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6-1 療養中、ルイゼとの穏やかな日常 2/2(挿絵あり

挿絵(By みてみん)


「アウサル様ッ、続きッ続きお願いします!」

「待て……さすがにもう疲れたぞ。……ああそうだ、アンタの兄の話が聞きたいな」


 半分は本読みをご破算にする目的もかねている。

 俺の問いかけにルイゼの無邪気な笑顔が固まって、それからソワソワと下の耕作地の方に目を向けだした。……まんまと成功というわけだ。


「あ、兄なんていませんよ……?」


 それではいると自白しているようなものだった。


「そうか。だが悪い、グフェンら上層部の者にはもう伝えてしまった」

「ぅ……ぼ、ボクそんな人知りませんから……っ!」


 いやだからなルイゼよ、ソレ完全にアレ(・・)がアンタの兄だと認めてる反応だぞ。

 まあ……あんな兄を持ったら隠したい気持ちにもなるか……。

 妹として恥ずかしいだろうなアレは。


「それがヤツの利益になると考えたのだ。助けてくれた恩返しにもなる。……アンタの立場も良くなるだろうしな」

「ボクには何のことかわかりません、ひ、人違いですっ! ボクはただの……田舎、田舎領主の娘、ですから……」


 ボロボロと漏らしてくれて面白い。

 そうか、アンタは田舎領主の娘ごときではないということだな。


「それでその兄、なのだが。ど忘れしてしまってな。はて、なんて名前だったかな彼……」

「知りませんってば……アウサル様しつこいです……」


 俺を責めるそぶりを見せたがどうやらポーズだ。

 今も彼女はとぼけるに必死で、さっきから1度もこちらに振り向かなかった。


 詮索者から離れなきゃと立ち上がって、美しい金色の麦畑を見下ろし続ける。


「ミッド・イエローゲート」

「…………え。なんですかそれ?」


 一言発してみた。

 不思議そうに彼女が振り返る。

 そんな名詞は知らないと顔に書かれていた。


「ならこっちはどうだ? ……サンダー・バード」

「サンダーバード……? 何ですかそれ、鳥……ぁ……。いえ、全然わかりませんっ」


 今少し反応があったな……。

 だがやはりこっちも偽名か。

 ルイゼだけが何かに気づいたらしいが、もちろん喋ろうとはしないだろう。


 どうせダメ元、ここは反応があっただけ良しとしようか。


「あの……あの、アウサル様……。あの……もしかしてですけど……な、何か、イヤなこととか、言われたりしましたか……?」


 ところがルイゼの様子がおかしい。

 申し訳なさそうにこちらをうかがい、恐る恐るそんな確認をしてきた。


「ヤツにか」

「え、ええ……。念のため、どんな方だった聞いておこうかなって……べ、別に知らない人ですけどっ!」


 だからなルイゼ、それではバレバレ……まあいい。


「嫌というほどではないが。まあ、まあ散々ヤツにはおちょくられたよ。見た目の割に無邪気というか子供っぽいというか……アレは傑物のようだが……、困った男だな……そこは間違いない」

「ぅ……ぅぅぅぅ……」


 ソイツは自分の兄で、その兄が大変ご迷惑をおかけしました。

 どうもそういった顔でうなっている。

 やはりな、あんな兄を持てばそうだろうとも。


「ああ、あとな。……友達がいないそうだ」

「あ、それは知ってます。…………あ! い、いや違いますっ、そ、そんな感じの人なんだろなぁぁーって! 思っただけで違いますッ、あんなの違いますッッ!!」


 きっとルイゼもアレに振り回されて苦労してきたに違いない。

 そうかそうか、わかった皆まで言うな……もういい。


「そうか」

「そうですッッ!」

「……そうか」

「はいッ、ボクとあの人は無関係ですッッ!」


 もはやなるほどという感想しかない。なるほど。


「とにかくアンタの兄には助けられた。事情は知らないが、これからは兄妹ともども俺を頼ってくれ」

「違いますってばッ! ボクは……ボクはもういいんです、ここでの生活が楽しくて……もう、昔のことなんてどうでもいいんです……。ずっとずっとアウサル様と……、アウサル様のお手伝いをしていたいです、ずっと!」


