5-2 怪物と、その飼い主スコルピオ侯爵 2/2
「そんなことよりアウサル、アアタいい加減答えるべきよ。ねぇアアタ……アアタはヤツらを、一体どこに消したのかしら……?」
……何だそんなことか。
それは喋らない限り永久に俺のイニシアチブだ。
「さあな、取引をしているつもりが裏切られたようだ。俺だけあそこに捨てられてしまったのだ」
「あらそうー。でもアアタは、戦場で山ほどの落とし穴を掘ったそうねぇ~?」
顔に出ないようあえて不敵に笑ってやった。
そうだ、俺はあの楽園にダークエルフたちをかくまった。
その行方は絶対に知られてはならない。
「それからエルフのアジトには~……、アアタの住む西側に通じるらしきトンネルがあったわぁ~。……ねぇ~、いつからアレはあったのかしらぁ?」
「遠いその昔からだ。アンタたちヒューマンがここに来るより、遙か以前からある」
100年前の戦争でダークエルフの国はヒューマンの国に飲み込まれた。
その戦功としてスコルピオ侯爵家がここの歴代領主となったのだ。
それ以前のアウサルはダークエルフと仲良くやっていたそうだ。
「あそうそう、それからあのアジトからアタシとポコイコーナンさんのお宅から盗まれた、お宝が見つかったのよねぇ~? あービックリしたわぁ~……まさかあんな場所にあるだなんて思いもしないもの……。ウフフッ良かったわぁ~」
陥落により盗んだものを奪い返されてしまった。
その点は大怪盗ア・ジールの1文字分としてかなり不満だ。
せっかく取り戻したそれをまた奪い取ってやりたくなる。
「よっぽど恨みを買っていたのだな。……全部は戻って来なかったんだろ、フ……残念だったな汚い守銭奴どもよ」
そう考えると良い気分だ、腹の底から笑いがこみ上げる。
……笑うと胸が痛いのだが。
「あら生意気になったものねぇ~、言ってらっしゃい。でもそれだけじゃないのよ、あのアジトには開拓しかけの畑があったわ。その高台の壁には大穴が開いていて、そこから水が池に流れ込んでいたわ。本当に、いつ、あんな大掛かりなものを作ったのかしらねぇ……」
しかしどうもまずいな、感づかれ始めている。
非常識な真実が全てを隠蔽してくれていたが……確証は与えたくない。
「……何が言いたい」
「簡単なことよぉ~♪ 小生意気なダークエルフどもを隠したのは、間違いなくアアタ、アウサルっていう怪物だってことよ」
そこで怪物という単語にまた怒ったふりをすることにした。
……多少はごまかしになるだろう。
「無茶苦茶な推測だな、その歳でもうもうろくしたか侯爵よ? ……ならばどうやって俺が隠したのか、教えてもらいたいくらいだな。見捨てられたこちらとすればとんだとばっちりだ」
確証は無いのだろう。
事実、砦から地下への痕跡は全て消した。
だからこそ無理な逃走を選ばず、こうして捕まる道を選んだのだ。
穴を掘って逃げればあの楽園の存在を悟られかねない。
「いいわ、時間はいくらでもあるもの。それより別の話をしてあげましょうか。ほら……どうやってあの迷いの森を、アタシたちが抜けたのか気になるでしょアウサル」
「……確かに。アレはどうやったのだスコルピオよ」
その言葉を発した途端、侯爵の容貌が狂気にも等しい怒りに染まった。
ただちに重い拳が俺の頬を殴り飛ばし、腹へと膝を撃ち込む。
「侯爵様とお呼びなさいッ!! アアタはッ、いつからッ、そんなに偉くなったのよッッ! 身の程を知りなさいよッッ!」
ただでさえ鉄臭い口がまた血の味に染まり、張り付けにされたまま俺は呼吸にあえぐことになった。
「ふぅ……ふぅ……あらやだアタシったらもう……。ウフフ、久しぶりにブチ切れちゃったじゃない……。それでねアウサル、種明かしなのだけど……本国が急にこんなものと兵を貸してくれたのよ」
「ぅ……ぐっ……。な……なんだ、それは……」
侯爵が妙な鈴を取り出した。
黄金でメッキされているのか地下牢でも強い輝きを持ち、やたらにその意匠も細かく……どこかの祭祀具にすら見えるものだった。
「ある種の魔法を妨害するアイテム、セイクリット・ベルだそうよ。これさえあれば迷いの森なんて怖くないわ、ウフフ……。つまりその気になれば、もう何度でもアアタたちを潰せるってことよ♪」
