24-1 千年がけの願いと54代目アウサル
前章のあらすじ
エルキア王国ウルゴス領への直通地下ルート、黄の地下隧道が開通する。
アウサルはエルキア反乱軍の首魁エルザスと軍師役ジョッシュと接触し、情報を交換する。
エルキアは老人を王都に集めている、恐らくは人をケルヴィムアーマーに変えるために。
またサウス国境にエルキア軍が集結を始めている、もしかしたら同時決起を待ってはくれないかもしれない。
その後アウサルはア・ジールに帰国し、白き死の荒野にて宝石の発掘に勤しんだ。
ところが彼は古い建物まるごとを掘り当てる。その隠し金庫に初代アウサルの真実があった。
1000年前、呪われた地より今のアウサルと同じ姿をした男が現れた。
男はフィンブル王国の騎士アウサルに拾われ、記憶を失っていることからアシュレイと名付けられた。
アシュレイは言う、自分はユランを勝利させるために現れた。今すぐ天の門を閉じなければ、サマエルが世界を滅ぼす。
予言者ゲルタという理解者と共に、彼らは少数でエルキア王国に潜入する。
そこにある天の門を封じることにより、ユランとサマエルが相打ちになる結末に導いた。
しかし騎士アウサルが命を落とす。彼は妻を含む己の全てを、亡き弟によく似た男アシュレイに譲った。
こうしてアウサルはヒューマンのアウサルを名乗るようになった。
失われたユランを取り戻すために、呪われた地にて発掘を続ける一族となった。
予言者ゲルタと共に、1000年後の逆転劇に向けていくつもの布石を残して。
予言者ゲルタは巨人らユランの民を率いて遙か南に去った。
白き死の荒野から来た名も無き者、2代目アウサルは未来へと希望を託し、己の正体に気づきながらもヒューマンのアウサルとしての一生を望んだ。
54代目の末裔がユランを取り戻し、全てを覆してくれると信じて。
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サウス滅亡の危機 第一次ローズベル要塞防衛戦
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24-1 千年がけの願いと54代目アウサル
「滅びたユランの千年王国より現れた、破滅の未来を目撃した罪人、それが俺たちだ。俺たちは贖罪を続ける義務がある。……ユランと共に、エルキアを討て。悪夢を今度こそ終わらせろ」
いつしか俺は朗読を始めていた。
その方がどうしてか、言葉がしっくりと自分に染み込んでゆくようだった。
「……後は白紙か、随分と熱の入った自伝を書き残してくれたものだ」
手記は思わせぶりな言葉で終わっていた。俺たちは罪人で、贖罪をしなければならないのだと。
読書中ずっと建物の壁を背に腰掛けていたが、そこからおもむろに立ち上がる。
ぶち破っておいた窓から、俺は白き死の荒野を漠然と眺めた。
アウサルはアウサルであって、けれどアウサルではない。
仮の名があるとすればアシュレイ、俺は53代目アシュレイだった。
「参ったな……先祖も困った記録を残してくれたものだ……」
ワルトワースの偽りの独裁者ジンニクスは言っていた。この策略を考え出したやつを許さないといった言葉を。
まさかそれを担っていた者が俺の先祖だったとは。
さらに手記の中の2代目アウサルが言うには、どの時代のアウサルも全て同一人物だという……。
代々親と全く同じ顔を引き継ぐ一族。それは初代アウサルによって名前を与えられただけの、正体不明の怪物だった。
スコルピオが正しかったのだ。アウサルは人ではない、どこから来たのかもわからない、まごうことなき怪物だ……。
この手記をジンニクスに見せるわけには到底いかない。
いや他の誰にも、ユランにすら知られたくないと、そう俺自身が望んでいる……。
「あちらに帰るか……」
急に不安になった。ヒューマンであるという思いこみが、俺たちアウサルを人の形に保ってくれていた。
言わばそれは初代アウサルによる祝福と加護だ。
彼のおかげで俺たちは、怪物ではなく人として今日まで生きてこれた。しかし手記がそれを奪った。偽りを暴いたのだ。
俺は宝石袋を背負って2代目アウサルの家を出た。荷物を台車に乗せて、自宅の倉庫からも残りの宝石を回収した。
