6-2 ア・ジール帝国国民募集中
それから半月が経って不自由しないくらいには傷が癒えた。
爪そのものもかなりのペースで伸びてきて、もうあと半月もあれば問題なくスコップを握れそうだ。
そうなるとこれまでの暇にさらなる拍車がかかった。
自分で本を読めるようにはなったのだが、この町に残された本はもう読み尽くしてしまったのだ。
ここを作った人間はどこかズレてはいるが、なかなか趣味が良い。
俺と同じく異界の本を好んで集めていた。
今のところのベストタイトルはルイゼもお気に入りのアレだ。
平行世界と呼ばれる別世界に渡った男の物語。
失ったものを取り戻してゆく姿が、俺たち奪われた者どもの心を慰めてくれた。
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……そんなわけなのだ。
身体の調子を取り戻し、暇をした俺がどう行動するかなど最初から決まっていた。
「手伝おうか」
ラジールが気になって高台を下りた。
畑仕事にいそしむ人々に彼女を訪ねては渡り歩き、ようやくろくに見舞いにも来ない豪傑娘を探し当てた。
「おお同志アウサルではないかーっっ!! ワハハッ、どうした我に会いたくなったかそうかそうか! まさか居場所を教えてもいないのに同志の方から訪ねて来てくれるとは……! フッ、クククッ……我は己の美貌が怖ろしいッ、ああっっ嬉しいなぁ~!」
「おお、アウサル殿ではないか」
見つけたは良いんだがグフェンもそこにいた。
……本当なら町の邸宅に居なければいけないお人なんだが、また脱走か。
「ろくに見舞いにも来ないでおいてそりゃ都合の良い解釈だな。グフェンもいたか、アンタも楽しそうで何よりだ」
「はっはっはっ、これは次世代育成の一環だよ。俺に頼り過ぎては育たんからな」
良いこと言ってる感じだが、半分以上は畑仕事がしたかったって腹が見えている。
また今日も上を脱いで全身を土まみれにしていた。
「ひどいな同志よ、これでも見舞いに行こうと思ったのだぞ! 実際に家の前まで行ったこともある!」
「そうなのか。……だが来なかったじゃないかアンタ」
するとラジールのまゆが不機嫌に曲がった。
いかにも不満たらたらで、すぐに俺の言葉に抗議し始める。
「止められたのだ。お前が行くと傷が広がるからと、エッダのヤツがだな……。せっかく良い酒を用意したというのに……もぅ全くっ、わからんやつだ……」
「……すまん、その言葉だけで全部納得だ。あえてツッコミも控えよう、適切だった」
異界の言葉にこんなものがある、氷山の一角。
どうせ酒程度など序の口、さぞや迷惑な見舞いを画策したに違いない。……ああ偏見だ。
「それはないぞ同志アウサルっ! ……しかしまあ……こうして訪ねて来てくれたのだ、我は寛大であるから許そう。よく来たなぁアウサールッ♪ よ~しコレを持ってけェッ!」
「うぉっ?! ……いやラジールよ、いきなりこんなものを渡されても困るんだが……」
そうしたら戦場で大剣振り回す猛戦士が飛び跳ねて、畑からカブを引っこ抜いてその土付きのヤツを俺に押し付けた。
でかい、人の頭くらいある。
気持ちは嬉しいが、こんなもの持ち歩いてこの後も散歩しろと……?
