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27-8 知恵無き絶対者とアビスの報酬

「そんなの寝言でござる! だとしても本人ではないことは、拙者が一番知ってるでござるよ、偽物は偽物でござろう!」


 現・有角種の長、ゼルを元に作られた銀角の女ゼファーが感情のままに叫んでいた。

 いかに模倣しようとも、身にパーツを宿そうとも、分身として生み出されようとも、それは同一人物にならないと。


「うむ、今日までのエルキアの狂気、整合性のつかない行動、わははっなるほどなっ! 最初から人間の思考ではなかったか!」

「そうか……。だからエルキアは同族のヒューマンすら平気で生け贄に捧げたのか……」


 サマエルと名乗る知恵無き天使には、失敗作たちの言葉など届いていないようだ。

 ただユランにだけ静かな憎悪を向けていた。

 愛すべき主を裏切り、牢獄に閉じ込めた裏切り者を。


「せっかくだから、君たちに、昔話を、してあげる。そこのユランが、サマエル様を、裏切った、その時の話を……」

「止めていただこう、我が輩とサマエルの名誉をいたずらに汚すでない。そもそも貴殿に何がわかるのだ、最初から奉仕するためにだけ作られた、虚しい操り人形ごときに。たかが脇役が主役を気取るな……」


 敵意と敵意がぶつかり合う。サマエルを裏切った者と、サマエルをただ愛するだけの奴隷だったものが、和解不能の緊迫感を張り詰めさせた。

 これは想像だが、この天使にとってサマエルの生む種族の趨勢などどうでも良かったのだろう。

 ただ絶対の主に尽くして、輝かしき天界での生活がそこに続けばそれで良かったのだ、きっと。


「何をちんたらしているユランッ!! ソイツの時間稼ぎにまんまと乗せられるな!!」


 しかし驚くべきことが起きた。そこに招かれざる客が現れていた。

 覇気の塊のような怒号が天界の入り口、緑と石の庭園にやかましく響き渡る。


「む、アイツはっ! アビスの黒――黒なんとかかんとかではないかッ!」

「黒伯爵か……ずいぶん久しいの、息災であったか?」


 アビスの魔貴族、黒伯爵ヴェルゼギルだ。

 どういう裏技を使ったのやら、最終決戦の地にアビスの軍勢が参戦した。

 次々と地に生じた暗闇より、有象無象の怪物、竜人たちが天界に姿を現してゆく。

 車椅子の白公爵ヴェノムブリードと、その怪しい少年小姓の姿もあった。


「アビスの、愚か者、どもか。邪魔、しないでよ、あとちょっと、なんだからさ……」

「フフ……知能無き天使にそんなことを言われるとは、さすがに心外だと、公爵様はおっしゃっております」


 その小姓が天使サマエルをあざけり笑った。

 するとユランに対する怒り同様にサマエルが感情をあらわにする。


「なにが、公爵だ! 僕は、知ってるんだ、サマエル様に負けた、古い神々ども! 敗北者が、今さら、噛みついてくるな!」

「黙れ、時間稼ぎには乗らん!」


 戦端は俺たちではなく黒伯爵が開いた。

 アビスの魔塔で出会った半人半馬の姿ではなく、褐色の肌を持つ大柄な猛将として巨大な両手剣クレイモアでサマエルを薙ぎ払う。


「うざいよっ! この僕に、創造主に逆らうな!」


 サマエルの心臓を持つ天使は白く煌びやかな剣を無より生みだし、クレイモアの運動エネルギーを平然と受け止めていた。


「ユランッ、サマエルの復活を阻止しろ! 天獄に急げ、あの邪道のデク人形を壊して、ひた進め!」

「ご説明は天獄に向かいながらいたしましょう。古い軋轢はございますが、ユラン様、ここは一時共闘いたしませんか? と、主人白公爵が申しております」


