4-1 スコップ抱えて、実家に帰らせていただきます
前章のあらすじ
万年金欠のニブルヘルに悪党より盗んだ財宝がもたらされた。
資金繰りの好転により隠し砦には活気が生まれ、アウサルらはそこへさらなる1手を打つことになる。
北西の連山の向こうから水を引こう。アウサルのスコップならばそれを実現できる。
フェンリエッダ、ルイゼ、ラジールとその直属部隊と共に魔物の徘徊する山を行軍。無事に山上湖に到達した。
そこでアウサルは水路と水門を生み出し、麓のニブルヘル砦まで直通の地下水路を建造する。だが開通と同時に過労でぶっ倒れた。
こうしてニブルヘル砦に水がもたらされた。
ため池と用水路、新たな耕作地が豊富な水で輝き、虐げられてきたダークエルフに希望を与えるのだった。
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理想の夢物語と、その早過ぎる結末
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4-1 スコップ抱えて、実家に帰らせていただきます
水を引いたら開拓する。
その当たり前のことが急ピッチで進んでいった。
1日ゆっくりすると身体の不調も元通りに治まって、しかしすることもないので開拓地をまた見物して回っていた。
急場しのぎだった水路に木板の仕切りが組まれ、林もすっかり切り開かれてずいぶん見晴らしが良い。
豊富な水とトンネル内部より流れてきた残土……、もとい柔らかな黒土によりすっかり畑らしい光景が出来上がっていた。
……それもまだ貯水池側のごくごく一辺に限られていたのだが。
「……断る」
そうしていると不本意な願い事をされた。
こちらとしても叶えてやりたいところでもあるのだが、そこには譲れないポリシーというものがある。
「断るだと? ならばもう1度言い直そう。そのスコップで、開墾を手伝えアウサル」
「だから、それは嫌だ」
あの黒肌と金髪のフェンリエッダだ。
人の気も知らずに細身とその胸を張って、無自覚に横暴な要求をしてきた。
「アウサル、その力があればあっと言う間にあの一帯を耕せる! 使わない手は無いぞ!」
「それは発掘家アウサルのプライドが許さない。悪いが断る、自分たちでやってくれ」
そんなプライドが何になるとエッダが眉をしかめる。
美人にそんな顔されると困る、叶えてやりたくもなる。だがダメだ。
「妙なところで強情を張る男だな……。わかった、もうお前には頼まん! 見ていろっ、お前の手など無しで、私たちだけで立派な畑を拓いてやるからな!」
「ああ、それが1番良い。俺は手伝う気などさらさら無いから、アンタたちでがんばってくれ」
……これで良い。
いくら便利だからといって、ユランのくれたこの力で大人げなく開拓なんてしてみせたらどうなる。
せっかくのこの開拓ムードが台無しだ。
土いじりに子供みたいな笑みを浮かべる青肌グフェンに、歌いながら林を斬り拓くラジール、あの辺の連中に根深く恨まれる。
「覚えていろよアウサル!」
「もちろん覚えていよう。次に来る時を楽しみにしている」
「……。何だと? まさか、まさかお前、また帰るのかっ?!」
こんな大事な時に手伝わずにお前は……! って顔をされた。
仕方ないではないか、今のところここに俺の居場所は無いのだから。……ならば本業に戻るしかない。
「帰る、その間ルイゼのことを頼んだ。まあ……今や俺よりずっとここになじんでる気もするが」
「唐突なヤツだな……そうか、なら勝手に帰れ。そして戻って来た時に後悔させてやる、こんな素晴らしい事業に携わらなかった己の愚かさをな!」
だから、その素敵事業を、俺がたった1人で片付けたらつまらんだろうにわからんヤツめ。
「では3日後に財宝と共に帰る。その後は侯爵あたりの宝物庫に穴を開けるというのはどうだ」
「――! ……わかったグフェンと相談しておこう。ではさっさと行け、この役立たずのひやかしめ!」
彼女は俺の提案に驚きつつも、侯爵に恨みを持っているので予想通りニヤリと嬉しそうに微笑んだ。
しかし本来の感情を思い出してまた無粋に俺を睨む。
「そうしよう。……がんばれよエッダ、ここが畑いっぱいに広がるを楽しみにしている。本当にだ」
「なら手伝ってから帰れ!」
「それは嫌だ。……じゃあな」
俺は開拓地を離れて穴底に潜った。
長い長いこのトンネルを抜ければ、人が白き死の荒野と呼ぶアウサルの領地だ。
カンテラ1つかかげてヒンヤリ冷たい地中を進んでいく。
良いのだ。金さえあれば開拓も軍備も今より充実する。
その金で食料を買い込めば、前倒しで町の哀れなエルフを呼び込むことだって出来るのだから。
