24-3 前日譚 亡国の姫君フェンリエッダと侯爵スコルピオの因縁
「いいかアウサル、不公平だから私も昔のことをお前に話す、これでおあいこだ。それに、ヤツとの決戦も近い、聞いてくれアウサル、私は……お前と同じ、ヤツへの復讐を望む者だ……」
・
・フェンリエッダ
聞いてくれアウサル、私はスコルピオ侯爵家の屋敷で生まれたんだ。
フィンブル王家の末裔、その生き残りは私たちだけだった。私たちは政治の道具として、征服者の一族に飼われていた……。
「ウフフ、かわいい子ねぇ、フェンリエッダ。アアタは綺麗な女になるわよ、そんなアアタに、今日は新しい服を持ってきたの、ほらぁぁっ!」
「スコルピオ様! 新しい服、嬉しいです。あ、かわいい……ありがとう、嬉しいですスコルピオ様!」
「ウフフ……そうでしょぅ、このアタシが選んだんだもの、当然よ。アタシのかわいいフェンリエッダのためだものぉ~」
「私も、スコルピオ様好きだよ、やさしいから……」
あのスコルピオ侯爵は私にやさしかった。当時は私にとってお父さんのような人だった。
きっと私は彼と、お母さんとの娘なんだと、ずっとそう思っていた……。
露出の多い服をお母さんは嫌がったけど、何も知らない私は喜んでそれを着て踊り回った。
「あらかわいい……たまらないわ、フェンリエッダ、アアタのお母さんも若い頃はこんなだったのかしらねぇ……」
「……はい」
お母さんはいつだって私がプレゼントを貰うと複雑そうだった。
その本当の意味を私は知らなかったんだ。
・
13才になったある晩、スコルピオと母エルドレッダの話を耳にしてしまった。
私は塔の上の階で寝ていたけど、その日は下の階で母とスコルピオが愛し合っていたから、それが終わるのを待っていた。
お母さんと一緒に寝たかったから、上に上がってくるのをずっと。
「お願いです……あの子だけは……。あの子に手を出すのだけは、止めて下さい……」
でもその日は様子が違った。
私は約束を破って、下の階をのぞきに行った。
「ウフフフフフッ……命が惜しくなったのかしら、エルドレッダ。それが無理な話なのは、アアタもわかってるでしょ。フィンブル王家の血筋は、スコルピオ侯爵家の血筋に飲み込まれる必要があるのよ……」
裸の母とスコルピオがいた。
汗と、変な匂いの立ちこめる部屋で、私はいつもとまるで違う2人の姿に混乱していた。
「わかっています……わかっていますけど、それはあの子は……」
「滅び行く亡国の血筋を、あたしたちが守ってあげてるのよぉ? 何が不満なのかしら、逆らわなければ、餓えも凍えもせず生きられるのよぉ」
難しい話だった。
けれど私は少し人より早熟で、2人が何を話しているのか、何となくわかってしまった……。
「わたしがあの子の代わりになるわ……。だからお願い、止めて……あなたには抵抗がないのですか、スコルピオ……いえ、私の息子、フォーン・スコルピオ……。あれはあなたの、妹なのですよ……っ」
「フフ、抵抗感? そんなの、もうないわよ……」
私がお父さんだと思いこんでいた人は、お兄ちゃんだった……。
なのにスコルピオは、お母さんと仲が良い、だからずっと夫婦だと思っていた……。
現実は違った、ダークエルフを縛り付けるために、彼らが私たちの血を欲していただけ……。
征服されたダークエルフの国、フィンブル王家の血を……。
「そんな……フォーン、考え直して……母である私の言葉に、耳を……」
「父上は貴女を犯して子供を作ったわ。片方は人間の子となりアタシとなった。もう片方は遅れて生まれ、ダークエルフとなった。羨ましかったわ、美しくて老いぬ種族、アタシ、あの子が羨ましかったの……」
アウサル、スコルピオはそう言っていた。
あの男はダークエルフを見下してたんじゃない、羨望しているの……。
父親に似た凡庸な容姿に生まれた己と、母親似の私、彼にとってそれがコンプレックスだったんだと思う。
だから本国からのダークエルフ処刑命令にも、もう1つの反発要素として働いたのかもしれない……。
「アアタはあたしの母、血筋の残しやすさを考えれば選択肢は他にありませんねぇ……。フェンリエッダ、あの子がこのまま大人になってくれれば、あなたはもう用済みですよ」
「あの子にまで、雌馬のような役目を強いるのですか……。フォーン、お願い、考え直して……」
私の血には、汚い征服者の血が流れている。フィンブル王家の純血は既に破られ、他の血筋は根絶やしにされた。
私はスコルピオに娘として愛されていたのではない……。
羨み、憎み、家の将来のために利用される運命が決まっていた。
「楽しみですねぇ……。もしヒューマンの男子が生まれれば、フィンブル王家の血筋もそろそろ用済みです。そうならなければ、あたしの甥が同じことをフェンリエッダにするでしょう。ウフフ、美しい娘ですから、これからも成長が楽しみですよ……エルドレッダお母さん」
もしスコルピオがダークエルフに生まれていたら、父親に殺されていたのかもしれない。
あるいは、別の運命を描いてニブルヘルの後継者として、私の兄として戦ってくれたのかもしれない……。
・
それから数ヶ月が経つと、私は初潮を迎えてしまった。
母はそれを知るなり、最期の賭けに出ることにした。
私たちは古い塔に軟禁されていた。王家の血筋を取り戻しに来た者を捕らえる、餌のようなものでもあった。
