6-4 地下帝国にひっそりとたたずむ遺跡の話 2/2(挿絵回
「読むぞ。あー……、ここは、なんとかかんとか、の部屋。使用の際は、右手……右手のボタンを、押す、下さい。……だそうだ」
「右手……あ、あったぞ」
フェンリエッダが1番近かった。
壁をその手のひらが擦ると、こびりついた土塊がボロりと崩れて本当に押し込みボタンが現れる。
「しかし問題はこの部屋の用途でござるな……」
「そうだな、押したら足下が抜けて針の山とご対面となるかもしれん」
「そんな部屋に親切な案内書きなどあるかっ」
まあ確かにそうなんだが……。
異界の本をこうして読みなれているとなかなか……。
「アウサル殿、こちらの文字も読んでいただけるか?」
「おお、どれどれ……」
入り口の通路の方に小部屋があった。
戻ってみると確かにその入り口に文字がある。
「なんとかかんとか、部屋。……服、脱がし、場」
服脱がし場ってちょっとおい……。
一体なんなのだここは……?
「おっほっほっ、いきなりいかがわしい雰囲気になったでござるな」
「ッッ、私は脱ぎませんからっ!」
誰も一言も脱げだなんて言っていないぞエッダよ。トラウマなのかソレは?
「見たところ危険って感じではないな……」
「まるで意味不明でござるがそこには同意でござる」
「ッッ~~、こんなハレンチな場所破壊するべきです!!」
いや壊すなよ、一体どんな妄想を広げてしまったんだアンタは。
ああ……エッダの目が本気だな……さすがエッチなこと大嫌いレディといったところか。
ん……? 急に暗く……お、あれは……。
「そんなところで何してるんですかアウサル様? あっ、エッダさんにゼファーさんも……」
入り口に目を向けるとおかしな取り合わせがいた。
ルイゼとラジールだ。
ラジールの方は芋の詰まったカゴを腰に抱えている。
「いやいや話はとぅ~~くから聞かせてもらったっ! よくわからんが謎のボタンがあり、押すか迷っているのだなっ!」
よりにもよって余計なことだけ聞いてたと……。
「それまたどんな地獄耳だアンタ……。ルイゼ、治ったから薬はもう塗らないからな」
「そんなこと言わないでちゃんと塗りましょうよっ、まだ治り切ってないところありますっ! ……探せばきっと」
薬を塗る部位などない。
包帯ももう巻く必要もない。
だがことあるごとに彼女は治療を理由に……人を脱がせる。
無傷の肌に薬を塗ろうとして……ああ、やはり何かに目覚めているのかコレは……。
「うむっ、それでそのボタンとやらはどこにあるのだっ?」
「こっちでござるよ」
あ、待て、そんな不用意にソイツを入れるんじゃない!
元気な足取りで2人がボタンの壁まで走り寄る。
「これでござる。この部屋を使うときは押せと書いてあるのであります」
「ほっほぉぉ~~?」
まずい……ラジールの目が輝いてる。
間違いないもうコイツ押す気だっ!
ヤツの人差し指が高く持ち上がり、ボタンに向けてゆっくりと……ゆっくりと近づいてゆく。
「あ。…………何だアウサル、乙女の手に触れるとは大胆なやつだな。それも両手で全力行使とはこの欲張りさんめっ♪」
「待てっ、おい待てっ、ゼファーも止めろっこのバカ力をッッ!!」
ラジールの右手のひらに飛びついた。
だが止まらない、俺ごときの筋力で相手の意思をどうこう出来るレベルではなかった。
「無理でござる、ラジール殿の怪力には積極的な白旗を上げたい」
「ではーー、押すぞ~♪」
カチッ……。
古いボタンがパリッと土よごれのいましめから解かれ、深く深く押し込まれていた……。
「ラジールさん押しちゃった……」
「くっ、間に合わなかったか……。……おい、どうも何か、聞こえないか?」
エッダのエルフ耳がいち早く事態を察知した。
耳を立てればかすかに低い音が響いている……。
少しずつそれが音量を増していき、ゴゴゴゴゴゴゴ……などと不気味な轟音に姿を変えるではないか。
「どーなるでござろうなぁ~♪」
「うむうむっわくわくしてくるなぁ~♪」
「押すなバカッ、よくわからんが逃げるぞ! どうもこの部屋全体から――」
しかしその轟音が消えた。
何だ? やはりこの場所壊れているのか?
