以上は、それを本国へのおべっかに使ってくれてもかまわない。
……アンタの失脚が回避されれば、それだけ強大なエルキア本国をサウスから遠ざけられるしな。
「わかっていると思うがこれは幕開けだ。悪いがもう少しだけ命をかけてくれ」
「ええわかってます。しかし考えましたね、これで侯爵もベルを無くしたことを本国に隠し続けなければなりませんし、いやいい気味です、はははっさぞや大変でしょうね!」
彼も侯爵に少なからぬ恨みがあるのだろう、ヒゲの宝石商が笑う。
「ああそういうことだ。ルイゼ、念のため聞くがア・ジールの方にはもう連絡を入れたな?」
「はい、それはしっかり! 作戦は大成功ですと」
頭を撫でてルイゼを誉めてやる。
彼女とはおかしな出会いではあったが、今やすっかり妹感覚だ。
しかし上手くいったものだ。
これを使えばやつらは迷いの森を抜けることが出来なくなる。
今こそ油断したニブルヘル砦駐屯軍に襲いかかり、俺たち本来の拠点を取り戻すチャンスだ。
金と盗賊を積み込んだ馬車は町の往来を南東に突き進み、荒野側へと出るとさらに加速した。
このままア・ジールへの帰還といきたいところだが、俺たちは今からもう一手しかける。
言うなればこうして走ることが俺たちの策略そのものなのだ。
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「アウサル様、追っ手です!」
最初に気づいたのはヒューマンの仲介人だった。
彼は妹を侯爵の血縁者に殺されたそうだ。
だからなのか、こうして侯爵に手のひら返したアウサルをやたらに信望してくれている。
「やっと来たな。食いついて来るのはわかっていたが、思ったより展開が遅い」
「アウサル様っ、ど、どうしましょうか……っ」
ルイゼの背を叩いて落ち着かせた。
彼女はガールをしていたので少し大胆な格好のままだが、俺の方は仮面をやっと外せてスッキリだ。
燕尾服がややうっとおしかったが、まあ問題ない、馬車の荷台上から俺は大地をスコップで削り、それを敵に投げつける。
「なっうぎゃっっ!!」
この速度だ、たったそれだけで追っ手が落馬した。
積載状態の馬車に対して、機動力に勝る騎馬兵たちを一騎一騎俺は撃ち落としてゆく。
「あれはアウサル! だが回り込みさえすれば……、ッッ?!」
ルイゼが短弓を構えて敵を狙い定めた。なんと驚くべきことにその初弾が命中した。
「見て下さいアウサル様っ、あっ当たりました!」
「ああ驚いたよ」
この速度だ、最初はまぐれかとも思ったがそうでもない。
二発目も、その次も、そのまた次も騎馬兵を射抜いてゆく。
上達している。……だが非力ゆえに短弓であるため十分な威力が無いようだ。
「囲め! 御者を倒せ! 侯爵閣下の命令だ、しくじれはただでは済まないぞ!」
「そりゃ大変だな、だがそうはさせん」
弓騎馬を優先して撃ち落とした。
倒しても倒しても新手が現れたがそれもこちらの計算通りだ。
荒野を逃げる荷馬車と追撃者、決着が付かぬまま南東に南東に走り続ける。
やがてそこに追撃隊のリーダー格が現れた。
「降伏しろアウサル! 侯爵様から何を奪ったか知らんが、これ以上はただでは済まんぞっ! そこの女をなぶり殺しにされたくなかったら今すぐ止まれ!」
それに対してヒューマンの仲介人が怒りに任せた反論をした。
おかげで少し時間が稼げた。
タイミングが来たのでそのやり取りに俺も口を挟む。
「降伏勧告か、ならばそれはこちらのセリフだ、そっくりそのままをお返ししよう。その馬と、装備をここに残して、帰投することをお勧めしよう」
「盗賊ごときが何を言うか! このダークエルフに与する裏切り者め! ええいならば強引に足止めするまでよっ、者ども一斉に――」
全て段取り通りだった。
すぐに敵リーダーが絶句する。彼らの前方にニブルヘルの軍勢が待ち伏せしていたからだ。
「言わんこっちゃないな。今だ撃て!」
馬車が右舷方向に急カーブした。
立て続けにダークエルフの一斉射撃が敵騎馬隊を襲う。
「ぐっっ……怯むな追えっ、やつらから宝を取り戻さねば我らの首が飛ぶぞっ!」
侯爵はセイクリットベルという本国からの信頼の証を俺たちに奪われたのだ。
ならば取り急ぎ出せる全兵力を追っ手に回すことだろう。事実こうして追撃隊がここに集結していた。
降り注ぐ矢がヒューマンの騎馬隊を射抜き、だがそれでも彼らは俺たちへの追撃を止めない。
そんな挫けぬ心に対して大変申し訳ないのだが……。
「ああそうそう、そこいら一帯な」
「やつらを追えっ、何が何でも取り戻――うわああっっ?!!」
全て落とし穴だ、昨晩俺が仕込んだ特製のな。
馬たちが陥没に引っかかり、たったそれだけで騎馬隊が落馬により戦闘不能になってゆく。
そこに追い撃ちの矢が降り注ぎ、侯爵執念の追撃部隊を壊滅させた。
逃げた敵もいくらかいたがそこは折り込み済みだ。
なぜならこれは奪ったベルを餌にした陽動なのだから。
だから南西のア・ジール方面ではなく南東に逃げたのだ。




