26-1 竜と少年 制約により消された昔話
前章のあらすじ
時は流れ、ついにエルキア反乱軍との同時決起の日が来た。それぞれはそれぞれの思いを抱きながら、サウスの奪還を目指す。
作戦は予定通りの電撃戦が採用された。なぜか至宝デミウルゴスの涙を売り払い、安全なローズベル要塞から己の邸宅に戻ったスコルピオ侯爵。
己を囮にした罠の可能性もあったが、わかった上でアウサルらは邸宅の奇襲を断行した。
ところがスコルピオは邸宅に兵を置かず、己の寝室でアウサルを待ちかまえていた。
アウサルとの決闘を望み、代価としてサウスの無血解放を提示する。
決闘が始まった。アウサルとスコルピオは己の全力をぶつけ合って雌雄を決した。
結末はアウサルの勝利。スコルピオが約束を違うことはなく、降伏という形でサウスがフィンブル王国の末裔、フェンリエッダに返還された。
本当はダークエルフに生まれたかった。宿敵のその言葉にアウサルは共感を抑えることが出来なかった。
こうしてフィンブル王国が復興した。女王フェンリエッダの戴冠式も済み、世界がこの予期せぬ事変に震撼する。
そんな中アウサルは、式にも参加せずに国境大渓谷の整備に走った。
共謀者エルザスの元にも報が届く。エルザスらエルキア反乱軍が仲間との合流を目指しながら、王都のある東を目指して進軍を始めていた。
これからフィンブル王国を囮にしたチェックメイトを仕掛ける。彼らは絶対に勝利しなければならかなかった。
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反逆者たちの聖戦
第二次ローズベル要塞防衛戦
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26-1 竜と少年 制約により消された昔話
・邪神ユラン
懐かしい日々を夢に見た……。それは我が輩がこの世界に来て間もない頃のことだ。
「ユラン、ユラン、ユランはどこから来たの?」
「今さらその疑問に気づいたか。もちろんここではない別の世界だ。我が輩は竜、次元を越える翼を持っているのだ」
「ならどうしてこの世界にきたの?」
「それは……。前の世界に飽いたからだ、周期的にそれは訪れるのだ。破綻が……その先は何も起きなくなる」
それは果てしない昔のことだ。
巨人が生まれるよりさらに古い時代、この世界の転換期に我が輩は立ち会った。
いや……その気はないのに介入してしまっていた。
「ねえユラン、なら、殺す、ってなに?」
「……どこでそんな野蛮な言葉を聞いた? それは命を刈り取るという意味だ。死んだ者は演劇の舞台から追い出され、二度と戻らぬ」
「ふーん……。ならユランを殺すって、どういうことになるの?」
彼はまともな知能を持たなかった。そう設計されていたからだ。
「もしや、やつらがそう言っていたのか?」
「うん、ユランがいると、世界がおかしくなる、そう言ってったよ。ユランは、世界をおかしくするの?」
当時、我が輩ほど不干渉主義を貫いてきた竜神も少ないだろう。
我が輩はそれが正しいと信じていた。世界をおかしくさせるなど、とんだ言いがかりだ。
「そうか……翼さえ癒えればいつでも去ってやろうものを、それは困ったな。我が輩は、関わる気などないというのに」
それは演劇と観客の関係のようなものだ。
会場の席に客がいなければ演劇は演劇とはならん。演じる者は虚無に苛まれ、続けることができなくなるだろう。
我が輩はその観客側に位置しておる、世界を渡り、世界を観測するのが我が輩だ。
別世界から来た、我が輩という観測者がいるからこそ、創造主は創造主でいられるのだ。
「行かないで、ユラン。ずっと僕と一緒にいて。ユランがいなくなったら、僕は孤独で生きていられない。ずっとユランの話す、異世界の話を聞いていたい……」
「しかし殺されるのは困る。まあよい、翼が癒えるまでは一緒にいてやる、翼が癒えたら我が輩は出て行くよ。もしそのとき、一緒に来たいというならば、まあよい共に行こう」
「本当?! 約束だよ、ユラン!」
とうてい器ではなかったのだ……。
あんなにもやさしい子だったのに、どうして……。
知恵無きは罪を犯した。それっきり、我は世界を渡るのを止めた。
あんなにもやさしかったのに、どうして狂ったのだ……。
「ああ、約束だ。翼が癒えたら我が輩と行こう。サマエル、そなたの夢見る異界へ」
・
・アウサル
エルザスからの援軍8000人が届き、俺たちの戦力はまた跳ね上がった。
感謝の必要はない、フィンブル王国は囮だ。とのエルザスの伝言と共にだ。
既にその頃には、エルキア軍がローズベル要塞の対岸に集結しているとの報告が入っていた。
驚くほどに動きが早い、それがエッダの戴冠式の3日後にもう攻めてきた。
そのせいで俺は工事を中断し、一度要塞に飛び戻ることになった。
・
「来たでござるなアウサル殿」
「ゼファーか、戦況は?」
2万なんて兵力は要塞に入りきらない。
大渓谷にそって、突破されないよう出来るだけ広く展開させる予定だったはずだ。
「今のところ圧倒的優勢、余裕しゃくしゃくでござる」
「まあ地形が地形だ、向こうの兵には同情だな。工事を進めた俺が言うと自画自賛になるかもしれんが」
他の連中は出払っているのだろうか、ゼファー以外の姿が見つからない。
「敵は渓谷を下り、川を越えるために橋をかけようとしてきたでござるが、失敗に終わったでごる」
何せ急な命令だ、エルキア軍は予想もしていなかっただろう。
万単位の人海戦術で国境を突破するつもりが、作戦ポイントに全くはい上がれぬ絶壁が生まれ、十分過ぎるほどの守備兵が彼らを迎え撃ったのだから。
「他の連中は?」
「ラジールとヤシュ、竜人アザトらは黄の地下隧道を使って、対岸の補給地を攻めに向かったでござる」
「元気なことだ。ここまで圧倒的だと兵の一部をフレイニアに回してもいいかもしれんな」
「そうでござるな。こちらがダメとわかれば、次はあちらを潰してからの、回り道を選ぶでござろう」
この防衛戦でエルキア軍に痛手を与える。
そうすればエルキア諸侯にさらなる動揺が走るだろう。
彼らは強い国エルキアに従っているのだ、新興の俺たちには敗北すれば権威がまた崩れる。
「アウサル殿、少し休むでござる。今アウサル殿が前に出ても役割はないでござるよ」
「探せばいくらだって見つかるだろう。休憩用の建物を造るなりな」
「わかってないでござるな。それはおいおいやってもらうでござる。これは長期戦になるでござるよ、今日まで無茶してきた身体を、今休ませるでござるよ」
そういった形で銀角の女に押し切られ、俺は騒がしいローズベル要塞で久々の眠りにつくことになった。
・
その後、日没を迎え、強行突破が不可能とわかると敵軍が動きを止めた。
当然だ、大渓谷に血の川と死骸の山を生み出すだけで、何の戦果も得られなかったのだ。
敵もまさか上空からユランに偵察されているとは思いもしないだろう。
軍を迂回させて奇襲するような動きをしても、こちらはいくらでも対応可能だった。




