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24-6 天使の覚醒、人形奏者の糸を断つ方法

 取り急ぎ銀のスコップを振るい、俺はフィンとエッダを黄の地下隧道分岐ルートに導いた。

 そこまでくるとやっと空気が美味くなる。

 いやそれでも、俺たちの天使フィンはショック状態から立ち直っていなかった。

 外部の刺激を受け付けていない。完全に自己の内面へと落ち込み、ただブツブツと断片的な独り言を漏らすだけだった。


「参ったな……予定外だらけだ。フィンを置いて行動するわけにもいかん。いやそもそも……」

「どうしたフィンっ、何があった、落ち着け、私を見るんだ!」


 アビスの白公爵の小姓、あれがフィンをおかしくさせたのではないだろうか。

 何かしているようには見えなかった。

 あんな場所から言葉が届くわけがないというのに、何かをフィンに言っていたようだが……こればかりは考えてもわからん。


「さっきユランが言っていた、エルキア軍は1人残らず操られていると。だがどういうことだろうな、なぜそんな軍勢をわざわざ派遣してきたんだ」

「そんなものアレを見ればわかるだろう! 橋の向こう側に立てこもる敵軍に対して、恐怖せずに命を投げ捨てる兵、それが欲しくなったんだ!」


 エルキアは自国の兵士、民すらも矢玉に変えて捨てる。

 その行いで人心が離れることなど、少しも気にしちゃいない。


「だとしたら要塞側のスコルピオは、さぞや手を焼き、肝を冷やしただろうな。……ユラン、聞いているか? 質問だ、エルキア軍の指揮官は見つかったか?」


 しかし敵のこの作戦、いや作戦と呼べるものではないかもしれないがさておき、ある面で見れば合理的でもあった。


(うむ、それも言うつもりだった。それがな、どうも見つからんのだ……。全く伝令が出ておらぬ、軍勢の形になっていないというのに、なぜか軍として機能しておる……)

「それはまたどんな天の奇跡だ。まるでゾンビの軍勢だな。ああ、ゾンビというのは異界の言葉でな、なんらかの術、病によりアンデッドと化した動く死者だ」


 エッダはフィンの介抱をしながら、俺の独り言に見えてしまうやり取りを見守っていた。

 確かにはたから見れば要領を得ないだろう。


「ユランが言うには、指揮官が見つからん上に、伝令が出ていないそうだ。なのに軍として連中は機能している。だから何者かに操られているというのが、ユランの見解だ」

「それは……そんなことがあり得るのか? エルキア軍上層部は、おかしいと思わないのか……?」


「まあ色々と気づいているからこそ、エルザスの反乱に乗るやつが増えているんだろう。俺たちが勝てさえすればこの状況は追い風でもある」


 俺たちは今日まで指揮官潰しと奇襲を手口にしてきた。

 だからやつらは指揮官の存在しない軍勢を送ってきた。どんな奇襲に対しても狂戦士となった兵が狂気をもって対応するようにだ。

 エルキアの軍上層部の頭がおかしいことは確かだ。それと同時に俺たちにとってやりにくい相手であることも。


「エッダ、フィンを頼む。俺は要塞の隠し通路の方を崩落させてくる。上を塞いだところで、下に迂回路があってはやはり不十分だ、あの命を捨てた強行突破を繰り返されたらたまらん、スコルピオのではなく、サウスの兵力が減ってしまう」

「アウサル、だが私がついて行かなくて平気か……?」


「地中で俺を捕らえられる者がいると思うか?」

「……むぅ、少なくとも私には無理だろうな。わかった行け、必ず戻ってこいアウサル」


 スコップを握り、急場ごしらえの地下トンネルに一歩を踏み出す。

 まずはローズベル要塞側に移動して、上りのトンネルを作って隠し通路を探り当てることになるだろう。1度は潜り込んだ場所だ、まあ勘で何とかなる。


「待って……、パパ……」

「フィン! 良かった、正気に戻ったのか!」


 振り返るとフィンがエッダに抱き込まれたまま、俺を止めるように細い腕を差し出していた。

 無事で良かった、その愛らしい天使に俺も衝動的に駆け寄らざるをえない。


「月並みだが同感だ、良かった、心配したぞ」

「ごめん……。でもね……」


 フィンはふいに寂しげな顔を俺たちに見せた。

 それが消えると使命感を持った眼差しに憂いを混じらせていた。それは俺たちの知る彼女ではない。


「フィン、思い出したの……。何のために、地上に来たのか、全部……」


 それは卵から生まれた存在だ、過去などあるはずがない。

 だというのにフィンは別人のように人が変わって、思い出したと言う。


「あれはサマエルの力……。どうしてかわからないけど、サマエルの力でみんな操られてる……。天獄に封じられているはずなのに……。それを、どうにかして封じれれば……人形みたいに、敵は、動きを止めると思う……」

