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27-8 天獄のカラクリ、サマエルの心臓

 称して愚者の地下隧道を用いて、俺たちは2000名の手兵と共に決戦の地エルキア、その王宮に王手をかけるべく突入した。


「ぬぅ……本当にもぬけの空ではないか……。これでは血沸き肉踊る神代の最終決戦! とはならぬぞっ!」

「報告します。正門を塞いでいるはずのケルヴィムアーマーですが、城内から確認した限り存在を確認できません」


 先行した偵察隊によると、王宮の入り口を塞いでいたやつらが消えたそうだ。

 しかしあのとき()が使役していたくらいだ、城内のどこかにまだ残っていてもおかしくない。その覚悟で突入したというのにどうも変だ。

 戦闘狂のラジールが大声で落胆するのも自然な成り行きだった。


「注意しろアウサル、何かおかしい……やはり罠か……」

「さてな。もしかしたら王都ごと俺たちを、神の雷で焼き払うつもりだったりしてな。まあ冗談だ」


 フェンリエッダの周囲には常に護衛兵が張っていた。

 女王自らが出陣してエルザスと共に悪王を倒す。それが戦後を考えてのグフェンの筋書きだった。

 しかし今となっては全てが狂ってしまっていた。それをあるべき筋書きに修正しなければならん。


「兵を震わせるようなことを言うな、冗談になっていないぞアウサル!」

「そこは安心しろ総統エッダ! 我らに臆病者一兵も無しッ、鬼とあらば鬼を斬り、天使とあらば翼をもいで土産にし、神とあらば神を斬ってくれようぞ!」

「イエスッハイルラジールッ!!」


 ざれ言はおいておこう。既に玉座の場所はエルザスに教わっている。

 よって俺たちは守護者無き道を駆け上がり、一瞬でも早くチェックメイトを果たすべく王の間に飛び込んだ。



 ・



 そこにエルキア王と呼ばれる男がいた。

 やせ細り切った肢体、不健康な黄土色の肌、煌びやかな王冠を掲げた老人の姿が。


 これがエルキアの狂気の首魁? しかしあまりにその王者は、みすぼらしいほどに全てが衰えていた。

 外見は80歳を越えているかのようにも見えたが、さすがにそんなはずはない。


「エルザスか……? そうか、ようやく、朕の首を取りに来たのか。さあ、早く……持ってゆけ……」

「まさかアンタ、目が見えていないのか? 俺がエルザスに見えるというなら、それはきっと俺に憑いた亡霊だろう。エルザスはアンタが殺したんだ。アンタは、ルイゼにとてもかわいそうなことをしたんだ」


 言葉が通じているのか、いないのか。

 わずかに老人の顔がひきつる。ただそれだけの反応しか返ってこない。王者にしてはあまりに鈍かった。


「これがエルキア王だと……。なら私たちは今、いったい、何と戦っているのだ……」

「最初から王は、あの目と口が傀儡にしていたのでござろうか……?」


 エッダとゼファーが困り果てて剣を下げた。

 玉座にいた者は、本当にいつ死んでもおかしくない、状態の悪い無残な老人だったからだ。


「兄上、すまない……魔が差したのだ……。自分でも、どうしてあんなことを……ああエルザス、ルイゼ、朕は……俺は……なぜ、あんなことを……」

「む、むぅ、ただのもうろくジジィではないか……。おい、何がどうなっているのだ!?」

「わからんが最高の人質にはなってくれる。とにかく確保しておけばいい。死なんように丁重にな」


 これが狂ったふりでなければ、ゼファーの推測が妥当だろう。

 サマエルの目を持つ女も言っていた、主犯は口を有したあの老人だったと。

 だがそうなると……口と目が滅びた今、誰が(・・)、このエルキアを動かしているのだ……?


 そもそもえぐり取られたというサマエルの心臓は、一体どこにある、誰が所有しているのだ?


