27-4 ユランが勝利する結末の為に 全滅覚悟の防衛戦
・ラーズ
アウサルさんたちはエルキアに行った、この千年にも渡る戦いに決着を付けるために。
俺たちは居残りだ。師匠ゼファーさんに代わって俺がこの大地を守る。
アウサルさんがあの銀色のスコップで、世界をひっくり返すまで俺たちが帰るべき場所を守るんだ。
故郷エルフィンシルの勇者たちと共に、ここニル・フレイニアにエルキア軍を釘付けにする。
敵中核はエルキア聖堂騎士団、亜種族を滅ぼすことに迷い一つすらない狂気の軍勢だ。
エルキアがこちらによこした侵略軍には、そういった情の無い危険な連中が割り振られていた。
「あいつらなんかまとまりがねぇべな、ドーンと引っかき回してやるべ! ラーズにエルフィンシルの兄ちゃんたちよぉ!」
「まずは緒戦から圧倒しないとですね、俺も及ばずながらお供しますヤシュさん!」
緒戦はフレイニアの要塞を背にした野戦になった。
早くもエルキア王の命令に従わない諸侯が出ているのか、敵軍はいまだ十分な戦力がそろっていない。
それが2万にも満たない兵力だというのに、戦力比を無視した無謀な前進をしてきた。
これに負ければ亜種は皆殺しにされる。だから俺たちは老兵から少年兵まで、国中から兵力をかき集めてフレイニアに5万弱の勇士を確保した。
「ヒャッハーッ、そんじゃいくべラーズ! ラジールがいない分、俺たちが手柄さ立てるチャンスだべさ!」
「はい、俺たち囮役は、目立ってこそですね!」
目立てばその分、敵は俺を狙ってくれる。
俺はザ・ヒーロー、役割を果たすその日まで絶対に死なない。だからこそフレイニアにとっての無敵の盾になれる。
銀狼ヤシュ率いる獣人の軍勢。竜人アザトとリザードマンの軍勢、エルフとヒューマンの連合軍が敵を受け止めた。
「下がれ、下がれ! 見た目に騙されるなこのガキ、何かおかしいぞ!」
「狼が来るッあんなの無理だ! こんなの話が違うぞ!?」
緒戦の結果は快勝だ。いや次も、その次も、連戦連勝が続いた。
俺たちには戦う理由と守るべきものがあった。劣勢に追いやられていたとはいえ、古い種族たちそれぞれの余りある資質があった。
鱗を持つリザードマンはとても硬く、大きく、全てがたくましい。
エルフは魔法と弓術に秀で、その中でもエルフィンシルの勇者たちには封印の塔で鍛え抜いた武勇があった。
獣人はこの日のために薬をたくさん作ってくれた。闘争心を高める特殊な薬品を服用して、野獣よりも凶暴に戦線を駆け抜けた。
俺たちは強い。当たり前に生きられる平和に抱かれてきたエルキア人よりずっと、過酷な世界で生きてきたのだ! だから負けるはずがない!
・
多数の反逆者、召集の無視を選ぶ諸侯がいるとはいえ、だがそれでもエルキア王国の兵力は膨大だった。
半月ほど要塞前での野戦を繰り返すと、やがて連戦に消耗した俺たちは悔しいけど要塞に退くことになった。
退くのだって簡単じゃない。そう都合良く敵がそれを見守ってくれる訳がなかった。
「ラーズ、さすがに無理をしすぎだ。やはり俺たちがしんがりを……」
だから俺がしんがりを受け持つことにした。
エルフィンシルの仲間は俺を心配してくれた。俺のずるい力を知っているというのに。
「心配はいらないよ。こういうのは俺が一番向いてるんだ、神様のえこひいきで死なない俺が一番。……ザ・ヒーローは役割を果たすまで死なない、みんなだって嫌ってくらい知ってるでしょ」
繰り返される激突がフレイニア北の平野を焼いた。
敵味方の野営地が焼け焦げて黒い煙が空をうっすらと包み、それが夕日を真っ赤に染め上げている。
「だが……」
「ここには最強の戦士ラジールがいないんだ。ならその代わりは俺が果たすしかない。せめて撤退戦くらいは、俺はラジールさんに並びたい!」
「ラーズ、お前は見ないうちに立派になったな。お前は正しくザ・ヒーローだ。エルフィンシルの戦士として、共に封印の塔で再び役目を果たせる日が来ることを祈ろう! 武運を、調停神ハルモニア様の祝福を!」
戦場に多くの情はいらない。こうして退却戦が進行していった。
要塞側からの援護があるとはいえ後ろはきつい。
敵からしたら城に立てこもられる前に数を減らしたい。
これまで諸侯を盾にし続けてきた聖堂騎士団が、俺たちの追撃に回った。
・
敵からすれば理解できなかっただろう。
ただの少年兵にしか見えない者が、どう押し切ろうとしても倒せなかったのだから。
「その小僧には気を付けろ! そいつは不死身のラーズだ!」
「はぁっはぁっ……ザ・ヒーローよりそっちの方がいいかな、悪くない……」
恐怖すらももう感じない。
死ぬ可能性があるから恐いんだ。だけど俺にはそれがない、恐れる必要なんて最初からどこにもなかった。
絶対に死なない運命を盾に反撃を続け、やられる前に敵を排除した。
「囲め! こいつを本隊から引き離せ!」
「ぅ……」
けどさすがにこれはまずいかもしれない……。
聖堂騎士団の騎馬兵が俺を取り囲んで、仲間から孤立させた。
合流しようと抜け出そうにも馬が道を阻む。
無理にくぐり抜けてもすぐに回り込まれてまた阻まれた。
「はぁっはぁっ、これ、ヤバいかなさすがに……」
「今さら気づいたか! 同士討ちは避けろよ、斉射準備!」
軽騎兵が短弓と鉄の矢尻を俺に向けた。
全方位からの一斉射撃だ。これはかわせない、ザ・ヒーローの奇跡をもっても覆しようもない、無理だ当たってしまう!
