24-5 勃発、第一次ローズベル要塞防衛戦
月日は流れ、同時決起の日まであと1ヶ月と少しとなっていた。
だがあのエルザスの予言が当たってしまった。こちらの決起を待たずしてエルキアが動いたのだ。
サウス国境北ローズベル要塞にエルキアが攻めかかってきたと、火急の報告が入った。
それは予想されていたことだ、大作会議などとまどろっこしい段取りは必要ない、もう対処方は決まっている。
グフェンの政務所に集まり、段取りがどんどん進んでいった。
「焦って今決起すれば、エルキア全軍を相手にすることになる。それはさすがに賢くない、無理だ。よって今回は……」
ただ少しばかしデリケートな問題だ。情を捨てる必要があった。
グフェンとエッダの顔色をうかがい、ついでにユランの眠り顔も確認する。
「今回は予定通り、スコルピオ率いる侯爵軍を支援する。この期に及んで文句はないな?」
「クッ……」
エッダが怒りの歯ぎしりを立てたが、反論はしなかった。
ダークエルフからすれば複雑極まらん選択だ。
「かまわん、最初から決めていてことだ。アウサルおよびエッダ、そして――フィンは、ローズベル要塞に進入、大橋を落としてエルキア軍の攻略ルートを潰せ。その後は要塞内部に入り込み、あの悪意の大釜のあった迂回路を崩落させろ。それから……」
よって今回は軍主力を動かさない。動けばこちらの戦力を悟られる。
俺たちだけで大橋を落として、エルキアが攻めてこれないようにすればそれで良かった。
あとは古の戦いにより生じた大渓谷が、スコルピオ侯爵軍の戦いを圧倒的有利にしてくれる。
「その後フィンは離脱、総大将の居場所を掴んでおくので、アウサル殿はエッダと2人で首を取りに行け。そこまで支援すれば十分だ、撤退してくれてかまわない」
「わかった、複雑だが仕方ない……。フィン、無理はしないでくれ、怪我をされるとママたちみんなが悲しむ。アウサルもな」
主義を曲げて、ローズベル要塞の橋落としにフィンの力を借りることになった。
黄の地下隧道を持つ俺たちにローズベル大橋は必要ない。2度と修復されないよう極力徹底的に破壊する。
「では出発してもらおう。アウサル、エッダ、それにフィン……武運を祈っている。君を戦場に出してしまう、俺たちを許してくれ……」
そしてその破壊工作を迅速、的確なポイントで行うには、アウサルの地をゆく力と、フィンの空をゆく力を合わせなければならなかった。
・
こうして俺たちは現地に到着した。
大渓谷の穴底を越えて、エルキア側の橋の地底にだ。
ここからサウス側、ローズベル要塞に向かって橋の支柱を破壊してゆく計画だ。
「フィン、お前を頼るのは今回だけだ、勘違いするな」
「ああそういうことだな。2度言うが無理をするなよ。護衛役として可能な限りの働きをしてみせるが、無茶をされたら守りきれん」
穴底で俺たちはランプの明かりを頼りに短い休憩をしていた。
本当ならば日没を待ちたいところだったが、ローズベル要塞が陥落したり、城壁が崩落してからでは遅い。
まだ夕方前だが今やらなければならなかった。当然、敵に狙われることになるだろう。
「もうっ、パパもママも子供扱いしないで、フィンはもう大人だよ! それにどうにかしないとみんな殺されちゃうんでしょ! こだわりなんていらないから、素直にフィンの力頼ってよ!」
「な……っ、それはそうだが……。ぅぅ、アウサル、何とか言ってやってくれ! 父親だろう!」
エッダ、それは何というか、俺の女房風に聞こえないこともないのだが、アンタはそれでいいのか?
