7-01 裏技封じ:セイクリットベル奪取計画 2/2
「悪いがダメだ。それも考えたが、可能ならそうしたいんだが」
「――エルキア本国が残した王軍精鋭が問題なのだよ、ラジール殿」
グフェンが落ち着き払った言葉で代弁してくれた。
そうなのだ、その精鋭さえいなければ報復のチェックメイトとも行けたのだ。
「つまりだね、侯爵を倒してもその王軍に残党を取りまとめられてしまうのだよ。この状況ではスコルピオを倒してサウス解放とはいかない。王軍と我らが激突している間に、本国からの増援が現れることになるだろう」
相手が悪いってことだ。
エルキア側からすれば適切な処置、そつのない優秀な判断と言える。
精鋭を残しておけば侯爵がしくじっても状況がくつがえることなど無い。サウスの負荷も最低限だ。
「なんだ……なるほどな……うむ……。おいアウサルっ、それではお手上げでないかッ! ベルを奪わねば我らの砦を取り返せない! だがヤツという亀は臆病にも甲羅の中に閉じこもってる!」
「本国精鋭が帰らない限り、自分たちは手も足も出せないということですか……」
片方は憤慨に顔を真っ赤にさせて、もう片方は軽い落胆からの悪あがきの思慮に入った。
……面白いなコイツら、性格がまるで違う。
「焦らなくともいい。今攻めるのは賢くないというだけだ。商取引がままならぬのが悩みどころなのだが……幸い、この地はやはり素晴らしい。この地で全ての必要物資をどうにか自給してゆこう。ここはアウサル殿が導いてくれた、本物の楽園だ。こんな土地を我らはどんなに恋い焦がれたことだろう……」
ダークエルフからすればそうだろう。
ヒューマンに支配も搾取もされない生活がここにあるのだ。
外との商取引が出来ないとなるとやはり不便だが。食べ物が豊富で環境も良い夢のような世界だった。
「だがグフェン、その取引が出来ねば我々は装備を調えることも出来ん。どこかしら打開せんとまずいぞッ!」
木製のコップでカツンとテーブルを叩く。
さっきからずっと空なのだが、ラジールも手持ちぶさたなんだろう。
「それでアウサル殿。貴殿はこの状況をどうしてくれるのかな? 延期にするかね? それとも無謀を承知で、警備の厳重な侯爵邸に襲いかかるかね?」
「いきなりこっちに振らないでくれ……」
全くアンタってリーダーは本当に……人を使うのが上手い。
少し状況を頭の中でまとめて結論を出す。決断にだらだらとした迷いは必要ない。
「貴殿を頼りにしているのだ。貴殿は本当に面白い発想をしているからな、まるで俺たちを上から見下ろしているかのようだ」
頼むからハードルを上げるなよグフェン……。
俺はただ異界の本に育てられただけのモグラだ。
「しょうがないな……わかった、じゃあ言うが。いつかはここの存在が露呈する」
「ほぅ……そこに目を付けたか」
少し先のことを考えただけだ、いずれそうなることも見えている。そこは仕方ない。
「ここがですか!?」
「我らの中に裏切り者が出るということかっ!」
ラジールとアベルはエルフの団結心に誇りがあるのだろう。
俺の言葉にむしろ驚きの見解を示した。
「ああ。商取引が活発化すればするほど、開拓民が増えれば増えるほど漏れるリスクが増えてゆく。いずれはそうなる」
「貴殿が命と身体を張ってまで隠し通した、ここの存在が露呈すると言うか……。厳しい解釈だ」
グフェンが珍しく気に病んだ。
彼はダークエルフのリーダーなのだからそうなるのだろう。
「アウサル様への恩義を仇で返すなんてありえません!」
「あー……だが待てアベルハムっ、ん、ハム? なんかお前美味しそうな名前だな、ジュルリ……あ、ではなくてだなっ。……あり得る話だぞ」
アンタ食い意地張ってるよな……。
そうだ、いくらダークエルフの団結があるからってそうはいかん。裏切り者がいずれ出る。
「アウサル殿、ならば結論を下してくれ。我々はどうしたらよい」
気づかれる前に軍備を整えなければならない。
それと人が生活する上で欠かせない物資もある。この先、商取引を全くしないなんて無理だ。特に薬と衣料は用意しないとまずい。
