25-4 エルキア動乱の引き金を引く者
スコルピオの降伏という予定外こそあったが、こうしてサウスはフィンブル王国という古き名を取り戻した。
降伏が侯爵その人の決断ならば逆らうことなど出来ない。
サウスの兵、ヒューマンたちは当惑したが反乱を起こすこともなかった。
「クククッ、サウスのヒューマンどもは状況を理解したのだ。プンプンと香るっ大動乱の気配をなぁっ!」
「まさかアンタからそんな言葉が飛び出すとはな。ヒューマンに対する敵対心はどこにやった?」
国境の大渓谷その崖上で俺は仕事をしていた。
そこにラジールが単騎でわざわざ遊びに来たとくる。
「わははっ、無粋なことを言うなアウサール、こちらに寝返ったヒューマンは良いヒューマンだ、ならば味方であろう!」
「ああそうだ、アンタがそれで納得しているならそれでいい」
突然現れた1万を超える精強極まらん大軍勢が、エルキアとの戦いに加わってくれるという。
奴隷化した過去を、ダークエルフの代表グフェンとフェンリエッダが、悪党を例外として全てを水に流してくれるという。
ローズベル要塞が陥落したことで、サウスのヒューマンは孤立した。ダークエルフからの報復を怖れていた。
「ん、ところでスコルピオはどうした? もう処刑したのかっ!?」
「話を聞かんやつだな。ヤツは囚人としてローズベル要塞に監禁させた。処刑はデリケートな問題だ、この戦いが終わるまで執行はできん」
「殺してしまうのか? 我はやつを再評価したぞ、覚悟を決めてアウサールとの雌雄を、決闘を選んで無血の降伏を果たしたその覚悟、うむっ見事だ! 罪人として処刑しては、全ての種が手を取り合うユランの理想に矛盾するぞっ」
スコルピオ侯爵家はその甥が後を継いだ。こちらは凡庸だが悪人でなかったのが救いだろう。
ヒューマン側の代表として、フィンブル王国を支える役職を与えることになっている。
「だが罪は消せない。やつがしでかした数々の悪行は、けして帳消しにはならない。罪には罰が必要だ」
「ふむ……同志よ、我の不在の間に何があったのかは知らん。だが我は常にアウサールの味方だっ、あまり思い詰めるなよ。罪など、昔の詐欺師が生み出したヘリクツだ。そう考えねば人など斬れんしな、ワッハッハッ!」
あの日の夜明けと同時に、情報が波紋となって世界に広がっていった。
スコルピオ侯爵領サウス陥落、ダークエルフの国フィンブル王国復興、王家の生き残りフェンリエッダ女王が即位、世界中が予期せぬ事件に震撼した。
「すまん……。まさかアンタに慰められる日が来るとはな。お、おい……」
汗くさいなこの女……。
俺はラジールに肩をガッチリと頼もしく抱かれた。
「気にするな、我とアウサールは同志よ! 我は期待しているのだ、お前が我に、武人最高の誉れをくれるのだとなっ! 仮にお前が罪人であろうとも、我は元より修羅、アビスの底までついて行くぞ!」
「悪いがお断りだ。もう二度とアビスなど下りたくない」
「な、ナニィッ?! 聞いてないぞアウサール! なぜそんな面白おかしい戦いにッ我を連れていかなかったのだ!」
「それはその場にアンタがいなかったからだな」
ともかくだ、フィンブル王国の復興は、エルキアを刺激するに十分過ぎる爆薬だった。
俺はサウス市での女王フェンリエッダによる閣僚の叙任式にも加わらず、こうしてただただひたすら国境強化に尽力していた。
やつらが来る、創造主サマエルからパーツを奪った連中が、俺たちの千年王国に攻めて来る。
頼みの綱は国境線に走るこの大渓谷だ、その崖上を硬く盛り直して、傾斜の甘いところを再度厳しく整形して回った。
「アウサール、絶対に死ぬなよ。我はジジィにユランを守れと命じられたが、実は従うつもりがない。我はユランよりお前を優先して守る。アウサール、お前は異形の怪物ではない。全ての種を束ねるべく生まれた帝王だッ!」
「……何を言うかと思えば、どうにも返答しかねるぞ」
「要するに我の帝王は、アウサールだけだと言っているのだ!」
「余計に返事に困る。穴を掘ることしか能のない変人を、帝にしてどうする……」
こんなことより国境の増築を急ごう。
エルキアは狂っている、次もどんな頭のおかしい作戦を打ってくるかわかったものではないからだ。
「わかっておらんな! 既存のどの種族でもない、顔と姿を引き継ぐ一族! 帝王として最高ではないか! アウサール、どの種族でもないお前だからこそ意味があるのだ!」
「……もういい。俺にはわからん話だ」
帰ろうとしないラジールと取り留めもない話をしながら、俺は国境の防備増強を急いだ。
・
叙任式の翌日のことだ。エルザスらがエルキア王国に反乱を起こしたと急報が入ったのは。
多くの諸侯がそれに賛同し、エルキアの大地をズタズタに分裂させた。