「というより今さらだがアウサル殿、なぜここにいる」
「それは我も思った。確か1ヶ月は安静にしろと医者に言われてたな?」
そう言うラジールだって単騎で城外敵軍に突っ込んで、傷だらけになって戻って来たその身だというのに……なぜかもう傷1つない。
なんだコイツは……2ヶ月前とはいえタフ過ぎる……。
「家にばかりこもっていたら傷が湿ってカビる。これも治療の一環だ」
「などと言いながらアウサル殿、まさかとは思うが――また子供みたいにルイゼくんの治療から逃げてるのではあるまいな?」
見破るなよ……。
そりゃそうだろう、せっかく散歩をするなら一石二鳥を目指さない理由などない。
逃げてきたさ。
「薬か。薬は我も嫌いだ、気持ちは分かる。だが感心しないっ! しみるってことは治ってないってことだぞアウサル!」
「……さあな」
はぐらかしたが完全に見破られた。
なので少し居心地が悪い。だがあえてここは開き直ろう。
「畑仕事、せっかくだし手伝おうか?」
「……。やれやれだ……」
畑に目を向けていると青肌グフェンがため息を吐く。
最近彼との距離が少し縮んだような……どうも気を許してもらっているようだ。
「見逃してやるからそこで見ているだけにしろ。何より同志の力で働かれたら、我らも楽しい仕事を失うというものだ」
「大丈夫だ、俺が命じてスコップは隠しておいた」
グフェン、アンタが犯人だったのか。
おかげでこっちは退屈でしょうがない、商売道具さえあれば水路の1つでも掘ってやれるのに。
「なら見物させてもらう」
土くれの地べたへとしゃがみ込んで彼らの畑仕事を見守った。
クワが地道に土を掘り起こし、深く深く切り込んでゆく。
「アウサル殿はそんなに薬が苦手か」
「さすがに慣れたよ。だが……だがどうも治療中のルイゼは情け容赦が無くてな……。気のせいなら良いが、あれは危ない趣味に目覚めかけてるのではないかとだな……最近……いや、すまん何でもない……」
笑うのだ……。
当たり前にやさしいルイゼの顔が……ときどきだが俺の悲鳴にニコッと場違いに笑うのだ……。
あれは無自覚の微笑みだ……きっと何かを見出してしまっている……。
「アウサル殿、ルイゼくんから詳しい話は聞いた。そこは受け止めてやるのが男というものだ」
「そうか。ならきっとそれは、俺の知る話ではないな」
若い男の介護をしているうちに、おかしな趣味に目覚めたんじゃないかって俺は心配しているのに……。
まあ気のせいか……。
「ハハハッ何を愚かなことを! あんな良い子そうそういないぞっ、ここの連中も今やルイゼのファンだ! アレはかわいいからなぁ……あーたまらんっ、グッと来るなああいう娘はッ! 嫁にくれッ!」
「うむ、あれはアウサル殿と捕まった捕虜たち、さらにはあのゼファー殿まで救ってくれた方の妹君でもある。恩義には丁重に尽くさなければなるまい……」
知らぬうちにすっかりそういうことになっていたらしい。
不思議なものだ、彼女は間違いなくヒューマンだというのに妙に人気があった。
「そういえばそのゼファー殿だが、ここの遺跡部分に興味をお持ちらしい。さすがは有角種、きっと何か思うところがあるに違いない」
「おぉーっゼファーか、アレはなかなかやるぞ! 筋力体力はエルフの我が格上であるが、なかなかあの身のこなしと居合い技があなどりがたい……。ああっ思い出すだけで、ムズムズしてくるなぁぁぁぁ……!」
そのうち噛みつきそうだなこの狂犬……。
しかし遺跡に興味か。面白い話を聞いた、暇なので俺も少なからぬ興味を覚える。
「盗品の取引を任せていた商人がいたのだが、それがゼファー殿だったのだ。彼女はここに残ってくれると言っていた、侯爵に奪われた私財を取り戻すついでだそうだ」
「なるほど。そのついでにレジスタンスに協力するとは、どんな武闘派商人だろうなそれは」
剣豪商人ゼファー、たまたま脱獄に同舟しただけの相手と思っていたが……。
そうなると彼女の目当てがわからない。
私財を取り戻してそこで終わりにしようとしない辺りが、商人らしくない。
「我はその気持ち痛いほどわかるぞッ! 奪われたものは取り戻し、これまでの報復をシッカリと! しなくてはならないっ! 特に悪はッ、必ずやくじかれなければならないのだっ、このラジールの剣の前にッ!」
彼女がガシッと両手を組むと、ただでさえ魅惑的な脂肪塊が圧搾されて変幻自在の魔性を魅せつけた。