ごめんみんな、カミュ、ルイゼ……!
「撃てっ!」
どうしてか当たらない。これも神様のえこひいき……?
いや違う、今日までアウサルさんがかき集めてきた団結の力だ。
その時ヤシュが来た。銀色の狼が俺を持ち上げて、舞い上がり、騎馬兵の一体を蹴り落とした。
「ヒャハーッ、今のスリルあったべ! そんじゃ要塞に戻るべよラーズ!」
「ヤシュさん! ありがとうございます、さすがにもう死ぬかと思いました!」
「お前は銀狼っ、うわっ?!」
「ヒャハハハッ、ここは通行止めだ、迂回するといいべよ!」
ヤシュさんがキラキラと光る赤い物を投げた。
きっとそれはアウサルさんの使うジェムに近い物なんだろう。瞬く間にそこにあった草原が燃え上がっていた。
それを防波堤にして俺たちは逃げる。ヤシュさんは騎馬から降りて、当たり前のように馬と平行して走った。
「ラーズ、おいらたちゃ絶対に生きて帰るべ! アウサル様たちがエルキアをぶっ潰してくれるまで、一緒に戦おう!」
「はい、アウサルさんなら必ずやってくれます!」
俺は完全に取り残されていたらしい。
退路に仲間の姿はなかった。先回りを仕掛ける敵兵をかわし、排除して目の前に広がる要塞目がけて駆け抜けた。
「もう一息だべ! お、アレは……ダークエルフの部隊だべ!」
「アベルハムさん!」
アベルハムさんが俺たちを迎えに来てくれた。
褐色の青年、今はフィンブル王国の大臣が剣を空に掲げて命令を下した。撃てと。
敵は深い追いし過ぎた。要塞からの射撃と魔法が追撃者を奇襲する。
俺たちの背中の後ろで、大混乱が巻き起こり撤退を余儀なくさせた。
「よぉ大臣、すまねぇなぁ、助かったべよ!」
「2人ともお疲れ様。ここでラーズくんを死なせたら俺はフィンちゃんに合わせる顔がないよ。アウサル様にも。それと朗報だ、サンクランドとワルトワースがエルキア軍の迂回部隊を無事撃破してくれたそうだ。追加の増援をこちらに回すと言ってくれている」
かつて竜人ユランに従ったヒューマンの国サンクランド、そして裏切りを演じ続けた独裁者の国ワルトワースが近隣の国々を味方に引き込んでくれた。
今のエルキアの危険性を証明し、味方になれない勢力には静観を約束させた。
「そりゃめでてぇ! とにかく助かったべよハム!」
「アベルハムだ」
「おおそれそれ! 美味そうな名前でそこしか覚えられねぇんだべ!」
「ならばこちらもヤシュ皇太子とお呼びしましょうか?」
「うっ、そこはアベルハムで覚えるから、勘弁してほしいべ……」
・
ワルトワースとサンクランドの奮闘のおかげで、エルキア侵略軍がいかに数で圧倒的に勝ろうと城塞を盾に絶えしのぐことができた。
しかし徐々にその城郭は削られ、負傷兵や死傷者が増えていった。
敵の増援はようやく途絶えたが、このままでは少しまずいかもしれない。
ラジールさんが残っていればもう少し粘れた。
だけど、そろそろ……この最後の防衛戦を突破されることになるかもしれない……。いや、そうはさせない、俺がやるんだ。