こなたより聖戦が始まる。サマエルの残党と、復活したユランの、神話の時代のやり直しが。
どうか見守っていてくれアウサル、奥方様。必ず俺はユランが勝利する結末を、今度こそ打ち立ててみせる。
アシュレイはユランを勝利させるために、地下世界ア・ジールと共に現れたのだ。
敗北は絶対に許されない。俺はユランを勝利させるために存在する。
・
・エルキア反乱軍参謀ジョッシュ
数日前――
エルキア北部ウルゴス王族領、東部街道上――
「アウサルさんがスコルピオ侯爵を討ったそうです。いえ正確には、侯爵が降伏して、戦いは無血で終わったとか」
伝令が情報を持ってきました。もちろんそれは朗報です。
私の報告に副官ダレス様と、反乱軍総大将エルザス様が明るい笑顔をすぐに浮かべていました。
「そりゃめでてぇ、へぇぇ……やっとこさ始まんのか。まったくこき使いやがって、従兄弟のお義兄さんをよぉ……」
「ふーん、で、それに対してエルキア本国の方に何か動きは?」
ダレス様はともかく、エルザス様はアウサル様いわくツンデレなので、すぐにすかした態度に戻ってしまいましたがね。
「エルザス様の予想が当たりました。南部の軍を再編成して、周辺貴族たちにもサウス攻めを命じたようです。別の筋の話によると、現王は怒り狂い、全身全霊でかの地を亜種族を殺戮するおつもりだとか」
わたしたちの反乱を無視してサウスに派兵する。狂ってるとしか言いようがない。
エルザス様は現王に降ったふりをしてきた立場です、それだけ理解していたのでしょう。今のエルキアの異常さ、考え方を。彼ら亜種全てを滅ぼすことしか頭にないことを。
「そうか。だとすると南の諸侯も揺れてるだろうね、従うべきか、突っぱねるべきか」
「ええまあ、諸侯への檄文をダークエルフの独立のタイミングに合わせて、我々が送り付けてやりましたからね」
これからここウルゴス領の東端にある、エルキアの砦を奇襲します。
それを落としたらまた東へ、東へ、東へと進みながら反乱計画の賛同者と合流する。
ウルゴス領を守る兵は必要最小限、近隣貴族に落とされても後ろを振り返らずに、ここより東方のエルキア王都を目指します。
制圧されたところでアウサルさんたちが黄の地下隧道から奇襲して下されば、空城の計となりますので。
これは南方の動乱を利用しての短期決戦です。
私たちが王都を落とせなければ作戦は失敗、長期戦が始まって世界全てが混迷に沈むでしょう。
「とにかくよ、現王の首さえ取れば終わるんだ。こっから先は勝利を重ねることだけだぜ」
「いやそれはどうかな、先月アウサルが妙なことを言ってきたじゃないか」
懸念事項はそれでした。どうにも不吉な情報が入ってきたのです。
「天界のサマエルから心臓と、片目と、口がえぐり取られていたそうだけど、やっぱそれってアレだよね」
「エルキア王の取り巻きに、目の多い者と、口の多い者がいるそうですね、あなたいわく」
「それじゃあ何か? 偉大なるサマエル様の心臓を、身体の中に持ってるやつもいるってことか?」
それが今のエルキアの暴走の正体なのかもしれない。
悪の創造主サマエル、ユラン様が語る人物像が本当ならば、えぐり取られたそのパーツもまともなものではないでしょう。
「そういうことかもね。さすがにそればかりは殺さないとわからない。しかし嫌だ嫌だ、想像しただけでも気持ち悪いよ。他人の心臓、口、目が自分の身体に生えるなんて……」
「代わりに神にでもなった気分が味わえるんじゃないか? ま、全部仮説の話だけどな」
前方の兵士たちがかすかにざわついた。
急カーブの森林道を抜けると、中規模の砦がそびえ立つ。それが私たちの第一目標です。
「とかやってるうちに目標の砦が見えてきましたよ。エルザス様、ダレス様、そろそろご覚悟を」
これから戦いが始まる。わたしたちは祖国を裏切るのです。
間違った方向に暴走するこの国を止めるために。
「んなもん最初から出来てるよ、アウサルの旦那に寝返ったあの日からな。それまでの俺は、エルキア本国相手に反乱を起こす根性なんて無かった、この軍勢に自分がいることに、自分が一番驚いてるわ」
「うん、それじゃあ始めようか。アウサルが掘り当てて、ユランから引き継いだ、聖戦のやり直しを。ああ、ついでに父上の敵討ちもね」
先王の息子エルザス様を慕って、多くの元近衛兵が集ってくれました。
老いた兵たちは命を賭けて戦うでしょう、先王の無念を晴らし、そのご子息エルザス様に玉座を捧げるために。
これよりエルキアの動乱が始まります。ラーズ、ゼファーさん、どうかアウサル様をよろしくお願いします。
必ず生きてまたお会いしましょう。あの郷愁誘う大地、楽園ア・ジールで。いいえ、わたしたちの反逆の地下帝国で。