「そりゃ……そりゃすげぇな……。そんなの……、卑怯過ぎるよ……」
だが内心でホッとした。
ニブルヘルの中に裏切り者がいたわけではなかった。
そのことがとても喜ばしい。いや大発見だった。
侯爵は絶望を与えるつもりでベルという切り札を見せたようだが、俺には真逆の効果だったのだ。
誰も裏切っていないなら、俺だって裏切る気などこの先も永久に無い。
「それでねぇ~アウサルぅ~。お願いがあるのよぉ~……ねぇ、わかるでしょぉ~? あの黒んぼどもをぉ~、どーこーにぃ……隠したのか、教えてくれるわよねぇぇ~?」
……イヤだね。
「もー本国のバカどもがうるさいのよぉ~、グフェンの死体を欲しがっちゃって……帰ってくれないのぉ……。これじゃ兵を食わせる金ばっかりかかっちゃって……ああもうやだわぁぁ~!!」
……そりゃ良かった、俺が黙ってるだけで侯爵家の力を削げるてるってことじゃないか。
喋るわけがないね、そのまま苦しめバカ侯爵め。
「わかった。ならアンタに教えてやろう」
「えぇ~ほんとぉ~? 言ってみるものねぇ~、やだ嬉しー♪」
「ああ。ヤツらはな……」
動くだけで全てが痛むが、そのバカ髭の侯爵に向かって首を小さく振って内緒話を誘った。
「ダメです、危険です閣下……!」
「うふふ……平気よ。そこで見てなさいな、ウフフフッ」
汚く脂ぎったその耳が俺の口元に近づく。
残念だがここで噛みついてもなんの利益もない。それは止めておいた。
「今頃、土の中で安らかに眠っているだろう。全て俺が埋めてやったよ、ヒューマンの奴隷にされるのではかわいそうだったからな」
嘘は吐いていない。
だが侯爵の顔色が失望に変わり、それから真っ赤に染まった。
もちろん照れてるんじゃない。キレてるんだ。
「ふざけんじゃねぇぞこの化物がッッ!! これ以上舐めた口きいてみやがれッッ、こっちは無理矢理子供作らせてッッ、虐め殺してやってもいいんだからなぁッッ!!」
余裕いっぱいだったあのオカマ口調から素をさらけ出して、やはりよっぽど困りあぐねいているらしく激しく怒り狂った。
バカめ、そうやってアンタを困らせたいから黙ってるんじゃないか。
「クククッ……それはまた手間のかかる話だな。……スコルピオ、アンタやっぱ老いたんじゃないか?」
知っている。コイツは俺たちの目を怖れる。
蛇の目で見られると、ときどき恐怖するのだ。
その恐怖のアウサルが嘲笑とともに蛇眼で侯爵を凝視してやった。
ヤツは古くから親父を知っているのだから、今自分が殺した男と全く同じ顔に見られているわけだ。
なおさら怖ろしいことだろう。
「アッ、アアアアアッ、アウサルッッ!! このっ、このっ、この怪物めッッ!!」
怒っていたはずのヤツが青ざめ、しかしやはり怒りが勝ったのか叫び声を上げる。
アウサルの顔を何度も殴り、それでも足りず執行人より鞭を奪い俺に振るった。
「死になさいよッッ!!」
「か、閣下っ、殺しては反乱軍どもの行方が……!」
執行人が焦る。
俺が死んだらコイツの責任になるからだ。
アウサルは殺してはならない。
アウサルだけが呪われた地の財宝と、虐げられし者たちの行方を知っているのだから。
「ハァッハァッ、ウウウウーッッ!! 少しッ、この怪物に躾をしておやんなさい! 犬と同じなのよっ、痛みで支配者と主人というものを、教え直しておやんなさいなっ! そうね、次は水責めがいいわ……、準備しなさいよっ!!」
どうも疼く……。
ユランが勝手に刻んだ竜の紋章が……。
それが痛みや苦しみを鈍らせて、だが身体の消耗はどうにもならないのか息切れする。
あと何日堪え続ければいいのか、それすらもわからないというのに。
だが信じるほかに無かった。
あの花と果実と小麦の楽園に、仲間の元に帰れる日が来ると、そう信じるほかに。
陰鬱な谷展開が続きましたので次回予告いたします。
次回挿絵有り、ボリューム厚め、陰鬱展開終了済み。次々回からの上げ確定です。
この「5-2 怪物と、その飼い主スコルピオ侯爵」は非常に暗いですが、それを覆す爽快な上げ展開が始まることをここに保証いたします。




