5-3 招かれざる訪問者ア・ジールあらためサンダーバードあるいはイエローゲート 2/2
「これが代価だよ、ア・ジール」
「……いや、まだだ、足りないな」
「えーー? 疑り深いなぁー君ぃ~?」
「……と普通なら答えなければならないが、まあ信じよう」
鎖の縛めという支えを失い、俺は自称サンダーバードを頼りにいまだ抱き庇われていた。
それを密偵の方……ではなく、用心棒風のおっちゃんの方が代わろうとしてくれた。
「いやいい、彼とはこのまま話したい。……立てるかいア・ジール」
「ああ……やっと慣れてきた……。それでアンタ、何のためにこんな場所に来た……。ああそうだった、俺がア・ジールの片割れだ」
信用しても良い気がした。
変わり者なのは間違いないがそこはお互い様だ。
俺が譲歩しなくてはコントを繰り返すだけで話が進まない。
「やはりそうかっ! ハハハッ、やっぱり俺の予想が正解だったじゃないかー、バーカバーカ!」
「若……人前でそのノリはどうかと思うんですがね……。ええ、若の勝ちですよ、それで良いですってもう」
無邪気な男だ。
その黒ずくめの青年から離れ、俺は天井よりたれる鎖を吊り手にして直立した。
救助されたままでは対等な交渉にならない。
「それでア・ジール、そこに子供が1人いなかったか?」
「……子供。どうかな」
コイツ、ルイゼの知り合いか……?
そういえばお家騒動だかなんとかから逃げてきたんだったなルイゼは。
「そうか生きているか、それは良かった!」
「おいおい、こっちが答えてないのに1人で納得するな」
場合によっては死んだと答えた方がいい。
ところが印象以上に勝手なヤツだった。
「えぇぇ~? もし死んでいたり、殺していたら、そもそも君はそんな態度を取らないと私は思うよ?」
「アウサルさん、うちの若を信じてやって下せぇ。なりと性格はこの通りウザいヤツですが……本当に心配していたんですよ」
心配……つまりルイゼの家族か何かだろうか。
そう考えると似ている気もするが……性格面がどうもな。同じ家庭で育ったとはとても思えない。
「アンタ、あの子の何なんなのさ。……ルイゼで合ってるんだよな、名前」
「ルイゼ? ……ああ、ああなるほど……合ってる合ってるそれで合ってるソレだよ~~」
うん、コイツも偽名でルイゼも偽名ってことだな。
なるほど兄妹かもしれん。……俺の勝手な推測だが。
「生きているよな……? 殺したりしてないよな? 念のため確認しておきたいんだが、なぁア・ジール」
「ああ生きてるよ。無事だ、今頃みんなと楽しくやっているだろう」
急に心底心細そうな顔をしたので特別に教えてやった。
どうも事実のようだ。俺本人から確証が得られて、ヤツはやわらかい微笑みで安堵した。
「だが居場所は言えない。なので代わりに保証しよう、ルイゼはこの世で1番安全な場所にいる」
「ありがとうア・ジール。……じゃついでと言っちゃなんだけどさ、君はどこにどうやってダークエルフたちとあの子を消したの?」
それには答えられないと目線を外した。
拘束で痺れた身体も調子を取り戻し、吊り手から離れても倒れることはない。
……フラフラするが大丈夫だろう。
「だって不可解だよ。ニブルヘル陥落を前にした、まさに絶望の状況で、何をどうやったら大軍を消せるのだ? ああっ、気になって夜も眠れないッ!」
「いや寝不足には見えないが。……それと悪いが質問には答えられない、今後の戦略と、ルイゼとダークエルフの安全に関わる」
その返事で満足だったらしい。
にんまりとサンダーバードだかイエローなんとかが笑う。
……その潔さに免じてもう少し譲歩してやろうという気になった。
「だが、いつかニブルヘルが再起したとき、連絡さえ入れてくれたらルイゼに会わせてやってもいい。……彼女が望むなら」
「まあ……こちらとしてもその方が何かと都合が良いよ。わかった、じゃあ脱獄といこうかア・ジール」
脱獄、さも当然のようにヤツは言ってのけた。
最初から俺を助けるつもりで来たと、言わんばかりに。
長い監禁生活もあって背筋が震える。
目頭が熱くなり、言葉そのものに痺れた。頼って良いのだろうかこの男を。
「いいのか……? 俺を救うってことは長い目で見れば、本国への反逆と同義だぞ……? 少なくともここサウス、いや……フィンブル王国が独立することになる。それでアンタは良いのか?」
思い上がりに等しい言葉だったがヤツはそのまま受け止めた。
黒づくめに黒い長髪の貴公子様が口元をつり上げる。
「むしろそれは好都合というものだよ。ア・ジール、いやアウサル、君たちが再起を果たしたそのときは連絡員を送ろう。……ルイゼのことをよろしく頼む」
そういえば籠城した際にグフェンが言っていた。
本国で騒動がなんとかかんとか……。それ繋がりの人間なのかこの男は……?
