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1-2 本来発掘家はパトロンに逆らえない、絶対に(挿絵あり

 町に出る日は必ず仕事を早くに切り上げる。……単純にそれだけ遠いからだ。

 あらためて説明するがここは通称、呪われた地。あるいは白き死の荒野とも呼ばれている。


 ならば当たり前の話で、そんなものが町の近所に存在するはずがない。

 その必然相応に距離という緩衝材で隔たれていた。


 さらに遠回しな話が続くが、今は夕刻だ。

 荒野からの強烈な西日が俺の背中を照らしている。

 つまり要点を言えば、俺は目当ての店が閉まる前に町へとたどり着かなくてはならなかった。


 だから黙々と真っ白に乾き切った大地を歩いた。

 ……その肩にスコップと、握り手の失われた水晶剣を背負って。


 そうだ、コレのことを忘れていた。

 あれからじっくりとこの剣を鑑定し直してみたところ予想もしない結果となった。

 これが派手な見た目を上回るほどの、正真正銘の掘り出し物だったのだ。


「……やっと見えてきたか」


 やがて遙か遠くに小高い丘と町並みが現れ始めた。

 生えるように煉瓦作りの町が2つの丘に密集して、緑豊かな農園地帯がその周囲に広がっている。


 それに対してこちら側のなんと寂しいことだろうか。

 あるのは静寂と風音くらいなもので、空ゆく渡り鳥でさえわざわざ避けて通る始末だ。


 ……認めるしかない。

 先祖代々続くアウサルの所領は、確かにあの町から見れば呪われた死の土地以外の何物でもなかった。


挿絵(By みてみん)



