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7-04 反逆の赤き邪竜と、闇夜の軍勢

 長らく見ることのなかった夢を見た。

 あの消えた楽園、ユランの住まう湖と樹木に包まれた幻想の楽園で、久々にこうして目覚めることになった。


「起きたかアウサル。うむ、よいぞよいぞ。あの地下トンネルは特に良い。やはり貴殿を選んだ我が輩は間違ってなどいなかった、超戦士1人をゆうに超える良き活躍ぶりであるぞ」


 目覚めるなりそこに赤き巨竜がいた。

 悪しき創造主に反逆し、いまだこうして封じられ続けている生ける神話そのもの、我が主ユランの姿が。


「勝手なやつだな。そうは言ってくれるが、しばらくアンタ顔を出してくれなかったじゃないか。大事な使徒をほっぽって、アンタここで惰眠でもむさぼっていたのか?」

「……ふん、こちらにも事情があるのだ」


「事情とは?」


 別にいいのだが、ユランは俺のきっかけそのものだ。

 療養中に1度もこの夢を見ることもなかった。1月以上放置されるとさすがに不安にもなる。


「……あのトンネルは良いぞ。実に素晴らしい、完成が楽しみだ。ああいう世界への介入は最高だ。ああいうことをしてくれるだけで、我も力をそれだけ取り戻すことが出来る」


 どうも説明する気はないようだ。代わりにユランが別の話を始めていた。

 いや、気のせいが少しすねてるようにも見える。心なしか尻尾がイライラと揺すられていた。


「……なんだそれは理屈がよくわからんぞ。あの行動が何で、アンタの力になるんだ?」

「理屈は要らん、とにかくそういうものなのだ。我は封じられた存在だ、その封じられた者の使徒が世界を広げ、介入するだけで我の復活に繋がる」


 そういえば、よくよく思い出したらユランはこうしてまだ封じられている状態なのだった。

 これだけ巨大な、実物の邪神様が蘇ったらそれこそ圧倒的な戦力というもの。将来の完全復活を歓迎したい。


「それは朗報だ。元に戻れそうか?」

「いや……まだ難しいな」


 そう言ってユランは尻尾を止めて、ため息という名の鼻息で突風を作り出した。

 とにかくでかい。ユランは何もかもがでか過ぎる。


「なにせ貴殿のために……またムダな力を使ってしまったのだ……。なんで貴殿は……勝手にあんなバカなことを……」


 それから小声でぶつぶつとつぶやく。


「アウサルっ、今そうして貴殿が生きているのは、奇跡でも何でもなく我が輩のおかげなのだからなっ!」

「ああ……それがあれっきり顔を出さなかった理由か。そこまでしていただけるとは光栄だ、アンタ最高のご主人様だ、ありがとうユラン。……ああ、さっきのは失言だった」


 相も変わらず善良なことだ、俺など切り捨てれば良かったのに……。

 自分の復活より俺を生かすことを優先してくれるとは、まったくとんだ邪神様だな。


「黙れ。貴殿は我が輩に利用されていることを忘れるな。勘違いするなよ、貴殿に死なれたらチャンスがふいになると考えただけだ、神を舐めるな」


 態度も含めて尊大なお言葉だった。

 しかし今さらこんな見栄を張る必要がどこにあるのだろう。


「ユラン、異界の言葉にこんなものがある。今のアンタの態度はあの地ではこう呼ぶのだ」


 楽に座っていたが腰を上げた。

 ユランに歩み寄って、とにかくでかいのでその鼻先を背伸びして撫でる。


「さ、触るなっ! ここが現実ではないからといってっ、貴様っ、我は神だぞっ、世界が始まる前より存在する我が輩に、そんな慣れ慣れしいことは……や、止めよっ!」

「ツンデレだ。……ツンツンと邪険に見えるが、内心は相手にデレデレに惚れているというやつだそうだ」


 まるで馬を撫でるような手つきからユランは大地より首をもたげて逃げた。

 で、ちょっとばかし凶暴に竜の歯をむき出しにする。


「なら我が輩も別の異界語で返そう! 貴殿にはデリカシーというものがないな! 少しくらい空気を読めっ!」

「そりゃ無理だな。俺はあの土地でずっと生きてきたのだ、社交性など最初から素養が無い。……ああそれで、何か用件でもあったのか? わざわざ現れたのなら理由があるだろう」


 そこまで力を使ってくれたのなら休んでいてくれても良かった。

 だがそうしなかったということは何かあるに違いない。


「おお、そうだったアウサルよ。貴殿に1つ伝えておこう」

「何だ?」


 問い返すと、赤い竜が嬉しそうに揺れる。鼻息がまた荒くなった。

 やはりデカ過ぎる、もう少しコミュニケーションの簡単なサイズになりはしないものだろうか。


「なに、さすがに何も手伝わぬというのも我の顔が立たんだろう。貴殿のように肉体労働ばかりが好きな使徒を持てば、なおさらにな」


 立てる? 立てるも何も誰に対して立てるのだ?

