23-7 聖戦の終わりを奏でる灰の男
・アウサル
陽動は成功した、私とアシュレイ、ゲルタ、フィンブル王より借りた潜入兵合わせて23名は、エルキア王国王城、地下大聖堂に到達していた。
その祭壇には美しい光の歪みがあり、内部に白い世界と階段を浮かべているのだから、私の常識などここでは通じないようだ。
「準備はいいか? 説明したが、門を封じるにはこの歪みの内部に入る必要がある。閉ざしてしまえばあとは逃げるだけ、簡単なものだが、そこまでが問題だ」
どうしてアシュレイはそんなことまで知っているのだろうか。
もしかして彼は天使の生まれ変わりなのか、それともユラン様のような神々の1人なのか。
彼がその歪みに腕を伸ばすと大きく空間が広がり、彼とゲルタが我先と天上世界へと飛び込んでいった。
私もそれを追う。アシュレイ、彼は勝利の切り札、私の弟の面影、死なせるわけにはいかない……。
「私に続け、天と地上の接続を断ち、ユラン様の戦いを支援する!」
アシュレイを追って歪みの内部に入ると、そこは白い世界に白い回廊、それに天へと続く階段とその終端に据え付けられた黄金の巨門があった。
その門の前に巨大な白銀の鎧人形が腰掛けている。アシュレイが言っていた門の番人だ。
「あれはデュナミス、ケルヴィムアーマーの拠点特化防衛タイプだ。少しの間だけでいい、アンタたちはアレの相手を頼む」
そう言ってアシュレイは私の後ろに隠れ、敵がこちらを襲ってくるのを待った。
銀の巨人デュナミスは、鈍重な動きで階段を下りて私たちという侵入者を排除しにやってきた。
「くっ、最悪の相手だな……総員、迎撃準備だ!」
「アシュレイよ、ぬかるなよ。そなたがしくじれば滅びが決まる、絶対にあの門を、閉ざして帰って来い! 愚かなる創造主に、我らが負け犬ではないところを見せてやれ!!」
ゲルタの激励を受けてアシュレイのやる気も十分だ。
彼は巧みに私の背中に隠れ込み、私がデュナミスと激突するその瞬間に敵の背後へとすり抜けた。
成功だ、銀の人形はアシュレイの突破に気づいていない。だがほんの一瞬で仲間の首が二つも宙に飛んでいた……。
やがてアシュレイが結界に張り付く。
見たこともない複雑な術が発動され、大きく開け放たれた黄金の扉がゆっくりと内側に動き出している。
「デュナミス1体とは舐められたものよの、いやこれこそサマエルの弱点、傲慢が形となったか……グラビティ!」
ゲルタの術が白銀の鎧の重量を増加させる。
それが敵をより鈍重にさせたが、相手は撃破不能にも等しい不死の怪物だ。
攻撃はほぼ意味をなさず、何をしても足止め以外の何にもならない。
デュナミスの剣が盾ごとフィンブルの同胞を吹き飛ばし、次々と私たちは数を減らされていった。
「アシュレイ、気づかれたぞ!!」
これならば私たちが死のうともその頃には天の扉が閉じる。
しかしあと半分といったところで殺戮の人形がアシュレイの存在に気づいてしまった。
「問題ない、むしろ好都合だ。魂無き木偶め、気づくのが遅かったな!」
デュナミスは反転して天界の門を閉ざさんとする者を目指した。だが動きが鈍い、これなら到着する前にアシュレイが門を閉ざす。
問題はその後だ、どうやってアシュレイはその後デュナミスから生き延びるのだ!
