4-3 スコップ1つでどうにかする、完全に詰んだ籠城戦
砦への全撤退に成功した。
だがこれで完全に俺たちは詰んだ。
「くっ……なぜヤツらは迷いの森を突破出来たのだ……。まずいぞグフェン、兵たちの間で、裏切り者がいるのではないかと疑心暗鬼が広がっている……」
「だが突破されてしまったものは仕方あるまい。落ち着くのだエッダ、我々の中に裏切り者などいない、全てこのグフェンのかわいい息子たちだ」
まず彼我の兵力差が明らかになった。
確認しただけで向こうはこちらの14倍はいるそうだ。
次に援軍が無い。
備蓄はまああるが籠城戦をそもそも想定していない。
森を突破されるとは思ってもいなかったのだ、仕方ない。
「森を突破されたのもそうだが、もう1つおかしなところがあるぞ! あいつらのあの数は何なのだっ、おのれ汚いぞっ、おかしいぞどう考えてもだ!」
「うむ……サウスだけの兵力ではないな。恐らく本国から援軍を呼んだか……俺もどうも納得がいかん。アウサル殿はどう思う?」
それで俺たちはヤンヤヤンヤとあの円卓で話し合っていた。
滅茶苦茶なのだ。理不尽なのだ。
森を突破されたことも、あの大軍も何もかもがおかしい。起こるはずのないことが今起きてしまっている。
「あえて言うなら、俺の知るスコルピオ侯爵は小悪党だ。レジスタンスを潰すことよりも、家の蓄財と道楽を優先するような男だ。ヤツの発案とは思えない、こんな大軍を動かしたら金がかかり過ぎる」
そう考えるとますます状況が悪い。
サウスの侯爵軍だけを相手にするならともかく、その本国まで全力でこちらを潰してくるとなれば……。
もうダークエルフの国を取り戻すどころではない、これからどうやって生き延びるかの話に変わってくる。
「アウサル殿はこれが、侯爵ではなくその本国の意志なのだとお考えのようだ。……まあ、それ以外にないだろうな」
「グフェン! だとしたら私たちはっ、私たちは……どうすればいい!」
エッダはすっかり気まで追いつめられている。
余計なことを言った後悔もあって、俺は今の席から離れることにした。
「アウサル様……ボクたち、どうなるんですか……?」
「ルイゼは大丈夫だ。捕虜として手伝わされていたと言えばいい」
「そ、そんなこと出来ません!」
さて困った、諦めムードが立ち込めている。
……俺のせいでもあるが。
14倍の兵力差とはいえ、敵も強行突破を試みれば甚大な被害が出るとわかっているはずだ。
そうなると次に向こうが選ぶ戦略は……。
ちょうどそこに伝令兵がやって来た。
グフェンに手紙を渡して、敵軍より書状ですと述べると円卓より去っていった。
「敵からの書状だと!? 首領グフェン、まさかそれは……降伏勧告ではないだろうな!?」
「降伏……降伏だと……。クッ……!」
手紙は白い上等なもので、見覚えのある紋章が蜜蝋の封に押されていた。
スコルピオ侯爵家のものだ。
エッダもよく知っているのだろう、悔しくてたまらないとその綺麗な唇を噛んだ。真っ白になるほどに。
「それでヤツは何と?」
「急かすなアウサル殿。ふむ……これは、確かに降伏勧告のようだな」
「待て首領グフェン! 我は降伏などという幕切れが何より嫌いだ! 服従するくらいなら潔い玉砕を選べ!!」
「ああ今回ばかりはラジールさんに賛成だ、ヤツに……ヤツに従うくらいなら私は死を選ぶ!!」
ラジールもエッダも降伏に断固として反対だそうだ。
まあ従ったところで未来など無い。蹴ったところで待っているのが全滅というオチだが。
「あの、その……それで条件は……何て書かれてるんですか……?」