それに説得しようにも言葉が見つからん上に、今さら後戻りも出来ん。
「……正論だな。だが割り切れん部分もある、悪いが今回限りだ。俺たちは生まれて間もない者を戦わせる気はない」
「ふーんだっ! だったらいっぱい活躍して、頼らずにはいられなくしてあげるんだから! 覚えておいてよね、パパとママが心配なのと同じくらい、フィンも2人が心配なんだから!」
まあこんなことしている場合ではないのは確かだ。
解説がぶった切られたが、ユランには空中からの偵察を担当してもらうことになっている。
よっぽどの窮地になったら、成体となって援護してもらう段取りだ。
今のユランが本気を出したらどれくらいでかくなるのか、物語を好む者として竜の勇姿に少しだけ興味がある。さて始めるか。
「では始めるぞ、少し離れていてくれ」
「うんっ、パパがんばってね!」
「はぁぁ……気が気じゃない、ラジールさんをこちらに駐屯させておくべきだったな……」
ラジールは本国ニル・フレイニアだ。今さら間に合わん。
銀狼ヤシュもはぐれ有角種ゼファーも国外だ。アザトは勇猛だが目立ちすぎる、だから俺たち3人でスコルピオを――サウスを支援する。
俺は斜め上にトンネルを進めて地上に上り、それからローズベル大橋の支柱をスコップで削っていった。
強い負荷がかかると折れる寸前まで加工すれば、こちらの工作は完了だ。
それから足下の地下ルートを隠蔽し、あまりに高い地上の姿を見た。
夕方前の日差しの下に、巨大な橋が影を作っている。
ローズベル要塞側では激しい攻防戦が繰り広げられていた。エルキア軍は相変わらずの損害を無視したムチャクチャな突撃だ……。
「フィン、俺たちをあそこの支柱に運んでくれ」
「気をつけろよ……出来るだけ気づかれないように、静かにな……」
「うん、ママは後ろをお願いね」
それからフィンの翼を借りた。
地底から行けば力を借りる必要がないのではないか? いや実はそうもいかん。
水は低きに流れる、大渓谷の中央には大きな川が流れていた。さすがの俺も水圧には逆らえん。だから翼が要た。
「到着……っ」
フィンは橋の底すれすれを飛ぶ。
橋の上部はエルキア兵だらけだ、気づかれないように死角に入り込む必要があった。
次の支柱に到着すると、フィンに抱えられたまま同様に削り取る。
破壊工作は順調に進んでゆき、3本目の支柱も拳1つ分しか残らないところまで細工してやった。さあこれであと2つだ。
「ちっ、気づかれた……! 矢が来るぞフィン!」
「う、嘘っ、わ、わわわっ?!」
後方より矢が撃ち込まれた。
それをエッダがレイピアで斬り落とす。不安定な姿勢だというのにそれは見事なものだった。
「急いでくれ」
「う、うん……!」
少し妙だ。エルキア軍が連携出来ていない。
俺たちという標的を見つけながらも、正面側からは撃ってこなかった。
そこで4つ目の支柱を盾にして、今回はそれを削るだけではなく、完全に削り取った。
/の字に寸断された支柱は斜め滑りを始める。
それが後方の3本の工作された柱を崩壊させ、大橋は斜めに傾き大渓谷へと滑り落ちだした。
「ねぇ、なんか、変じゃない……?」
「フィンは後ろを見るな、前だけを見ていろ。ああ、確かに妙だ……いや、あいつらおかしいぞ……!?」
ところが兵たちは恐慌状態に陥らなかった。
異界の言葉を借りるならば、それはジェットコースターよりスリリングな大崩壊だ。
コースターといえば、熱い茶などを受ける敷物だ。
どうやら俺の憧れの異界では、そのコースターごと熱湯が飛び回るようだ。さぞやスリリングだろう、想像するだけで怖ろしい……。
……ああ、脱線していた。
兵たちが次々と大渓谷に落ちてゆく。だがそいつらは絶叫を上げない。
それどころか橋が傾いているというのに、戻ろうともせず進軍を続けようとしている。
「これは……。急げフィン、何かおかしい! おかしなことになる前に、目標を達してここから離脱するぞ!」
俺の警告にフィンの翼が加速した。
迫り来る矢をフェンリエッダが弾き返し、ボルト魔法をアウサルがウィンドマテリアルを使って軌道をそらした。
「着いたよ、やっちゃってよパパ!」
「急げアウサル、やつら完全に私たちに気づいたぞ!」
最後の支柱に到着した。
フィンの翼から地表へと下りた俺は、急ピッチで石の柱を削る。
こちらも/字に削り、完全に崩壊するように工作を進めた。
「う、うわっ?! こいつら……!!」
「えっ、う、うそぉー!?」
ところがだ……。俺たちの目の前にエルキア兵が飛び降りてきた。
遙か頭上、橋の上から、向こう側の要塞から、兵たちが身を投げて来たのだ。
やはり何かおかしい、自分の命を平気で捨ててくるだなんて、まるで……異界の言葉で言うところの、ゾンビではないか。
(おい、アウサル、聞け! 調べてみれば妙なことになっておるぞ、コイツら……心を封じられておる! 1人残らず、何者かに操られておるぞ!)
ユランと俺は繋がっている、上空の赤き竜より警告が届いた。
なるほどな、違和感の答えはそれか……。
「フィンッ、おいフィン、どうした?!」
ところが予定外が重なっていた。フィンの様子が急におかしくなっていたのだ。
大渓谷の底、川の真ん中を見つけて目を見開いていた。
「フィン、怖じ気付いたのなら――いや、あれは……」
しかしその視線の向こう側に妙な人影を見つけていた。
あの白公爵ヴェノムブリードの小姓が、大渓谷の底からフィンを見上げて、何かをつぶやいていた……。
いや見守っている場合ではない、俺は最後の一撃を加えて支柱を崩壊させた。
(ちと足りんな、見ていろアウサル、これが今の我が輩の力だ!)
上空にてユランが巨大化した。遠近感が無いのでさだかではないが人の背丈二つ分よりでかい、ソイツが火球型のブレスを放ち、大橋中央の支柱に追撃を入れた。
すると崩壊が始まった。
ローズベル大橋という、大渓谷を塞ぐ唯一の物が斜めに傾き、上にいるエルキア兵ごと地の底に崩れ落ちていく。
橋が落ちてゆく。俺たちも逃げなければならない。
迫り来る敵兵をエッダに任せ、俺は大急ぎで穴を掘り、フィンをその底に連れ込んだ。
「エッダ、もういい、来い!」
「了解だ!」
急場しのぎの防空壕だ。
エッダが下りてくるのを確認すると、俺は地下へ地下へと力の限り掘り進んでいった。
地上より鈍い地響きが届く。それが何度も何度も繰り返され、やがて落ちる物がなくなったのか静かになっていった。