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23-4 一人目のアウサル

・????


 騎士団に通報があり、郊外に向かった私は不思議な風貌の男を拾った。

 今は戦争中、誰も彼も暇ではない、怪しい行き倒れを助けようなどと考える者はいなかった。


 だが何の因果かその男は、私の弟によく似た顔をしていた。

 あるいは私の中にある心残りがそうさせたのだろう。

 家の者より、彼が目覚めたと連絡が入ったときは、私は心より無事を喜び騎士団の兵舎を飛び出ていた。


「お帰りなさいあなた。こちらが私の主人、あなたを助けた者ですよ。では食事の支度をして参りますね……」


 帰宅すると妻と入れ替わりで彼と面会することになった。

 やはり似ている、だが明らかな別人だ。戻ってきたはいいが彼と何を話せばいいのだろう。そうだ、発見者は言っていた。


「君に聞きたいことがある。君は、理想郷アガルタから来たのか? もしそうならあちらの状況を教えて欲しい。いや、誤解だったらいいのだ……」


 千年王国アガルタ、それがユラン様がこの地上に築かれた王朝だった。

 全ての種が争うことなく共存する、世界の模範そのもの、だったのだ……。

 だが白き光が都を焼き払い、何もかもを消してしまった。その後すぐにこの戦いが始まっていた。


 全ての種を守ろうとするユラン様と、ヒューマンのみを寵愛するサマエルの戦いだ。

 決着はまだ付いていない。サマエルにそそのかされたヒューマンの国々は、私から見れば同族の恥だ。


「果て無き白き荒野、それと無数の岩山、後は触れると崩れ落ちるあまりに脆い廃墟という墓標、それしか残っていなかった」


 彼はそこから来たのだという。

 近付けば命を失う土地から生きて戻り、健康を取り戻したという。

 ユラン様の理想郷アガルタは、もう滅びてしまったのだと……。


「やはりユラン様の言われた通りか……」

「ユラン……ユランだと? ユランは、今、どこにいる……まだ生きているのか……?」


 私の弟に似た男はユランという単語に強い反応を見せた。

 ベッドより立ち上がり、私に真剣な目線を送って回答を急かす。


「不吉なことを言わないでくれ、生きているに決まっているだろう。今も戦っておられるよ、神に棄てられた私たちを守るためにな……傲慢なる創造主サマエルと……」

「つまりアンタはユランの配下か?」


 少し礼儀が無いがハッキリ者を言うタイプのようだ。

 そこが弟に少し似ている。


「残念だが直属ではないな、私はフィンブル王国の騎士、アウサル(・・・・)だ。……君は?」


 すると彼が自嘲気味に笑う。


「それはすまんなアウサル。俺は名前を持っていない、持っていたはずだが、記憶から棄ててしまったらしい」

「記憶喪失ということか……」


 なら弟の可能性も……あるわけがない。

 弟は戦死した、もう戻ってくるわけがないのだ。


