25-1 迫る決戦、その影に生きる2つの群像
前章のあらすじ
アウサルは先祖の残した記録をグフェンに明かした。
ところがエッダにその話を立ち聞きされてしまい、彼女の昔話を代わりに聞かされる。
フェンリエッダがスコルピオ侯爵の屋敷を脱走する前、彼女はそれなりに幸せだった。
しかしエッダが子供を産める年齢に近づくと状況が変わる。
エッダの母はフェンリエッダを屋敷から逃がし、王家の血族をこれ以上利用されないために自害した。
スコルピオ侯爵は父ではなくフェンリエッダの兄にあたる人物だった。
エルキア軍がそのスコルピオ侯爵の支配するサウスに迫る。
サウスの兵員や要塞に被害を出させるわけにはいかない。アウサルたちは一時的にスコルピオ侯爵軍の援護に回る。
暗躍は成功、天使フィンの飛翔能力というカードを切って、ローズベル要塞から大渓谷を繋ぐ大橋を崩落させた。
しかし敵軍は止まらない。何者かに操られ、無謀な突撃をしてくる。同時に天使フィンが我を失い、やがて古い記憶を取り戻していた。
フィンはサマエルとユランの争いを終わらせるために来た。
彼女は天獄にサマエルが封じられているのを見た、片目と口、心臓がえぐり取られていたと証言した。
その後、サマエルの操り人形を封じる力を持つ、万象の杖を用いて操られた軍勢を無力化したことで、ローズベル要塞の熾烈な攻防戦がサウスの勝利で終わった。
記憶を取り戻した天使は、南方に去った巨人らユランの民を連れてくると誓って、反対を押し切り南へと飛び立っていったのだった。
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永き雌伏の終わりと聖戦のやり直し
サウス奪還電撃戦
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25-1 迫る決戦、その影に生きる2つの群像
ボクはルイゼ、大国エルキアの王位継承者。だけどここではただの鍛冶師です。
アウサル様やみんなが慌ただしく決起の準備に追われている中、ボクも地上のニブルヘル砦に上がって、ある物を量産していました。
「オメェよ、お姫様なんだろ? ならわざわざこんなきつい仕事しなくてもいいだろうに、物好きなもんだねぇ~」
アウサル様が使っているラウリルの輪、武器を魔法剣に変える古代の遺産をボクたちは量産していました。
思考する鍛冶ハンマー・ブロンゾさんをその手に。
「今のボクに出来ることなんて、このくらいしかありませんから。ならやれることを一生懸命やるだけです、そうしないときっと後悔すると思う……」
「はーん……。お前さんちぃと変わったな、前向きになったっていうのかな、悪かねぇぜそういうの」
「そうでしょうか。ありがとうございます、そのまま素直に受け止めることにします」
「そうしとけ、暗いとあんまモテねぇからな、カカカッ」
少しでも多く、安定したラウリルの輪を量産しなくてはなりません。
それがみんなの命を救うと信じて、人殺しの道具をあえて作ります。
兄エルザスは危険な橋を渡ろうとしている。がんばらなければ、ボクは兄すらも失うことになる……。
月並みに言ってうっとうしい性格の兄だけど、死なれたら寂しい。ううん、寂しいだけじゃ済まなくなる……。
「ダレスの野郎は元気かね、なんかあいつがいねぇと張り合いがねぇわ。もし平和になったら、あいつどうすんのかね……」
「アウサル様の話によると、かなりこき使われてるそうですよ。うちの兄に……」
「ははは、そりゃいいざまだ! なら俺らも負けてらんねぇな!」
黙々と輪を作る。ブロンゾさんの魂が宿ったハンマーを振り下ろして、ミスリルの輪を整形してゆく。
鋳造ではダメなんだって有角種の学者さんが言っていました。
「変わったと言やぁよ、アウサルの野郎も、最近どうも顔つきがおかしい気がするぜ……」
「ぁ……。やっぱり、ブロンゾさんもそう思いますか……?」
アウサル様、最近おかしいんです。
これからの戦いのために覚悟を決めただけなのかもしれないですけど、ときどき恐いくらいに真剣で……それが別人に見えるときすらあります。
「おうよ。んでな、そしたら何かよ、ますますアイツに似てるような気がしてきたわ」
「え、誰にですか?」
「俺をこんな身体にしやがった最低の野郎だ。性格は似ても似つかねぇが、似てるわ、あの2人」
「アウサル様はそんな残酷なことしません。そんな命をもてあそぶようなこと、するわけがないです」
「ま、そうだよな……」
ブロンゾの言葉にボクは少し腹を立てた。アウサル様はそんな人じゃない。