だが、だがその物流の流れがア・ジールの存在発覚を加速させる。
エルキア王国はあまりに巨大で俺たちは弱小だ、この先もコソコソと隠れて行動し続けるしかない。
つまりはやるしかないのだ。
「セイクリットベルが侯爵の手元にあるうちに奪おう。ヤツの手を離れて、エルキア本国にもし戻ればそれこそ厄介だ。……あんな危険なものは確実に消すに限る」
最悪のケースを考えた。
それが本国の手に戻れば有角種が潰されるかもしれない。2度とベルを奪えなくなるかもしれない。
それは我が主ユランが望む展開ではない。いずれ俺たちの首を絞めることもわかっている。
セイクリットベルなんてバランスブレイカーは、俺たちの目の前にあるうちに敵の手から消すべきだ。
「一理あるぞ。何より我は、今すぐ痛い目に遭わせてやらんことにはもう腹の虫が収まらん! 我らがアウサルにこんな傷を負わせておいて、ただで済ませてやるわけがなかろうっ、我は賛成だッ!!」
「……ならばどうしましょうか」
一人が熱くなると周りは落ち着くって法則だ。
アベルが穏やかに問いかけてくる。
「屋敷ごと落とし穴にかけるか」
「おおっ、いいぞいいぞ我のアウサールッ、それだぁっ♪」
アンタ顔近いよ……そんなにツバ飛ばさなくても興奮していることくらいわかっている。
「……といきたいところだがさらに警戒されるだけだろうな。北の領境砦にでも隠れ込まれたら余計に手が出せん」
「なんとやらんのかっ?! 絶対面白いぞそれはッ!」
「ラジールさんの判断基準はそこなんですね……」
グフェンが騒ぎから1度離れ、水差しを持ってきた。
それで4人分のコップに良い匂いでちょっと渋い飲み物を満たす。
「ここはヤツの性質を利用しよう」
「侯爵の性質をか、ぜひ続きを聞かせてもらいたいな。ラジール殿、これでも飲んで落ち着かれよ」
いいやグフェン、それで落ち着くほどラジールは穏和じゃないぞ。
どういうことだとテーブルに身を乗り出したまま俺から離れない。その谷間を、それ以上近付けて来るな……。
「簡単だ、あの男は好事家だ。それでいて本国直々の援軍を受けてのレジスタンス潰しに失敗し、戦犯アウサルと捕虜たちを取り逃がした立場だ。……やつもまた挽回の機会をうかがっている、本国の機嫌を取れるなら何でもするだろう」
権力者には権力者の繋がりがある。
それが好事家ともなればそういった繋がりが侯爵にはあるのだ。
「親父の宝物庫から飛びきりの財宝を市場に流そう。もちろん紐付きで」
「フッ……餌で亀を釣るか。さすがはアウサル殿、面白い発想だ」
察しが良いなグフェン、俺とヤツはニヤリと笑い合う。
歳は遥かに離れているが仲良くなれたものだ。
「サウスには地下オークションが存在する。そこにブツを流し、ヤツが直接その身で競りに来るよう仕向ける。物の価値は保証しよう、本国へのおべっかにも最適だ」
それは一昔前にエルキア本国に流れたもので、今でも特別な価値が付く。
ただ親父は俺より真面目だった。
要するにヤバい系の品物だったので呪われた地の外に出そうとは考えなかったのだ。
「それを流す。侯爵がベルを持ち歩くのは明白。仮に持ってこなかった場合は屋敷に潜入して奪うチャンスだ。グフェンの諜報網がその辺りはどうにかしてくれる」
「……ああ、危険はあるが悪くない。やれるかどうかで言えばやれるよアウサル殿。ただし仕込みの時間がかかるな、最低で10日……成功率を上げるなら1月は欲しい」
グフェンとラジールは乗り気のようだ。
アベルハムの方を見れば少し慎重な表情があった。
「結構な賭ですね……。しかしアウサル様のご意見ももっともだと思います。エルキア本国が侯爵を信用しているうちに、今奪っておかないと……最悪の可能性をいくつも想像出来てしまいますね」
「いいではないかっ、面白いではないかっ! よしならば我からも忠言しようっ、ベルの奪取と同時にニブルヘル砦奪還に動くべきだ! 奪えば砦の守りが堅くなるのも必然であるからなッ!」