アシュレイは天の封鎖を急いだ。音を立てて黄金の扉が軋み、着実に閉じられていく。己が生き延びるために。
「止まれ、そいつは私の弟だ! 貴様などにやらせはしない!」
「忍び込んでみれば、正真正銘の死地であったな……、急げアシュレイッ、くっ、グラビティ!」
ゲルタが術の効力を増幅した。
わたしは士気が残っている少数の兵と共にデュナミスの正面に立つ。残念ながら戦意を喪失したり、負傷したりと動けない者も多かった。
そこに追い打ちだ、神は私たちを見放した。先祖がユラン様と生きる道を選んだ日より、もう決まっていたことだったが、最悪の事態が起きた……。
「往生際の悪いやつらだ。アウサル、時間を稼いでくれ、少しでいい」
門の向こう側から同じタイプのケルヴィムアーマーが現れて、閉じゆく扉に手をかけたのだ。
そいつは天界側から門の封鎖を押し返そうとしていた。
物理的な力で閉じるものではないらしく、アシュレイの閉じる力の方がずっと強い、無駄なあがきだ。だが時間稼ぎになってしまっている。
「うっ……ま、待て!」
地上側のデュナミスが強硬突破をはかった。わたしはそれにあえなく吹き飛ばされ、倒れ、結果、アシュレイに続く道を開けてしまった。
次々に兵たちも斬られる、吹き飛ばされた、守る者がいなくなった。
このままではまずい、アシュレイが挟撃される。私は弟を2度失うなど、絶対にごめんだ!
ただちに立ち上がってデュナミスに向かって走り出す。盾を捨て、剣1本で駆けた!
「その男は、私の弟、世界を変える男だ!! 止まれ、サマエルの奴隷人形、貴様らにえこひいきされる世界など、私は絶対に、お断りだッ!!」
デュナミスは振り返らない。
私が白銀の鎧の首元に飛びつき、内部の肉体、骨と骨の隙間に剣を突き立ててやるまでは。
その思わぬ攻撃にデュナミスの巨体が暴れ出す。正攻法ならばここで剣を捨てて待避するだろう。
しかし俺がしたことは、より深く剣を押し込み、やつの足止めをすることだった。
「アウサル、逃げろ!」
いつどうやられたのかはわからない、ゲルタの警告に引き際を悟り、飛び退こうとしたところで、私はデュナミスの腕に胴体をつかまれ、投げ飛ばされていた。
・
その後はわたしの出番などなかった。
私の自慢のアシュレイは、敵の剣を巧みにかわして扉の向こう側のデュナミスと同士討ちにさせていた。
それにより扉が完全に閉ざされ、アシュレイの術によって封印にも成功した。
黄金の扉は銀のイバラにより縛り付けられ、輝きを失って錆びた赤銅のように色あせていった。
「よくやったぞ、アシュレイ! 今、未来が、未来が変わった! 我にはわかる! 我らは滅びぬ、有角種も、巨人も生き延びる未来が見えるぞ!!」
「舞い上がりすぎだゲルタ。……これでユランも、サマエルとのケリを付けることができるだろう」
ところが私は――壁に叩き付けられた激痛の中、どうしてかわからないが全てを理解したつもりになった。私は悟ったのだ。
天界の門の位置を知り、それを閉ざすことが出来る者。アシュレイはユランと同じ、全ての種を守るために戦っている。
彼は遠い別の未来で、世界の破滅を目撃した者だ。
それはつまり、エルフでも、獣人でも、有角種でも、もちろん巨人でもヒューマンでもない別の存在ということになる。
アシュレイ、君は、まさか。――、だというのか?
・
後は撤退あるのみ、私たちは動ける者だけを集めてエルキア王国王城を抜け出した。
城を出ると空に天変地異が起きていた。真夜中だというのに天が星々が赤く染まり、そこに赤い巨竜と、12枚の羽根を持つ白き者が現れていた。
その2つが激しくぶつかり合い、閃光と雷鳴を呼ぶ。ところがアシュレイが門を閉ざしたからだろう、すぐに決着がついた。
サマエルはユラン様により次元の割れ目に押し込まれ、その内部へと姿を消していった。
そしてもう一方の赤い方は、サマエルを討つと力を使い果たしてしまった。
世界を救った竜は赤い流れ星となり地上へと落ちてゆく。南西へ、ユランの千年王国のあった大地、白き死の荒野の方角へと。
その結末は、私たちにとってあまりに予定外だった。
ユラン様が相打ちになる未来など誰1人として望んでいない……。
「急いで門を閉ざして正解だった、これによりサマエルは地上で力を維持できなくなった。だが、相打ちになるだなんて……そんな、バカな……こんな結末、俺は……」
アシュレイ、私の名付けた名も無き男。彼はサマエルとユランについてあまりに詳しすぎる。
まるですぐ隣で、この2つをずっと見守ってきたかのように、この相打ちの未来を悲しんでいた。