5-4 スコップ一本で仕上げる鮮やかなる大脱走(挿絵あり
彼らがちっとも忍ばない時点で予想はしていた。
既に彼らサンダーバード一行によって地下牢が掌握されていることに。
そこで鍵を分け合って、3人がかりで牢獄から囚われたダークエルフたちを解放してゆく。
動ける者に動けない者を背負わせ、アウサルの名を建前に取り急ぎの団結が結ばれた。
捕まっていたのは誰も彼もニブルヘルの兵士や間者ばかりだ。
……ただ例外もあった。
1番奥の牢獄でなにやら揉めごとが始まったのだ。
残る鍵を健康な仲間に任せて駆けつけてみれば、まるで見たこともない姿をしたやつがいた。
「申し出はありがたいが拙者、ヒューマンの助けを受けるほど落ちぶれてはおらん。悪いがここより先は単独行動させていただくゆえ、そこをどいてもらおう」
「いやいやだからさぁお嬢ちゃんっ、そういう和を乱すことされると俺ら困るんだよねぇぇ~!?」
相手は女だった。
さっきの用心棒――もとい護衛のスケさんが相手をなだめている。
ああ、急に脱線するがコイツも偽名なんだろうな……。
「何やってんだアンタら」
「おおっちょうど良いところにアウサル様! はいパスッ、あと任せやしたぜっ!」
かと思ったら俺に押し付けて部屋から消えた。
結果、室内には俺とその女だけがポツンと残されて互いを見つめ合った。
「そ、その方はッ!」
「え、アンタ……」
最初は暗くてよくわからなかった。
だがお互い歩み寄ってみたところ、俺たちはそれぞれの容貌に驚くことになった。
……この女、まるで伝説の一角獣ユニコーンみたいに額から長い角が生えている。
シルバーブロンドの髪に傭兵のような軽装の身なり、それとどこからどう見ても生真面目な顔立ちをしていた。
「……どうか落ち着いてくれ。今だけ彼らの力を借りてはいるが脱獄の首謀者は俺だ。同行するのもダークエルフの捕虜たちばかりになる」
なら要点を伝えよう。これで納得してくれるだろうか。
単独行動で騒ぎを起こされては脱走に支障が出る、ハッキリ言えば迷惑どころではない。
「その方、どうもヒューマンではないな……。その瞳……そして何と……! その方はここの異種族たちを導いて逃げるというのであるかっ!」
この外見が助けになる日が来るとは人生不思議なものだ。だが……。
「いいや俺はヒューマンだ。アンタは有角種か? 確か……結界の中に閉じこもって出てこないって、噂の」
「うむ、しかれど拙者を彼ら臆病者と一緒にはしないでいただきたい。拙者は剣豪商人ゼファー、以後お見知り置きを」
……すまん少しボヤく。
何か濃いの出てきたなー……ユランの語ってくれた有角種のイメージとぜんぜん違う……。
第一そんなものがなんで捕まってる。本業はどっちだ。
「ゼファーさんか。俺はアウサル、ヒューマンだ」
「ハッハッハッ、冗談が上手いでござるなアウサル殿は。そんなヒューマンがいるわけないでござろう♪」
悪気はないので怒ってもしょうがない。
……ただやはり不満だ。
まあ、まあいい……とにかく丸くおさまりそうだ。ならまあいい……。
「いいや俺はヒューマンだ」
「いやいや、アウサル殿はどちらかというと……伝説の神竜ユランその人が人型を取ったかのようでござるよ」
ところがいきなりおかしなことを言い出す。
あのユランが人型にだと……?
