27-7 死者と竜
あの湖と常夏の楽園にユランがいる。
大樹の幹にユランは座り込み、死せる俺を後ろから抱き留めていた。
「くっ……独りで無茶をしおって……。貴殿が一番、頭に血が上っていたのではないか!」
優しく後ろから抱き留められていると、どうしてか眠くなってくる。
俺はアウサル、母親に育てられた記憶を持たない。親父だけが俺の家族だった。
「すまん弁解しようもない。それと悪いが、もう戻れそうもない。胸を刺されてしまった」
もう会えないのだ、さすがに生きてはいまい。願わくば亡霊としてこの世界に住み着きたいものだ。
「胸……? 何を言っている、胸に傷などなかったぞ」
「何だと? いやそんなバカなことがあってたまるか。そもそもなぜ俺の状態を知っている」
「トンネルの中でぶっ倒れていた貴殿を、我が輩が発見したからだ。我が輩と貴殿は繋がっている、たまたま貴殿の窮地がわかったのだ……」
だが俺は確かに胸をやられた。
心臓が止まらなかっただけマシで、刃が少なからずかすっているはずの位置なのだ。それが奇跡のように癒えるわけがないだろう……。
「何だ、これは夢か。死ぬ前に見る夢がアンタの夢だなんて、正直意外だ。なら死ぬ前に伝えておこう。目は倒した、相打ちになってしまったがな」
「相打ち? そっちこそ何を言っておる、貴殿は生きておる。そもそも神殺しの刃なしで、どう倒してみせたというのだ!」
「スコップでサマエルの目をえぐり取ったらな、勝手に石になって死んでくれた。俺の死体を見つけたというなら、持っていなかったか?」
どうもちぐはぐだ。俺は死んでいるはずだ。
100%生きているはずがない。
「生きておると言っているだろう。それにそんなものはなかったぞ。むぅ……まさか幻覚攻撃でも受けたか?」
「それはないはずだ。……ならばどこかに落としたか」
無いということはそれ以外にないだろう。
きっと落としたのだ、神の目を。
「……なんじゃと?」
「だから、目を奪ったはいいが、落としたと言っている」
「き、貴殿っ、サマエルの目を、どこかに落としただとぉっ?! ええいとんでもないことをしおって、早く起きろ! 動物が誤って食ったら、最低の怪物の出来上がりだぞ!!」
そうなると今も天獄に繋がれているサマエルは、その片目で動物の世界を堪能することになるのか。
そう考えると笑ってしまうな……いいざまだ。
・
ユランに起こされて幻想の楽園アガルタを追い出された。
寝苦しさもありふと目を開くと、みんなの瞳が俺を取り囲んでいた。
それをきっかけにユランがアウサルの背中から離れて立ち上がった。夢の中と同じ構図だった。
「偵察の際、サマエルの目の持ち主と遭遇して、それを倒したそうだ。そのとき目玉をえぐり抜いたらしいが、この男それを、どこかに落としたと言っている……」
「お、落としただと?!」
「なるほどでござるな、神のパーツを切り離せば、それで倒せるのでござるか」
「ずるぞ同志アウサール! なぜ毎度毎度毎度ッ我を仲間外れにするのだっ!」
ラジール、怒る部分がアンタだけおかしいぞ。
俺が誤ってサマエルのパーツを落としてしまった、このしくじりが問題だというのに。アンタはそこなんだな……。
「すまん、やってしまったらしい。しかし本当に生きていたとはな」
胸を確認すると服に短刀が刺さった穴があった。だが傷はない。傷痕も。血が染み着いているだけだ。
本当に幻覚でも見せられたような気分だった。
「アウサル殿、流血はしたようでござるから無理は止めておくでござるよ」
「とにかくお前が無事で良かったよ……」
「うむ、ユランとアウサールがいなければ世はおさまらん!」
ラジールの寝言はともかく俺は状況を思い出した。
偵察結果を報告しなくてはならない。
「ところで偵察の報告だが、あれが空城の略でもないとすれば今がチャンスだ。軍人どころか王宮の人間まで姿を消し、残っているのは黒幕とケルヴィムアーマーだけだ」
向こうの様子をうかがって次の手を決めることになっていた。
その重要にして奇怪な情報をもたらすと、武人の顔が3つ出来上がった。
「それが事実だとすると確かに好機でござるな」
「だが何がどうなっている。警備を置かんとかバカかっ、まだ勝敗は決しておらんぞっ!」
「これは私の推測だ、もしかしたら宮廷の人間も全部溶かして、あの悪夢の鎧に変えたんじゃないか……?」
あり得る。事実、都に各地の老人を集めて材料にしていたくらいだ。
しかしなぜそこまでしてケルヴィムアーマーを増やす必要があるのだろうか。
将来的に考えれば国力はマイナス、王朝への信頼を踏み捨てるにも等しい行いだ。事実エルザスら反乱軍の大義名分の1つにすらなっている。
つくづくわからん。頭のおかしなやつらを、論理的に理解しようとするだけムダなのか……。
「そんなことをして何になる。政治機能を麻痺させる愚考だぞ、本当に誰もいなかったのか?!」
「そうは言うが最初からまともな相手でもなかっただろう。何を考えているのかわからん狂気と、俺たちは今日まで戦ってきた、そうじゃないか?」
そこでユランが口を開いた。
人の姿をしたユランというのはどうも違和感があるな。
高慢な性格や仰々しさは相変わらずで、そこに安心する。
「行ってみるしかあるまい。その状況、見過ごして逃げ戻るのも、過ちを生むかもしれぬ」
「ああそうだな、これが異界の物語なら、壮大な陰謀が隠れていたりするものだからな」
立ち上がろうとするとラジールが隣に飛びついて支えてくれた。
心配してくれて悪いが、後遺症らしい後遺症はまるで実感できない。
神の瞳を握っていたはずの右手を開き見下ろすも、そこには何もない。
……これは想像の話だ。寄生主を失った創造主のパーツは、次なる主を探した。
つまり俺は目を落としたのではなく、あの目に寄生された可能性もある。
「よし、では決戦前に相談だ。今から服を脱ごうと思う。俺の身体のどこかに、3つ目の目が現れていたら教えて欲しい」
「ぬ、脱ぐっ?! えっ、ええぇぇーっ?! アウサルお前っ!」
「い、いきなり何を始めるつもりでござるかっ?! はっ、決戦前……男女……」
「こんな状況でっ、貴殿は気でも狂ったかっ!? うむ、確かにそれぞれの血を残す必要はあるだろうが……」
ああ……、この状況だとそういった解釈にもなるのか。
しかしこちらに変な意図はなかったのだ。
いやむしろ俺より、アンタたちがよからぬ妄想を発展させてしまった事実に、少し驚いていなくもないな。
「アウサールよ、身体はピンピンしてるようだな。で、頭は大丈夫か?」
「ああ、無事なはずだ。とにかく他意はないので、背中の確認を頼む」
……幸いか、俺は宿主に選ばれなかったようだ。
ならばやはりどこかに落としてしまったらしい。サマエルの片目を。
まあいいか、他人の目玉に触れたがる人間などいるわけがないからな。
知能無き獣にでも宿って下々の苦労を知るといい、愚かな絶対者サマエルよ。