「大丈夫だルイゼくん、君のことは俺が話を付けよう。……それで内容なのだがな」
グフェンがもう1度書状を読み直す。
その顔色にほんの一瞬だけ怒りが浮かぶが、すぐに何事もなく収まった。
「グフェンの首。フェンリエッダとアウサルの身柄。この2つでレジスタンスに加わった者を、奴隷として許すそうだ」
なるほどこれを書いたのは間違いなく侯爵だ。
そしてグフェンが死ねばレジスタンスは瓦解する。
さらにフェンリエッダという逃がした魚を釣り直して、裏切り者アウサルを手元に取り戻せるというわけだ。
で、残る連中は生かしてはもらえるが、奴隷として使い潰されると……。
「ふざけるなッッ、却下だッッ!!」
ラジールのことを誤解していた。
要求にブチ切れてグフェンより書状を奪い、もの凄い速さで紙吹雪に変えて頭上に撒いた。
「私もだ。ヤツのところに戻るくらいなら死を選ぶ!!」
「そ、そんなこと言わないで下さいよっ、エッダさん……っ!」
エッダもほぼ同様だ。
いつの間にか仲良くなったのか、ルイゼが彼女の元に駆け寄っていた。
……こりゃさらなる修羅場って展開だな。
「アウサル殿はいかがかな? 貴方は元々あちら側だ、良ければ降って、エッダを守ってはもらえないかな?」
「グフェンッ?! まさか貴方はっ、この要求に従うというのか?!」
「許さんぞそんなことはッ、それでも武人か貴様ッ!!」
ここの連中は血の気が多い……。
そのことに今さらになって気づかされた。
「従えばいつかまた再起がある。実はヤツら本国の方で騒動の兆しがあってな、それまで堪え忍べばいい。それまで、アウサル殿、貴方がエッダを守ってくれるのなら……大丈夫だ、反逆の芽はまだ潰えたりしない」
だがしかしグフェンは違うらしい。
その降伏に活路を見いだしていた。己の首と引き換えに。
「頼むアウサル殿、もうこれしかない。どうかエッダを守ってやってほしい……」
だが、しかし、その要求は……。
「……断る」
俺も気に入らない!!
「おおおおーっっ、さすが我のアウサァ~ルゥッ♪♪ そう言ってくれると信じていたぞーっ!!」
「お前……ああ、私だってお断りだ! 頼む、どうにかしてくれ! アウサル、お前ならもしかしたらっ!」
「アウサル様……!」
……何だか良い気分だ。
まるで、自分が本の中の英雄になったかのような、そんな胸が熱くなる勇気があふれてくる。ああ良い気分だ。
「他に手は無い! ここで全滅するよりはマシだ、どうかわかってくれアウサル殿!」
「いいやある! 逃げ場ならある!」
「バカを言うな! 今さらそんなものがどこにあるというのだ! あるというなら教えてくれ、どこに俺たちダークエルフの、逃げ場があるというのだっ!! この世の、どこに、教えてくれアウサル殿!! 我ら虐げられし民に、未来が本当に存在するというならば!!」
そう取り乱すなよグフェン。
何か……今だけやたら歳取って見えるじゃないか。
逃げ場ならまだある。
グフェンをのぞく誰もが俺に期待している。
英雄のふりをするこの俺に、アウサルに!
「それは、こっちだ」
俺は静かに下を指さした。
その変哲もない動作に彼らはハッと気づく。
追いつめられて見失っていたのだ。
……目の前の便利な力が、元々どういった性質のものなのかということに。
「逃げ場が無いなら作ればいい。時間を稼いでくれ、どんな手を使ってもいい、時間だけが必要だ」
スコップを肩に背負い、俺は円卓より去って砦の地下倉庫に下りた。
今から活路を掘る。
掘って掘って掘りまくって、この砦から誰1人被害を出さずに撤退する。その道を今から作るのだ。