「そうだ。だが志はきっとアンタと同じだろう。俺は、ユランを勝利に導くために生まれた。そのためにここにいる、それだけはハッキリと覚えている……」


 つくづく奇妙な男だった。

 記憶を失っているのに、迷うことなくユラン様を勝利させると言い切る。

 私が拾った不思議な存在が、本当にそんな奇跡を起こしてくれるような、わずかな期待を抱かせるほどに強い断言だ。


「ユラン様を勝利に導くか。なかなか大言壮語を言ってのけるな。だが気にいったよ。白髪混じりの頭、白き腕、竜の瞳を持つ名も無き者よ」

「騎士アウサル、助けてくれたついでにどうか俺に力を貸してくれ。早くどうにかしないとこの世界は、ヒューマンすら住めない地獄と化すぞ」


 サマエルは神の毒をまき散らす。

 これは耐性のないヒューマン以外の全てを苦しめる。だが限度を越せば西の白い大地のように誰一人住めなくなる。


「悪夢を回避するためには、サマエルではなく、ユランが勝利する結末が必要なんだ」


 まるでその男は、その地獄を実際に見てきたかのように言うのだった。

 困ったことに妄言には聞こえない。

 ユラン様の千年王国が滅び、邪悪なる創造主が地上に顕現したこの世界では……。


 ユラン様は言われた。やがてサマエルは、全てを飽きて、全てを滅ぼすだろうと……。



 ・



・名も無き者


 名も無き男にも便宜上の名前が要る。

 俺は恩人であるアウサルに、アシュレイという新しい名前を貰った。

 (アッシュ)と化した大地から現れたからだそうだ。


「名無しさん、ご飯が出来ましたよ。良ければ私たちとご一緒しませんか?」

「そうだな、志は結構だがその身体を直してからだ。それとコルネ、今日から彼はアシュレイだ」


 アウサルも、奥方様のコルネリアさんも俺にやさしくしてくれた。俺の妄言を2人とも信じてくれた。

 聞けばその奥方様は、フィンブル王家の遠縁だという。アウサルは国王に信頼されていたのだ。


 ユランを勝利させて歴史を変える。ただその目的のために存在していた俺に、アウサル夫妻が人の心をくれた。

 彼らのためにも、最悪の結末を回避させなければならない。それほどまでに夫妻の心根は暖かかった。




 ・




23-5 グフェンの運命


「主人が言っていました、あなたは戦争で他界した弟にどこか似ていると。アシュレイという名前も、レイという弟の名前から取ったものなのかもしれません」


 奥方様が教えてくれた、アウサルの弟の名を。

 彼女はアウサルのことを愛している。聞けば王家の反対を押し切って、彼との恋愛結婚を選んだそうだ。

 それ以来、意外とやるもんだと評価を改めることになった。アウサルも、奥方様もな。


「そうなのか、なるほどだからか。だがなぜそんな話を急にするのだ?」

「さあ、何ででしょうね……何となくかしら。うちのアウサルともっと仲良くしてやって下さいね。あなたの目的が何であれ、あなたは夫にとって弟の――そっくりさんなのですから」


