26-2 神の名の下に命じる
それから10日間の膠着状態が続いた。
エルキア軍に長梯子やカタパルト式の投石機が実践投入され、渓谷をはい上がろうとしたり、投石で崖上の俺たちを攻撃しようとしてきた。
「わははっ、ほとんど届いておらぬではないか! ほら壊せ壊せ、どんどん火矢を撃ち込んでやれぃ!」
「イエスッハイルラジールッ!」
こちらのダメージにはほど遠い。エルフの火弓と魔法で、敵の攻撃城兵器が次々と破壊されていった。
兵器は渓谷の川を渡ることが出来ない。投石で一部の崖が崩れたりもしたが、それも俺の手で夜間のうちに補修してしまった。
地下を経由して崖の患部に出て、スコップによる外科手術をしてやったのだ。
あの日ゼファーが予言した通り、エルキア軍はどんどん消極的になり戦い方が長期戦のものに変わっていった。
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それから開戦より半月が経った頃、敵が方針を変えた。
「どうやらエルキアは強行突破を諦めたのかもしれん。ユラン様からのご報告をまとめてゆくと、フレイニア側に兵力を移そうとする動きが顕著だな」
ユランが近辺のエルキア軍の動きを探り、それをグフェンらが分析した。
「ならば戦線を東に移そう。白の地下隧道の出番だ、俺たちの役割は陽動だからな」
「そこは俺なりに思うところもあるのだがな。まあ援軍の準備を急ぐことにするか……」
そこで援軍として兵を分ける段取りになった。
もちろんそれに俺も加わるつもりだ。だが、そんな俺たちの動きを見透かすようにそれは起こった。
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深夜、エルキア軍が再び動いた。
それと同時に要塞内で惨たらしい同士討ちが始まった。
「な……なんで……ぐっ、俺たちは仲間ッ、ウアアアアッッ?!」
「お前たち、ど、どうしてっ……裏切り者だ! 裏切り者が出たぞーっ!」
裏切る利益などまるでない亜種たちが次々と連鎖的に仲間を襲った。
どうもそれがおかしい。裏切り者たちはほとんど喋らなかった。
まるで意思を失ったかのように、操り人形となって仲間に刃を向ける。
「まずいでござる、次々と反逆者が出ている……どうしてこんなことに! はっ、アウサル殿、どこへ行っていたでござるか!」
「反乱兵の様子を見てきた。結論から言おう、見たことのある症状だ。それと要塞の外部には反乱の動きがない、ここだけだ」
「おいらショックだべ……みんなでエルキアを倒そうって、心が一つになってたつもりなのによぉ……。理不尽だべよぉっ!」
皆動揺していた。士気に著しい悪影響を及ぼす事態だ。
俺たちは仲間を裏切らない。それが誇りだったのに傷つけられた。
倒しても倒しても新しい兵が反乱を起こす。妻子のいる者が妻子のいる者を斬る。上官が部下を、友が友を。悪夢でしかなかった。
「外のエッダも今頃気づいた頃だろう。落ち着け、対処法はある。というよりこれはこの前と同じ手口なのだと思う」
「同じ手口、でござるか……?」
「エルキアには、意思を奪い兵を戦闘傀儡にする力があるらしい。恐らくこれはそれを――」
「俺たちの仲間に使ったってことか! 許せねぇッ、ふざけるなド外道どもめッッ!!」
ヤシュが雄々しく怒り闘争心をさらけ出した。
ああずるい、反則だ、最低のズルを仕掛けられた気分だ。こんな理不尽があるか。
「さすればゼルを、万象の杖を呼ぶでござるな!」
「ああ、ユランに伝令を頼もう。確か前の防衛戦の時はそれで敵兵が動きを止めた」
この調子で反逆者を増やされたら潰されてしまう。
士気と兵数を守り、戦い続けるためにも少しでも急ぎたかった。
俺はユランを呼び寄せ、ユランが有角種の長ゼルを運んでくるのを待った。
「ヤシュは?」
「外の連中を止めに行ったきり、そのままでござるな」
「そうか。困ったな……」
「安心して下され、アウサル殿は拙者が守るでござる。それは約束でござるからに」
