27-6 スコップ1つで始める神罰からの逆転劇
最低の事件が起きた。俺たちはエルキアの狂気を読み違えていた。
端的に言う。エルキア反乱軍の旗印、俺の友エルザス王子は死んだ。
ダレスとジョッシュとも連絡が取れていない。いや一緒にいたあいつらも、まず間違いなく死んでいる……。
ユランは怒りと動揺のあまり、竜の肉体を保てなくなった。
赤毛の麗しき女に姿を変えて、消えた千年王国アガルタの王者としてただただ苦悩していた。
ユランの理想郷を滅ぼした神の雷が、アイオン要塞ごと地域全てを焼き払ったからだ。
目標はエルザス、そしてそれを慕って集まってきた軍勢全て。それと同じ数だけいたはずの、楼閣に立てこもる味方全軍ごと、エルキアは、いや、サマエルは全てを焼き払った……。
ユランが言うにはヒューマンの限界を超える膨大な神の毒と共に。
つまりアウサルの別荘地が、この世に1つ増えてしまったということだ……。
エルキア王都郊外の森、そこに俺たちア・ジールの軍勢が駐屯していた。
エッダとラジール、ライトとダークエルフの軍勢2000も合流した。
これから準備をして、エルザスに先駆けてチェックメイトを仕掛けてやる、そのタイミングだったはずなのだ……。
「なぜだ、なぜこんなことをするのだサマエル、なぜ狂ってしまった……。貴殿が生み出した民に、なんてことを……」
ユランは木陰を背に両手で顔を塞いでうずくまっていた。
あまりにあっけない終わりだ。あと一歩でエルザスが国を救うはずだったのに、やつは灰と化してしまった。
ダレスももういない。この後誰がエルキアを立て直す、ルイゼには荷が重すぎるぞ……。
「あれは神の雷、白き死の荒野を生み出したもの、サマエルが復活している証拠だ……」
「いやそれはおかしいな。あんな力を発揮できるなら、既にサウスとフレイニアはアウサルの別荘地になっていただろう。だがそうはなっていない」
なぜ今になってこの力を使ったのか。
それもよりにもよって、味方ごと焼き払うだなんてもう狂っているとしか言いようがない。
「だがあれはまさしく、我が輩の王国を滅ぼした光に相違ないぞ……」
「その後、アンタは戦ったんだよな。そいつは、本当にサマエルだったのか?」
「わからん、大きく力を失っていた……。奇跡の数々も起こせないようだった。しかし我が輩と拮抗するだけの力を有していたということは……サマエルの他にありえん……」
「重要な質問だ、ソイツはあの光を連発できたのか?」
他の連中は沈黙を選んだ。
大小のショックを受けていたのもある。エルザス王子という俺たちの希望が潰えたのだ。
「我が輩の王国を滅ぼしたっきり、大部分の力を使い果たしていたよ」
「そうか、それは安堵せざるを得ないな」
それは連発が出来ないということだ。
俺の男友達を3人もまとめて灰にした雷、それを放った何かがエルキア王都にいる。
退こうにも退路はない。退路は白き死の荒野と化している。
ここの地下から黄の地下隧道に繋げるには10日はかかるだろう。
「なぜだ、なぜ狂った……なぜこんな酷いことを……」
「ユラン、勝算がまだ消えたわけじゃない。現に俺たちは――ウッ?!」
膝を突いて慰めようとした。
するとすがるようにユランが俺に手を伸ばし、アウサルの首を絞めた。
「おいユラン、アウサールに何をする!」
「ユラン様、落ち着いてくれ、それはアウサルだ!」
俺はエッダとラジールを制止してユランの好きにさせた。
ちょっとくらい首を絞められたところで、ただちに死ぬことはない。
「ブロンゾ・ティンは言った、己をハンマーに変えた男に、貴殿は似ている……」
しかしユランが妙な話を持ち出してきた。
このタイミングであの鍛冶ハンマーの話をするとはな。
「アウサル、貴殿はどこから来た……。最初はそれと気づかなかった……あまりに、かけ離れていた……だが、最近の貴殿は……」
「うぅむ、よく話が見えぬでござるな……」
確かあの男は、自分の世界の神に願いを歪められて、鍛冶ハンマーに変えられたのだったな。