 奥方様は少し天然なところがある。そんな子供ではないのだから、仲良くしてやって下さいと言われてもアウサルは困るだろう。

 役目を果たした後は目的も無くなる。アウサルを助けて生きるのも悪くない。


「こんなところにいたかアシュレイ。今から出かけよう、詳しく例の話を聞かせてくれ」

「来たか。では奥方様、ちょっと行ってくる。もう大丈夫だ、健康も取り戻した」


 奥方様に見守られて、俺はアウサルと一緒に屋敷から外に出た。

 久々の外だ。初めてこの街に来たときとは、まるで別物の明るく活気のある世界に見えた。



 ・



 街を歩いていると物々しい一行が広場に整列していた。

 鎧と剣を持った兵士たちだ、魔法部隊もいる。その中にどうしてかわからないが、妙に気になる者がいた。


「アウサル、あの列にいる男だが、あれは誰だ?」

「ああ……あれはグフェンとかいう若造だよ。国王陛下の覚えもめでたく、これから増援として出兵するようだな……ユラン様の下へ。名誉なことだが、あちらは死地だ」


 グフェンというらしい、そのダークエルフの若者は。

 豊かな体格に恵まれ、杖を背負い、恩賞か他の兵より立派な長剣を腰に差していた。

 どうも自由行動となったのか、そのグフェンがこちらにやって来た。


「グフェン、ユラン様の元で手柄を立てるのはいいが、生き急がないようにな。優秀な君に死なれては国王陛下が悲しまれる」

「ふんっ、どこの誰かは知らんが余計なお世話だな。手柄を立てて、貴様みたいな偉そうな騎士を、こっちがあごで使う立場になってやる、今に見ていろ」


 確かに若造と評されるだけのあふれる若さだった。

 俺はフードローブをさらに深くかぶり、彼の目線を避ける。アウサルに迷惑がかかるのは好ましくない。


「おいグフェン、まさか私のことを覚えてないのか? それはないぞ……」

「覚えてないな。格好で騎士であることはわかるが、どこのどちら様だ?」


 しかしグフェンを見ていると、頭にぼんやりとしたイメージが浮かんできた。

 ……彼が左胸を突かれて倒れる姿だった。


「アンタ、それより気を付けなよ。ぬかるみに足を滑らせて、うっかり敵に左胸を貫かれないようにな。湿地での戦いでは気を付けるんだ、グフェン」

「湿地……何の話だ? 俺は武勇も魔法も一流だ、負けるはずないな」

「まあとにかく、気を付けるにこしたことはないだろう。君は有望株なんだ、命なんて落とされたらやはり国王陛下が悲しむよ」


「しつこいな。まあ、イメージトレーニングくらいならしておいてやるよ。ではな、騎士と怪しいローブ男」


 グフェンのその言葉を最後に、悪いイメージはぼんやりと消えていった。

 俺たちもその場を離れて、アウサルが目当てにしていた飲食店にやってくる。

 それから奥の席に腰掛けて、茶とナツメヤシの乾果を注文した。


「北部の戦場から要請が入った、神の毒に追いやられ、後退を余儀なくされていると。ヒューマンである俺が前に立つ日もそう遠くなさそうだ」


 もしアウサルが死ねば奥方が悲しむ。

 ならばその前に俺は役目を果たさなければならない。


「教えてくれアシュレイ、本当に天界の門を閉じれば我らは勝てるのか? そもそも閉じれるものなのか……?」

「門は俺が閉じよう。天界からの増援とエネルギーを断てば、サマエルは孤立する」


「だが問題は場所だよ、エルキア王国王都地下大聖堂、中堅国といったところだがここはサマエル側だ。本当にこんな的外れな場所に、天界の門が隠されているのか……?」


 記憶が正しければそこが門だ。

 門を閉ざして天と地上の接続を立つ。それがユラン勝利のシナリオを描く。


「どうにか忍び込んで閉じてしまえば片付く。天との接続を絶てばサマエルも……今より力を失うはずだ」

「仮にそうだとして敵のふところだよ、訳を伝えても、国王陛下は兵を貸してくれないだろうね。ここに門があるという証拠はないのかな?」


「ああ、それは現地におもむかなければ証明不能だ。いいんだ、後は俺だけで勝手にやる、色々と助かった、アウサル」

「なるほど。君は私を巻き込みたくないのかな……」


 違う。ユランが勝利した未来に騎士アウサルがいてほしいからだ。

 目的のために私情は捨てるべきだが、彼は最初から戦力として数えていない。


「アンタは騎士という立場がある、職務を棄てて俺に付いてこれるものではない。経路の情報などなど支援とても助かった。実行は俺に任せてくれ」

「なら勝算はどうなのだ!?」


「さてな、わかるはずもない。きっとどうにかなるだろう。実は明日、一人でここを出発するつもりだった」

「いきなりな上に、大ざっぱなやつだ……。はぁ……ならば出発前にコルネの料理を食べていってくれ、今日はご馳走にしよう」


 最初から独りでどうにかするつもりだった。

 急がなくてはならないのだ、ユランとサマエルの戦いが大地を汚し尽くす前に、少しでも早く天の門を閉じなければならない。


「それはとても楽しみだ。アウサル、あんな良い嫁はそうそういないと思う。俺は独身だが、こればかりはわかる。アンタにお似合いの良い嫁さんだ」

「ああ、まったくだよ。俺なんかには過ぎた嫁だ。おかげで頭が上がらない」


 ありがとう、アウサル。俺のような名無しを信じてくれて。

 俺は必ず天の門を閉じて、アンタとコルネさんが幸せに生きられる世界を実現させてみせよう。


「気を付けろよアシュレイ、北部の戦いは酷い有様だって聞く。突入のタイミングは慎重にはかってくれ」


 目的がもう1つ増えた。全てが終わったら彼らの元に帰って来るという目的が……。


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