1-4 スコップ一本で女を救う(挿絵あり
「んん、何だテメェは?」
フードかぶった怪しい風体で背後に立ってやれば、賞金稼ぎどもの注意がこちらに向くのも当然だった。
「引っ込んでな! そういう下らねぇ正義感は身を滅ぼすんだぜ!」
「なんか気味の悪いやつだな、シッシッ、あっち行けよ! 乞食ならよそでやんな!」
そう言われたところで今さら下がるわけがない。
沈黙を返事代わりにして彼らの動向をうかがった。
続いて褐色のエルフに目を向けると、視線と視線がピッタリと重なる。
その表情が軽い驚きから、鋭い敵意に変わってゆくところがどうにも印象的だった。
「死にたくなかったらさっさと消えろ。お前の相手までしている暇はない。去れ!」
金色のダークエルフ、確か名前がフェンリエッダだったか。
もしかしたらわりと善良なヤツなのかもしれない。
こちらを巻き込むことを嫌い、わざとこんな邪険な態度を取っているようにも見えたからだ。
「そうか。だがその前に少し言わせてもらおう。……そこのお前」
「あ? おいテメェ、誰に向かって、お前! なんて言ってんだよォ、ぁぁ~?!」
その若ハゲの男がリーダー格だろう。
この通りジグロみたいに気が短いようなので、なおさら好都合だった。
「何をしている! 関わるなっ、去れっ!!」
「アンタには話しかけていない、今は口を挟むな」
俺を巻き込めば逃げやすくなるだろうに、これでは余計に手助けしけたくなってしまう。
彼女の善意を拒み、賞金稼ぎのリーダーに向けて自分の頭を撫でて見せる。で、言った。
「ハゲ」
あまり露骨だと狙いを見透かされる。
簡潔に言い放って俺はただちに店から逃亡した。
「ギャハハハハハハハッッッ!!」
背後から大爆笑が響きわたった。
あのリーダー、あまり人望には恵まれていないようだ。
「あ、あのフード男ッッ、ぶち殺してやるあッッ!!」
ともかく計算通りだ、俺を追って店の床が激しく鳴り響いた。
……うかつにもたった1人分だけ。
「ようハゲ、アンタ部下に舐められてんな」
「テメェ、そこにいたかぁーッッ!!」
それを店のはずれで待ち伏せした。
怒りに我を忘れて、ショートソード握ったハゲ男がドスンドスンと俺に詰め寄ってくる。
「待て」
「待つわけねぇだろ! テメ――ドワァァァッッ?!!」
かかった。
ちなみに異界の本によるとこんな時はこう言い放つのだ。
「だから言わんこっちゃない」
俺の目前で凶器を振りかぶったところで、リーダー格の身体が深々と地に埋まった。
「なっ、なんでこんなところに穴がっ、おいっ止めっ、グガッッ!!」
「……そりゃ掘ったに決まってるだろ。アンタのために特別だ」
落とし穴を作っておいた。
一応説明しよう。
まず穴を掘る。それから上だけを上手に固め直す。
後は相手を誘い込んで落とす。首だけ残して埋める。スコップでぶん殴って気絶させる。させた。
「ちょろいな。……人数分騙されてくれるかが心配だが、アイツらバカっぽいし何とかなるか」
地に生えた生首なんて目立ち過ぎる、死なない程度にもう少し埋めとこう。
・
「……ん、んん、はて?」
さあ2人目はどう上手く誘い込んだものか。
念のためもう残り4人分の落とし穴は作ってあるので、場合によっては戦いながら誘い込むしかない。
「お前っ、良かった無事だったか心配したぞ!」
しかし酒場に戻れば、埋める予定の残り4匹がまとめて床にのびていた。
「そりゃ無事だが」
彼女の腰からは細剣がチラリと見えている。
「ありがとう、どなたかは知らないが本当に助かった。お前のおかげでこのクズどもの気をそらすことが出来たのだ。全く感謝に堪えない、ありがとう」
どう見てもこの金色のフェンリエッダが犯人だ。
4対1をこうも鮮やかに覆されてしまうと、もう英雄の冒険物語を見ている気分になって口元がにやけてしまう。
これは強い女戦士ってやつだ、しかも褐色の肌とブロンドがまた麗しい。
暗いランプの明かりだけの世界でも、フェンリエッダは美しく気高く神秘的に輝いて見えた。
「さっきのハゲはどこだ。リーダー格は確実に潰さないとまずいぞ、同業者を呼ばれる」
「強いなアンタ、まるで黒曜石に混じる黄金のようだ。……ああ、あのハゲなら外で埋まってる」
と説明したところで納得する人間がいないのも知っている。
しかし事実なので他に説明しようがない。
「……埋まる? いや、そもそも何者なのだ貴方は……。助けてもらっておいて失礼な物言いになるが……、外からは剣の撃ち合いすら聞こえてこなかったぞ」
彼女からすれば怪しいフードの男がいきなり現れて、ハゲを挑発して、ハゲを連れて行ったかと思えばなぜかコイツだけ早々に戻って来た、という状況になるわけだ。
「一体どんな技を使った? 埋めたというのはどういう意味だ?」
「そりゃ説明しにくいんだよな」
埋まったハゲとかいう俺の一大アートを見せれば良いか。もしかしたらあまりの芸術性に感動するやもしれん。
……ただ俺が言葉を発する前に口を挟まれることになった。
「フェンリエッダさん……その男はアウサルです……。あの呪われた地に住むという、あのアウサルですその人は……」
やはりこのマスター、フェンリエッダと知り合いだったようだ。
アウサルはそんなご大層な存在ではないのだが、マスターはやたら重々しく俺を紹介してくれた。
「アウサル……! 知っているぞ、あのクズ侯爵がアウサルの発掘品を自慢していた! 姿も何度か目にしたことがある。そうか……私のことを覚えているとは思えないが、久しぶりだなアウサル……!」
賞金稼ぎによればこの女、5年前に侯爵のところを脱走したんだったか。
どうもそれが事実らしい、感慨深げな瞳で俺を見ていた。
「謝罪する。済まないがアンタが見たソイツは俺の親父だ」
「あ……」
事実を説明するより姿を見せた方が早い、俺はフードを下ろして人々に忌み嫌われる素顔を見せた。
蛇瞳と白髪まみれの黒髪、毒に白く染まった腕。いきなり見せられたら驚くに決まっていた。
美しい金色のフェンリエッダと、俺の呪われた蛇眼が重なる。
「俺は53代目アウサル、昨日まではただの穴掘り男だったが、事情あって今は邪竜の使徒をしている」
彼女は俺から目を外そうとはしなかった。
蛇に魅入られたカエルみたいに、一心不乱で瞳を広げて俺だけを見つめ続けた。
……だが用件を述べよう。
「アンタ、レジスタンスの構成員だろ。ならこれも巡り合わせだ、俺をおたくのリーダーに紹介しちゃくれないか?」
宝石商経由でもう渡りを付けてはいるが確実ではない。
彼女と見つめ合ったまま、俺は愛用のスコップを肩へと担ぎなおしていた。
申し訳ございません!!
投稿話数を間違えていたのを修正しました。やっちまった……orz
・追記、挿絵を追加いたしました。(すっかり忘れてたなんて言えない