塔の3階から下には厳重に鍵がかけられ、ごくまれにスコルピオが気まぐれを起こさない限り、下の世界には行けなかった。
アウサル、お前が屋敷の地下に水路を繋げて、屋敷を傾けてくれたと聞いたときは爽快だった、胸がスッとした、監禁生活の恨みを代わりに返してくれたような気がしたんだ。
話がそれたな……。ともかくその3階の窓も常に塞がれ、外が見えるのは4階からだ。
とても下には下りられない、高い高い場所に私たちは住んでいたよ。
「フェンリエッダ、今から貴女を外に逃がします。これは私の髪を編んで作った組み紐です、あなたは今からここを下りて、あそこで待っている、ダークエルフの使用人を頼りなさい……」
フィンブル王家の直系、エルドレッダ姫は娘に訪れる過酷な運命に堪えられなかった。
彼女なりに脱走計画を練り上げて、己の髪の毛を少しずつ束ねて紐を作っていた。
「お母さんもくるよね……?」
「私はもう大人なので下りられません、途中でひもが切れてしまいます。大丈夫、必ずまた会えますから……あなたは外の世界で待っていて下さい」
「嫌……外は怖い、私はここがいい……」
母が私の横髪をそっと撫でて、子供だったフェンリエッダを説得してくれた。
「外には素晴らしい世界があります。こんな塔の中からでは想像もできない世界が。鳥のヒナだっていずれ巣立ちます、行きなさいフェンリエッダ、フィンブル王家の娘として、王家の忠臣グフェンに会いなさい。私の代わりに、彼の力になってあげて……お願い……彼には王家の末裔が必要なの……」
「でも……でも……こんな高いところから、下りるなんて……。お、お母さん、や、止めて、怖い、止めてよぉ!?」
母は無理矢理、我が子を塔から突き落とした。
髪で作られた紐を頼りに、もう下りてゆくしかないように、承知で窓から私を追い出した……。
「痛っ……」
「行きなさい、フェンリエッダ……ッ! グフェンの元に、行きなさい! そこが貴女がいるべき世界よ!」
途中で紐が切れて、とても痛い尻餅をついたよ……。
そうして後戻り出来なくなった私は、母の言いつけ通り使用人のダークエルフを頼る他になかった。
私は逃げたのだ、命じられたとはいえ母親を捨てて、一緒に逃げなかったんだ……。
「フェンリエッダ様、泣かないで、さあこちらに……グフェン様が貴女を待っております」
私はそのダークエルフの使用人に連れられて、スコルピオの屋敷を出た。
馬車に隠され、サウスの街から外の世界に運ばれて、迷いの森へ、その先にあるニブルヘルの隠し砦、グフェンの元に連れて行かれた。
・
「初めまして、フェンリエッダ。俺の名はグフェン、反乱軍ニブルヘルのリーダーだ。しかし貴殿はお母さんそっくりだな。エルドレッダ様の娘に言うのも無礼かもしれんが、良ければ……今日から俺のことを父だと思ってくれ。俺も君のことを、娘だと思うことにする」
「貴方がグフェン……お母さんの言っていた人……?」
「そうだ。フェンリエッダ、無事で本当によかった……もう君を誰にも手出しさせない、この俺が守ろう」
「はい、お世話に、なります……グフェン様」
初めて出会った頃のグフェンは、大きいけどやさしそうで、少し寂しそうなおじさんだった。
私はそれからグフェンにすぐになつき、いつしかグフェンを喜ばせるために生きるようになった。
母の訃報を聞いたのはニブルヘルに保護された少し後だ。
フィンブル王家の最期の生き残り、エルドレッダは病死したとスコルピオ侯爵家が広めた。
だけど私が後から調べた現実は違う。
母は健康だった、病死なんてあり得ない。母はあの日私を逃がすために塔に立てこもり、最期は最上階から身を投げた。
フィンブル王家の血筋をこれ以上利用されないために、自ら命を絶つことを選んだんだ。
王家の血筋は2つもいらない。グフェンの手元にあればそれでいい。
アウサル、スコルピオは母の仇だ。でも一番許せないのは私本人だ。
私が生まれてしまったから母は死んだのだ……。だから私は許さない、母を利用しようとした全ての者を……。
フォーン・スコルピオ侯爵は私の兄。私は母の死を招いたアイツを、最低の兄を討たなければならないんだ!
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「これでおあいこだろ、アウサル……。生まれながらに罪を抱えているのはお前だけじゃない、みんなそうだ。みんな犠牲の上に生まれてきた。過去なんてどうでもいいから、お前は最悪の今を、そのスコップでひっくり返せ!」
アウサルがずっと神妙な態度で私を見ていたので、話を終わりにして発破をかけた。
私の信じるアウサルに、ウジウジしている姿は似合わない。
苦難を承知で全てを覆してゆく不思議な男、それが私の知るアウサルだ。
「アウサル、私はお前が何者であろうとも構わない、その人柄、熱い魂、ときにバカな部分も含めて、私はお前を好ましく思っている!! お前はアウサル、ダークエルフに奇跡を引き起こした、我らの英雄だ!!」
過去のお前にどんな罪が有ろうとも、それはもう帳消しになっている。
全ての種族がお前に感謝しているんだ、ユランが復活し、反撃のチャンスが来るなんて、半年前には誰も思っていなかった!
お前は私、フェンリエッダの誇りなんだ!!