 ・



 サウス郊外に到着した。

 その昔にここを征服したヒューマンからすれば、南に立てた植民地だったからサウスらしい。

 元々の名ははてなんだったか、それすらも奪われて人々の記憶から消えつつある。


 ともかくここまで来ると一変して草木が健康に芽吹き、生きている大地が瑞々しい湿り気でそれを包み守っていた。

 作物が育つならそこはもうアウサルの領土ではない。


「収穫が遅れているではないか。もっと励んでもらわねば困る。でなければ……、お前たちの母親を処分しなくてはならなくなるぞ。生産性の都合でな」

「そんな……それだけはどうか……」


 そんな折りのことだ。

 通り沿いの農場より陰気な声が響き、うんざりするようなやり取りを見せられた。

 それは農場であって農家ではないのだ。


「ならば急ぐことだ。手持ちの奴隷を処分するなど私としても惜しいことだからな。長寿なだけで愚かな貴様らにはわからんだろうが」


 ここでは支配階級が弱い立場の者を奴隷化するのが当たり前だ。

 もちろんその奴隷階級というのがダークエルフたちだった。

 彼らは優れた種族だったが100年前の戦いに敗れ、こうして国土を侵略された。


 それっきり独立も叶わずドツボの連続だ。

 ユランとの契約に従ってまずはこの隣人を助けたい。



 ・



「おいおいアウサルじゃねぇかよ! こんなところで何してんだ、珍しいじゃねぇかよォ?」


 そのまま郊外を抜けようとすると俺の前に鉄と酒臭い男が立ちはだかった。

 この通り一見ガラが悪いように見えるが――実際のところそのままその通りの悪人だ。


 だが一応知り合いに当たる。


「ジグロさんの方もね」


 ジグロという名の傭兵上がり、いや冒険者だったか。悪いがいまいち良く覚えていない。


「ヒハハッ、しかしこりゃついてるぜ! ほらよ受け取りなっ!」

「……何だこれ。ああ、いつものやつか」


 ジグロが俺の胸に手紙を押し付けてきた。

 紙は俺に合わせて安物を使っているが、蜜蝋の封だけはご立派だった。


「てめぇの気色悪い土地まで行かずに済んで助かったわ! いいや気色悪いどころじゃねぇ、俺たちまでお前らの毒にやられたらどうしてくれんだよっ!」

「それは俺ではなく侯爵閣下本人に言うといい。それに傭兵上がりが雇ってもらえてるだけでありがたいじゃないか」


 定期的にここの侯爵より手紙が届く。

 といってもうちの領地に踏み入るヤツなどいないので、その境界にポストを置いている。当然、家から気軽に取りにいける距離ではない。


「アウサルのくせに舐めた口きくんじゃねぇよ。で、内容は何だったんだ?」

「ああこれか、何の変哲も無いいつもの督促だ。早くお宝を掘り当てろ、とな。とにかくおつかれジグロさん、またな」


 これでお互いの用件が済んだわけだ、俺はごろつきジグロの横顔を素通りして先を急いだ。

 ……実のところ少しまずいので足早に。


「いや待て。……おいアウサル、ソレは何だ?」


 ソレとはもちろんコレのこと。

 ボロ布で包み隠した水晶剣に、ジグロの猜疑心が向けられていた。

 侯爵に飼われているとはいえ相手はヤクザだ、否応なく冷や汗が走る。


「ただのスコップだ」

「はっ、ごまかすんじゃない。つーかスコップを2本持ち歩くなんて、いくらテメェでもおかしいだろうがよっ!」


「確かに。……しかし本当に大したものではないので申し訳ない、あえてここは失礼するよ」


 いつもの変人アウサルのふりをして逃げることにした。

 だがジグロというこの男、だてに侯爵という悪人に飼われてなどいない。


「逃げんな小僧、止まれ、ぶっ殺すぞ……」


 ヤツは俺の前に駆け込んで回り込み、低くかすれた声色に怒りを混じらせた。

 ただの威圧だろうが蛮刀カトラスがその腰より引き抜かれる。


「ジグロさん、そこまでしておいて、本当につまらない物が出てきたらどうするんだ?」

「ゴチャゴチャうるせぇよ、いいからその布の中を見せろ……。このジグロさんの要求を断るのかよアウサル……?」


 どこをどうやったらこうもキレやすくなるのか不思議でならない。

 鬼気はらんだ言葉が暴力的に絞り出され、態度悪くもツバを地に吐いた。


 ああガラが悪すぎる……。正直に白状すれば恐ろしい人だと思う。


「……侯爵の喜ぶものではない。よって見せる気はない。そもそもこれはもう買い手がついているのだ」

「そんな勝手を侯爵閣下が許すとでも思っているのか、小僧」


「じゃあ俺とアンタの仲だ、秘密にしてくれ。これはもっともっと有効活用出来る買い手がいる。正直に言ってしまえば、侯爵の宝物庫にしまっておくだけにするには惜しい」


 しれっと言い返すとヤツはまた機嫌を損ねた。

 このド三品にとって侯爵は金づるで、その侯爵の利益にならないことすなわち悪だった。


「ダメだ、それを出せアウサル。でなければ……もうこりゃ痛い目に遭ってもらう他にねぇ……。躾のし直しだ小僧ッッ!!」

「……ジグロ」


 ため息を吐いて布ごとそれを地に置いた。


「そうだそれでいい、あとはごめんなさいジグロさん、だ。出来るよなぁ~アウサル……」

「何を勘違いしているジグロ、これはあの侯爵には過ぎた物だと言ったはずだ」


 それからジグロに向けて愛用のスコップを身構えた。

 暴君スコルピオ侯爵、それが俺のパトロンだ。

 彼の許しがなければ町で食べ物を買うことも出来ない。


「おいおいおいおいアウサルよぉ……今日はイヤ~に反抗的じゃねぇかよ? 俺にたて突くってことは、侯爵閣下にケンカ売ったも同然だぜ」

「……だから?」


 おかげでずっと取引の上で損をしてきた。

 俺も異界の本さえ読めればそれで良かったので、一応の庇護者として納得していた部分もあったが。


「つくづく頭の悪ぃガキだな!! テメェは侯爵様に生かされてるだけの怪物じゃねぇか、ソイツが人間様らしい口で俺とタメ口吐くんじゃねぇよっっ!!」


 ジグロの感情はその一点に収まっていた。

 自分とアウサルが対等であることが許せないということだ。


「……それはさすがに酷くないか、だって同じヒューマンだろ。たまたま俺たち歴代のアウサルがあの地に適応しているだけで、俺とアンタはれっきとした同じ――」


「鏡を見て言えこの化け物ッ!! テメェは怪物だッ、呪われた魔物だッ! 同じなわけねぇ、テメェは何であんな毒まみれの世界に住んでんのに死なねぇんだよっ!!」


 それはそういう一族だからだ。

 ……俺たちは断じて怪物などでない。


「それにその白髪まみれの頭と、白く染まった腕ッ!! そんで極め付けはその目だよ目っ、そんな、そんな蛇みてぇな目した人間が、そもそもいるわけがねぇだろがッッ、この化け物めッッ!!」