素直に評価すればセクシーで男らしい。……それ以上に暑苦しいが。
「そりゃそうだろう、アンタらどう見ても同類だからな」
「確かに……互いに見習うべきところが多いだろうな。良い刺激になる」
グフェンも同意してくれた。やや年寄りっぽく成長を期待する方向で。
ゼファーのヒューマン嫌いをやわらかくすればラジールとなり、ラジールの剛勇を少しソフトにすればゼファーとなる。
どちらも頼もしい戦力だ。
「あ。それよりそろそろ飯にしないか。カブの汁ものと……あとそこで釣った魚、あとパンと果物しかないが、ごちそうするぞアウサル、ラジールの手料理が食べたかろうッ」
それだけで十分に魅惑的だった。
なかなか手の込んだ料理としゃれ込むほど、今は皆が皆暇ではない。
「グフェンもどうだっ、食ってからでも町の仕事に間に合うだろ?」
「ああ、全く間に合わないと思うがあえてご一緒しよう」
「アンタな、さすがにダメだろソレは……」
やはり平和だ。平和でゆるい。
町のフェンリエッダや幹部らは今頃頼りどころをなくしてさぞや困っているだろう。そこから目をそらせばやはり平和だ。
「問題ない。全てエッダがどうにかしてくれる、彼女はずっと俺の隣にいたからな、実は俺など居なくともどうとでもなる。……といいのだが」
「なら首領グフェンが死んだらエッダが後継者だなっ!」
おい……。急に何てことを言うんだアンタ……。
それは俺も確かに思ったが、本人の前では黙っておくものだろう……?
「……アンタさ。もう少し……ああ、もういい、アンタ言ってもムダだったんだ。……それよりどうかラジールの飯を、俺たちに早くご馳走してくれ」
「うむっ、その言葉悪い気がしないっ♪ このラジール様の美味い飯をッ、覚悟して喰らうといいッッ!!」
また意味もなくカッコ付けてその両手を組んだ。
泥に汚れたその姿で、そんな健康的なアピールをされると……確かに魅力的であることを認めざるを得なかった。
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それらは地下で生まれた食物とは思えないほど美味かった。
ラジールの料理の腕はソコソコといったところだが何より素材が良い。
いつもとはだいぶ毛色の違った楽しい昼食を楽しめた。
そうして午後になるとそこにブロンドを揺らしてエッダが押しかけて来た。
「見つけましたよグフェン様っ! ああもうこんなところで……、泥だらけじゃないですかっ、そのまま今すぐ政務に戻っていただきますからね!」
「ハッハッハッ、ついに見つかったか。そう怒るな」
で、青肌銀髪のおじさん風お爺ちゃんを文字通り引っ張っていった。
……なぜお前がここにいるのだと、俺にも釘をしっかり刺しつつ。
だがその後はラジールの仕事をぼんやり眺めて午後を過ごすことにした。
ああ、時はあまりに緩やかで、日暮れすらもまだまだ遠い……。
「おーいアウサールッ! こーんなでっかいのが採れたぞーっ♪」
「なんだ、それは……。そのカブ……いくらなんでも育ちすぎだ……。ルイゼの身長くらいはあるぞ……?」
今、ア・ジール地下帝国への入植者を募集している。
まあそこはあくまでヒッソリと。
何せバカみたいに広いのだここは。
そのくせほぼ全域が耕作に適しているふしがある。
つまりもう一つのサウスと呼べるこの世界は、まだまだあらゆる人手が足りていなかった。
そこで元よりレジスタンス側だった連中や、その家族をサウスより密やかに呼び込んでいる。
そうしてまんまと甘い話にだまされて、やって来てしまった者は気づくのだ。
地上に広がる神の呪いがここには存在しないことに。
まあ元から耐性のある俺には皆目わからない感覚なのだが……とにかくそうらしい。
「ガハハッ、よしならこれも持ってけ、ルイゼのやつを驚かそうッ!」
「いやアンタ、もしかして俺が怪我人なの、忘れちゃいないよな……?」
ア・ジール帝国は国民を募集している。
ヒューマンの支配から逃れたい者、抗がいたい者、共に俺たちと戦いたい者なら誰でも大歓迎だ。
共に侯爵を倒しサウスを取り戻そう。
「名誉の負傷を忘れるものか! 早く戦いたいなぁ、そうだろアウサル。だから早く身体を治して、我を血湧き肉躍る戦場に導いてくれ。これを食えば治るぞ」
「……そうか。ならうちまで運んでくれ」