本が大好きな、少し夢見がちな不思議な人、悪人じゃない。
言葉を止めて仕事を進めました。するとしばらくしてフェンリエッダさんが地上にやって来ました。
「おう、来たな。ん、何だそりゃ?」
「それって宝石……アメジストですか?」
挨拶より先に、布に包まれたそれをボクたちに見せてくれた。
それは全てがアメジストで作られた宝石の剣でした。
「アウサルがここに来たとき、手みやげに持ってきた逸品だ。ブロンゾ、ルイゼ、これに合うラウリルの輪を作ってくれ、この戦いで壊れてしまってもいい、頼む」
決戦がすぐそこに近付いている、もうボクたちは後に退けなかった。
絶対に勝たなきゃいけない。フィンちゃんだって役割を見つけて南に行ってしまった。
ボクはルインスリーゼ・グノース・ウルゴス。もし兄が戦場に倒れたその時は、ボクが代わりをしなくちゃいけないんだ。
・
我が名はラジール、闘争を宿命付けられた狂戦士よ。
ア・ジールに早く戻りたくてたまらないのだが、今は決戦の下準備のためにニル・フレイニアにて練兵役を受け持っておる。
実のところあちらに戻れるかどうかもわからんかった。
そんなある日だ、老王ヴィトに我は呼び出された。
珍しくも鉄板のあるプライベートルームではなく、玉座の方に来いと言うからには何かあるのであろう。
ヤツなりに覚悟を決めたと我は見た。
「来たぞエロジジィ、こっちは練兵に忙しいのだ、さっさと本題を頼む」
「…………」
ジジィらしくもない、無言で老王が我を睨んだ。
まあどこに行っても今はピリピリとした緊迫感をはらんでおる、今さらそれがこの老人に伝播したか。
「まったくのぅ、誰に似たのじゃろうな」
「フッ、ユラン様に付き従ったというご先祖にであろう」
「ラジール、その者は血を残す前に死んだ」
「だから何だ。血は遺らずも魂は残るのだ、ご先祖の無念が我を生み出したのだ」
玉座の上で老人が顔の半分を抱えた。理屈ではないのだジジィよ、ここにいる我は執念の結実だ。
「ラジール、そちに命令を下す。こちら側はもういい、ザ・ヒーロー・ラーズと共に、ア・ジールに向かえ」
「ふむ……」
約束の同時決起の日までもう1ヶ月を切っておる。
だが我は少し意外だった。フレイニアの王が最強の手兵を自国の防衛に使わないと言うのだ。
「ラーズか、なぜあのお子様の名前が出てくるのだ?」
「兵を受け取りに行ったようだの、大多数をここの防衛のために置いていってくれるそうじゃ。まあ別れの挨拶もあるじゃろうて。……果たしてどれだけの死者が出るのやら、わからぬ戦いだからな」
「だというのになぜ我を国から遠ざける、本気で我を疎んでいたのか? ……父上」
我はこの男の娘だ。母親は知らぬ。
「フレイニアは滅びてもいい。その果てにユラン様が、生き延びてくれるならそれで。戦いの最期に、今度こそユラン様が立っている結末を作れ、ラジール」
ア・ジールに、アウサルの隣で戦えるのは嬉しい。我の武勇があの男には必要であろう。
だが故郷も大事だ。ジジィも死なせたくはない。
「ジジィは本当にそれでいいのか?」
「良くはないがやれることをやるしかあるまいて。わかったら出立の準備をしろ、ラジール。ご先祖様の代わりとして、今度こそユラン様をお守りするのだ。……最強の武勇を持つことを宿命付けられた、予言の子よ」
我は予言の年、予言の月、予言の日、予言の刻に生まれたただ一人の女児よ。
まあジジィも己の娘がそれだと知ったときは、苦しんだだろうな。
「うむ、おかげで我は血沸き肉踊る闘争を得た。姫としてちやほやされる人生より、よっぽど充実しておったわ。この戦いで死ねるならそれでよい、武人として本望よ」
武人として大成するのに王族の位は枷でしかない。
予言が我を指名し、ジジィどもと養父が我という才能を鍛え上げた。ただそれだけのことに過ぎん。
予言者殿には感謝こそあれど、恨みなどひとかけらもないわ。
「このラジール、命にかけても守り通そうぞ、ユランと、アウサールをな!」
「アウサル殿か……戦狂いのそなたがあれに惚れたか?」
他の女どもとは少し違うかもしれないが、その通りだジジィ。
「うむっ、べた惚れだ! いいかジジィ、仮にユランが再び倒れようとも、アウサールさえ立っていればどうにかなる。世代を重ねても同じ顔、同じ姿を持つ一族、帝王として考えればこの上ないではないか!」
「そうか、一理あるな。ならばユラン様をもし守り通せなかったときは、そのようにしろラジール」
我はユランに従ったご先祖の魂を継ぐ者、必ずや戦いを勝利に導き、パフェとバロアが幸せに暮らせる世界に導いてみせようぞ。
今行くぞ、待っていろアウサール!