24-7 勝利と宣戦布告、フィンブル王国のアウサルとして果たさなければならないこと 2/2
(アウサル、支柱の下を攻撃しろ!)
「フ……ゾンビという例えは、あながち間違っていなかったな」
それがまずいと敵もわかっていたのか、支柱の下から傷だらけのエルキア兵がはい上がってくる。
戦場には絶対に出さないと決めた俺たちの天使に向かって。ヴェノムブリードの小姓の姿はもうなかった。
(急げアウサル! フィンを守れと我が輩が言っておるのだぞ、早くせんか!)
「ユラン、アンタはやはりツンデレだな。異界の言葉にこんなものがある。焦っては事を――」
(馬鹿者ッ、後でいくらでも聞いてやるから援護しろ、我が輩らの娘を殺す気か!!)
既にアイスマテリアルの装着は終わっている。魔力と増幅も、外すとかなりまずい狙いの方もだ。
「仕損じる。ま、落ち着けってことだ」
フィンとエッダのいる支柱の下部、そこをアイスマテリアルの力を込めてスコップをサイドスローで振りかぶり、冷気をもって柱ごと凍らせた。
(仕損じておるではないかっ、敵に当たっておらんぞアウサル!!)
「アンタは空が飛べるからそう思うんだ。よく見ろ」
物が凍ると摩擦が大幅に減る。
凍った柱それがネズミ返しとなり、エルキア兵を真っ逆さまに落としていった。
少数が既に上に上がってしまっていたが、それはフェンリエッダがどうにかしてくれている。
(む……、やるではないかアウサル……ふんっ、そうならそうと言え、驚かせおって……)
「こっちはちょっとした発見だ、アンタがちゃんとフィンを、道具ではなく家族として見てくれていたって意味でな」
(黙れ、始まるぞ)
支柱の上を再び見上げる。
万象の杖に青き光が揺らめき、それが水面のように世界に広がってゆく。
これが有角種の至宝、執念、自らを神と驕り高ぶった存在が生み出した叡智の塊。美しき光がローズベル要塞を、対岸のエルキア兵までもを包み込んだ。
「白き角在りし者の叡智よ、我に力を貸したまえ! 我が名は……フィン! サマエルとユランの和解を願う者! 悪意の鎖よ、砕けろーッッ!!」
サマエルとユランの和解。その言葉が人の背筋を震わせた。
そんな言葉が飛び出してくるなんて予想していなかったからだ。
風がフィンを中心に駆け抜ける、すると見えない鎖が兵たちにまとわりついているのが見えた。続いて辺り一帯から鎖の擦れる物音がこだまし、それが音と共に砕けた。
エルキア兵たちが倒れていった。
圧倒的兵力による侵略の大軍勢が、1兵残らず戦闘行動を停止していた。
この杖がアビスに堕ちず地上にもし残る歴史を描いていたら、有角種は天使を返り討ちにして、世界の覇権を守り通せたのかもしれない。
(よもやここまでのシロモノだったとはな……サマエルのやつが恐れたわけだ。アウサル、終わったぞ、撤退しろ。あの2人には我が輩が――おい、どうした?)