ほどなくしてさすがにユランもまずいと気づいたのか、使徒の首への力が一気に緩んだ。
「げほっげほっ……。ふぅ……アウサルがどこから来たか、か。……俺たちの先祖アシュレイは白き死の荒野、あのア・ジール地下帝国の大地から地上に上がった。それがアウサルの始まりだ。今考えると、あまりに出来すぎているかもな」
あの地下帝国の空に浮かぶ太陽は何なのか。
地下になぜあんな大空洞が存在している。あの大地が俺たちの拠点となり、楽園となって誇りを失った亜種たちを救っている。
それはあまりに都合が良すぎる……。だがな。
「そんなことよりこれからどうするかだ。攻めるか、退くか、ここにいる皆で決めよう。いや先に情報を集めるべきか」
首からユランが手を話した。
俺の胸を突き飛ばし、赤い竜だった女が立ち上がる。
「こんな狂気はもうたくさんだ、終わらせる! エルキア王都に忍び込み、現王の首と、サマエルのパーツを持つ者どもを滅ぼすぞ!」
ユランが選んだのは決着だ。王都の情報無しでは早計としか言えん。
「うむ、まだユランは冷静さを欠いているな。我もその特攻に乗りたいところだが、さすがに背負っている物が今となれば大きすぎる。フィンブル王国に引き返して防戦に努めるのも間違っていないぞ、同胞が滅びてからでは遅いからな!」
「ならば二手に別れよう。ラジールは我が輩と共に敵の首魁を潰す。アウサルは地下をうがち、帰国して仲間を守れ……」
異界の言葉にこういったものがある、二兎を追うもの一兎を得ず。
どっちつかずの優柔不断な作戦には乗れん。
「アンタの使徒として言おう。お断りだ」
「ああ、孤立した兵が出来ることなど、もはや特攻しかない!」
「アンタも冷静になってくれ、エッダ」
「うるさい、ここまでされて帰れるか!」
「エッダの言うとおりだ、我が輩はもう絶対に退かんぞ!」
ラジールの方が落ち着いていて常識的というこの状況、何か間違っている気もしないでもないな。
戦闘狂なりに戦局を客観的に見ているということだろうか……。
「わっはっはっ、らしくないぞエッダ」
「笑い事ではない! 敵は最低の手を使ってきたのだぞ! ラジールさんこそなぜ落ち着いていられる!」
どちらにしろこの荒れっぷりが落ち着かないことには、作戦行動とはいかん。
どんなヘマやら暴走やら突撃をしかけるかわかったもんではない。
「ならば先の計画通り俺が先行して、地下から王都への道を造る。あれだけのことをしでかしたのだ、なにがどう転ぶかなどわからん。王都の状況を確認して、ダメそうなら撤退、行けそうならここにいる皆でやろう。俺たちの仲間を灰に変えたツケを、エルキアに払わせてやりたい気持ちも俺にだってあるからな」
アシュレイとアウサルだって少数で目的を果たした。
問題ない、それと比較すれば俺たちの手元には兵が2000もいる。
天才ラジールに、宝石剣を持ったエッダ、サマエルと拮抗する力を持つユランもだ。
まずは偵察だ、そこからやつらに落とし前を付けさせる方法を考え出そう。
27-7 サマエルの目
元よりアイオン要塞を迂回して、全軍で王都に奇襲を仕掛けるために作った地下道だ。
アンネワースの森と呼ばれるこの王族の狩猟地から、半日ほどスコップを振り回せば王都市街への道が開通した。ただちに潜入して偵察を行った。
さて途中だが結果を先に言おう。エルキアという国は怪奇現象に事欠かないようだ。常識の通じないおかしな状況になっていた。
なにせ城壁の中にも外にも、軍人がどこにもいなかったのだ。
この異常事態に戸惑う民こそ山のようにいたが、やはり兵士がどこにもいない……。
国が国の仕事を放棄し、完全な無政府状態になっていた。
一方の王宮の正門にはケルヴィムアーマーが4体配備されていた。
どうも城内が気になったので街に繋げたトンネルに戻り、それを延長して城内部に入り込んでみた。
あり得ん、城内までもぬけの空だ。文官も女官も、エルキア王に組みする貴族や軍人すらいない……。
この地上で最高の栄華を誇っていたはずのエルキア王国、その王城から住民が忽然と消えていた……。