 アンタの事情は知っている、俺に向けたものなら今さらだ。


 ……いやまさか、ニブルヘルの連中に対して顔をか?

 ユランが救いきれなかった者たちの残党、それがニブルヘルとダークエルフだ。ユランはどうもあの組織そのものを気に入っているふしもある。



「つまりなんだ? 一言で頼む」

「我は復活する」


 高い自尊心を声色に乗せてユランが涼しげに言い切った。


「そうか。しかしさっきまで言っていたことと、今言っていることが矛盾していないか? まあ復活出来るのならそれにこしたことはないが……」


 アンタは俺の治療に力を使っていたと言っていたではないか。

 それだけ、あのトンネル工事がもたらす世界への介入なんとかかんとかが、復活に有効だったということか?


「いや待て、それはダメだ。よくよく考えればそんなバカでかい身体で復活されても困るぞ。悪いが、今のところアンタは邪魔でしかないから寝ていてくれていい」

「フ。そういった軽口は現実で目覚めてからするが良い。我は邪神ユラン、情け深い我が輩が、かわいい使徒と新たなる楽園ア・ジールを間近で見守ってやろうぞ」


 人の話聞けよな。

 今は要らんから、その奇跡の力を温存しておいてくれ、と言ってるのだが……ユランはもうすっかり自己完結モードだ。


「止めてくれ邪魔だ。そもそもどうやってア・ジールの中に入って、その後どうやってあそこの外に出るつもりなんだアンタ。って、くそ、もう眠い……」


 抗議は不発、急激な眠気に俺は地に崩れた。

 眠気まなこを擦って、下がる首をどうにか上げてユランを見上げる。


 だが無理だった、すぐに生理欲求に負けてまぶたが落ちる。……前のめりに倒れ込んだ。

 草むらの大地はやわらかく、湿った土と、春の匂いが俺を忘却の世界へと導いた。

 ここが在りし日の呪われた地だったなんて、いまだに信じられない……。


「安心しろ。理想は完全復活して地上を取り戻してやりたいところだが、まだまだそうもいかん。だが良いぞアウサル、良い調子だ。そうやって少しずつ着実に、創造神サマエルにも匹敵する我が輩を蘇らせてゆくといいだろう……」


 ただユランが極めて上機嫌であることだけはわかった。

 それがさらなる安眠を導く。これまでの行いがユランにこうして肯定されている事実これそのものが嬉しい。


「我がたった1人の使徒アウサルよ、我が輩は貴殿に願おう。……貴殿の反逆の地下帝国創造に、我が輩も混ぜよ、とな、ククク……」



 ・



 朝が来た、まぶたの向こう側がうっすらともう明るい。

 ここには鳥が住んでいないので静かなものだったが、代わりにどこか遠くで大工仕事が始まっていた。

 ところで体調が悪いのだろうか、どうも身体が重い。上手く動かない。


 トンネル作りに励み過ぎたのか……?


「ピー……」


 ところが急に妙な音が響いた。

 自分の鼻から出たものなのだろうか、いやきっとそうではない。


 唐突な好奇心が生まれ眠気を浅く遠のかせた。

 ……それから俺は気づく、腹の上に温かい何かが乗っていることに。


 まさかまたルイゼがベッドを間違えたのだろうか。

 あの時は落ち着かせるだけで大変だったのだが……。


「……な、何だと……?」


 目を開けば全部わかる。しかしそこは好奇心と気だるさのせめぎ合いだ。

 それに打ち勝ちひと思いに目を開けば、かけ布団越しの腹の上に――赤い子竜が眠っていた。


「クルルル……」


 俺は驚きもあって上半身を軽くもたげることになった。

 それがその小さな飛竜らしきものを揺すり、パチリと豆粒サイズのまぶたを開かせることになった。

 高く愛らしい声で竜が鳴く。その声色は無垢そのものだった。


「赤い竜……その姿……。まさか、ゆ……ユランなのか……?」

「クルルッ」


 竜は問いかけにうなづいた。

 けれど喋れないのか、代わりに自尊心いっぱいに部屋の中を自由気ままに飛び回る。


 デカ過ぎると言ったが撤回だ。今度はいささか小さすぎるぞユラン……。

 それは猫とケンカすれば負けてしまいそうなほどに、小さい小さい飛竜だったのだ。


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