ところが途中から俺の意識はユランの心話ではなく、別の者に向けられていた。
大橋のがれきに包まれた大渓谷、そこにたたずむ異形のスコップ男に叫び声が放たれていたからだ。
「アウサルッッ、何をしたのよアアタ?! どうしてそこにいるのよっ、これはアタシと、エルキアのすっとこどっこいとの戦争よッッ!! はぁーっはぁーっはぁぁぁっ、それで、アタシに、恩でも売ったつもりっ?!」
要塞から伸びる崩れた橋の先に、スコルピオの姿があった。
頭上にあるヤツの顔を睨み、ゆっくりと身体も振り返らせる。顔を合わせる気などなかったが、向こうから突っかかってくるならば仕方がない。
「何とか言いなさいよッ、怪物!!」
「怪物か……フッ、久しぶりだなスコルピオ」
ヤツは間違っていなかった、アウサルはヒューマンとして生きるよう願われただけの、怪物だ。
アシュレイの言葉が正しければ、俺の親父は俺だ。
つまりスコルピオは親父の仇ではなく、俺を殺しただけの、ただの悪党ということになる……。
だがフェンリエッダからすれば違っただろう、スコルピオは母親の仇だ。
支柱からあそこには満足に言葉は届かない、ならば代わりに俺が一言言ってやらなければならん。
「それで、どういうつもりよ……何でアタシたちを助けたのよっ! アアタたちからすれば、サウスのヒューマンは、憎むべき敵じゃないのっ、バカじゃないのアアタ!!」
違うな、恨むダークエルフもいるがそれは違う。
言いたいことも決まった、言い返そう。この53代目の怪物が。
「スコルピオ、ここはスコルピオ侯爵領サウスじゃない。誇り高きダークエルフの国、フィンブル王国だ。今の支配者が誰であろうと、それを俺が守るのは当たり前のことだ。俺はこの国の出身だからな」
ここは本当のアウサルが騎士をしていた国だ。
奥方コルネが眠る土地だ。それをサマエルの手先に2度も奪われるなんて辛抱ならない。
俺はアシュレイ、名無しの男だ。騎士アウサルは言った、ユランの理想を守ってくれと。
「違うわよぉっ! ここはスコルピオ侯爵家の領地サウスよ! フィンブルはとっくの昔に滅びたのよ!」
「ならば復興させるまでだ、必ず取り戻す! スコルピオっ、俺はアンタの意見に反対だ! 種族と種族は共存できる、どちらかが滅ぼしたり奴隷化しなくとも、当たり前に手を結び合える! ユランの理想郷アガルタを、俺が再びここに復興させてやる!!」
俺はアウサルではなかった。
だが異形の名無しもアウサルの意志を継げば、アウサルとして、ヒューマンとして生きることが許される。
怪物であろうとも、俺たちがアウサルの後継者である事実は変わらない。
「な、なによ……なに夢みたいなこと言ってんのよ……。無理よ、そんなこと、ダークエルフとアタシたちじゃ、寿命が違いすぎるわ……」
「もしお前がエルキアの悪夢を終わらせたいと真に願うなら、今から1ヶ月以内にその座を下りろ! さもなくば、俺たちは貴様を討つ!!」
スコルピオがこの要求に応じるはずがない。
しかしそれが出来れば奪還で生じる被害は最小限で済む、サウスのヒューマンも納得するだろう。
ヤツとのこれまでの長い付き合いもある、俺はそれでも別にいい。
「なによ、アアタ……アアタ、アウサルのくせにそんな……アタシに説教するの……? アアタを拷問したアタシを、何言ってんのよッ、この薄らボケのあまちゃんが!! いいわっ、かかってきなさいよっ、スコルピオ侯爵家の意地、見せてやろうじゃないのっ、なめんじゃないわよッッ!!」
「ああ、いずれ決着を付けよう、アンタと俺の決着をな」
エッダが言っていた。
もしスコルピオがダークエルフに生まれていたら、グフェンの隣にいたかもしれない、兄として妹を守っていたのかもしれない。
スコルピオはダークエルフの容姿と寿命が羨ましいのだと。
「こんなことしてる場合じゃないわ、エルキア兵をふんじばりなさい! 一兵残らず捕らえて動きを封じるの! あんな狂戦士ッ、もうアタシこりごりよっ!! それと、アウサルとフェンリエッダは……別に追わなくていいわ……。顔も見たくないもの……」
そこは気にしなくでいい、俺たちを捕らえることなど不可能だからだ。
フェンリエッダはフィンの翼、アウサルはユランの翼を借りて、地下からではなく空からの優雅な凱旋を果たすのだった。