「どういうことだ……。ここで何が起きている……」
引き返すべきだろうか。いや原因を特定しない限り、それは二度手間でしかない。
せめて何か判断材料を持ち帰りたい。その一念で俺は城内を探っていった。
しかしどうも退き際を間違えたらしい。出会ってはいけない存在に、額にもう1つの瞳がある女に俺は遭遇してしまった。
まず間違いない、例のサマエルの目を持つ者だ。こうなってはついでに暗殺して逃げるしかない。
何も考えずに、鋭く研いだスコップを黒髪の三つ目女に向けて迷わず薙いだ。
「…………」
女は暴力に何も言わない。
ただ俺の攻撃を次々と避けてゆく。いや7度目でようやくその左腕を浅く斬りつけることに成功した。
それが彼女に何か確信を与えてしまったらしい。強烈な憎悪が俺に放たれていた。
「お前か……ありとあらゆる、全てを狂わせていたのは……。サマエル様の瞳を持つこの、私を傷つけられる存在、貴様は、何者だ……」
「ああ、番狂わせの常連といったところだ。俺はアンタたちの目論見をひっくり返しに来た」
「そう、やっと理解できたわ。サマエル様の瞳が私に言うのよ、未来を狂わせていたのは、邪神ユランではない……お前だこの怪物ッ!!」
目はケルヴィムアーマーを呼んだ。
しかし逃げようとはせず、俺と同様に死闘を望んだ。
お互い同じだったらしい、こいつは今すぐ殺さなければならないと確信したのだ。
「死ね、真実を狂わせる危険因子! お前はここで、私に滅ぼさなければならない!」
「ならば殺される前にちょっといいか? エルキアを狂わせていたのはアンタか?」
ケルヴィムアーマーから距離を取る。質問に答えてもらうためだ。
「ふふ……いいわ、今なら教えてあげる、だってもうじき全ての決着が付くんだもの。……大半は口の犯行よ。目である私は、創造主に代わって全てを見つめ、未来を予知して彼らに伝えただけ。全て、神の御心のままに」
「そうか、ならばその瞳で見ていろサマエル。アンタが生み出した古き種族が、アンタのパーツを滅ぼす瞬間をな!」
神の目に、ケルヴィムアーマーに突っ込んだ。
不死身の肉体と予知能力を持つ女だ、この2つがあるだけで本来は無敵と言っていい。
幸いは女がケルヴィムアーマーを自由に動かせるわけではない点だろう。
「この怪物……!」
「アンタには言われたくない」
俺はスコップの全てをうがつ力で、動く白銀の鎧を確実に無力化していった。
いける、両手と片足を切断して、巨大なその白銀鎧を行動不能にさせた。後はサマエルに作られなかった者として未来を狂わせ、神の目をしとめるだけだ。
「――ぇ」
「ふふ……見えたわ、お前が死ぬ未来。これでお前たちの悪足がきは、終わりよ……」
油断した、未来を見渡す女がこちらの動きを予知したのか、短刀が俺の胸を貫いていた。
傷が心臓に近い、たちまちに血が吹き出し、アウサルは地に崩れた。
「アハハハハッ、やった、ついに予知の邪魔者を――」
だが女は勝利を確信した、不死ゆえに無防備をさらした。
きっと彼女の見た未来には映っていなかったのだ。
「お前なぜ、動け……あっ、ああああ……ッッ?!!」
アウサルという名の怪物はスコップを鋭く突き入れ、女の額の瞳をえぐり抜いた。
そのサマエルの眼球を握り取り、奪い、俺は生きるためにその場から逃げることにした。
「見えない、未来が、見え……あ、ぁぁ、そんなぁぁぁぁぁぁ……ッ」
「ぅ、ぅぅ……。これは、さすがに、まず、い……」
目前で不思議なことが起こった。
サマエルの目を宿した女は、神の瞳を失うとみるみるうちに石灰化してゆき、やがて生き絶えたのだ。
パーツを奪ったただけで、いともあっさりと倒せるはずのない者を倒せてしまっていた。
いや違う、これは相打ちだ。
今動けるうちに少しでも遠くに逃げよう、仲間の元に帰れるかはわからないが、ここで倒れるのはまずい……。
目は倒した。だが俺は致命傷を負った……。
こんなところで死んでしまっては、仲間に申し開きがつかん……。どんな手を使ってでもいいから、俺は生きなければならない。