「フィン、どういうことだ? どうしてそんなことを知っている。アウサル、お前ももう少し心配しろ」


 切なそうに、苦しそうに俺たちの娘が言うのだ。心配しないわけがないだろうエッダ。

 けれど今地上では戦争が繰り広げられている、ほんの一瞬でも早くこれを止めなければならん。


「わかっている、エッダ。だがどう封じる、サマエルの介入を受けているというなら、どうやってあのゾンビどもからそれを、切り離す」

(クククッ……貴殿は、貴殿がアビスよりもたらした至宝の名すら忘れたかアウサルよ。……有角種の至宝、万象の杖を使え。アレにはサマエルに操られた者を、解放する力も恐らくあるはずだ)


 なるほど、あれは天使だけではなく人にも使えるのだな。

 外部からの操作を遮断する妨害装置みたいなものなのだろうか。


「いや聞いておいてなんだが、今ユランが方法を教えてくれた」

「本当か?!」

「ユラン……ユランママ……。フィンは……」


 フィンがユランを呼び捨てにすることなどない。だから少しフィンの様子が気になった。

 だが今はこの戦いに強引なピリオドを打つ方が先だ。

 フィンの話が本当ならば敵軍がこれで止まる。エルキアのサウス侵攻を止められるのだ。


「かつて古の有角種がサマエルを疑い始めた頃、万象の杖と呼ばれる至宝が生み出された。それはサマエルの操作を妨害できるらしい。よってフィンとエッダは、この杖の回収に向かってくれ。ア・ジールにいる有角種の長、ゼルが保管している」


 有角種がア・ジールへの定住を早期に実行してくれて助かった。

 もしも俺が最果ての地を訪れていなかったら、サウスは今回の侵攻で占領されるか深い痛手を負った可能性すらある。

 全ての種が共存するユランの国、その理想そのものがこの窮地をチャンスに変えてくれた。そう思うことにしよう。


「わかった、私に任せてくれ。ゼル様とは頻繁に顔を合わせている、ラウリルの輪の試験運用の件でな。フィン、もう行けるか?」

「うんっ、行こうエッダママ、こんな戦い早く終わらせなきゃ……!」


 有角種は数々の技術を提供してくれた。

 ラウリルの輪、つまりこのスコップに装着しているものを、魔法剣に装着して運用する計画が進められている。

 彼らのおかげで、開戦前にどうにか魔法剣士部隊の確保が間に合ってくれそうだ。


「渡したくないとゴネるようなら、いっそゼル本人ごとここにお連れしてくれ、揉めている暇などない」


 スコップの切っ先を進路に向けて、先に行けと先行を譲る。


「あのね、パパ……フィン、これが終わったら……やりたいことがあるの……後で聞いてね! それじゃいくよーっ、エッダママー!」

「な、フィンッ、まさかお前っ、待て、ダメだッ……ひっ、ひゃぁぁぁぁーっっ?!!」


 フィンがエッダを後ろから抱き抱えて飛び上がり、銀の切っ先の先へと翼のあるその姿を消した。

 覚醒とでもいうのだろうか、フィンの飛翔能力が飛躍的に高まっている。叫び声を上げても仕方がないほどの、スリリングなジェットコースターが俺の横を通り過ぎていったようだ。


「何か言っていたような気がするが……。まあ、俺もやるべきことを先にやるとするか」


 フィンに影響されてか俺も駆け足で地下道を進んだ。

 これから悪意の大釜の隠されていた、あの隠し通路を塞ぐ。

 むごい行いだがこれは戦争だ、通路の両端を崩落させて、狂気の軍勢を地の底に閉じ込めてしまおう。


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