 わからんが時間稼ぎという話は真実らしい。

 車椅子が天使サマエルを抜いて奥に向かおうとすると、道が阻まれた。

 いや黒伯爵により突破口を開かれ、まんまと抜かれていた。


「と言ってるがどうするユランッ?! 敵の敵は味方とも言うが……相手が相手だな?!」

「……行くしかないだろう、時間稼ぎのつもりでこの天使が動いているのは事実だ。ならばそれをスコップでひっくり返すのみよ」


 ユランが決断した。俺の言葉に信頼を込めてうなづき、俺が天使サマエルに突っ込んで突破口を開く。

 しかし敵は蛇眼を持った人間ごときと見下していたのだろうな。

 まんまと打ち合いを拮抗させて、黒伯爵と共に全軍突破の時間を稼いだ。


「アウサル、貴様はそこに残れ。貴様は行くな、ここで戦え。ヤツを滅ぼすには、貴様が要る。それにだ、貴様という存在は……アレと接触せぬ方がいいやもしれん……」

「わからんがまあ妥当なところだろう。黒伯爵、アンタと共闘する日が来るとは思わなかったよ」


 ようやくそこで天使サマエルも理解してくれた。

 俺がただの脇役ではなく、()いわく、全てを狂わせてきた張本人だということに。

 ユランが俺に振り返り、信念のこもった表情を見せてようやく走りだした。


「アウサル……貴殿は我が輩の使徒だ。我が輩の使徒として、そやつをほふれ! サマエルを騙る愚かな天使を、この天より滅し、永き神代の戦いに終止符を打て!」

「ああ、代価として平和になったら、嫌ってくらい異界の話を聞かせて貰うぞ。エッダ、ラジール、ゼファー、どうかユランを頼む」


 突破組は俺を除くうちの全軍と、白伯爵と小姓、そして少数の竜人たち。

 つまり俺は黒伯爵とその配下、アビスの軍勢と共に天使サマエルと対峙することになった。

 すぐに仲間の姿は見えなくなり、邪魔者を排除するためにサマエルが殺戮天使を召喚した。


 決戦が始まった。その心のない機械仕掛けの天使と、アビスの怪物たちがぶつかり合う。

 俺は黒伯爵と共に、巨大な力を持つサマエルの刃とスコップを重ねる。


「竜の目に、白い腕、お前、何だ……そこをどけよっ、クソッ、下等種の、くせに!!」

「ただの名無しのアシュレイだ。ユランを勝利させるために、全てをねじ曲げるために俺は存在する。よくも俺の友を焼き払ってくれたな、だがお前さえ倒せば、これで逆王手だ!」


 天使サマエルと殺戮天使たちは強大だった。

 恐らくこの機械仕掛けの怪物たちがケルヴィムアーマーの原型なのだろう。

 羽根の生えた白い鋼鉄の軍勢はアレにとてもよく似ていた。


「そうだよ! あの一撃で、お前たちは、バカ王子と一緒に、死んでるはずだった! なのに、なんで、生きてるんだよッ!」

「知らんな」


 光り輝く神の剣と、ルイゼの白銀のスコップが打ち合わされる。

 戦慣れした黒伯爵の援護を受けながら、俺と知恵無き黒幕は死闘を演じた。

 戦況は拮抗状態だ。だがちょっとしたきっかけで、スコップにすくわれた土のようにひっくり返されるだろう。


「こんなときだがユランとはどういう関係だ? アンタたち、どうやって地上に這い上がってきた? アビスからは出られないと聞いたが」


 天使サマエルに目を向けたまま黒伯爵に問いかける。

 戦闘中に無駄話するなと、輝く剣が暴れ回ったが問題ない。

 確かに敵の力は強大だったが、技量が高いとはとても言えなかった。


「この日の為に積み重ねた奥の手だ。信者どもに寄り代を練らせ、形にさせた。かりそめの肉体に魂だけ宿っている状態だな。邪悪な心はアビスの網を抜けられぬ、それはアビスに置いてきた」