「地下へ……地下に行くといい……。地下大聖堂の先に、やつは、いる……」


 地下大聖堂、それはアシュレイの記録と一致する。

 名無しの男アシュレイはそこへ忍び込み、死闘の果てに天への門を封じた。初代アウサルの命を犠牲に。


「2代目アウサルによると、そこに天への門が隠されていたそうだ」

「ふん……なるほどな」


 ユランがまた怪しむように俺を見た。

 天へと続く門は当時のサマエルに力を与えていた。それを封じたことにより、ユランは相打ちの結末を得たとも言える。

 アシュレイという正体不明の男は、ユランが勝利する結末をただただ願っていた。


「エルキア王よ、良ければ詳しい場所を……」

「そのもうろくジジィから聞き出すの骨が折れそうだな! どれ、我が探し出して……む?」


 ラジールが勇み足で王の間を出て行こうとしたので、俺はその道を腕で阻んだ。

 恐る恐るユランに目を向け、それから覚悟を決める。


「案内は俺がする。地下大聖堂の位置も、念のためエルザスに聞いてある」


 それは嘘だ。俺はどういうわけか知っていた。アシュレイがたどった、あの地下大聖堂への道を。



 ・



 その白く荘厳な聖堂もまた無人だった。

 石造りの冷たい印象のある世界、地下にある聖なる祭壇は俺たちをすっぽりと包み込んでいた。


「よく見るでござる、足跡が……」

「うむ、やっとゾクゾクしてきたぞ。この大きさ、どう見ても人ではないなっ」


 無数の大きな足跡が白亜の床を汚している。


「ケルヴィムアーマーか。ユラン様、あまり前に出られると危ないです」

「それは貴殿も同じであろうフェンリエッダ女王陛下よ、ククク……。それよりその足跡、そこで途切れておるようだの……。ならば、どこに消えたのであろうな」


 祭壇の前でそれが忽然と消えていた。

 ユランは余裕ぶっていたが、焦燥が口元に現れている。

 向こう側で何かが起きている、その事実に創造主を裏切った竜は苛ついていた。


「ユラン、この先に俺たちを案内してくれ。全ての黒幕が、あちら側にケルヴィムアーマーを運んだ。アンタとしてはとても看破できない緊急事態だろう」

「あの悪夢の鎧を、なぜそんなものを天界に運んだのでござろうか……」

「わははっ、そんなもの行けばわかるっ! ユランッ、この先が決戦場だ、我らを連れて行ってくれ!」


 俺とラジールの要求に赤毛の竜人ユランが前に出た。

 腕をかかげ、次元の扉をこじ開けてゆく。

 光り輝く黄金の扉が姿を現し、俺たちはエルフの精鋭兵と共にその門をくぐり抜けていった。


「さっきまで地下に居たのになんだこの場所は……。ユラン様、ここが天界なのですか?」

「いや、ここは天と地の境界よ」


 そこに白い道とその先に続く天への扉があった。困ったことにその情景に見覚えもあった。

 初代アウサルが叩きつけられた壁、ケルヴィムアーマーとの死闘で生じた各所の亀裂、手すりの無い天への高く長い階段がある。

 1000年前から全く補修されていないというこの事実と、それを理解できてしまう俺自身に戸惑いを覚えた。


「それよりいいでござるか? あの奥の門……どう見ても、開いているように見えるでござる……」

「となると決戦上は天界か! いいぞいいぞ、最高の舞台ではないかっ!」

「ラジール、貴殿は困り果てたやつよの……。バカ者、良いわけがない、とにかく行くぞ、天界に」


 そうだ、良いわけがない。

 アウサルの命を犠牲にして閉じた門が開いてしまっている。これではアウサルにも奥方様にも顔向けできない。


「ラジールさん、あまりユラン様を刺激しないで下さい……」

「かまわん。その昔も、1000年前の戦いでもこんなバカ女がいたからな……」


 さすがに兵2000全てを連れて行くのは困難だ。

 俺たちは精鋭300を背中に連れて、残りをエルキア王都の制圧に回し、最終決戦の地、憧れの天界に上がった。



 ・



 門を抜けるとそこは楽園だった。

 白く輝く天上の楽園だ。美しき緑と輝く清流、太陽によく似た不思議な日差しが降り注ぎ、真っ白な石作りの整然とした世界がそこに広がっている。


 だがおかしいのだ。調停神ハルモニアは言っていた、ユランの裏切りにより天界は機能を失ったと。

 理想郷は最低限の機能を残し、ただの牢獄になり果てたはずだというのに、どう見たってそこは楽園として今も生きていた。


 それだけじゃない。俺たちは待ち伏せされていた。

 美しき天使が天よりそこに舞い降り、武器を持って身構える俺たちの前に飛来した。そして言うのだ。



「ようこそ、至上最低の裏切り者、ユラン。そしてその、(しもべ)たち。だけどね、もう手遅れ、だよ、ウフフ……」



 それは童顔の少年だった。

 無邪気だが無邪気ゆえに悪意を放ち、ハッキリをユランを憎んでいるのが俺にもわかった。


「もうじき、目覚めるよ。僕たちの、あるべき主、偉大なる、尊きお方が……」

「そういう貴殿は、どこの誰だ?」

「なんと、知らん相手か?! だが向こうはユランのことを知ってるようだぞ!?」


 人間ごときが口を挟むなと8枚羽根の少年がラジールを睨んだ。

 ラジールは何だかんだ無粋を嫌う、要求通りそこは素直に引っ込んでいた。


「知らなくても、しょうがない。僕は、格が、とても、低かったから……。サマエル様に口答えする、礼儀知らずの竜……、ああ、でも、羨ましかった……。だけどね! 僕はサマエル様と、1つになったんだ……。ほら見なよ、裏切り者ユラン……」


 服をまくり上げて天使は胸を見せる。

 するとだ、そこに脈打つ腫瘍のようなものが大きく浮き上がっていた。

 白く美しい天使の裸体で、ドクンドクンと不気味な肉塊が鼓動している。


「これ、探してた? サマエル様の、心臓。愛しきお方の、力の、源。これで心と心が、魂が、1つになれる。サマエル様が、僕が、1つに……」

「ようやく思い出したわ……。貴殿は、あの時の、サマエルの愛玩天使か」


 かつてユランが言っていた。

 サマエルの天使は機械のような操り人形か、愛でるための知能の低い愛玩天使しかいないと。


「うん、僕、賢くなったんだ。サマエル様の心と、1つになったから……。口が、サマエル様の、お言葉を紡ぎ、目が、サマエル様に代わって、世界を見つめる。そして僕、心臓、心が、サマエル様の感情を、代行する……。だから、僕は、サマエルなんだ……」


 それが全てのカラクリだった。

 サマエル本人は天獄に繋がれていたが、3つのパーツがサマエルを代行してきた。

 そして何らかの方法で、この天界を復活させたのだ。


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