ん、んん……? そういえば、この前、あの後……ユランが消えて……。誰かが……いやそんな、まさかな……。
「……バカを言え。あんな巨竜が人になるわけがないだろう。なれたところでそうなれば、今頃地下牢ごと侯爵邸を踏みつぶしてることだろうよ」
「……ほっほぅ~、その方はずいぶん詳しいでござるな。拙者はまだ若輩者ゆえ――」
それより脱獄を急がなくてはならない。
非礼を承知で口をはさんだ。
「それより俺たちと一緒に逃げよう。アンタを置いてくのは気が引ける、はっきり言えば勝手に動かれては迷惑だ。脱走後の安全も保証しよう、大丈夫だから俺に任せてくれ」
「迷惑か……ハハッはっきり言う御仁でござるな。わかったでござる、その方に任せた、どうかよろしくお頼み申す」
思ったよりと物分かりが良くて安心した。
……まあ俺も人のことを言えない、あれだけあの自称サンダーバードを疑ったのだから。
初対面でいきなり偽名を使うヤツもヤツだが。
「その前にちと失礼」
「え……。えっちょっ?!」
既にボロ布状態だったが、その彼女が俺のなけなしの胸元をかっぴらいた。
全て露わになった邪竜ユランの紋章に、彼女の真っ直ぐな視線が集まる。
つか……角ッ角ッ、それ以上近づいたら刺さるからソレッ!
「これは何でござるかアウサル殿。ふ~むふむぅ……拙者、これと同じ物をどこかで見たことがあるでござるよ」
「いや、何かと聞かれても、俺の方が聞きたい。……ある者と契約を結んだらこうなっただけだ」
すると銀髪のゼファーが一角を俺の鼻先からどけてくれた。
それからユランの語る有角種らしく雰囲気を知的なものに変えて、首を大きくかしげ、しきりにこめかみをその指で突いていた。
「アウサル様、こちらがお約束の品です、どうぞ……」
「うおっ?! 驚かせるなよなアンタッ……」
これはこれで何か絵になる。
そんなゼファーさんの姿に見とれていたら、視界右下にあの女密偵が現れてスコップを俺に差し出す。
素早い、いきなり過ぎる……。
彼女からそれを受け取りドキドキ暴れる胸を静めながらもブツを確認した。
「ありがとうシルバさん。こりゃだいぶ錆びてるな……」
「他に見つかりませんで……申し訳ない……」
そのやり取りを邪険そうにゼファーが睨む。
なるほどヒューマン嫌いというわけか。あるいは巨乳嫌いのどちらかだろう。
「そちらの方は……?」
「拙者、名をゼファーと申す! だが姑息で汚いヒューマンと語る口は持ち合わせて無いゆえッ、ノータッチで今後ともよろしくでござるッ!」
シルバさんは大人なので察してくれた。
代わりに彼女らの視線が俺へと集中することになったのだが。
……まあ、こんなものをわざわざ手配させたのだ最初からこれも必然だ。
「お~ここにいたかア・ジールあらためアウサルぅ~。お、シルバもご苦労。ん~それで、そのスコップで何をどうしてくれるんだい?」
さらにそこへ、1番ここに顔出しちゃいけないヤツまで現れた。
シルバの主人にして俺の救世主、自称サンダーバード様だ。
当然ながら有角種の姿に強い好奇心をよせたが、当のゼファーに睨まれてその注意をこちらに向けた。
「何かやりにくいな……。まあいい、こうするのだ」
ちょうど牢屋の端の石畳がめくれていた。
そこに爪の剥がれた指に難儀しながらもスコップを突き刺す。
邪魔な周囲の石を少しだけ削り取り、人1人が入れるくらいの穴をまず掘った。
「な……今ッ、何をどうしたのでござるか……?! 夢でも見ているかのような……え、えぇぇぇっっ!?」
「ハハハッ、なるほどこれがトリックの正体か。この力で、あの砦よりダークエルフを消してしまったんだね君は」
「こんなことが……ああっみるみる穴が広がっていきますよ若っ……」
ただの穴を掘るだけの力に誰もが興奮した。
しかし問題はこの錆びだらけのスコップだ、無茶をすれば途中で折れるかもしれない。
実際、さっきの石を切る作業で錆びている部分が少し欠けた。