……俺たちは拍子抜けして辺りをぼんやりと見回す。
「うわっ、うわあああーっ?!」
「な、なんじゃこりゃぁぁーっっ!?」
いややっぱり逃げるべきだった……。
おのおのの悲鳴が響いた。
なんと天井より水が、いやお湯が降ってきて俺たちをずぶぬれの水浸しにしていったのだ。
「とにかく出るでござるっ、なっなんなんでござるかここはーっ?!」
「ラジールさんっ、貴女って人はもうっ!!」
エッダの怒りに俺も賛同しよう。何なのだアンタは……。
ともかく俺たちは遺跡から外へと抜けて、まだ夕方前の楽園ア・ジールに全身ずぶ濡れ姿をさらすのだった……。
「わははははっ、楽しいなぁこれーっ♪」
「ただのお湯でござったか……はぁぁ、冷や汗かいたでござる……」
もう1度言い直そう、ずぶ濡れだ。
誰もがその衣服をピッタリと肌に張り付かせ、普段隠されていたラインというものを露わにしていた。
膨らむところがちゃんと膨らみ……まあルイゼだけは孤高に未成熟、浮かせるのは肋骨の方だったという話だが。
「み、見るなアウサルっっ!!」
「見たが見てなどいないよ。……積極的にはな」
「見たってことじゃないかそれはーッッ!!」
控えめに恥じらうルイゼ、笑いに大きな胸を揺らすラジール、ゼファーも男の目線はちょっとご遠慮下さいといったご様子だ。
……一方のエッダはそのご立腹を俺にだけ向けていた。
「アウサル様ッ……ぅ、ぅぁ……ダメ……。み、見ちゃやです……」
「何なのだこの状況は……それは気のせいだルイゼ、見てなどいない」
彼女らに背を向けて少し考える。
グシャグシャの髪の毛をかきあげて、顔にまとわりつく水滴を払う。
「なるほど、あれは……風呂か?」
「あんな風呂があるわけないだろっ、こんなハレンチ遺跡やはり破壊する!!」
いや壊すなって……。
「風呂にしたって使いにくい、あまりに効率が悪いでござるよ」
「あうぅぅ……は、恥ずかしい……。ぅぅっ、ふぐぅぅぅ……もう帰りたい……」
ならば何だと言うのだ。
部屋全体に湯を降らせることで何がどうなるやらまるでわからん。
「ヒッ、ヒャァァーッッ?!!」
「わははっ、エッダよそんなローブ脱いでしまえ! もうずぶ濡れなんだから邪魔なだけぞぉー♪」
しかし考えているとフェンリエッダとラジールの声が響いた。
……それで何をされているのかはまあ予想にかたくない。見たところで得は無いだろう。
「お、中の服は結構大胆なのでござるなぁ」
「ち、ちがっ、これはグフェンが用意してくれた特別な装備なのっ! み、見た目はこうだけど……高性能……ぅ、ぅぅぅ~~……! 返して下さいラジールさんっ、エッチなアウサルに見られてしまいますッッ!」
おい、いきなりエッチとかそういうレッテルは止めてくれ……。
もういっそ腹いせに振り返ってやろうか……とは思ったが全身ずぶ濡れではそんな勇気も出ない。
……しかしだ、しかしつくづく謎だ。
まあエッダのその露出嫌いもだが、この遺跡を作ったヤツの頭の中もそれ以上に。
本当に、こんなおかしな装置を使っていたのか? 何のために?
「もしやこの遺跡の主は……ここで芋を洗っていたのではござらんかっ?!」
「あっそれすごく便利かもしれませんっ!」
そうか、なるほど、もうソレでいいか。
確かに便利そうだ。これなら大量の芋を一気に洗えるぞ。
芋なんて最初は生えてなかったみたいだがな。
・
この日からこの謎遺跡が芋や野菜の洗浄施設となった。
間違いなく本来の用途ではないんだろうが……。
しかし中には好き好んで湯を浴びたがる者も多かったようだ。
「おーい同志よっいやちょうどいいっ、そこにある服を取ってくれーっ!」
「なに、やってんだアンタ……」
後日近所を歩いていたら遺跡の方から声が上がった。
ラジールだ……。
「芋と一緒に湯を楽しんでいたに決まっているではないか! 見よっ、素っ裸なら服が濡れる心配もないのだっ!」
それは開けっぴろげではあるが、人に恥じらう部分の無い完璧な肉体だった。
ただ一部部位、乳だけが放漫な自己主張で男の目を奪おうとしていたが……。
「おお助かったっ。しかし同志は意外とムッツリだなぁ~、ワハハッ今度一緒に浴びるかっ!」
「どんな酔狂だ、アンタと一緒に湯をかぶるくらいなら、俺は猛獣と一緒を選ぶね」
もちろんそれらから目をそらし、彼女に服を投げつけてその場を去る。
「よーし約束だぞ~っ、今度一緒にどろんこシャワーだぁーっ♪」
「……なんでだよっ、猛獣ってアンタの例えじゃないからなっ!!」
急いで離れた方が良い。
南の麦畑方面へと早足での離脱を選んだ。
あのわんぱくライトエルフはとにかく強引で何をしでかすかわからないのだから。
「しかし。しかし意外と……」
意外とアレは気持ち良さそうだ。
今度俺も脱いでから湯をかぶってみるか。
……いっそグフェンとアベルハムも誘ってみるか?