「私からもよろしくお願いしますアウサル様。彼らはてっきり、ルイゼ様が盗賊ア・ジールに口封じされたと思いこんでいるのです」
「ま、そういうことでさ。どうかうちのお嬢を守ってやってくだせぇよ」
取り巻き2人がしゃしゃり出て、仰々しく膝をつき頭をたれた。
よくわからんが利害が一致しているようで何よりだ。
「いいぞ。だが代わりに教えてくれ、アンタらとルイゼどういう関係だ?」
「ハハハッ、それは秘密だ。そうだなー、ルイゼの居場所をここで教えてくれたら交換条件で答えてやってもいいよー?」
拘束で身体が凝り固まっている。
柔軟をしながら何気なく聞いた。……いたた、やっぱ全身痛い……。
「……止めておこう。そちらが連絡員をよこすというなら、そのときにわかる話だ。よって余計なリスクは支払わん」
「そうかっ、よし、では脱獄といこう。いや私もね、1度こういうことやってみたかったんだよねぇ~。あ、何か必要なものはあるか? 逃げたあとの行き先とかも聞いておこう」
そう言われて気づいた。
自由にはなったが今の自分がいかに弱っていて、手ぶらだったってことに。
「それは嬉しい申し出だ。ならスコップが欲しい」
「す~、スコップぅぅ~~? この状況でアウサル、君ねぇ~……」
ただまあ願いには当然の返事がついて来た。
「何でもいいからスコップを1本手配出来ないか? それさえあれば……俺1人と言わずここの捕虜全員を連れて脱獄できる」
「おいおいおいおいおい……何かとんでもねぇこと言ってやすぜ若……。アウサル様、こっちは貴方1人を助けるだけでわりと精一杯なんですがねぇ……」
愛用のスコップは侯爵に奪われてそれっきりだ。
出来ればこれを取り戻したいところだが……所在がわからない、無理な願いだ。
「スコップ1本でどうするつもりなのですか?」
誰もが疑問を浮かべている。
だがそれで正解なのだ。
ここにはダークエルフの仲間たちも捕まっている。
それを救わずに1人だけ逃げるなど、それではユランとグフェンに顔向け出来ない。
それにもし俺が逃げればここの連中は……。
グフェンはあのとき叫んだのだ、この世のどこにダークエルフの逃げ場があるのか、と。その奇跡の土地へここの捕虜を連れて行ってやりたい。
「忘れていないか、俺はア・ジールの片割れだ。スコップさえ渡してくれたら、外へと繋がる地下道を掘って見せよう」
「う~ん……うん、まあいい。それがニブルヘルを消したカラクリだと、君が認めるならね」
逃げるなら早い方が良い。
この脱獄のチャンスをふいにして、彼ら第三勢力まで犠牲にすれば2度目はない。
「……そうだ。俺は穴堀りアウサル、この力でエルフを消した。スコップさえくれたら披露してやる。誰もが目を疑う偏り切った才能をな」
捕虜を救えばグフェンたちもこの男に恩義を覚えるだろう。
当然ルイゼの立場もそれだけ良くなる。
この男が俺たちとの共闘を望むというなら、これはちょうど良く目の前に現れた通過儀礼なのだ。
脱獄だ。
この悪徳の牢獄を空にして、あのバカ侯爵の足下を蹴り飛ばしてやるのだ。




