23-3 白き死の荒野より現れし、名無しの物語
ある日のことだ。俺はアウサルの所領に戻り、呪われた白い大地を掘っていた。
これからの決戦のために、より多くの宝石を確保したかったからだ。
成果はぼちぼち、色とりどりの輝石が大きな荷物袋の中で、死の荒野のもたらす熱い日射しにチカチカと輝いていた。
「これは……何だ? でかいな……」
ところがそれも俺の才能か、運命か、また妙なものにぶち当たった。
丁寧にその巨大なる発掘物の周囲を崩し、地中より取り出そうとしていくと……想像よりさらにまたでかい。
いやあまりにそれは発掘物として巨大過ぎた。これはもう回収など出来ないなと諦めたところで、俺はそれが土に埋もれた建物そのものであることに気づいた。
「やはり俺は歴代一番の天才だな。家ごと掘り当てたやつなど、さすがに俺の他にいないだろう」
俺は丁寧にその建物の周囲を掘り進めた。
100倍のスコップの力があれば、いとも容易なことだった。
建物の壁は白く、あまり大きくはない。部屋が2つ、多くて3つあれば十分な大きさだった。
「何かおもしろい本が残っているといいのだが……むっ……」
玄関は開かなかった。
そこで留め金をスコップで両断し、石の扉ごと引き外した。
そこから内部に光が射し込み、地中にあっただけあって中の冷気がこちらに流れてきた。
「これは大きな宝箱のようなものだな。さて……ふむ」
中に入って家の中を調べた。
光が射し込むように内側から小窓を押し開ける。
そうすると俺はがっかりさせられた。家にはまともなものが残っていなかった。
家主が引っ越したのか、ほぼ何もない。暖炉らしき残骸と、朽ちた石の棚。どの部屋を見ても何もない。
「外れか……つまらんものを掘り当てたな」
ガッカリだ、俺は何も掘り当てなかったことにして家を出た。
いや、あと一歩のところで立ち止まり振り返る。何か違和感があったからだ。
奥の壁に妙な盛り上がりと色合いの変化がある。歩み寄って叩いてみれば軽い音が返ってきた。
「なるほど、隠し金庫か?」
厳重に埋め込んで隠したようだが相手が悪かったな。
俺はルイゼの白銀のスコップで貫き、壁をそのままくり抜いた。
するとそこに本棚が現れて、1冊の手帳が保管されていたとくる。
その灰色の手帳を手に取りまずは表紙を確認した。
「約千年前の日付か……これは妙な物を手に入れたな。どれ……」
その手帳の1ページ目にはこうあった。
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名も無き者より、54代目の末へ、願いを込めてこれを記す。
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・名も無き者
俺はここではない、別の世界からやって来た。どうしても成さなければならないことがあったからだ。
きっとそれ以外のことは、俺にとってどうでもいいことだったのだろう。
俺は目的、それ以外の全てを忘却していた。己の名前すらも。
思い出したいと思わないということは、きっとろくでもない記憶だったのだろう。
俺の目的、それはユランの敗北を阻止することだ。
俺は歴史を書き換えるためにこの世界に来た、そのことだけは確かに自覚し、この上なく理解している……。
過ちを正さなければならないと……。
「――様、どちらへ」
扉が俺に言葉を放った。俺はそれに疑問をいただかない。
地上に上がるために転送装置のある部屋を目指していた。
「地上に上がる。しばらくここの管理は任せた」
「了解。いってらっしゃい、ませ、――様」
俺が望んでいないのだろう。その名は俺にはけして届かなかった。
俺は名無し、ユランを勝利させるために存在している。
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地上に上がるとそこは白い荒野だった。きっと座標が狂ったのだろう。
そこから北西に何かがあったのでふと向かってみると、それはただの広大なる廃墟だった。
全てが白に焼かれ、灰となった都だ。俺がその壁に触れると脆くもそれが形を失い崩れ落ちる。
自分はコレがなんであるかを知っている。なんて愚かなことをしたのだろう、そう思った。
「ユランは、どこに……」
次に名も無き男は東に進んだ。
やがて白い荒野の果てに町が見えだし、ぼんやりとその街の名が頭に浮かび上がってきた。
ここはフィンブル王国、ダークエルフの国だ。
「な、なぁアイツ……。何してるんだ……?」
白い世界から現れた俺に、王国の辺境民はとても驚いていた。
しかし遠巻きに注視するだけで、話しかけてはくれなかった。
どちらにしろユランの足跡を詳しく知っていそうには見えない。今の農村地帯を抜けて、奥に見える街を目指すことにした。
「ぅ……。なんだ、身体が急に……ぅ、ぅぁ……どうなって、いる……」
しかし俺が街にたどり着くことはなかった。途中で急に身体が動かなくなって倒れていたからだ。
おかしい、どうして力が出ないのだ……。
「おい、死んだのか……?」
「ユラン様の国から、来たよな、こいつ……」
「よくわからんが、騎士団に連絡しろ、もしかしたら何か別の神様かもしれん……」
「確かに、こんな姿をした者は見たことない。ヒューマンのお前に似てなくもないが、目は……」
「とにかく騎士様に連絡だ!」
それは後から知ったことだ。
飲まず食わずでいると人は死ぬ、そんなことすら俺は忘却していたらしかった。
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だが俺はついていた。
異界の言葉で言うところの、災い転じて福となす、というやつだ。
俺はとある男に助けられた。種族はヒューマン、ダークエルフの王に仕えるヒューマンだ。
そして俺が目覚めるなり、その男は誠実にもすぐに行き倒れの元に駆けつけて来てくれた。
どうもそこは彼の私邸だったらしい。
おまけにそれまで、ダークエルフの奥方様が俺の看病をしてくれていた。
「主人が参りました。貴方が無事に目覚めたことがよっぽど嬉しかったのでしょう、ふふ……」
奥方様はとてもやさしく、褐色の肌と濃紺の髪を持った気品のある女性だった。