27-10 ある愚か者と、ア・ジール地下帝国の真実
結論を先に言う、天使サマエルは生きていた。
黒伯爵の決死の自爆も、創造主の心臓を持つ者を木っ端みじんに吹き飛ばすには足りんようだ。
8枚羽根はその全てが無惨にへし折れ、焼け焦げ、けれども血を流しているのは2枚だけだった。
残りの6枚は最初からそうだったのか、血がかよっていなかったようだ。
異界の天使は羽根が多い方が高等な存在だという。2枚羽根は下級の存在というわけだ。
そんな血塗れの天使が折れた剣を杖に、恐るべき生命力で立ち上がっていた。
「見るな……僕は、偉いんだ、世界の、主なんだ……」
「知らんな。そして悪い、このチャンスを逃してやるわけにはいかん。いくぞ」
2枚羽根の天使はイミテーションである6つを取り外した。
折れた剣を俺に向け、狂った忠誠心を貫いた。
己が神であると混同し、絶対のそれを信じてこちらに斬りかかった。
本体が大ダメージを受けたせいか、殺戮天使の動きが鈍っている。竜人やアビスの怪物の優勢に変わっていた。
「なんで、倒せない、この僕が、お前ごとき、なんで……ッ」
傷を負ったところで心臓を受け継いだ怪物だ。
追いつめられてか、とんでもない馬鹿力が打ち合う俺を吹き飛ばす。
アビスの竜人や天使兵が巻き添えを食い、それらが命を落としていった。
「異界で言うところの、手負いのタイガーというやつか。く……」
「殺せる、はずなんだ! サマエル様に、いただいた、心臓が、僕を、サマエル様にしてくれた、はずなんだ! なのに、なんでだよッ!!」
すまん黒伯爵、凶暴化している、これでは手がつけられん……。
巻き添えになるというのに殺戮天使は動きを止めない。
よってどんどん巻き添えという名の被害が増えてゆく。
「竜人アザトの同胞たちよ、いっそ退いてはどうだ?」
「気遣い無用。早く倒せ……」
彼らは生身だった。血を流して次々に倒れてゆくところは、竜の身体を持つ者たちとはいえ痛々しい。
しかし早く倒せと言われてもな、どうするのだこんなもの……。
ああそうか、いっそ初心に返ろう。黒伯爵、アンタの自爆はムダじゃなかったぞ。
「そこのサマエルを騙る愚か者よ、一ついいことを教えてやろう」
「僕はサマエルだ!! サマエル様と、一心同体なんだ!!」
「1000年前、ユランとの死闘を繰り広げるアンタに思わぬ異変が起きた。天界の門がとつじょ閉じ、天からのエネルギーとやらが届かなくなった」
初心に返ってスコップ男は敵を挑発した。
フェンリエッダと出会ったあの日のように、敵を誘い込むんだ。
「それ、俺がやったんだ。ざまぁないな、おかげでアンタはユランに負けた。勝てるはずの足下をひっくり返されて、さぞや悔しかったんだろうな。全知全能の創造主が笑わせる」
「貴様……ッ、サマエル様を、バカにするな!!」
怒りに任せて天使が俺に突っ込んできた。
だが悪い、古典的で申し訳ないが、そこがアンタの墓穴だ。
「な、ああっ?!!」
「秘技、平安京エイリアンの術。これも久々だな」
スコップの持つ穴掘り能力の全てをかけて、俺は天使サマエルを落とし穴にはめた。
首だけ上を残して、深い陥落の中に埋めてやった。
「こんなものっ、こんなものっ……! あ、あれ、なんで!?」
「俺はアウサル、穴を掘るのが生業だ。こいつから逃げられたら俺の面目はもう立たん、よって逃さん」
ポンポンとスコップの背で大地を固める。
それで首だけのサマエルの動きを封じることができる。
さらに新しい土をかぶせて、もうこんなもの全て埋めてしまうことにした。
「止めろっ、この僕に、サマエルに土をかぶせるなんて、うああっ、無礼者!!」
俺はやはり歴代で一番の天才だ、アウサルは神を地に埋めることに成功した。
これで窒息死してくれれば簡単なのだが、そうもいかんだろうな……。
だが時間稼ぎにはなる。増援がここに来るまでどうにかヤツには埋まっていてもらおう。
「……いや、さすがに甘かったか。すまん、ユラン」
それでサマエルの動きを完全に封じた。そう思いこんでしまった。
だが違う、ヤツは殺戮天使を操る力を持つ。
その巨きな剣が、俺の胸を背中から貫いていた……。ああやっちまった、今度こそ死んだ……。
「はぁっはぁぁっ、惜しかったね。危なかったよ……本当に、天界の地面に、されるかと、思ったよ……でも、これで僕の勝ちだ……」
地を塞ぐ者が倒れ、天使サマエルが地中よりはい上がってきた。
ひざまずき血を流す俺に、そのままはいつくばってしがみ付き、無防備にも俺の死を確認する。
それに対して俺は爪を立てて、サマエルの肩に上からのしかかった。
「なんで、死なないの……?」
いや死んだかと思ったが、それでも俺は死ななかった。
天使サマエルの無垢な美貌が不思議がる。
胸を太い剣で刺されたというのに、確かに俺は筋力をまだ失っていなかった。
「もしかして、お前、サマエル様の、お身体を、身に宿しているのか……?」