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呪われた地に戻った。
早速その足で仕事場に移り、邪神ユランの眠っていたこの大地をスコップで貫く。
すくった土を背後に払い、地道な露天掘りを超ハイペースで進めた。
ここは不毛の白き荒野、あの水郷となりつつあるニブルヘルとは完全に対局だ。
聞こえるのは地を踏みしめる己の足音、大地をうがつスコップの金属音、捨てられた土がパラリと崩れるもの、あとは遠くかすかな風音がそこにあるのみ。
……鳥すらもこの土地を見放している。
寂しい寂しいその世界で俺は黙々とアウサル本来の仕事に打ち込んだ。
底へ底へと大地を掘り進め、財宝を回収してゆく。
七色の壷、用途不明の金属塊、正体不明の神像(瑠璃製)、角度を変えると輝きが変わる宝石。
壷は好事家が好む。
金属塊は何かの機械にも見えるが構造がまるでわからん。
だいたい希少な金属が使われているので、とにかく分解すれば金になる。
神像はまあマニア向け、価値が付くかはピンキリ。瑠璃そのものは青く美しいのでこれ単体で金になりそうだ。
最後の虹色の宝石はレア物なので、それこそわかりやすい価値が付く。
この中では飛び抜けた高値になりそうだ。
「ん、なんだ、もう日が落ちていたのか……」
今日の仕事はここまでにしよう、宝石をポケットに、その他を荷台に乗せて倉庫に運ぶ。
自宅と倉庫はこの先の岩山にある洞穴を利用している。
夜の荒野はかなり肌寒く、昼間の熱が残るここが1番生活しやすかった。
それから倉庫に財宝を押し込んで帰宅した。
貰った干し肉と干し果実、それと麦を煮て腹を満たした。
……味気ない。
昔はこれで十分満足だったというのに、すっかりニブルヘルの食事に慣れてしまっている。
それからカンテラと共に寝室の方に移動した。
粗末なベッドに机、後は石を切り出して作ったお手製の本棚。ほぼ異界の本で俺の寝室は満たされている。
あれっきり未読の本がたまっていた。
1番近い本棚からまとめてそれらを引き抜き、砂っぽいベッドに腰掛ける。
「さて、どれから読もうか……」
それぞれの表紙をゆっくり眺めてゆくと、ふとまたニブルヘルでのことが頭に浮かぶ。
帰ってくると不思議とあそこのことばかりを考えてしまう。
それからさらに思う、自分には知識が足りないと。
俺にもう少しの知恵があれば、もっと素晴らしい水門が出来ていたかもしれない。
よくよく考えれば、あれではゴミが詰まるたびにメンテナンスに行かなくてはならないのではないか、などと今さら過ぎたことをだ。
「いや、しかしな……」
そんなこと考えても仕方ない、1冊目を決めてそのページを開いた。
親父も早くに殺された、実質この本たちが俺の教師だ。
それ以外の世界を俺はほとんど知らなかった。ずっとそれで良いと思っていた。
「これは軍記物か」
傭兵が王になる物語・第4巻。
長編になるとまず1巻から読めることなどない。ここじゃせいぜい3巻集まれば良い方だ。
……ああ、異界の人間が羨ましい。こんな素晴らしい本で溢れている世界があるだなんて、凄いことだ。
……読了した。
傭兵が王になれるはずないのに、この本の中では順調な出世街道が描かれている。
そこに夢があって良い。
決まった身分から絶対に抜け出せない、この地から見ると特にそうだ。
「次……」
……獣人の生活を描いた平和な物語。
毒にも薬にもならないが、荒んだ心がただ癒される。
……最初から悲哀が決まった、悲哀の物語。
異界の人々は何かと悲しい話が好きらしい。
きっとここより恵まれているのだ。勝手な俺の思い込みだが。
「お、これは……」
竜と心を交わす英雄の物語。
悪とされる竜とただ1人親交を結び、やがて竜と正義のために英雄が悪へと身を落とす。そんな物語。
……そこで思い出した。
そういえばユランから代価を受け取っていない。
ヤツは結局、1度もこの異界の話をしてくれていないではないか。
今度またあの楽園で出会うことがあれば、次こそこの不思議な本たちが描かれた世界の話を聞かせてもらおう。
もはや目的がニブルヘルの発展へと入れ替わってる気もするが、元々はこの物語が書かれた世界目当てで、俺はあの邪神ユランの使徒になったのだから。
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最後の1冊を読み終えるともうまぶたが重い。
逆らう理由も無くなり俺は眠りについた。
まだ見ぬ明日のその果てに、不安と、ニブルヘルの発展という希望を胸に抱いて。
書物によって彩られた刺激的な夢は、俺を傭兵の王にしてくれた。
それはニブルヘルの仲間たちと共に今の身分を覆し、ユランと共にあえて悪へと墜ちるという、支離滅裂で果ての無い深い深い夢だった。