23-6 予言と門への旅路
ところが帰宅すると待ち人だという。
それもアウサルとアシュレイ、その両方に会いたいと有角種の女が押しかけて来たそうだ。
「アシュレイ、お前の素性を知る者かもしれないな」
「それはない。俺に知り合いなどいない」
応接間に行くと本当に有角種の女が待っていた。
輝くプラチナブロンドを編み込み、占い装束とベールを身に付けた気の強そうな美人だ。
俺たちが現れると彼女はイスに腰掛けたまま、怪しむように強い眼差しを向けてきた。口元の方はシースルーのベールに包まれていてよく見えない。
「ゲルタ、予言者だよ。そちらがアウサルで、こっちの異形がアシュレイだな?」
「そうだ。では自己紹介ついでに用件も教えてくれ、アンタの言う異形にな」
彼女の正面に腰掛けた。フードを下ろし、己の少し変わった肉体をさらけ出す。
ゲルタはふざけるつもりなどないようだ、ひたすらシリアスに俺の姿を凝視していた。
「星々の位置が突然歪みだした。絶対に、あり得ない動きを始めたのだよ……、その歪みの元を辿ってみれば、そこにそなたらがいたとくる」
「有角種の一派には、星々の運行から未来を予知する者たちがいるそうだ。あまりに緻密過ぎて、私たちには理解できない世界らしいが」
アウサルの解説にゲルタが高慢に首を縦に振る。……気位の高い予言者様だ。
「アウサル、そなたについては理解できた。フィンブル王家に仕える、優秀で分別のある理想的な騎士だ」
「はは、そういう評価になるのですね。あの有角種に言っていただけるとは光栄です」
その眼差しが再びアシュレイという名無しの男に向けられた。
ゲルタ、その名は俺の記憶の中にない。つまり正史では大きな役割を担わなかったということだ。
「だがな。そなたは、何者だアシュレイ。白き死の荒野より現れた人ならざる者よ。そなたのような姿をした者を、我らは一度足りとも見たことがない……」
「ああ、俺の正体などどうでもいい。俺は天界に続く門の位置を知っている、それを閉じる術も。俺はユランを勝利に導くためにここにいる、それ以外の全てはどうでもいいことだ」
ユランが勝たねば世界は破滅する。だから俺が天の門を閉ざす、それが実現されるならば俺の正体など何だっていい。
睨み合いをしているとゲルタが水晶玉を取り出し、それを宙に浮かせて占いを始めた。どうやら占われているのは俺のようだ。
「そなた、つい先ほど1つ未来を変えたな……。グフェン、という新兵の生き死にか……。このちっぽけな因果が、ほぅ……」
ゲルタは自分1人で盛り上がった。
よっぽど興味深いのか水晶を深くのぞき込み、会話を止めてしまっていた。
「また大きく未来を歪めたものだな……。これがダークエルフの興亡にまで、影響を与えるのか」
「盛り上がっているところすまんが、用件を頼もう。何のようだ?」
俺がそれに割り込むとゲルタは渋い顔をした。気分を害したようだが、こちらの知ったことではない。
「まあいい、教えてやる。予言の示す未来は、そうそう変えられるものではない。世界の命運ともなれば、その時代の特異点となる者にしか変えられん。今はユラン、そして復活したサマエルという二役のみだ」
もし本当にゲルタが未来を予知しているというならば、その後に訪れる破滅を知った上で俺たちの前にやってきたことになる。
本当に、彼女が本物の予言者だとしたらだが。
「だがお前はその演劇の舞台に、空気も読まず身を投じおった。ふんっ、興味深い……いいだろう、天界の門について詳しく教えよ。国王に掛け合って潜入部隊を用意させてやる」
「ふふっ……これは思わぬ味方が増えたではないか。協力してもらおう、アシュレイ」
「そなたが舞台裏の門を閉じ、ユランがサマエルを獄に封じ直す。やってみようではないか、名も無き者、アシュレイよ」
破滅の未来と、それを歪ませる得体の知れない存在アシュレイ。
本当に未来を知っているというならば、ゲルタが俺たちに協力するのも当然のことだった。
当然の摂理で、ゲルタは星に導かれ、破滅を回避するめに俺たちの前に現れたのだ。
・
有角種の国は大陸中央と北方、西方にあった。
だが国としての形を保っているのは西の1国のみ、他はユランとサマエルの戦いにより大地を汚染されて、有角種は故郷に住めなくなってしまった。