ああそういえば、目から目玉をえぐり抜いたっきり、てっきりどこかに落としてしまったと思いこんでいたが……。
「ゲホッゲホッ……なるほどな、それは、思い当たるふしがある……」
これがあの時、死ななかったカラクリというわけか。
だがどっちにしろこれでは……。
殺戮天使の刃から俺は逃れようとしたが、無理だ、人間の力では微動だにしなかった。
「ならそれは、僕がもらうよ。ずっと、興味があったんだ……サマエル様のお身体を、もっと、身に宿したいって……。どこかな、ああ、ここだ……」
ボロボロの手が俺の心臓の上を撫でた。
止めろ、さすがにそこをやられたら、今度こそ死ぬ……。
「うっ、止めろ、うっ、ガ、ガアアァァァッッ?!!」
細い手が胸を貫き、俺の心臓を探り回して、アウサルの身体から奪い取った……。
激痛だ。だというのに俺の意識は途絶えない。なぜかまだ生きていた。
いやすぐにあの目と同じように、石灰化して死ぬのだろうか……。
「あった、サマエル様の目だ。ついでに貴様の心ぞ――うっ、うぐっ、あ、あれ、な、なに、これ……まさか、これ、これって――神の、毒ッッ、ひぃっ、あっあああああっっ?!」
俺の負けのはずなのに、天使サマエルがいきなり苦しみだした。
そうか、つい油断して体内に手を突っ込んだ相手が、今日まで続いたサマエルの悪意、神の毒をひたすら53代分濃縮し続けた毒魚だったというわけか。
「何だこの身体ッ、どうやったらこんな、神の毒を抱えて平気で、生き――うっ、うぐぁぁっ?!」
強烈な毒が天使を蝕んだ。因果応報だ。
しかし困った、心臓が無かったら日常生活に支障が出るだろう。
引き抜かれた物を元に戻しても、さすがに治るとは思えない。……ならばもうそれ以外になかった。
スコップを短く握り直し、ヤツを胸を突いた。
腫瘍のように浮き出るサマエルの心臓を、貫き、俺は絶対の力の源を敵から奪った。
「か、返せ……それは、僕と、サマエル様が、1つの、証……返せ、それは僕の……」
「違う、これはアンタのものじゃない。これは俺のものだ」
それからアウサルはその意味を理解した。
今日まで続く因果のピースが1つ埋まり、それが真実を次々と俺に教えていってくれた。
「愛玩天使ゼオンシルト、いやゼシル。今日までご苦労だった。すまない、あの命令は、間違いだったようだ……」
「ぇ……ぁ、ぁぁ……ぁぁぁぁぁぁ……」
それが代償だ、サマエルの心臓を奪われた天使は石灰化していった。
だが俺は死なない、心臓を奪われてもなお、生きていた。
そして奪われた心臓ではなく、サマエルの心臓を、空っぽになった己の胸に納めた。
心臓はアウサルの心をサマエルにすることはなかった。
2つの魂を1つにするような作用は生じず、何のこともなく俺になじんだ。当然だ……。
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・名も無き者
俺はここではない、別の世界からやって来た。どうしても成さなければならないことがあったからだ。
きっとそれ以外のことは、俺にとってどうでもいいことだったのだろう。
俺は目的、それ以外の全てを忘却していた。己の名前すらも。
思い出したいと思わないということは、きっとろくでもない記憶だったのだろう。
俺の目的、それはユランの敗北を阻止することだ。
俺は歴史を書き換えるためにこの世界に来た、そのことだけは確かに自覚し、この上なく理解している……。
過ちを正さなければならないと……。
「――様、どちらへ」
扉が俺に言葉を放った。俺はそれに疑問を抱かない。
地上に上がるために転送装置のある部屋を目指していた。
「地上に上がる。しばらくここの管理は任せた」
「了解。いってらっしゃい、ませ、サマエル様」
俺が望んでいないのだろう。その名は俺にはけして届かなかった。
俺は名無し、もうサマエルではない。俺はユランを勝利させるために存在している。さあこれから、大いなる間違いを正しに行こう……。
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俺は世界最低の愚か者、サマエルだ。
アシュレイは名無しの男ではない、本当はサマエルという名前があった。
けれど記憶から消した。彼はユランとのやり直しを願ったからだ。
「安らかに眠れ。今日まで俺の狂気に付き合わせて、本当にすまなかった……ゼシル」
「ぁ、ぁぁ……やさしい、頃の、サマエル様が……戻って……。はい……何でも、ございません、お力に、なれて、僕は、幸せでした……」
哀れに石と化してゆく天使を罪悪感と共に看取り、殺戮天使に命じて己の胸に刺さった刃を引き抜かせた。
「まいった、これでは合わせる顔がない……。今日までずっと、騙し続けて来ただなんて……異界の物語より残酷なオチだ……」
それでも行かなければ……天獄へ。