ただゼルもまたどこかの前線、どこかの大渓谷ぞいに駐屯している。捜索に時間がかかった。
そうこうしているうちに、司令部に種族バラバラの操り人形たちが押し掛けてきていた。
「しかしどういうことでござろうな。この者らは司令部の防衛を担っていた部隊でござる、さすがにこんなのは反則でござろう……」
「四の五の言っている余裕はないようだ。異界の言葉を解説している余裕すらないとくる」
スコップを手に傀儡の武器を破壊する。鍛冶師たちが作った魔霊銀の特製だったが仕方ない。
それから武器を失った敵をゼファーが気絶させる。だがこれではキリがない。
「なぜこいつらは、外のエッダを狙わないのか、そこが不思議だな」
「推理してる場合でござるかっ! 殺さずに倒すのは厄介極まらんでござるよっ! はっ、あ、あれは!?」
そこにヤシュが戻ってきてくれた。
いや違った、操られたヤシュがよだれをたれ流して戻ってきた。
最悪の展開だ、銀狼のヤシュをゼファーと一緒に迎撃する。
「グルルルルルッ……ア、アア、アウサル……殺す。創造主に、逆らう、反逆者……」
「何と酷い姿だ。ヤシュ、アンタはそれでいいのか?」
「説得が通じるくらいなら他の兵にも通じてるでありますっ、覚悟を決めるでござるよアウサル殿!」
万象の杖の到着はまだか。こんなところで、こんなつまらん反則技でヤシュを失うなんてごめんだ。
ヤシュがいなくなれば、獣人の未来も閉ざされるだろう。絶対に殺せない。
「ぅ、ぅぅ……あ、アウサル様……。お、おら、しくじったべ……。こ、殺すべよ……アウサル様、おいらを……俺を殺せ……」
「意思が戻ったか。だがそういう陰気くさい展開はお断りだ。ヤシュ、アンタは死なせない、闘争を選んだ獣人の誇りを、俺はまだ見届けていない」
ウィンドマテリアルでヤシュを吹き飛ばし、時間を稼ぐ。
ゼルの到着は待っていられない、ここで戦闘不能にするしかない。
「ぁ、アウサル様……お願いだぁ……こ、殺せ、俺を……ぅっ……」
「ゼルは、ゼルはまだでござるかっ! 拙者と同じ顔を持ちながらあののろまのババァめっ、早くしろでござるッッ!!」
タイミングが良いのか悪いのかは知らん。
はかったようにそれは起こった。恐らく上の城郭にゼルが到着したのだろう。
直ちに万象の杖の力が発動され、頭上から俺たちの身体を魔力の波が通り過ぎた。
「うっ……。と、止まった? はぁぁぁ……た、助かった、べ……。アウサル様と、ゼファーさん2人相手は、き、きついべよぉ……」
ヤシュが我を取り戻し、そのまま前のめりにぶっ倒れた。
たったそれだけで騒ぎが終わった。同士討ちが終わり、外でも操られた者が気絶していったようだ。
どうにかなったがどれだけの被害、どれだけの心的外傷が兵に生じたのか、考えるだけで恐ろしい。
(アウサル、ゼファーとヤシュを連れて城郭に上がってこい! 追撃をしかけるぞ!)
「追撃だと……?」
ユランが呼んでいる。ゼファーに説明し、気絶したヤシュを叩き起こして命令に従うことにした。
つまりユランが追撃の戦力を欲しているということだ。
城郭に上がると、ゼルとユランばかりかラジールまでそこにいた。
「どういうことだユラン、状況を教えてくれ」
「ゼルッ、遅いでござるよ!」
「助けてもらっておいて、かしましい娘じゃな……。ここの指揮は我が引き継ぐ、そなたらはユランと行け」
万象の杖がゼルからゼファーに差し出された。それにも意味があるのだろう。
追撃にそいつが必要だということか。
「フィンの言葉、そして人を操る力、謎がやっと解けたぞ」
「うむ、万象の杖が効いたということは、そういうことだユラン」
「この力は、サマエルの口だ! サマエルの口を宿した者が近くにいる、他の可能性は断固として無い! 逃げられる前に、そいつを潰すぞ!」
天獄より奪われた創造主の口。それがこの反則技を引き起こしたカラクリだとユランが叫ぶ。
その仮説が正しいなら追撃が正解だ。二度と同じ手は使わせない、ここまでやらかしてくれた落とし前、必ず付けさせてやる。
この世界に悪の創造主の力は必要ない。牢獄で永久に眠っていろ、サマエル!!