彼らは古い種族だ。サマエルが最も警戒する、根絶やしにしなければならない種だ。
だからなのだろう。それゆえ神の毒は、有角種に最も強く作用するように作られた。……そう俺の知らない俺が語ってくれた。
有角種はサマエルを超える可能性を見せたがゆえに、地上の支配者の地位を追われたと。
それはそうとして、俺たちは翌日すぐに北へと出兵した。
フィンブル王国を出て、森林地帯、誰も通りたがらない湿地帯、山岳を抜けてエルキア王国を目指して進んでいた。
今は山中だ、岩山に囲まれた狭い峡谷を、草を薙いで道を拓きながら歩いている。
「まあそういうことだ、もう有角種はこの地上では生きられぬ。戦いに勝利しようと負けようと、この事実はもはや変えられぬ。これは予言ではなく避けられぬ事実よ。神の毒を逃れて、遙か遠方や、次元の狭間に逃げ込むことになるだろう……」
ゲルタも作戦に同行してくれた。
己の術で計画を支援して未来を変えたい、同時に予言者として予知が歪められる姿を目撃したいそうだ。
「それなのに貴女は、私たちの戦いに同行してくれるのですね。助かる反面、心配になります、身体は大丈夫ですか?」
「フ……さてな。どっちにしろ、この戦いが終わるまで逃げ出すことなど許されんよ。もし手を抜けば、世界が終わるのだからな」
「確かにそうです。ですが無理はしないことだ、貴女にとって不利な環境であることも変わらない」
アウサルは人格者だ、この少し不器用な予言者の信頼を早くも勝ち取りつつあった。
「ところでアシュレイよ、確認をしておきたい。最悪の未来を回避するとそなたは言うが、具体的にどうなるのだ? そもそも、そなたは何者なのなのだろうか?」
「ならばそういうそっちこそ何なのだ、予言の力があると言い切り、フィンブル王家も説得してしまった。何者だアンタ……」
先頭は陽動を担う兵たちに任せて、俺たちはその後方を進んでいる。
フィンブル王国にも兵員の余裕はない、大半が最前線に出て命を失っていた。
「我は古代より続く、栄光の種が持つ技術をただ継承してきただけよ。星を詠むことを生業とする一派に生まれ、サマエルに国を事実上滅ぼされた者、といったところだ」
「だからこそ、アンタの国は狙われたのだろうな」
「では聞こう、アシュレイ、そなたは何者だ、最悪の未来とはどんな世界だ? なぜ、それを知っている、よもや未来を見てきた、未来人だなどと言うなよ?」
俺は即答を選ばす短い思慮をおいた。
己の存在が極めて不自然なものだと今さら自覚する。自分は作為的な存在なのだと。
「昨日も言った。俺はユランを勝利させる、その目的のために存在する。それ以外のことは些細なことだ、何も覚えていない」
「都合の良い記憶喪失だな。……まあいいわ、ならば最悪の未来というのは?」
予言と言っても全てを知れるわけではないに違いない。
彼女は具体的な情報を欲していた。予言の答え合わせがしたいだけではなかったようだ。
「神の毒により全てが汚染され、誰も生きられなくなる。神々も天使も消え――」
「ほぅ……」
「ヒューマンすらもか。それはまさに最悪の結末だな……」
どうしてだろうか、そこで俺は矛盾に気づいてしまった。
どうして、俺は、誰も生きられなくなった世界が生まれたことを、知っているのだ……。
どうやってその世界を俺は目撃したというのだ。全てが死滅したというのに。
「世界は終焉を迎える」
「それだけは避けなければならないな……」
「だからこそ門を一刻も早く閉じるというアシュレイの判断は正しいか。神の毒を少しでも未来の地上から減らすという意味でも、ふむ……」
俺は誰だ、なぜこんな姿をしている。なぜ破滅の結末を知っているのだ……。
「騎士アウサルッ、エルキア国境砦を発見した、指示を求む!」
ちょうどそこで第一の目的に到着していた。
もうここまで来たら後には退けない。
「予定に変更はない、陽動部隊は50名はここに待機、日没と同時に攻撃をしかけろ。潜入部隊23名は、これより私と共にエルキア国内に潜入する! 私たちは最悪の聖戦に終止符を打つ!」
後は忍び込んで門を閉ざすだけだ。
たったそれだけで結末が変わる。俺を作り出した何者かの願いが果たされるのだ。