 いいや俺はヒューマンだ。

 誰が何と言おうとちょっと不思議な環境で育っただけだ。白いハトが群れに混じって何が悪い。


「それがアウサルだ。髪も腕もあの地の毒のせいだ、お前が何と言おうと俺はヒューマンだ」

「うるせぇッ!! テメェもテメェの親父みてぇに殺されてぇかよォッ!!」


 とんだ災難だ……まさかこの男に絡まれるなんて。


「……そんなこともあったな。酷い話だ」


 それはもう忘れたことだ、ついよそ事のように答えていた。


「そうだ思い出せ、そうやってテメェの親父は侯爵様に逆らった。だから殺された! テメェも同じ目に遭いたいのかよッ?!!」

「ならばやってみろ」


 スコップをヤツの鼻先に突きつける。

 するとジグロの汚い顔が狂気と怒りに赤く染まった。


「言っておくが俺はまだ子を作ってはいない。俺をもし殺せば、あの地の財宝も永久に土の中で眠ることになるぞ」

「なら痛めつけて! 考えを! 改めさせるだけだッ!!」


 野太いカトラスがうねり俺の身体を薙ぎ払う。

 それを愛用のスコップで受け止めて、押し返した。


「止めただとぉ? はっ、マグレでいい気になんじゃねぇぞォォウラァ!!」


 すると気に入らなかったらしくまたキレた。

 何度も何度も蛮刀がこちらに撃ち込まれ、ついには刃のある方まで向けてきた。


「ジグロ、俺にスコップを持たせたのがアンタの運の尽きだ」

「意味わかんねぇよ!!」


 スコップは戦うための道具ではない。

 ところが驚くほどに武器として俺の手足に馴染む。

 道具が今まで以上に俺の身体の一部となり、やつの斬撃を無効化し続けた。


「この程度の傭兵崩れなど敵ではないということだ」

「……じゃあ、テメェ、今死んじまえよッッ!!」


 バックステップでジグロをこちらに誘い込んだ。

 ヤツがまんまとそれに引っかかり突進してくる。


「なッ、うわッッ?!」


 それに合わせて俺は足下の土をスコップで削り取っていた。

 つまり、突然生まれた陥落と出っ張りに、ヤツは顔面から地にぶっ倒れた。

 それでカトラスを落としてしまったが、そこは傭兵崩れ、すぐに立ち上がろうとしている。


「て、テメェ! もう許さ……へ……? な、なん、なんだこの穴はっ?!!」


 しかしすぐにそこが穴の底であることに気づくことになった。

 こんなこともあろうかと掘っておいたのだ。正真正銘の墓穴ってヤツを。


「今まで世話になったなジグロ。……では最後に聞こう、俺は、ヒューマンだな?」

「ふざけんなよアウサルッッ!! テメェみてぇな人間がいてたまるかっっ!!」


 ああ、本当に酷い男だ……。

 おかげで心が凍てついてしまう。親父の殺害にも荷担したのだろうか。


「そうか、ならばそこに埋まってしまえ」

「殺してやるっ、うぶっぶぁっ、テメェッ、やめっ、ヤメロォォォォーッッ!!」


 俺はジグロを埋めて、それから周囲を見回す。

 幸いここはまだ郊外だ、誰にも見られてはいない。まあ憶測だが。


 さらに念のためポンポンと盛り土を上から叩き固めた。

 侯爵に報告されては困るのでしっかりと……ポンポン。これで掘り返す前より盤石だ。


「ジグロよ、これは異界の書物にあった言葉だ。意味は今一つわからないが適当な気がするので、貴様にはこの技名を贈ろう。秘技、エイリアン・ヘイアンキョーの術……」


 しかしこうなると侯爵がキレそうな気もする。

 ジグロのヤツはうちのポストに手紙の配達に来たわけなので、疑惑がどこに向くかもわかり切っている。アウサルが逆らった、と。


 だがもう知らん。俺を怪物扱いするヤツは埋まってしまえ。

 とにかく日頃の鬱憤が晴らせて良い気分だった。


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