「ならばそれは何のためにだ? 何のためにここに来た」


「よくぞ聞いた、その言葉待っていたぞ! 我らはこうして天に帰って来た、簒奪者サマエルとの、決着を付ける為にだ!」

「好き勝手、言うな! 天の座を、奪いに来た、だけだろ、旧支配者!」


 ユランが口に出来ない制約の時代のことだろうか。

 要するに復讐のチャンスが来たので、姿を現したといったところだな。


「やかましい! 何も知らんくせに、サマエルを演じるのは止めろ、貴様に何がわかる!」

「うるさい、サマエル様は、絶対なんだ! アビスの悪め!」


 俺の知らん話の口ゲンカがヒートアップしていった。

 若干蚊帳の外というやつを覚えないでもない。

 まあところがだ、拮抗していた戦況で変化が起こりだした。

 最初は見間違いかと思ったが、確かに黒伯爵の身体から砂が落ちている、それも絶え間なく。


「おい、もしかしてだが……」

「うむ……しょせんは仮初めの肉体、限界が来ようとしているようだ」


 それは困る、天使サマエルに勝機を悟られたくない。

 声を潜めて黒伯爵に寄り添う。


「おいおい、俺一人でサマエルの相手をすることになるのか……? あんなのさすがに手に余るぞ」

「フハハッ、そう言いながら怖じ気付いているように見えんな! 頼もしいことよ……」


 仮初めの肉体が崩壊を始めていた。

 黒伯爵の猛々しい顔に、ついに亀裂が現れる。それで肉体の限界をヤツに悟られてしまった。


「もう終わり、みたいだね。せっかく、アビスの底から、古巣に戻ってこれたのに、また、追放されちゃうんだ……」

「黙れ小僧、我らを甘く見るなよ! ……バカめかかったなっ、目にもの見せてくれるわ!!」


 膝を突いたと見せかけて、黒伯爵ヴェルゼギルが隙をさらした。

 創造主の心臓がもたらす強大な力に反して、一方の天使サマエルは愚かだ。


 罠と気づかずに追撃を選び、まんまとその策に引っかかっていた。

 黒伯爵が強力な膂力で天使サマエルにしがみつく。

 この隙に敵を貫けと言うかと思いきや、その全身が赤黒く赤熱しだした。


「あっ熱ッ、な、何をする貴様ッ、あのお方の心臓を、持つ、この僕に、ア、アアアアッッ?!」

「アンタ、もしかして自爆する気か?」

「いかにも。最初からそのつもりでこの肉体を作らせた。……諦めろ偽サマエル、逃がさん、お前だけは」


 8枚羽根の天使が黒伯爵の拘束から逃れることはなかった。

 どんなに力を込めても、赤熱する岩となった肉体は心中を決めた獲物を逃さない。


「離せッ、僕には、やるべきことがッ、やめろ、このバカッ、僕は、サマエル様だぞ!!」


 俺は距離を取り、黒伯爵に対する評価を改めた。

 敬意を込めてそれを見守っていると、もう曲がらない首から眼孔だけがスコップ男を見る。


「何度も言うがな、ユランを頼んだ……。それと、アウサル、貴様は貴様のままでいい。忘れるな、けして、今の己を否定してはならない……」

「離せッ離せッ離せッ離せッ離せッ、熱いッ僕の翼が、燃えッ、アァァァッッ!!」


「黙れ、我らを裏切った愚か者の傀儡よ!! 共に爆ぜよ!!」


 アビスの者は口々にサマエルを裏切り者だと断罪する。

 前々からそこに違和感があった。

 サマエルが本当に最初から絶対の創造主であったら、裏切りなどという言葉は出てこない。ある程度対等な関係がなければ。


 黒伯爵は赤黒き炎とと共に爆裂した、天使サマエルと共に。

 美しき天界が炎に巻かれ、爆心地が粉塵を生み出して視界の全てを一時的に絶っていた。


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