 年端もいかない女の子だ。

 そういった直情的な感情に流されることもあるだろう。

 すぐにその己の言葉に、深読みすればもう1つの意味があることに気づき……耳まで赤くしてパニクった。


 ……そっとしておくことにしよう。

 俺はベッドへと深々と寝そべり、2度寝してしまうことに決めた。いや4度寝か。


「そ、それよりアウサル様、そろそろ包帯を取り替えましょうか!」

「もういらん、いっそはがしてそのままにしておけば乾いて治る」


 横寝に変えて彼女に背中を向ける。

 要らん、絶対に要らん。


「そういうわけにはいきません、これがボクのお仕事ですから!」

「なぜ急に張り切りだす……。ならば言おう、いいかルイゼ、俺はな、薬が嫌いだ。……なぜあんなしみる物を塗らなければならない」


 薬を塗るという文化がうちにはなかった。

 なので俺には今回の治療が初体験なのだ。全く意味がわからない。


「傷を治すために決まってるじゃないですか。いいからそこに座って下さい、じゃないと無理矢理はがしますよ?」

「待て……お、おいっ、ぐぇっ?!!」


 ルイゼが目の色変えて俺の腰にのしかかった。

 兄と同じ美しい黒髪をしだれかからせて、人の身体に、包帯に手をかける。


「取りますねアウサル様、少しおつらいかもしれないですけど我慢して下さい」

「い、嫌だと言ってるだろうっ! そうやって人を裸にしてアンタッ、いつだってあのしみるやつをッ……! ……お、グフェン」


 そうしたら貰った新居におっさんが勝手に入って来ていた。

 青肌銀髪のガタイの良いダークエルフ様が、なぜか首領であるのに半裸で、肌に泥汚れをくっつけて現れたのだ……。


「もうその手には乗りませんよ、観念して下さいアウサル様」

「いやいやいやいや、よく見ろってアンタッ! お客の前だぞ、っていうか不法侵入ってヤツだけどさ!」


 その手に持ったカゴからグフェンはルイゼに向けて、甘酸っぱい柑橘類の果物を手渡す。


「どうぞルイゼくん」

「あ。……あ、美味しそう! ありがとうございますグフェン様!」

「いや待て、アンタなんでそんなに泥まみれなんだ……。人んち来るなら洗って来いよ……それに、アンタもうここの王様みたいなもんだろ何してんだ……」


 人が家に閉じこもって暇してるっていうのに、楽しそうに土いじりしてました、って姿だ。

 本来の仕事はどうした、またエッダに叱られるぞ……?


「実は畑仕事を手伝っていてな。気分転換に」

「知っている。この前エッダに叱られているところを見たからな」

「で、でもボクは素晴らしいことだと思います! 偉いのにちゃんと自分の身体も使って……偉いです!」


 止めろ、その言葉はエッダら幹部の苦労を増やすだけだぞルイゼ……。


「ありがとうルイゼくん、君も立派だ。すっかり彼を任せ切ってしまって本当にすまないね。……で、この果実は畑仕事のついでにもぎってきたものだ、古くなる前に2人で食べてくれ」

「ありがとうございますグフェン様!」


 まあいい……これで薬と包帯替えをうやむやにできる。

 いっそ茶でも誘うか? ……白湯だが。


「しかしどうもここを作った人間は、かなりの偏食家と見える。なにせあるのは小麦と果実と花ばかり。……野菜が何処にも生えていなかったので、今し方も新しい種をまいてきたのだ、ハハハッ」

「でもボクは好きです、夢みたいに綺麗ですからここ」


 人の腰の上にまたがったまま、ルイゼがまた高台より下の方角を眺めた。


「どこもかしこもおかしな世界だな。まるで……まるで最初から住む者など居ない作り物の楽園だ」


 ますます作った者の意図がわからない。

 何が目当てでこんな場所を……。


「ふむ……面白い表現だ、さすがは読書家アウサル殿。……ところでだが、2人は今まで何をされていたのだね? 男にまたがるには早い時間であるし、彼もまだ傷の癒えぬ身だ。……何かとソレはまずかろう」

「ふぇっ?! え、えっ、えっ違っ、違いますぐグフェン様ッ! こ、これはっ、これはだってっ、アウサル様って薬を塗ろうって言うといつだってこうなんですーッッ!!」


 グフェンの誤解に満ちた瞳が、ただでさえ渋いその顔がさらに渋~くこちらを見つめた。

 何を言い出すんだアンタたちは……。


「それは感心しないなアウサル殿。薬を塗れば治りが早くなる、一時の痛みを堪えれば痛みの総量は劇的に減るのだ。何よりルイゼくんはまだ子供だ、まだ早い、我慢したまえ」

「ああ理屈はわかる! だがアンタらが用意したあの薬、しみるんだよ! それと妙な誤解をするな!」


 ルイゼを見れば無言で真っ赤なモジモジを繰り返している。

 止めろ、止めてくれ……。

 まるで俺が、世間に顔向け出来ないイタズラをアンタにしてたみたいじゃないか……。


「それはアウサル殿が慣れていないだけだ。薬と治療は元よりそういうものだよ。我慢だ、もちろん二重の意味でな。さてルイゼくん、後で少し話を聞かせてもらってもいいかな……人生の先輩として」

「は、はい……っ! 我慢ですよ我慢、アウサル様!」


 グフェンは見た目こそ若々しいがここで1番の年寄りだからな。

 つまりさっきから全く目が笑っていない……。

 そういえばこの男、ルイゼのことをやたらに可愛がっているのだったな……。


「全部誤解だ……。それと、包帯と薬はもう明日でいい……寝る……。……お、おい、おい待て、アンタらなっ?!」


 ところが……無言でグフェンが俺の右腕を右足を押さえつけた。

 それにならってルイゼまで左側を担当して、包帯に手をかけるではないか。


「助かりますグフェン様」

「なに、長く生きていればこういったことも慣れっこだ。一気にはがしてくれ、薬は俺が塗ろう」


 どうにもならない。

 今の俺はルイゼにすら逆らえない最弱の人間だ。

 つまり……もう耐えるしかないということだった。


「や、止めろっ、止めっ!」


 ベリッと包帯がひっぺ返され、患部に塗り薬の筆がベチャッと触れる。

 ただそれだけで……。


「ギャッ、しみるっ、ぐあぁっ?! 薬は嫌いだっ、止めろっ止めてくれっうぉああぁーっ!!」

「我慢しろ」

「アウサル様ってば大げさなんですよっ、おとなしくして下さいっ!」


 気のせいでなければ、グフェンはいたぶるように筆で傷口を擦り立てていた……。

 その様子は終始無表情、俺の悶絶に笑いもしなければ悪びれもしなかった。

 かわいいかわいいルイゼに手を付けた、ふとどき者に制裁をするように、俺は治療という名の新しい拷問を受けるのだった……。


 薬は嫌いだ……。

 それで治るとわかっていても好きになれるわけがない……。


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