呪われた地を去り、不安を仲間の姿で鎮痛するために。
「アシュレイ……ならば結局、俺たちは何だったというのだ。それを悟ったというならば、もったいぶらず手記に残しておいてくれれば、良かったものを……」
台車を引いて、俺は楽園ア・ジールを目指して地下を進んでいった。
ア・ジール、その本当の主はアシュレイだったそうだ。
『お帰りなさいアウサル、捜し物は見つかりましたか?』
ア・ジールを封じていたあの大門は、あのときそう言っていた。
俺は俺の中に眠るアシュレイに突き動かされてここを掘り当てたのだろうか……。
・
ア・ジールに帰国した。人工太陽に照らされる美しき楽園は、変わらぬ姿で俺を迎えてくれた。
「アウサル様、お帰りなさい!」
「アウサル、それ全部宝石か?! まぶしいなぁ!」
「ホウセキ、ウマソウ。ハシッコ、アマッタラ、リザードマン、クレ」
道を行くと何度も声をかけられる。
ライトエルフ、ダークエルフ、獣人、リザードマン、移民を果たした有角種からも手を振られた。力の有る者は荷台を後ろから押してくれた。
孤独感もあっていつもより丁寧に受け答えて、グフェンの政務所を目指す。
彼らは輝く白銀のスコップをまぶしそうに目を細め、異形の怪物の行く先を見守っていた。
ユランとアシュレイの願いは成就されつつあるのだと、不思議な感慨を抱きつつ。
・
政務所に着くとダークエルフのアベルハムが歓迎してくれた。
彼の笑顔は明るく誠実だ、普段どおりの当たり前の姿が不安を和らげてくれる。
「お帰りなさい、アウサルさん。グフェン様なら書斎に縛り付けてあります、脱走していなければですけどね」
「何と、それはまた助かる。……エッダは?」
幹部としての仕事にもすっかり慣れたのか、彼には頼もしさがあった。
当時は半分気まぐれで推挙したものの、今はグフェンの左腕としてもう替えがきかぬほどの活躍をしてくれている。
「もうじき帰ってくるはずです。何かご用でも?」
「いや、ただ聞いてみただけだ。……それと宝石を運んできた、悪いが外の荷台から中に運んでおいてくれ」
「お安いご用です。貴方のおかげで毎日が新鮮です、いつでも盾になる覚悟ですので、次の戦場こそ連れて行って下さい」
「……それは無理だな、アンタはきっと、役人の方がずっと向いているよ」
不平を言うアベルハムに背中で手を振って、グフェンの書斎に入った。
「聞いての通りだ、予定を繰り上げて宝石を運んできた、後はよろしく頼む」
「よく戻ったアウサル殿。全くアベルハムめ……最近勘が良くなってきてな、おちおち畑仕事も出来ん……。まあ、俺もそんなことしていられる状況でないことは、理解しているがね……」
どうしてだろうか。俺はグフェンを見て、老いたなと、まるで2代目になったかのような感想を抱いていた。
きっと思い込みだろう、若い頃の彼の顔が見えたような気がしたのだ……。
「どうされた、アウサル殿。どことなく……いつもと様子が異なって見えるな。いつもの貴殿なら、発掘品を誇っているところではないかね?」
「アンタは鋭いな……だてに歳を食ってはいないか……」
アシュレイはグフェンの運命をねじ曲げた。
死ぬはずの存在だった者を、ダークエルフの守護者に変えた。
グフェンがいなければ、54代目のアウサルはニブルヘルと出会っていない。
フェンリエッダとも会うことがなかっただろう。
銀髪青肌の大男は膨大なその仕事を進めることもなく、ゆったりと背を休みながら俺を見守ってくれていた。
「グフェン……昔、こんな言葉を聞いたことがないか?」
「昔と言っても俺も長いこと生きた、いつ頃のことだろうか」
「1000年前、アンタがまだ若かった頃だ」
「あの頃か、あの頃は……俺も若かったからな、全くの若造だったよ、少し人より優れているからって驕り高ぶっていた。……もし過去に戻れるなら、殴り飛ばしに行きたいくらいだ」
もし過去に戻れるなら……?
そういえばそんな本をルイゼと一緒に呼んだな。平行世界に渡った男の本を。
「アンタ、それより気を付けなよ。ぬかるみに足を滑らせて、うっかり敵に左胸を貫かれないようにな。湿地での戦いでは気を付けるんだ、グフェン」