こんなボロでは不十分だ、極力石は避けて掘り込もう。
そう方針を決めたあとは脱獄の目的を果たすべく、穴掘り男はさらに奥へと掘り進めていった。
「そう時間はかからない、彼らをここに集めてくれ。それと……出来れば隣でカンテラを照らす手伝いが欲しい」
「わかったそれは拙者がやろう」
オーダーに応じて銀色のゼファーさんが、謎の偽名男サンダー何とかより明かりをふんだくった。
それからそれが当然であると俺の背後に飛びつく。
「あっずるいぞそこの角が超カッコイー族っ、こんな面白い見物をそんな間近で、自分だけ独り占めする気かっ?!」
「黙れヒューマン! 特に、拙者はその方みたいなボンボンのドラ息子が大の大っ嫌いでござるッ!」
その折り合いの悪さはともかく、立派なカンテラにより穴掘りは順調に進んだ。
スコルピオ侯爵家の地下を南へと掘り抜き、俺は自慢の勘で地上へと脱出路を開通させた。
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「ここは……墓地でござるか。となるとさっきのこれは……やはり人骨でござったなハッハッハッ、あーばっちぃっ」
「すまんな、ここなら目立たないと思ったのだ」
ゼファーさんが怪しい骨を投げ捨てた。
とにかくこれで道が繋がった、俺たちはついに外に出られたのだ。
時刻はあのサンダーバードが脱獄幇助に選んだのも納得の真っ暗闇の深夜だったが、この頭上にはあんなにも憧れた高い高い空があった。
「悪いが俺はここで見張りをする。……連絡の方を頼んだ、ゼファーさん」
「この後に及んで、さん付けはむずかゆいでござる。なのでそこはゼファーちゃんでよろしく。さすれば後ほど」
外に出たところで時間が惜しいのは変わらない。
機敏な身のこなしで彼女が穴底に消えた。
「ぅ……、ぐっ……」
それから知らない誰かさんの墓を背もたれにして、俺は土に汚れた指を振り払った。
泥がちっとも取れない、剥がされた爪にしみる……! おのれ、おのれ侯爵……覚えていろ!
……やがてしばらくすると長耳黒肌の捕虜たちがぞろぞろとトンネルより現れた。
最後の1人としてゼファー……ゼファーちゃんさんが帰って来たので立ち上がる。
サンダーバード一行をのぞく俺たちの誰もが見すぼらしい裸足そのものだった。
「シルバがいねぇな……?」
「彼女には新しいスコップの調達をお願いしたよ。今のトンネル掘りでほら、もうこんなにボロボロだ。……アウサル、本当に素晴らしい手並みだったよ、身体さえ無事ならもっともっとこの場を無意味に掘らせたいくらいだ」
その歯が欠けまくったボロスコップを黒髪のうるさい男から奪い取って、もう1度俺はトンネルに潜った。
「って、なぜ戻るでござるかアウサル殿?!」
「先行っててくれ、ちょっと近くの水路に繋げてくる」
・
西へとしばらく掘り進み、その宣言通りにトンネルを水路に繋げた。
当然ながら増水してゆく地下空間から、俺は泥まみれで傷にしみまくりの足で離脱する。
……しかしいざ戻ってみれば皆誰もが墓地に残ったままだった。
「おかえり。良い判断だな、退路の発覚を封じしつつ、侯爵邸の地下を水浸しにしてやるという最高の嫌がらせだ。……なあゼファーさんや」
「何度も何度も拙者に話しかけてくるな、ドラ息子めっ!」
まあそういうことだ。
それとずぶぬれの穴をふさぐのはさぞや面倒だろう。
都合良くあの屋敷が傾いてくれたりしてくれないものかな、という個人的で陰湿な報復もある。
「ところでアンタたちなぜ逃げない、ここから南の荒野に抜ける手はずだろう」
「ハハッそう焦るな。今、スケたちに荷馬車の手配をさせている。なんせまともに歩けない者も多いからなぁ~。あ~、それとだな~……」
「ああ、そうなのだ。先ほどからこのウザいドラ息子と相談していたのでござるが、深夜とはいえ今のサウスはやたらに駐屯兵が多い。……こりゃさすがにちと厄介でござるよ」
挿絵を追加しました。




